(6)発見と実験
樺太地域の本格的な攻略に向けて旅立ったラックたちを見送ったあとは、新しい植物や魔法の開発などをして過ごしていた。
といってもそんな時間を過ごせたのは数日のことで、とある報告でそんなのんびりとした時間は破られることになる。
その報告を持ってきたのは、ここ最近はずっと地下に潜って穴掘りをしていたアンネだった。
「ご主人様~」
「うん? アンネか。どうしたんだい?」
「あのですね。溶岩だまりを掘り当てました」
「……はい?」
一瞬言われたことが分からずに、思わず惚けたような返事をしてしまった。
「ですから、溶岩だまりを――」
「いや。うん。言っていることはわかったよ。ただ、言っている意味はよくわからない……というか、よくわかりたくないと言った方がいいかな」
「ええと……? それじゃあ、無視をした方がいい?」
「できればそうしたいんだけれど、そういうわけにもいかないんだろうなあ……。まあ、冗談はこのくらいにして、ちゃんと話をしようか」
「はい」
ちょっとした漫才のようなやり取りをしたあとで、アンネから詳しい話を聞いた。
その報告によると、好き勝手に掘っていた蟻のための空洞はより長く大きくなっているらしい。
それもこれもこの先生まれてくるはずの子眷属たちのためだからというのだから恐れ入る。
そのこと自体は、蟻種としての本能のようなものだから大した問題ではない。
問題になったのは、掘り進めていた空洞の先で溶岩だまりを発見したということだ。
当たり前だが、溶岩がある空間はとてつもない高温の世界となっている。
そんな温度にさらされることになった空洞は大丈夫なのかと思ったのだが、それはもともと対策をしてあるので問題ないそうだ。
最初聞いた時には意味が分からなかったが、どうやら例の壁は高温や低温にも耐えられるような素材らしく、一部が高温になったとしても全体としては特に問題が無いようになっているらしい。
そんなものを作り出している時点でとんでもない生物もいるものだと驚くが、そもそも魔物が驚くべき存在なので一々反応していては身が持たない。
それよりも今はアンネたちが掘りあてたという溶岩だまりが問題だった。
そもそも考えてみれば、大雪山系にはその名の通り大雪山という活火山がある。
今のところ活動はしていないが、その地下に溶岩だまりがあったとしても何の不思議もない。
「うーん。そうかあ、溶岩をね……」
「あの……駄目だった?」
「いや? ちゃんと対処できているんだったら何の問題もないよ」
「よかった」
「ただねえ。折角だったら何かに利用できないかななんてことを思ってしまうわけで……」
「使えるの?」
「それが分からないから悩んでいるんだよねえ。――よし。とりあえず、アイを誘って現地に行ってみるか」
「行くの?」
「実際に見てみないと何ともいえないからねえ」
溶岩という超高温物質が出てきているのにここまでのんびりできているのは、アンネのことを信頼しているからだ。
アンネの場合は、本当に危険があるとなればそもそもそんな場所には近づかない。
実際にそういう場面に遭遇したことがあるわけではないが、何となく肌でそう感じ取っている。
それもこれも眷属という存在になっているお陰だと思っているが、本当の理由はよくわかっていない。
それはともかくとして、アンネからの報告のあった溶岩だまりを見に行くために、途中でアイを誘って地下空間へ向かった。
その地下空間は、明らかに前回よりも広く深くなっていることがよくわかる。
相変わらずどんな素材でできているのかわからない壁で仕切られているその空洞は、進めば進むほど抜け出せなくなるような迷宮となっている。
以前は一本道だった通路も今では相当に入り組んでいて、きちんと地図を描かなければ迷ってしまうような構造になっていた。
そんな地下空間をアンネに案内されながら進んでいると、目的の場所についた。
「――思ったよりも近いところにあったね」
「そう?」
「もっと地下深くか離れた場所にあるかと思ったからなあ。まあ、それはともかくとして、やっぱり圧力が凄いな」
「溶岩だまりだから当然。それよりも、これだけの圧力をきちんと防いでいる壁の方が不思議」
「本当にね」
「あの……完全に防いでいるわけじゃなくて、きちんと圧力が上がり過ぎないようにしていますよ?」
「ええ!? ……さすがというかなんというか。これだけの環境に耐えられるものを作れるって凄すぎない?」
「凄い」
俺の感嘆に合わせるように、アイが感心した様子で周囲を見回していた。
こうやって何の気なしに見回しているだけではわからないが、アンネが作った地下空間は考えている以上の機能性が備わっているらしい。
もしかすると高ランク蟻種になるとこのくらいは当然のようにできるのかもしれないが、それでも驚きしか浮かんでこない。
ただただ穴を掘っているだけに見えた以前とは、比べ物にならないくらいに成長しているようだった。
そんなことを考えながら溶岩だまりとアンネたちが作った空間を行き来していると、ふとあることを思いついた。
「……うーん。折角の機会だからやってみるかなあ……」
「何か思いつきましたか?」
「いやー。何の根拠もないけれど、もしかしたら折角ある溶岩を使って出来るかなーってね」
「危なくないですか?」
「それが分からないから試してみるというか……よし。思い立ったが吉日、ちょっと行ってくるね」
それだけを言って分体から本体に戻ったのだが、この時残されたアイとアンネはこんな会話をしていたそうな。
「……大丈夫かな?」
「心配ではあるけれど、どうしようもない。思い付きで行動しているご主人様を止めるのは至難の業」
「そうなんですね。勉強になりました」
そもそも分体生成を解除すれば好きに世界樹の中に消えることができる俺は、眷属たちにとってはいざという時に止めることができない主人らしい。
もっともそんなことには滅多にならないのだが、趣味や思い付きが起こった時には突発的に行動するのでどうすることもできないそうだ。
ある意味達観した様子でそのことを伝えるアイにアンネが納得していたが、既に世界樹の中に戻っていた俺はそんなことに気付けるはずもなかった。
そんなこともつゆ知らず、心配する眷属二人を放置して本体に戻った俺は、とある根の先に向かって移動していた。
方角的には先ほどアイやアンネたちと一緒にいたところと同じ方向になる。
そんなところに行って何をするのかといえば、枝根動可を使って木の根を伸ばすつもりだった。
ある程度まで太い根を伸ばした後は、そこからさらに細い根を伸ばしてよりアイたちがいる場所に近づいていく。
ところどころ世界樹の根でも伸ばせないような場所に当たるが、恐らくこれはアンネたちが作っている地下空間の壁なのだろう。
その部分は敢えて避けるように根を伸ばしていって、ようやく溶岩だまりがある空間のすぐそばまで根を伸ばすことができた。
今までは本体にいた方が操作がやりやすかったが、ここから先はきちんと目で見て確認することにする。
そして分体生成で根の先から妖精の姿に戻った俺は、アイとアンネに何故か安堵されつつ、枝根動可を使って先ほど伸ばした根の先をさらに伸ばしてみた。
ここから先はどうなるのかわからないので、ゆっくりと慎重に根を伸ばす。
そして溶岩だまりのある空間にその根の先がほんの少しだけ露出した。
――と思った次の瞬間。
「あちっ! あっちあっち!! こりゃ駄目だ!」
岩肌から木の根が露出したその時から、今まで感じたことのないような感覚が世界樹から感じる。
その感覚はまさしく『熱い』というもので、やはり元が木である世界樹には溶岩の熱は耐えきれなかった。
そのことを実感しつつ二人の眷属から何をしているのという視線を向けられる中、俺はわざとらしく「うーむ」と声を上げながら首をひねるのであった。