(9)地下空間の利用法
アンネの作った空洞の調査は翌日に行われた。
その結果わかったのは、学校の教室くらいの広さの空間(部屋?)が九個と十畳くらいの広さの空間が五個ほどがあった。
それらの部屋が一直線にではなく、しっかりと(?)枝分かれした通路の先々にあるのだ。
これで内部に魔物が徘徊していれば、立派な迷宮として認識されるだろう。
侵入者があっても対処できるような造りになっているのは、恐らく本能として行動しているはずだ。
当の本人は、意図してこの造りにしたのかという問いに、小さく首を傾げているだけだった。
それに加えて、地下にこれだけの空間を作れば大量の土砂が出るはずなのだが、外に小山ができている形跡はない。
それらの土砂をどうしたのかと問えば、圧縮して壁として使ったという答えがあっさりと返ってきた。
ちなみに、当人の言葉をそのまま記すと「ぎゅってして、ペタペタつけた」になる。
その答えを聞いて、彼女が言ったことを一瞬遅れて理解した調査隊は、苦笑をすることしかできなかった。
魔物は生まれた時から魔物だということを改めて実感したわけだが、いつまでも惚けているわけにはいかない。
少なくとも折角これだけの空間があるのだから有効活用できないかと考えてしまうのは仕方ないだろう。
ただ作った当人に確認せずに勝手に利用するわけにはいかないので、きちんと確認しておく。
「アンネ。ここって使っていいのかな?」
「使うの~? いいよ! 何に使うの?」
「そうだなー。それを今から考えようか」
「うん!」
こんな感じで元気いっぱいの肯定が帰ってきたので、安心してこれからの利用方法を考えることにした。
アンネから視線を外した俺は、調査隊として一緒についてきていたアイとシルクを見た。
「――というわけだけれど、何か思いつくかな? 俺が思いついているのは今のところ保管庫としての利用かな」
「私も同じ。外と比較して気温が大きく変動しなさそうなところがいいです」
「だよね」
アンネが作った空間は地下に作っているためか、外気温に比べてそこまで厳しい寒さということにはなっていない。
熱源がなければ維持できないような気温に感じるのだが、どこにその熱源があるのかはわからない。
当人に聞いても首をひねるばかりなので、こればかりは答えがわからなかった。
もしかすると壁材に何か仕掛けがあるのかもしれないが、具体的なことはよく分からない。
「これだけの空間があるのであれば、わたくしの子供たちの巣としても使えそうですわ」
「巣? 使えるの?」
「中には地下に巣をつくる者たちもおりますから。ですが、そうしてしまうと確実に生活の場となりますから、アンネの許可は必要になりますわ」
「それはそうだろうね。その辺はアンネときちんと話し合って決めてくれればいいよ。巣として使うなら、だけれどね」
「勿論ですわ。ただ、そうなると食事の問題が出てきますわね。……いっそのこと畑でも作りましょうか?」
後半は独り言のようにボソリと呟かれたのだが、しっかりと俺の耳にも届いた。
「あ。そうか。畑も作れるか。もし農場として利用できるとなると、かなり有効利用できそうだな」
「それは間違いない」
この空間が農場として利用できるとなると、もしかすると冬の間も野菜なんかが作れるかもしれない。
これは別に希望的観測ではなく、例の氷の種を応用すれば多少気温が低い場所でも育てられる植物は作ることができる。
問題はこの場所には光が届いていないことだが、それは魔道具を使えばどうにかできる可能性が高い。
魔道具に関してはアイに作成を頼んでもいいが、すぐに必要とするならばダークエルフに頼んで作ってもらうか、それこそ売買機能に期待したい。
ちなみに余談だが、俺たち自身は全員が暗視できる体質なので、暗い場所でも特に問題なく見えている。
「……ただ、問題があるとすれば…………」
「そうですね。アンネが子眷属を作れるようになった時」
「確実にここは巣として利用されますわ」
「だよなあ……」
三人から一斉に視線が向けられたアンネは、最初は小さく首を傾げていたがすぐにニパッと笑い返してきた。
それを見て思わず頭を撫でてしまったが、問題がなくなったわけではない。
アンネがいずれ子眷属を作れるようになるというのは、眷属だけではなく他の子眷属の間でも当たり前の認識になっている。
現状ではどう考えても無理だろうが、何度かの進化をするか普通に成長していくだけでも可能になるはずだ。
その時に生まれた子眷属が使える巣にできる場所がないと、必ず問題になるだろう。
うまれたばかりの女王蟻になる可能性のある子ども蟻がどの程度の大きさの巣をつくるのか分からない以上、下手に他のことで利用していいのかは分からない。
いくらアンネの許可があるとはいえ、これらの空間のすべてを使っていいとはならないはずだ。
俺たちがそんなことを考えていたことを雰囲気だけで感じ取ったのか、アンネがいきなりこんなことを言い出した。
「穴は沢山作れる。だから問題ないよ~?」
「子供を作るのは大変ですわ。穴を掘る時間も無くなる可能性もありますわよ?」
「ん~? 生まれた子供が掘る?」
「なるほど。そういうことか」
「そもそもアンネ自身が既にこれだけのものを作ったのだからそれは考えておくべきでしたわ」
アンネという実例を前にすれば、俺たちの懸念はさほど問題がないということはわかった。
さらに付け加えれば、これから先もアンネは穴を掘り続けるだろう。
途中飽きることはあるかも知れないが、今の様子を見ていれば今すぐに飽きてしまということはないはずだ。
……子供の気が変わりやすいことはわかってはいるけれど、生物としての本能があるはずなので早々簡単に止めたりはしないだろう。
結果として空間を掘るペースはアンネに任せるとして、そのうちのすべてをいきなり使うのではなく様子を見ながら幾つかの部屋を使わせてもらうことになった。
アンネは今ある分は全部使ってもいいと主張していたのだが、そもそもそれだけの部屋をいきなり全部使うだけの理由も余力もないのだ。
まずは実験的に使うことを考えているので、そこまで多くのスペースが必要ないともいえる。
いずれにしても地下という新しい空間を利用できるようになるのは、大きなメリットがあるはずだ。
「地下を利用するのはいいですが、もう一つ問題がある……かも知れない」
「うん? アイ、どういうこと?」
「地下であっても魔物は存在しています」
「ああ、そういうことか。それは確かに問題……と言いたいけれど、何となく大丈夫な気もするよねえ……」
俺の言葉に反応するように視線を向けてきたアイとシルクだったが、すぐにそれらの視線を天井やら床に向けていた。
アンネの言う「ぎゅっとしてペタペタして」作った壁は、土埃さえ舞うことがないのではないかと思われるほどに、がっちりとした造りになっている。
これだけ頑丈な壁ならば、よほどのことがない限りは突き破ってきたりしないだろう。
それくらいなら素直に地上に出ることを目指すはずだ。
もっとも地下で生活している魔物がどういう生態をしているかはわからないので、巣を壊す目的で敢えてこの土壁を破壊する魔物もいるかもしれない。
この辺りのことはアンやシルクであってもほとんど未知の世界なので、アンネに任せることしかできない。
勿論、これらの空間に魔物が発生した時には、討伐部隊が組まれることになるだろう。
そうしたことを見極めるためにも、まずはアンネの好きなように掘らせるだけ掘らせておこうという結論になるのであった。