(8)穴
子眷属の増強計画はシルクとクインに任せて、次は準眷属の問題に移る。
問題といっても大したことではなく、これまで保留にしていた鳥種を完全に準眷属として認めることにしたのだ。
これまでの働きに問題がなかったことはラックから聞いているし、ゴブリンたちの様子を見ていても準眷属がこちらにとって即危ない存在になるようにも見えない。
これから先は準眷属候補になっている種族も、積極的に増やしていってもいいかも知れない。
もっともそんなことを考えられるようになったのは、子眷属の数を増やしていくことを決めたからなのだが。
子眷属の数が増えれば内政――といってもほとんど治安なのだが――が安定するので、多少の不安要素があるかもしれない準眷属も増やすことができる。
そうなれば間接的にも直接的にも領土全体の戦力はより拡大してくことになる。
準眷属が増えればそれぞれでぶつけ合うという方法もとれるようになるので、より戦力は拡大できると目論んでいる。
その準眷属であるゴブリンは、順調に数を増やし続けて今では二百近い数になっている。
それだけの数のゴブリンを維持するためにはそれだけの土地も必要になるのだが、彼らの行動できる範囲を決めておいてそこで発生する魔物は敢えて狩らないようにしている。
そうすれば彼らがエサとして勝手に狩ってくれるので、領域内の治安は間接的に維持できることになる。
ゴブリンが手に余るような魔物が自然発生した時にのみ、子眷属の出番となる。
ちなみにゴブリンが準眷属となる理由となった別の魔物は、領域化した時に狩られていたようである。
それに気づいたのは数が増えたゴブリンに新しい土地を分け与えたときに、そのあたりを縄張りにしていたはずだと主張してきたことで発覚した。
眷属や子眷属にしてみればいつもの手順で領域の平定をしただけなのだが、その結果としてゴブリン――特にゴブリンナイトの忠誠度がより上がったように見えた。
それを見た眷属たちが、どうやら上っ面だけの態度ではないようだと言ってきたので、今では安心してゴブリンに領域の一部を任せているというわけだ。
ラックに間に入ってもらって集まってもらった鳥種たちには、準眷属となることをきちんと直接伝えた。
その際に集まった鳥種たちは以前集まった時よりも数が増えて五十ほどいたのだが、ラックを通じてその場で準眷属と認めるときちんと伝わっていたためだろう。
中には体高自体が二メートルを超えるような大型の鳥種もいたので、内心気おされそうになっていたのが、どうにか無事に儀式もどきは終えることができた。
あとでラックに聞いたところによれば、あれは図体が大きいだけでそこまで強くはないと軽く言っていたのだが、そう言えるのはラックだからだろう。
とにかくそれだけの数の鳥種が準眷属として加わったことは、より領域内を見守りやすくなったのは間違いない。
これまでも彼らに協力してもらってはいたのだが、既に領土化している道北・道東部に関してはラックが見回ることはなくなるだろう。
勿論完全に止めてしまうわけにはいかないのだが、それでもかなりの負担が減ることになるのは間違いない。
それに加えて空の守りもより強固になったのだから、これから先もきちんと様子を見つつ新たな種族を迎えるのもいいだろう。
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鳥種を準眷属と認めた後、ラックと共にホームに戻ると何やら女性陣が集まって話あっていた。
アイ、シルク、クインが話をしていること自体は珍しいことではないのだが、そこにアンネが加わっているとなると恐らく初めて見る光景かも知れない。
だからこそ隣を並行して飛んでいたラックに思わずこう声をかけてしまった。
「何かあったのかな?」
「ピピピ(さて。ただ単に集まって可愛がっているとも思えますが、どうですかな)」
さすがのラックもすぐに答えることができずに、曖昧な言葉しか返ってこなかった。
今の今まで一緒に行動していたラックから明確な答えがあるとは考えていなかったので、別にそれは構わないのだが。
ラックと二人で首を傾げつつその場に近づいていくと、こちらに気が付いたアンネがパッと顔を向けてきてニパッと笑顔を見せた。
勿論他の三人は既にこちらに気付いていたのだが、敢えてアンネには悟られないようにしていたらしい。
「あるじ~!」
「今戻ったよ。それで、何を話していたんだい?」
「んん~? アンネの~~? 何?」
「いや、ごめん。それじゃあ、わかんないな。――どういうこと?」
さすがにアンネの言葉だけでは意味が分からずに、改めてアイに問いかけた。
さすがのアイもアンネの返答にちょっとだけ苦笑いすることしかできずに、すぐに詳しく説明してくれた。
「ご主人様もアンネが地下に向かって穴を掘っていたことはご存じですよね?」
「それはまあ。いかにもらしいかなと思ってはいたけれど?」
「そうですね。私たちもそう思って見守っていました」
「それがなにか問題が?」
「問題といえば問題ですが、問題ないといえば問題ない……かもしれません」
本当に珍しくアイらしくない非常にあいまいな答えが返ってきた。
さすがにその答えを聞いた俺も、何かが起こっていると察してすぐに真面目な表情になる。
といっても女性陣三人の様子を見る限りでは、今すぐに危ないことになるというわけではなさそうなので、ある程度の余裕はもっている。
「どういうことか、詳しく話してくれる?」
「勿論ですわ。といってもそこまで込み入った話ではありません」
「先ほどアイ様が確認したように、主様もアンネが地下に向かって穴を掘っていたことは分かっていたはずです。それで、実はその穴が問題になりそうなんです」
「というと?」
「主様は、アンネがどれくらいの穴を掘っていたと考えていましたか?」
「え? わざわざそう聞いてくるってことは、予想以上の穴を掘ったと。……一キロくらい?」
「そうですね。通路だけを考えればそれくらいの長さかもしれません」
「……通路だけ……? ああ、うん。なんか言いたいことが分かった気がする」
考えてみれば蟻が地下に穴を掘るのは、ただ単に道としての役割を持たせているわけではなく、巣としての機能を持たせるためだ。
であれば理科の教科書か図鑑か何かでよく表記されているように、ところどころに大きな空洞も作られているのだということはすぐに思いつく。
アイたちが微妙に戸惑った様子になっているのは、その空洞が問題になっているということだ。
「それで、アンネはどれくらいの空洞を作ったのかな?」
「んん~? いっぱい?」
「いっぱいか。そうか~。――それで、実際にはどれくらいだった?」
「正直なところ、すべては確認できなかった。現状わかっているだけで途中の枝分かれ分も合わせて大小十以上はありました」
「あ~。うん、わかった。ちゃんと調べるには時間がかかるくらいに広がっているということは」
アイたちが途中で引き返してくるくらいには、アンネが作った空洞は大きく広がっているということは今の会話だけで理解できた。
三人で囲むようにアンネから話を聞いていたのも、これ以上好きに空洞を広げに行ったりしないようにするためだろう。
決して詰問するためではない。
正直なところこれだけの短期間で、アンネが三人を驚かせるほどの空間を地下に作ったというだけでも問題なのだが、その穴の調査に誰を行かせるかということも問題だろう。
決して危ないからという意味ではなく、皆が皆行きたがりそうだからという意味で。
それはこれまで黙って興味深そうに話を聞いていたラックを見ればわかる。
さてどうしたものかと内心で首をひねった俺は、少し不安気な表情でこちらを見てくるアンネの頭を安心させるように軽く撫でてあげるのであった。