(3)二つの町
手に入れた卵はしばらくの間孵化することは無いので、放置することになる。
ただ孵化中は魔力の供給が必要になるようで、完全放置というわけにはいかない。
かといってずっと付きっ切りというわけにもいかず、どうするかを考えた結果世界樹の根で包んでおくことにした。
そうすることによって根から発散されている魔力が常に供給されていることになるし、ある程度外気温からも守ることが出来る。
そう考えた俺は、さっそくスキルを使って根を動かして、卵を置いておくのに最適な形を作ってそこに収めた。
地面の部分もきちんと根を張って卵が倒れたりしないようにしてあるので、これでよほどのことがない限りは安全に孵化できるはずだ。
眷属たちには魔物の卵を孵化させていることは伝えているが、できる限り近くには寄らないように伝えている。
今の状態で生まれる魔物がどんな結果になって生まれてくるかを知りたいというのと、今後違った条件で孵化させた場合の比較対象とするためである。
魔物の卵についてはその状態で放置することになったので、次はダークエルフの里を訪ねることにした。
今後のことを考えると今いる島(北海道)の中に確実にあると分かっている二つの町を相手にすることになるのは確実なので、そのことについて話し合いをしておきたかった。
雪が積もっている間は接触するつもりはないが、雪が解けた辺りからが勝負になるはずだ。
どういう方針で攻略を進めるかはまだ決めていないが、それも含めて事前に話し合っておいた方がいいと考えたのである。
ちなみに確実にあると分かっている二つの町は、それぞれ日本の北海道でいうところの小樽と函館の位置に存在している。
新設した偵察部隊のお陰でそれぞれの名前も分かっていて、前者がセプト、後者がノースの町と名乗っているようだ。
ノースに関しては、かつての日本もそうであったように南(日本の青森)からの影響を強く受けているようで、セプトと比べてしっかり町として成り立っているようだ。
その逆にセプトの町は、一応南側との交流はあるものの国などからの支配的な影響は受けていないが、反面治安は良くないという環境にある。
地理的に考えても政治的(?)に考えてもまず攻略を始めるのはセプトからということになるが、難しいのがしっかりとした指導者というか統治者がいないというところだろうか。
人口で考えると数百人の村と言っていい規模で、一応村長というべき立場の人間はいる。
ただし村長の命令に誰もが従うというような強制力はほとんどなく、何か起こった時の取りまとめ役的な存在でしかない。
その理由は単純で、村を統治するための政府のような組織がほとんど機能していないのだ。
そのため税金という概念もほとんどなく、あるとすれば冒険者に魔物を討伐してもらうためのお金を一時的に集めたりするような小さな町内会のような組織があるような感じでしかない。
商売においても冒険者活動なんかにしても個々で勝手にやっていて、敢えて言葉にすればそれぞれの集団が勝手に一か所に集まって活動しているというのが一番しっくりくる説明になるだろう。
セプトの町は統治機構がそんな感じほとんどないといっても過言ではないので、誰かを押さえつければ統治ができるということにはならない。
逆にいえばさっさと個々の団体を潰していけば良いともいえるのだが、一々細かい集団を抑えるのが面倒だともいえる。
眷属たちを使って力で蹂躙してしまうという手段もあるのだが、それをすると後々面倒が発生する可能性が高い。
セプトの町自体は緩く運営されているのだが、ダークエルフと違って外との繋がりが全くないというわけではない。
下手に突いて刺激をすると、町と繋がりがある組織なり国家なりが対抗してくることが考えられる。
もっともこれについては、遅かれ早かれということになるので、いつかは必ずやってくることになる。
問題は、その対抗手段を持たれるタイミングをいつにするのがいいのかということだ。
現状の目標としては北海道全域を領域化(あるいは領土化)することなので、セプトを攻略する時期は非常に重要になってくる。
何も考えずにセプトの町を攻略した後で時間をかけてノースの町を攻略すると、確実に南とつながりのあるノースの町が攻略しずらくなってしまう。
それを考えると極端な話、セプトの町とノース町は同時に攻略を終わらせておきたいくらいだ。
そうなると武力的な手段をとるのが一番ということになるのだが、さらにその先のことを考えるとそれも問題になってしまう。
二つの町を一気に武力で制圧すると、確実に南(本州)に存在しているであろう国家が構えてしまう。
こちらが使える武力は外見からいえば確実に魔物(眷属)ということになるので、魔王的な存在に見られてしまう可能性が高くなる。
北海道攻略後もただただ武力だけを使って拡張していくだけならそれは無視してもいいのだが、さすがにそんな方法がうまくいくとは思っていない。
できることなら交易などのやり取りが話し合いでできる組織だと思われたいというのが今のところの理想なのだ。
それを考えると眷属を使ってただただ攻め込むというのは、完全に悪手の一手ということになってしまいかねない。
そのことは偵察部隊からの情報が入ってくるたびに考えてはいるのだが、どう攻めたところで問題は出てきてしまう。
相手がいる以上は完璧な戦略など存在しないというのはわかっているのだが、出来る限り犠牲の少ない方法で攻略を進めておきたいというのが今の自分自身の持っている考えだ。
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「――ということで、悩んでいるんですよね」
「ふむ。言いたいことはわかりましたが、そんな話を私にしてもいいのですかな?」
「特に問題ありませんよ。今のところ交流がないことはわかっていますし、余裕が出てきて交流を持とうと考え始めたとしてもそれはそれでむしろ都合がいいです」
「ホッホ。怖いですのう」
「いやいや、何を仰いますか。すぐにその返事が出てくるだけで同じではありませんか?」
「そうですかの。まあ、そういうことにしておきましょうか」
表面上は穏やかに笑っている長老だが、その内心では色々なことを考えていることはわかる。
そもそも今までこうした政治的な話はほとんどしてこなかったので、何故今になってと思っているはずだ。
今日里まで来ているそれを伝える目的もあったので、敢えて焦らさずにすぐに話を振ることにした。
「それで一つ提案なのですが、やはり交流を始めてみませんか?」
「交流ということ、セプトの町とということですかな?」
「どちらでも構わないのですが、距離的にはそちらのほうが都合がいいのでは?」
「確かにそうですが、正直なところ割に合わないといいたいところでしょうか」
「ですよねえ……」
あっさりと拒絶の態度をとられてしまったが、これは話を持ってくる前から予想していた。
ダークエルフの里からセプトの町までは、往復するだけでも大変な距離がある。
直線距離で考えてもそうなのだが、間には険しい山や谷が存在しているのだ。
しかもその途中では必ず魔物という存在が邪魔をしてくる。
魔物に関しては子眷属たちを使ってあらかじめ排除しておくこともできるが、それでもやはり距離的な問題は大きいだろう。
またそうであるからこそ、ダークエルフたちは多少の問題があったとしてもこの場所に里を作って落ち着いたのだ。
物理的な距離が問題となって交流は難しいというのはわかっているが、それでもダークエルフが二つの町と交流できるようになれば橋渡し役として大いに役に立ってくれるはずだ。
それがわかっているだけに、長老から拒絶の態度が取られたとしても何とか糸口がつかめないかと話を進めるのであった。