(4)初期ダンジョン
ユリアと一緒にツガル領内に出来た歪みを見に行ってから約半月後、ついにその時が来たと報告があった。
相変わらずエゾ内での旅を続けていたユリアを再び引っ張って見に行くと、確かにそこにはダンジョンの入口と思われるものが存在していた。
というよりも既に子眷属が中に入って確かめてきているので、ダンジョンであることは間違いない。
「うーん。やっぱりダンジョンができたか」
「できましたね。――どうされるのですか?」
「どうと言われてもなあ……。ここから先はツガル家に任せるかな。潰してしまうならそれもよし。資源回収する場所として残すならそれもよし」
「そうですか。確かにそれが良いでしょうね」
領内に発生したダンジョンをどうするかは各豪族によって対応が変わっているので、こちらから敢えて手を出す必要はないのだ。
もしこれがエゾ内に発生したものであれば好きなように使ったのだが、今いる場所はあくまでもツガル家の領内だ。
このままダンジョンを潰してしまっても、そもそも人族にはまだ発見されていないので問題が起こることは無い。
できたばかりのダンジョンはコントロールがしやすいということは聞いているので、資源回収用として取っておく可能性もあるだろう。
そこはツガル家の方針次第なので、こちらとしては特に口をだすつもりはない。
「――それにしてもこれがダンジョンか」
子眷属に護衛についてもらいながらダンジョン内に入ると、そこは古き良き(?)壁で囲われた迷宮型のダンジョンだった。
光源となるものがないはずなのにしっかりと周辺が見渡せるのは、ダンジョンのダンジョンたる所以なのだろうか。
「そうですね。私も初めて入りました」
「そうか。エゾには今のところ一つもダンジョンがないからね。ユリアが知らなくても当然か」
「はい。もしかすると幼き頃に入ったことがあるのかもしれませんが……覚えていません」
「いや。いくらイェフでも幼子を連れてダンジョンに入ったりはしないんじゃない?」
「クス。確かにそうですね」
小さい自分を抱えてダンジョン攻略をするイェフの姿を思い浮かべたのか、ユリアが口元に手を当てながら小さく笑っていた。
「――さて。ダンジョンにもマナを吸収する役目があるみたいだけれど……見た目では全く分からないな」
「私にもわかりません。もっとも私は世界樹がマナを吸収しているところも見たことがないのですが」
「いや。歪みが消えているところは見ているんじゃない? あれがマナの吸収と同義だよ?」
「え? そうなんですか? ということは、歪みがマナそのものということですか?」
「ところがそうじゃないのがややこしいところでね。マナそのものは俺でも見ることができない。それでも世界樹が吸収していることは確かなんだよね。
――そして、歪みが何かといえばマナが何らかの要因によって変質したもの…………らしい。本当のところは分からないけれど、動きを見ている限りではそう感じるんだよね」
「歪みはマナが変化したもの……あ! だからダンジョンも歪みを吸収する役目があるということですか」
「多分、だけれどね。ただ単に感覚的にそう感じているだけなんだけれど、多分間違いないんじゃないかな?」
「なるほど」
これらの話はあくまでも世界樹が吸収している歪みとそれを処理している過程で思いついたことだが、恐らく正しいだろうと推測している。
そもそも本当に正しいかどうかは、こちらの世界に生きている者たちには確認する術がない。
もしかすると運営辺りが知っているかもしれないが、そこまで聞いていいかどうかがよくわからない。
聞いたとしても答えてくれるかどうかも分からないだろう。
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ダンジョンの中にいたのは数十分程度で、その後はすぐにホームへと戻った。
今回はダンジョンができた時に消えた歪みを確認するだけだったので、そこまでの時間はかかっていない。
そしてユリアをホームから元居た旅先へと送り返した後は、クインを呼んでツガル家への対応を話した。
「――というわけだから、できる限り早めに話しておいたほうがいいだろうね」
「そうですね。放置しておくとあっという間に成長してしまう可能性もありますか」
「辺りを見た感じではそこまで急に変わる感じはなさそうだけれど、確かに何があるかわからないからね。あと冒険者が勝手に攻略してしまいそうだからね」
ダンジョンができていた場所は近くに村がある程度なので冒険者が本格的に活動しているわけではなさそうだが、村に一人も冒険者がいないということはありえない。
どんな村にも畑を維持するために魔物相手に戦える戦力の一人や二人は存在しているはずだ。
となるとそんな冒険者にダンジョンが潰される前に、ツガル家として確保しておきたいはずだ。
「ダンジョン生成の報告となると子眷属だけでもいいような気もしますが、他に伝えておくことはございますか?」
「他? うーん……。ああ、そうだ。どんなくず魔石でも買い取るよって言っておいてくれる? そこまで高値にはならないけれど」
「ああ、それは確かに必要ですね。――冒険者を育てるおつもりですか?」
「それもあるけれど、やっぱり魔石は必要だからね。これから準眷属も増えていくはずだし、あとはアイ辺りがくず魔石を使った魔道具を開発しそうだ」
「それは、確かにあり得ますね。人族との交流が増えるのであれば、確かに今のうちに集めておいても損はないですか」
「そういうこと」
ちなみに冒険者を育てるといっても、英雄や勇者クラスまで育てるつもりはない。
あくまでもくず魔石を集められるような冒険者が増えて、人の住める領域が広がればいいと考えているだけだ。
人族が住む領域が増えればユグホウラにとってはマイナスになるようにも思えるが、実のところそこまでマイナスにはならないと思っている。
人が魔物を多く倒しておいてくれれば、それだけ領域の拡大速度を上げられるはずだからだ。
人が住みついてしまった領域をどう攻略するのかは今のところはっきりしたことはわかっていないが、そのまま放置してしまってもいいとさえ考えている。
もっともエゾにある人族の住んでいる町がしっかりと領土として取り込まれている以上は、領域化するための何らかの方法があるはずである。
だからといっていきなり戦いを吹っ掛けて、町を滅亡させるなんて方法をとるつもりもない。
人の住む領域の攻略はまだまだ始まったばかりなのでわからないこともあるが、とりあえずは山林を中心に進めて行くという方針に変わりはない。
今はツガル家の勢力圏内を攻略しているが、その内他家の勢力圏内に入り込むこともあるだろう。
「攻略も始まったばかりで、まだ先の話になるけれどね」
「確かにそうですね。ついでの交易の話でも進めてまいりましょうか」
「それはいいね。折角だから特産品を売り込んでくるといいよ。ついでにシルクも一緒に連れて行けば?」
「それは……考えておきます」
未だに護衛が減ることを懸念している眷属たちだが、はっきりいえばホーム周辺にいて危険になるようなことはほとんど起こらない。
ホーム周辺は子眷属ががっちり見回りをしているということもあるが、それ以上にゴレムの存在が大きいのだ。
大抵の魔物は踏みつぶす勢いで倒してくれるので、危険になる前にことが終わっていることが多い。
とにかく今はツガル家との関係を深めていくことの方が大事なので、シルクを連れて行くにせよ行かないにせよ、しっかりと交渉をしてきて欲しいと考えている。




