(3)進出準備
イーロへの挨拶を終えた俺は、その足でアイのいる場所へと向かった。
最近のアイは、基本的に自分が作った建物の一つである研究所にこもって色々な研究をしている。
ドールも着実に生み出しているのだが、クインたちのような多産系ではないらしく、月に百単位で数が増えるようなことにはなっていない。
それでもルフ&ミアコンビに比べれば、増えるペースは多い。
これまで作ってきたものを量産するのは既にドールにお任せできるくらいにはなっているようで、アイは研究に時間を割くことができているようだ。
これから先は推測になるが、世界樹が進化したお陰で属性魔石を以前よりも多く作れるようになっている。
イーロに会いに行くための道すがらに試してみたので、魔石を多く作れるようになったことは確定しているのだ。
そのことを加味すれば、より多く質が高い子眷属が生み出されるのではないかと期待している。
というわけでアイの研究所に向かうと、お手伝いさんドールが慌てた様子で対応してきた。
それを微笑ましく見ながら、そういえば連絡なしでここに直接来たのは初めてだったかなーと、どうでもいいことを考えていた。
ちなみに今の俺は、応接室らしい部屋に通されている。
外部との接触もほとんどない俺たちにこんな部屋が必要なのかなとも思うのだが、その辺りに干渉し始めると小うるさい上司になるかと思って自重している。
そんなことを考えながら待っていると、一分も経たずにアイがやってきた。
「――ごめんごめん。手を離せない研究でもしていたんだろう?」
「ご主人様に比べたら大したことではないです」
「いやいや。それで研究が止まる方が困るかも知れないから。ちゃんと言ってね」
「わかっています」
……これはわかっていると言っているけれども、どう考えても聞こえないことにしているな。
なんてことを考えても敢えて口には出さない。
言っても聞かないことはわかっているし、アイがそれでいいと考えているのならこちらが注意するようなことでもないからだ。
それよりもアイの研究時間を奪っていることを考えて、なるべく早く本題に入ることにした。
「イーロに会ってきたよ」
「そうですか。それでどうでしたか?」
「うん。予定通りアイの思うように進めて良いと思うよ。まずは新素材の研究からだね」
「わかりました。どの程度秘匿するかはどうしますか?」
「それも変わらず。錬金の分野に関しては黙ったままでいいんじゃない?」
「はい」
基本的に万能生産者であるアイとドールたちだが、本領を発揮できる分野は錬金の部分になる。
初対面のドワーフに提示した加工された金属も、アイが錬金で作ったものだ。
その金属とドワーフの金属加工の技術を使って新しい金属を生み出そうとしているは、これから先のことを見据えてということになる。
具体的に言ってしまうと、出来上がった金属を使って本土やら大陸に渡るための船を作ろうと考えている。
世界樹(成木)に進化するまでは新しい土地に進出するのはそこまで積極的ではなかったのだが、ドワーフの話を受けてからはそのことを考え始めてはいた。
それに加えて、システムでいうところの領域や領土が人族の町に直接の影響を及ぼさないことが分かったことが、進出をしてもいいかと思えるほうに天秤が傾き始めた。
そして駄目押しになったのは、つい最近――というよりも進化が終わってからだ。
ただ簡単に船を作るといっても、新しい金属を生み出す以外にも問題は山積みだ。
そもそも金属を使った造船というのは、それを作れるだけの大型の金属加工の施設が必要になる。
ドワーフたちがやっているように一つ一つを手作りしてもいいのだが、それをやっていると量産なんてことは夢のまた夢ということになる。
というわけで、どう考えても小型の製鉄所(仮)のようなものは必要になってくるだろう。
製鉄所(仮)一つとってもこの世界にはそぐわない気もするが、さらにそこから先の船の形に加工して組み立てていくという作業も今までにはない加工所が必要になる。
それらをすべてクリアしていくためには、どうしても確実に秘密を守れる人手が必要になる。
その人手で一番確実なのがアイの子眷属になるので、これまでは年単位での時間が必要だと考えていたのだ。
ところがその問題を解決する手段が、進化したことによって得ることができた。
「――アイ。これを使って人手は増やせるか?」
そう言って出したのは、道すがら作った属性魔石だ。
いきなりそんなものを取り出してきた俺を、アイは不思議そうな顔で見てきた。
「大丈夫ですが……良いのですか?」
「そっか。皆にはまだ言っていなかったね。進化したお陰でそのクラスの魔石は一日に両手で収まるくらいには作れるようになった。もしかすると公領化したお陰かも知れないけれどね」
「それは……そうですか。そう言うことでしたら問題ありません」
「そっか、よかった。それにこれからは造船が重要になってくるのは間違いないからね」
俺の言いたいことも分かっているのか一度は頷いたアイだったが、少し間を空けてから首を傾げた。
「島の外に進出することが可能になったのですか?」
「それなんだけれどね。というか、こっちが話のメインになるかな。――これを見て」
俺はそう言いながら開いた右手を軽く前に差し出して、その上にあるものを生み出した。
「それは……?」
「なんでも『精霊樹の苗木』だそうだよ」
手の上に浮いている一本の木を見て再度首を傾げるアイに、わかりやすい名前を教えた。
するとアイの両目が珍しく大きく開かれた。
その名前が意味することを理解したのだろう。
「そうすると……」
「ああ。多分だが、海を越えて領域化とかができるようになっているはずだ。最初はラック辺りに北の島に持って行ってもらうつもりだけれどね」
「それは、確かに船が重要になりますね」
「そういうこと。ホームと同じように精霊樹を守る護衛なんかも必要になるだろうしね。一度に大量の人員を送れる乗り物は、これから先の必需品になる」
「このことは、皆には?」
「勿論、言うよ。ファイなんかは喜ぶんじゃないかな?」
「間違いない」
ファイの喜び勇む姿を想像して二人で小さく笑い合う。
「北から行くか南から行くかはともかくとして、とりあえずは鳥たちに協力してもらってまずは北の島からかな」
「確かにそのほうがいいかも知れません」
「不毛の地ではあるけれど、魔力的に全く何もないということは無いはずだからね。それに今後は準眷属も増やしていくことにした」
「それも進化がきっかけですか?」
「そうなるね。それに眷属を増やしてもいいんだけれど、これから先広い土地を領域化することを考えたらどう考えても眷属、子眷属だけでは足りないからね」
「確かにそうでしょうが……眷属を増やすことはしないのですか?」
「そもそも眷属を増やす方法が分かっていないからなあ……産んだ卵を奪って眷属にするのって、非人道的だと思わない?」
「…………確かに」
今のところ眷属を増やす方法としてわかっているのは、ミアの時のようにあちらから望んでくるか、卵を孵すことだけである。
前者に関しては相手が望まないとどうしようもないで待つことしかできず、後者は出来ることならあまりやりたくはない。
この世界で魔物の卵を入手するとなると、どうしたって生んだ両親を倒さなければならなくなるからだ。
これまで多くの魔物を倒しているので何を今さらと言われそうだが、生まれてくる子供に対してどんな顔をしていいのかわからないという後ろめたさが出てくる。
今のところは、何かの拍子に見捨てられた卵を見つけてくるしかない。




