閑話18 ドワーフ来訪(前)
< Side:クイン >
主様が進化の眠りにつかれてから一週間ほどは、世界樹様は全くといっていいほど動きがありませんでした。
普段の主様がいらっしゃる時であれば、世界樹様から直接魔力の放出を感じられるほどの活動を感じられるのですが、その時はそれすらもありませんでした。
ですが、そこは我々も進化を経ている種であるだけに、その『眠り』が進化にとって必要であることだということは本能的に理解しています。
それゆえに『眠り』について活動らしい活動をしていない世界樹様を見ても、さほど焦ることはなく見守ることができていました。
それから『眠り』が一週間続いた後は、その時の休眠期間が嘘のように活動を開始していました。
すぐに主様が表に出てこなかったことは少し心配しましたが、世界樹様が活発に動いているところを見れば、何の心配もないと安心できました。
進化時の活動の勢いは普段の主様がいらっしゃる時よりも活発で、それは逆に今回の世界樹様の進化が大きなものになると確信できました。
現に世界樹様の中の魔力が動けば動くほどに、世界樹様が見るからに大きくなっていくのですからそう考えることはごく自然なことでした。
そんな世界樹様の進化を目の当たりにしている最中に、主様が一番ご懸念されていた件が動き出しました。
いよいよ別の島から鍛冶の民であるドワーフが到着したのです。
彼らを出迎えるために私が幾人かのダークエルフと共にセプトの村へと向かいました。
ただ私自身が村に姿を見せると村人たちが騒ぎ出す懸念があるので、ギリギリまで姿は見せません。
村人たちにとっては金属加工の技術を持つドワーフが来たことで喜んでいたようですが、すぐに別の場所へと移動すると聞いてガッカリしていたようでした。
もっとも、そんなことは私たちにとっては関係のない話ではありますが。
村からある程度離れたところで、私が合流しました。
そして姿を現した私を見て、ドワーフの一人であるイーロが進み出てきました。
後から分かったのですが、イーロは彼らを纏めている長のような立場にある者でした。
多少硬くなっているように見えるのは、私が魔物だと気付いているためでしょう。
「お前が代表の者か?」
「私をあの方と同一視されるのは光栄ですが、残念ながら違います。私はかの方の僕です。……あの方は僕扱いすることは嫌いますが」
「……ふむ。そうか」
「私や私たちのことは追々でいいでしょう。それよりも、急いで移動を開始しますか? それとも休まれますか?」
「いや。休まず行こう。雪が降り始めたらまずい」
見たところ一緒についてきている二十人ほどのドワーフたちは、船の上での長旅を続けてきた割には元気そうに見えます。
これならいきなり移動を開始しても大丈夫だろうと考えて移動することにしました。
イーロが言ったとおりに、雪が降り始めたら移動が困難になるのも事実です。
転移装置を使えば一瞬で移動できるのですが、今回は使わないことに決めています。
これだけの大人数で移動すれば気付かれる可能性が高くなるからという理由で、事前に主様と話し合って決めておいたことです。
ドワーフの足が鈍足だということは有名な話ではありますが、彼らはそれを補うための体力が備わっています。
特に道なき道を歩く場合には、そちらのほうが重要になる場面も出てきます。
一緒についてきているダークエルフはさすがにエルフ種ということで森の中を歩き慣れていますが、ドワーフも特に弱音を吐く者はおらず予定通りにダークエルフの里までの道を進んでいました。
中には子供も一緒についてきている一家もいましたが、彼らはそれぞれが手助けをしあって遅れるような者は出てきませんでした。
勿論こちらも子供がいることを考慮して進んではいたのですが、そこまで大きな遅れになるようなことにはならずに済みました。
予定では早くて半月から遅くてもひと月ほどでつくだろうと考えていたのですが、二十日よりも二日ほど早く里につくことができたのは良い意味で予定外の結果になりました。
ただドワーフたちの目的地になるのはダークエルフの里ではなく鉱脈のある鉱山なので、まだそこが終着点というわけではありません。
ちなみにドワーフとエルフの仲が悪いという話は彼らには当てはまっておらず、特に問題を起こすことなく休日となった二日間をのんびりと過ごしているようでした。
休みとなった二日間、彼らの一部は里の金属事情を調べているようでした。
まず最初に取り掛かってもらうのが里の農具関係になることは伝えていたので、そのあたりを特に調べていたのでしょう。
今後ドワーフたちの食料は主にダークエルフが生産することになるのは彼らもよくわかっているので、手を抜くようなことは絶対にしないでしょう。
そんな中で私は、これまでの旅路である程度仲良くなったイーロにとある問いを投げかけました。
「イーロ。ここから先の道なのですが、地下道を行きますか? それとも土地勘を得るために地上を行きますか?」
「地下道だと? どういうことだ?」
「この里からですと、私の仲間が既に鉱脈までの地下道を掘ってあるのです」
「そんな近くに鉱脈が?」
「いえ。鉱脈までは地下道を歩くと三日ほどでしょうか。地上を歩けばもう少しかかるでしょう」
「……どういうことだ?」
意味が分からず首を傾げるイーロに、私はそれもそうかと内心で納得しました。
まだイーロには蟻種の仲間がいることは伝えていないので、そんなに大掛かりな道ができているとは考えてもいないのでしょう。
というわけで、首を傾げるイーロにアンネを紹介しました。
すると予想よりも少し違った反応が返ってきました。
「――なんと。世界樹は、蟻種も仲間にしておったのか。しかも儂も初めて見る種――というよりも儂が知っている種よりもはるかに上の種のようだが」
「おや? その反応を見る限りでは、蟻種のことは詳しいようですね」
「お前たちほどではないがな。それにドワーフの中には、蟻種を使役する一族もいるくらいだ」
予想外のことを言われて詳しく説明を求めると、特に秘密にしているわけではないのか、すぐに答えをもらえました。
なんでもドワーフの中には、地下に素早く道を作れる蟻種の魔物を利用して坑道などを作っている一族もいるようです。
確かにある程度大きさのある蟻種の能力を使えば、ある程度勝手に道を作ってくれるというのはわかります。
それには魔物を使役する能力が必要になるのですが、長い間の付き合いで培った経験と信頼で大まかな指示ができるくらいには使役ができるようになるとか。
一般的にみられる蟻種はアンネのように完全に言葉を理解するわけではないので、そこまで育てるにはかなりの年月がかかっているのでしょう。
この話の時に人族が魔物を使役することについて聞かれましたが、私としては特に思うところはありません。
そもそも魔物の中には敢えて人に使われることを選ぶものもいるので、私がどうこう言うことではありません。
私が手ずから生み出した子眷属の中にも、もしかするとそうした選択肢を選ぶ者もいるでしょう。
だとしてもそれはその者の選択なので、特に止める必要性は感じません。
ただし主様に歯向かってくるようであれば、その時は容赦なくとどめを刺しますが。
アンネに会って納得したイーロは、すぐさま地下道で進むことを選択しました。
やはり半月近く森の中を歩き続けたのは気持ち的には乗らなかったようで、それなら整備された道を歩きたいということでした。
そして次は蟻種が整備した地下道を進むことになったのですが、ドワーフたちはその道の出来に終始感心していました。
彼らにとってもアンネや蟻の子眷属たちが作った地下道は、かなり良いものだったようです。
中には地下道を歩いている間に、案内役の蟻種と仲良くなっているドワーフもいたほどでした。
 




