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(4)ちょっとした交渉

 普通に考えれば魔物二体を従えた見た目子供の誘いになど乗るはずがない。

 何故なら仮に初撃が反撃してこない案山子が相手だったとしても、攻撃後の隙をついて二体の魔物が動く可能性があるから。

 ――それなのに、男は案山子を見据えてしっかりとした構えを取ってから攻撃を加えていた。

 よくこちらを信用して案山子に攻撃をしたと後から確認をしてみれば、最初に会った段階で勝てないことは分かっていたとのことだった。

 現状だと変に機嫌を損ねれば一瞬で自分の命が奪われるだけではなく、例の子供も危なくなると考えていたそうだ。

 こちらの言葉に付き合って反発したように見せていたのは、自分自身の弱みを見せないための半ばブラフだったと。

 

 いずれにしても男――イェフの剣を使った攻撃は、案山子を確実に切りつけるように行われた……のだが。

「――全く傷つきもしない、か。どういった素材でできているんだ?」

「さて。詳しくはわからないですね。ただ着せている服はこちらにいる彼女(シルク)が作ったものですが」

「……なるほどな。蜘蛛の魔物か」

「そういうことです。――それで、どうされますか?」

「さて。こちらも相談が必要になるのだが、今すぐに回答をする必要があるのかな?」

「ああ。今すぐに答えろというのは確かに無茶でしたね。それでは結論が出次第こちらで答えていただくので構いません」

「……ふむ。そうしていただけると助かる」

「さすがに半月とかひと月とかかかると考えますが、数日の間でしたらお待ちいたします。それからこちらに私はいないかもしれませんが、仲間がいるようにしておきますので」

「仲間……か」

「ええ。仲間ですよ」

 含みを持たせてこちらを見てくるイェフに、ニコリと笑って答えた。

 

「とりあえずそちらの要求はわかった。妻に話をしてからきちんと相談させてもらう」

「ええ、そうしてください。それから別に誘いを断ったからといって何かをするつもりはありませんからご安心ください」

「それはありがたいな」

 どこまでこちらの言葉を信用しているのかはわからないが、イェフは少なくとも表で見える範囲内では安心した様子になっていた。

「……一つ教えてもらってもいいだろうか?」

「何でしょう?」

「何故このような迂遠な方法を? そなたであればさらうなりして確認すればよかったのではないか?」

「それをすればあなた方に嫌われてしまうではありませんか」

 イェフの問いにそう即答すると、答えを聞いた当人は一瞬黙り込んでから豪快に笑い始めた。

 どうやら俺の答えは、イェフにとって満足できる回答だったらしい。

 

 イェフの様子を見ながら多少なりとも信用を得ることができたかなと考えつつ、俺は一瞬視線をクインに向けてから話を続ける。

「それから村に戻る際はこちらをお持ちください。言い訳は必要でしょうから」

「これは確かに助かるな。遠慮なくいただいて行こう」

 俺の指示に従ってクインが出したのは、この辺りに生息しているイノシシの魔物の死体だ。

 いくら門番に信用があるといっても、こんな夜中に出てきたからにはある程度の理由が必要になるだろうと事前に用意しておいたのである。

 ちなみにイノシシの受け渡しに関してはある程度の距離を保って行わることとなった。

 最後の方は既に警戒を下げているように見えたが、一応まだ信用はしていないという姿を見せるためだろう。

 

 いずれにしてもイノシシを受け取ったイェフは、俺たちに見送られながら村へと帰った。

「――さて。種は蒔けたけれど、実るかどうか……」

「主様は来ると思われますか?」

「どうかな? 彼のあの様子を見る限りは確率は高いと思うけれど、奥方がどう思われるかかな」

「来なかった場合は?」

「それはそれで構わないよ。どちらにしてもやることは変わらないから」

 すでに、セプトの村を含めた道央地域をどうやって攻略するかは決めてある。

 それを先延ばしにしているのは、例の少女のことがあったからだ。

 それが駄目になったからといって、結果は変わらない。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 夜の会談から一週間後、イェフは娘と奥方を連れて例の採取地に来ていた。

 約束通り数日で答えを出したイェフは、子眷属を通して「是」と伝えてきたので予定通りに旅に向かうことになった。

 向かう先は勿論ホームになるのだが、今はまだ彼らには伝えていない。

 言葉で伝えたところで信じてもらえるかはわからないので、それなら現物をその目で見てもらったほうが良いと考えたのだ。

 

 さすがに家族全員が来ると分かっていたので、今回は俺自身が迎えに来ていた。

 俺の姿を見た娘――ユリアは「アッ」という声をあげていたが、奥方であるイザベラは少し驚いた様子になっていたがすぐに頭を下げてきた。

 二人とも傍に控えているクインとシルクを見て一瞬怯える様子を見せていたが、イェフから声を掛けられて一応安心しているようだった。

「――さて。要望通りに来たが、どちらに向かえばいい?」

「きちんと案内しますので安心してください。それに歩く距離はそこまで遠くではありませんから」

「は……? 以前の話では長旅になると言っていたのでは?」

「ええ。確かに距離的にいえば長旅であることには間違いありませんよ」

「……どういうことかね」

「それは現地に着くまで秘密ということで。行けばわかりますよ」

 今回は以前と違って昼間の出会いになるので、それぞれの表情はしっかりと見えている。

 そのためいい笑顔になっている俺の顔も見えているのか、イェフは諦めたようにため息をついていた。

 そのため息は、とっくに命運を握られていることへの諦めも多分に混ざっているように見えた。

 

 イェフのため息には気付かなかったフリをして、俺たちが先頭になって目的地に向かって歩き始めた。

 今回はユリアという子供がいるので、歩く速度には十分気を使っている。

 そうして数時間歩いた先は、目的地である転移装置が置かれている場所だ。

「…………これは?」

 目の前にあるものが何かの魔道具であることはすぐに分かったのか、イェフが戸惑いながら聞いてきた。

「使ってみればわかりますよ。既に人族が使っても大丈夫であることは確認してあるので、心配しないでください」

 俺がそう答えると、イェフ一家は素直に転移装置の板の上に乗った。

 

 セプトの村の傍にある転移装置は、ダークエルフが行商のために使うようになっているので、転移先は当然ダークエルフの村の傍になっている。

 直前までごく普通の自然の風景が広がっていたのに、目の前に小規模な里が現れたのに気付いたイェフ一家は、驚きすぎて声が出せないようであった。

 そんな中で真っ先に声をあげたのは、まだまだ純粋な心(?)を残しているユリアだった。

「すっごーい! 目の前の風景があっという間に変わったよ!?」

「え……ええ。そうね」

(ユリア)の手を握りながら一緒に転移してきたイザベラが、どうにか落ち着きを取り戻すようにそう答えていた。


 その二人の様子を見て自分の役目を思い出したのか、イェフがギクシャクしながらこちらを見てきた。

「キラ殿、こちらは?」

「えーと。どっちの質問か分からないのですが、目の前に見えている里はダークエルフのものになります。今日はこちらで一泊していただこうと考えております」

「いえ。それもそうなのですが、この魔道具は…………」

「ハハ。いい加減現実逃避は止めましょう? ご想像通り、転移するための魔道具になります」

 はっきりとう答えると、イェフとイザベラが再び氷の彫像のように固まってしまった。

 その二人の脇にいるユリアは、いまいち状況が分かっていないのか、小さく首を傾げているのであった。

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