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プロローグ

 大学にある古めかしい講堂を思わせるような造りの部屋に、百人近い人が集まっていた。

 その部屋が一般的にイメージされる講堂と違っているのは、座れる椅子が個々に仕切られていて、それぞれの座席に一つ一つプロンプターの画面のようなものが備え付けられていることだ。

 それだけなら国際会議などの重要な会議などが開かれる場所だと言われてもおかしくはないのだが、不思議なのは集まっている人々の中で一組として(有名人なども含めて)顔見知りがいないということだ。

 さらにいえば、この部屋に集まっている全員がいつどうやってこの部屋に来たのかの記憶がなかった。

 

 そこそこブラックな企業に勤めている桂木昭もまた、この不可思議な情況に置かれた者の一人だ。

 気が付けばこの部屋の椅子に座らされた状態にあって、そのことに気が付いた当初は必死にここに来る前の記憶を探っている状態だった。

 記憶がないのはこの部屋に関することだけであり、名前も含めた個人情報などの記憶はきちんと残っている。

 さらに問題なのは、そんな状況にも関わらず騒ぎ出す者が一人もいないということだ。

 もっと正確にいえば、騒ぐどころか一メートルと離れていない隣の席に座る者と会話をすることすらできない。

 声を出すことはできるのだが、その音が伝わっていないようだった。

 どうにかこの状況を打開しようと隣の者に話しかけようとする仕草をする者が幾人もいるのだが、昭が見ている限りでは会話に成功した者は一組もいないようだ。

 

 そんな状態が五分ほど続いたところで、ようやく大きな変化が訪れた。

 大学の講堂であれば教員が立つべき教壇がある場所に、目も覚めるような美女が一人現れたのだ。

 その美女の出現は、昭がこの場に現れた(と認識した)時と同じように唐突な出来事だった。

 部屋の扉から歩いてきたわけでもなく、音もなくその場に出てきたのである。

 普通であれば超常現象といわれてもおかしくはない女性の出現の仕方に、その場にいた多くの者たちは驚きながらもこの状況を打開してくれるのではないかと視線が集まり始めていた。

 

 そして部屋にいる者たちの視線を集めたと思われるほどの時間が経ったときに、ようやくその美女が口を開いた。

「始めまして、皆さま。私の名前は……そうですね。『案内人』とでもお呼びください」

 聞きようによってはふざけているようにも聞こえるその挨拶に、聴衆者からの不満な声は聞こえてこなかった。

 中にはふざけるなといいそうな表情をしている者はいたのだが、女性が現れる前までと状況は変わらず実際に声が周囲に響かなかったのだ。

 

 それを十分に理解しているのか、案内人と名乗った女性はさらに話を続ける。

「いきなりのこの状況に戸惑っている方がほとんどだとは思いますが、まず始めに言っておくことがあります。それは、今ここにいる皆様方は既に亡くなっていて、その魂だけがこの場に集められているということです」

 まともに聞けば、いきなりぶっ飛んだことを言い始めた案内人に対して、室内の空気は白けたムードになった。

 それはそうだろう。いくら今の状況が普通ではありえない状態とはいえ、自分が既に死んでいるなんて言われてすぐに信じるほうがどうかしている。

 さらに、自らの持っている記憶にそんなシーンがないとなれば猶更だろう。

 

 そんな雰囲気を感じ取っているのかいないのか、案内人は特に気にした様子もなく淡々として話を続けた。

「――信じるも信じないも自由ですが、元の世界に戻るようにしてくれといっても無駄ですのでご了承ください。この状況から解放されることを選択するとすれば、それは通常の輪廻の輪に戻るということになります」

 少なくとも昭には、案内人の淡々とした表情が逆に事実を伝えているだけだと感じられた。

 その雰囲気を感じとっていた昭も含めた室内にいる者たちのほとんどは、その空気に飲まれ始めている。

 そして数名の者がそんな空気に耐えられなかったのか、あるいは反発したいだけだったのか、いきなり席を立ちあがって指を突き付けながら何かを言い始めた。

 その様子に勢いを得たのか、最初の数名に加わるようにさらに十名近い者たちが同じように立ち上がって騒ぎ始めたのだ。

 残念ながら言葉自体は昭には直接届いていないので彼らが何を言っているのかは具体的にはわからないが、その表情と態度で大体のことは理解できる。


 昭のその予想を裏付けするように、案内人がそちらを見ながらこんなことを言った。

「まともに聞く気にもなれないような罵詈雑言ばかりですが、言いたいことはおおむね理解できます。では、あなた方はこの先の話を聞く気もないということでよろしいでしょうか?」

 あくまでも強い感情は見せず、淡々としたまま言い続けるその女性に気おされたのか、騒いでいた者たちの一部が渋々といった感じで席に座り始めた。

 だが、最初に騒ぎ始めた数名の者たちは、懲りることなく騒ぎ続けていた。

「――どう駄々をこねてもできないものはできませんので、ではあなた方には予定通りに(・・・・・)輪廻の輪に戻っていただきます」

 案内人が宣言するようにそう言って手をパチンと音を立てて合わせると、立ち上がっていたその数名の者たちがいきなりその場から姿を消した。

 

 姿を消したその数名の者たちは、部屋の中でも一番後方でしかもなぜかその数名分だけ固まった場所に席が用意されていた。

 その座席の部分だけぽっかりと空いたのを見れば、案内人の言った「予定通り」という言葉がただの偶然ではないことがわかる。

 結果この場から姿を消すことになった彼らは、自分たちにそれを見せるためだけに用意されたのではないかとさえ思えた。

 それほどまでにこの時の案内人は、場の空気を支配しているのではないかと昭には感じられていた。

 

 そんなことを考えているのが昭だけではないことは、そっと周囲の様子を見回すことで理解できた。

 全く表情を変えていない者も中にはいたのだが、多くは飲まれたような表情になっていたのだ。

 そんな場の空気には全く構うことなく、騒いでいた者たちのことはなかったかのように案内人はさらに話を続けた。

「私どもがわざわざこのような場を設けたのは、あなた方にやってもらいたいことがあるからです。先に言っておきますが、これに参加するかどうかは皆様方の自由意思です。拒否することもできますので、いつでも私にお申し付けください。とはいえ、いきなりそんなことを言われても判断ができるはずもないでしょうから、私から少々細かい話をさせていただきます」

 

 そう前置きをして語った案内人の話をまとめると次のようなものになる。

・今のこの不可思議な状況を作ったのは彼女の上司に当たる存在で、いくつもの世界を管理している。

・その上司は、とある目的のために新たにゲームや小説のような(・・・)世界を作り、そこに地球の人々を送りこむことにした。

・その目的というのは上司の娯楽。用意された世界の中で、プレイヤーに当たるこの場に集められた者たちがどのような行動をするのかを観察するそうだ。

 (上司にとっては、映画やドラマを見ているようなものだそうだ)

・上司や案内人がそれぞれの世界に入り込んだプレイヤーたちに対して過度(理不尽)な干渉をするつもりはない。

・それぞれのプレイヤーがどの世界に行くのか、どんなプレイスタイルで生活していくのかは、この後個々人で決めることになる。

・他人の娯楽に巻き込まれるのは嫌だという者は、参加を拒否していつでも輪廻の輪に戻ることが可能。

・一プレイヤーに与えられる世界は一つの世界で、プレイヤー同士が同じ世界に被ることはない。


「――長々と語りましたが、以上がおおよその経緯になります。簡単に言ってしまえば、私どもはとあるゲームを用意した運営であり、皆さまはそのゲームのプレイヤーのようなものということになるでしょうか」

 案内人がそう締めくくると、その部屋の中の全ての音が消えたかのようにシーンと静まり返っていた。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦


 荒唐無稽すぎる話を聞かされていきなり信じる者はいない――と言いたいところだが、何故だか室内はそういうこともあるのかという雰囲気になっていた。

 後から思えばそういう話に少なからず耐性のある者たちが集められていたことがわかるのだが、今の昭にはそんなこともわからずに多少戸惑っている。

『多少』で済んでいるのは、昭もいわゆるオタク方面の知識を持っているからである。

 昭がちらりと周囲を見回せば、中には満面の笑みを浮かべながら美女改め案内人の話を聞いている者がいる。

 いずれにしても、今この場に残っている者で変に案内人に突っかかろうとするものはいないようであった。

 

 自己紹介がてらの状況説明を終えた案内人は、個々人の前にあるプロンプターもどきの操作について説明をし始めた。

「――そちらの目の前にある端末は、あなた方の知る言葉でいえばタッチパネル式になっていますので触れれば起動します。後はそちらで細かいことを確認いただければと思います。もしわからないことがあれば、その端末から質問ができるようになっていますのでご利用ください」

 そこまで説明した案内人は、それ以上話すことはないと言わんばかりに昭たちから見て教壇を挟んで反対側に用意されていた椅子に腰かけた。

 その動きがいちいち優美で思わず見とれてしまうのは、恐らく昭だけではなかったはずだ。

 

 昭が案内人に見とれていたのは時間にして五秒ほどで、我に返った昭は次に目の前にあるプロンプターもどきに注目した。

「――さて。タッチパネル式と言っていたかな」

 昭がそう言いながら右手の人差し指で画面に触れてみると、何も映っていなかった画面に黒い背景に三つの文章が表示された。


【はじめに(まずはこちらをお読みください)】

【キャラクリエイト(キャラ・世界観作成)】

【Q&A(何かあればこちらで質問をしてください)】


 これがよくあるゲームの導入画面であればどれだけ安上がりに作ったのかと文句が言いたくなるような作りだったが、ここでそんなことを言っても仕方ない。

 そもそも案内人が言っていることが本当だとすれば、既に亡くなっている者を集めて別世界へと送ろうとしている存在だ。

 敢えてそういう造りにしたのだと考えることにした。

 そんなことよりも昭にとって大事なのは中身の方なので、まずは【はじめに】から読むことにした。

 

 

 たっぷり時間をかけて【はじめに】を熟読した昭は、今一度自分の中で読んだ内容を整理することにした。

 ただ整理といっても【はじめに】に書かれていた内容は、案内人が最初に説明をした話とその補足的なものだった。

 その補足部分は次のようなものになる。

 

・初期画面(一番最初に出てきた三つの文言がある画面)にあるキャラクリエイトを選択すれば、プレイヤーがこれから生まれ変わる世界の選択と自分自身のキャラ作成をすることができる。

・新たに転生した世界でどのように行動するかは自由で、特に運営側を意識する必要はない。

 (そもそも運営は、プレイヤーに何かを目的を持たせて行動を制限するつもりはない)

・死に戻りは自由。ただしキャラは一から作り直すことになる。元のキャラでやり直しということはできない。

 (同じキャラではないという意味では死に戻りはないといえるかも?)

・最初のキャラ作成には制限時間(二十四時間以内)があり。間に合わなかった場合は、参加意思なしと判断して輪廻の輪へと強制送還。


 これ以外にも書かれていたことはあるが、先ほどの案内人の説明の延長にあるような内容だった。

 そして昭が【はじめに】を読んで分かったことは、本当の意味でゲームのような世界に転生できるということだ。

 キャラクリエイトの画面をまだ見ていないのでどんな世界観なのかはわからないが、期待が大きくなってくるのが昭自身も自覚できた。

 そのおかげなのか、自分が既に死んでしまっているという事実よりも、この先どんなことができるのかという意識のほうが強くなっていた。

 

 とはいえ、基本的に「石橋を叩いて渡る」的な性格をしている昭は、すぐに【キャラクリエイト】の画面は開かずに、【Q&A】を開いた。

 昭が【はじめに】を読み始めてからそこそこ時間が経っているので、気の早い者たちが案内人に対して質問をしているのではないかと考えたのだ。

 その予想は正しく、昭にとっても有用な質問と答えが並んでいた。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 ――ゲーム外のことについて――

 

Q,そもそも何故俺たちが選ばれた?

A,こういった状況に適正がありそうな者の中からランダム。


Q,死んだときの記憶がないのは何故?

A,その時の記憶があると、皆様の今後の活動に支障が出ると予想されるためこちらで消去済み。


Q,プレイヤーはここにいる面子だけ?

A,今見えている人たちは一つのサーバー分だとお考え下さい。別のサーバーにも他のプレイヤーがそれぞれ存在しています。

  このようなサーバーは百ほど用意されており、それぞれが現在進行形でリリースされております。

  今のところ別サーバーでのプレイヤー同士の交流などは予定されておりません。


Q,これだけのことをできるのであれば、元の状態に戻せるのでは?

A,そもそもやる意味がないのでやりません。繰り返しますが、この状況に不満がある場合は、輪廻に戻っていただくだけです。


Q,近くの人と話ができないのは何故?

A,この状況に戸惑って騒がしくなるのを防ぐためと、できる限り周りの意見に流されずに自分の意志だけで選択してほしいため。


Q,お姉さんのお名前は? 

  運営さんは複数人?

  他の運営さんも美人さんが多い?

  イケメンな運営さんは?

  ぜひお近づきに……。

  etc,etc.

A,名前はまだないということで。

  今後の展開次第では私以外の運営の者とも知り合えるかも……?


Q,運営は神様?

A,神という定義が地域や宗教によって違っているので、そうだと断言することはできない。

  人にない力を持っているとか世界を管理しているという意味においては、そうだといえる……のか?

  


 ――ゲームについて――


Q,死に戻りがあるようだが、戻ってきたときはここに戻る?

A,プレイヤー専用のハウス(拠点)を用意しています。現在いる場所はあくまでもプレイ前の準備場所です。

  ハウスはカスタマイズ可能でキャラの転生先とはまた別の独立した世界になります。


Q,ハウスにはいつでも出入り可能?

A,初めて転生した時点でチュートリアルのような(・・・・)ストーリーがあるので、それをクリアすれば自由に出入りできる。


Q,ストーリーは強制?

A,ストーリーらしきものは最初のチュートリアルもどきがあるだけで、基本的には自由行動。

  あくまでももどき(・・・)であって、ゲームのチュートリアルではないのでご注意を。


Q,PKあり?

A,そもそもプレイヤー同士が転生した異世界で会うことはない。(それぞれ別世界に転生)

  転生した世界にいる住人たちに殺されることはあるという意味では、PKありということになるのでしょうか。

  ※プレイヤーはそれぞれ全く別の世界に転生することになるので、同じ世界で会うことはないです。


Q,PKなしってぬる過ぎね?

A,どういう意味でぬるいかはわかりませんが、そういう世界だとご理解ください。

  (上司より)そもそもホモ・サピエンス(人間)同士の争いは、いくらでも地球上で見られるじゃないか。

        軽いもの(一対一)から重いもの(多対多)まで。こちらが用意したものでわざわざそんなものを見る価値がないな。


Q,プレイヤー同士で会わないということは、イベントや物品のやり取りなどもなし?

A,掲示板は最初から用意しているので好きに使える。ただし、ハウス入手後。

  物品の売買は今後のアップデートでサーバーごとの自動露店やオークションは用意する予定。

  プレイヤー同士のイベントなんかについては今のところ予定はないが、運営がやる気になればできるかも?

  (上司より)掲示板なんかで話が盛り上がればそれを参考に作るかもな!


Q,死に戻りができるということは、プレイヤーは不老不死?

A,死亡時のキャラはあくまでも再作成であって復活ではないので、最初から不老不死というわけではない。


Q,最初からということは、不老不死になる可能性もある?

A,可能性はゼロではないとだけ。


 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 他にも細かい質問はたくさん出ていたが、この辺りが昭が読んでいて気になったところだ。

(A,)の文言がまちまちに見えるのは、答えているのが案内人と名乗ったあの美女だけではないからだそうだ。

 そのことは、掲示板内にわざわざ(上司より)という回答が混ざっていることからも分かる。

 運営に携わっている者たちは人知の及ばない力を持っているらしいが、それでもこれだけの人数の質問を一気に答えることはできないということだろう。

 

 そんなことを考えながら次はキャラ作成を……と画面に手を伸ばした昭だったが、その直前に室内に機械音声のような声が響いた。

『全てのプレイヤーの中から最初に転生した者がこのサーバーから出ました。最初に転生した者には特別な称号が送られます』

 どうやら早くもキャラ作成を終えて異世界へと旅立った者が出たようだった。

 そのこと自体も驚きだったが、それよりも音声の中にあった『特別な称号』というのが気になる。

 

 そう考えたのは昭だけではなかったようで、【Q&A】に戻ってみてみると既に説明を求めている者たちがいた。

 ただしそれについての返答は一律で、『他にもあるから探してみてね』というものだった。

 文言自体はもっと畏まってはいたが、言っていることは大体そんな感じで具体性のある説明はなかった。

 ゲームと考えれば当然であるが、いずれにしてもそれ以上のことは教えてくれなさそうだったので、昭は改めて【キャラクリエイト】の画面を開いた。

 


 そして【Q&A】を一通り見終えて改めて【キャラクリエイト】を開いた昭だったが、最初の選択肢を見ただけで思わずうめき声を出してしまった。

 昭が【Q&A】を見ているときに周りにいる何人かが同じような動作をしていたことに気付いていたのだが、これが理由かと納得できた。

 最初の選択肢では転生先になる世界を選ぶことになっていたのだが、その種類が豊富すぎるほどに豊富だったのだ。

 ジャンルでいえばファンタジーからSFまで、いわゆる異世界ものと呼ばれるような世界観のほぼすべてを網羅しているように見えた。

 試しに一番わかりやすいファンタジーを選択してみれば、さらにその先にも細かい設定(魔法有り無しなど)まで選べるような選択式のチェックシートのようなものまで出てきた。

 大きなジャンルだけでも種類が多いのにこれほど細かい設定が選べるのであれば、それこそこの場にいる全員が全く同じ世界になることはないのではないかと思われるほどだ。

 逆にいえば、これだけの種類の世界を用意できるということは、昭たちをこの場に召び出した運営は色々な意味でかなりの力を持っているといえるだろう。

 この場合の『力』というのが、単純な腕力だけではないのは言わずもがなである。

 

「――そんなことはともかくとして、さてどうしようか。これだけあると逆に悩むな」

 王道であるファンタジーものは勿論のこと、SF世界で艦隊戦なんかも心が惹かれる。

 それ以外のジャンルも、やりようによってはいくらでも楽しめる要素がありそうだ。

 選択肢が多い分自分好みの世界がいくらでも作れそうな気になってしまい、その分だけ悩む要素が多くなって来る。

 

「まじでどうするか。…………ここで悩み過ぎて時間を使っても意味がないから、とりあえずで選んで先を見てみるか」

【はじめに】や【Q&A】にも、世界観を選んだあとにキャラ設定と書いてあった。

 であればまずはキャラを決めてしまってから、そちらに合う世界を選択してみるというのもありかと考えたのだ。

 だが、この時の昭は気付いていなかったが、キャラ作成は世界観にあった項目が選択肢として出るようになっている。

 そのことに昭が気付いたのは、とりあえず適当に選択したファンタジー世界でキャラを作った後に、二番目の世界としてSFを選択してキャラ作成画面を見た時であった。

 

 

 キャラ作成の落とし穴に気付いた昭が机に突っ伏していた上体を起こしたのは、【キャラクリエイト】の画面を初めて開いてから二時間ほどが経ってからだった。

「――――どうするか。このままじゃ、何も決められずに時間だけが過ぎていく気がする」

 優柔不断ここに極まる――と言いたいところだが、昭が周りを見た感じでは何となく自分と同じような状態に陥っている様子のプレイヤーが複数人見受けられた。

 困った様子で昭が視線を向けると、それに呼応するように苦笑したり困ったような顔をしたりする者がいたので、恐らく勘違いではないはずだ。

 もっとも自分の同士を見つけて安心できたからといっても、時間は刻一刻と過ぎているのだが。

 

 すでに案内人である美女が来てから三時間ほどが経っていて、昭がこの部屋にいられる残り時間も先ほど二十一時間を切っていた。

 それだけで見ればまだまだ時間は残っているともいえるのだが、今現在の自分の悩みかたを考えるととても時間が足りるとは思えない。

 とはいえ、ある意味でこの先の人生を決める場面であるだけに、適当に勢いだけで決めてしまうのも何か間違っている気がしている。

 だからといって、自分の好みと勢いだけで決めてしまっても――とループ状態に陥っているのが現在の昭であった。

 普段から即断即決ができる人間からすれば何をこんなところでうじうじと、といわれても仕方のない状態だが、こればかりはどうしようもないという思いもある。

 いつもの昭はそこまで優柔不断というわけではないのだが、今の状態はいわば好きなおかずが所狭しと並べられていて、さあ最初に選ぶおかずはなんだといわれているようなものだ。

 悩んでしまうのは仕方ないだろうというどうでもいい言い訳を、自分の中で昭はしていた。

 

「…………よし。いったん落ち着こう」

 思考がとっ散らかって来ていることを自覚した昭は、そう呟いてから一度だけ大きく深呼吸をした。

 それが功を奏したのか、先ほどまでの焦りが徐々になくなっていくことが分かった。

 そうなってみると、先ほどまでどれほど慌てていたのかがよくわかる。

「――なんで二十一時間しかない(・・・・)なんて考えていたんだろうな。まだ二十時間以上もあるじゃないか」

 先ほどまでとはまるで違った感覚に自分でも苦笑するしかない昭だったが、お陰で落ち着いた様子で端末を見ることができるようになった。

 

 初めて【キャラクリエイト】の画面を見た時よりも落ち着いた気持ちで見始めた昭だったが、詳細設定を決める画面で先ほどまでは視界に入ってなかったある項目を見つけることができた。

「運営お勧め? ……こんなもの、最初からあったっけ? 途中で生えてきた?」

 さらっと見ただけではわかりにくい場所にひっそりと置かれているその項目は、普通に考えれば最初の選択画面に置かれていてもおかしくはないようなものだ。

 だがこれほどまでに大掛かりな仕掛けを用意する運営(特に上司)であれば、こんな目立たない場所に置いてあるのは納得できる気もする。

 

「……さて。ここの運営であれば、罠という可能性もあるとは思うけれどどうするか……。――うーん。迷っていても仕方ないからとりあえず見てみるか?」

 つい先ほどまで運営に流されるのは勘弁と考えていたのだが、落ち着いたところで考えるとどうせなら敢えて運営に流されるのも悪くないと思えてくる。

 結局のところこうやって振り回されている時点で、運営(特に上司)の思惑通りに動かされているのではないかと気付いたのだ。

「どうせだったらとことん流されてみるのも面白いかもな。よし、とりあえず見てみよう……って、おい!」

 まずはどんな内容になるか確認するかと決めた昭は、【運営お勧め】の項目をタッチしてみた。

 すると当然のように画面が切り替わった……のはいいが、そこに書かれている内容が問題だった。

 

 タイトルのように【運営お勧め】が一番上にあるのは普通だろう。

 だが、画面の中央にデカデカと【Attention!!(注意!!)】と書かれているのはどういうことだと。

 さらにその下には注意を促す内容が、申し訳程度に書かれていた。

「『【YES】を選択すると強制的に第二の人生が始まります。【NO】を選択すると二度と【運営お勧め】は表示されません』って、やっぱり罠じゃねーか!」

 自分の声が周囲に漏れないようになっているのは、この時ばかりはいい方向に作用した。

 

 思わず大声で突っ込んでしまった昭だったが、開いてしまった以上は仕方がない。

 ここまでお膳立てしてくれれば、先ほどまでの大量の選択肢とは違って二つの選択肢しかないとも考えられる。

「…………よくよく考えれば、死に戻って新しいキャラで作り直しもできるんだよな。だったらこの際、運営の用意したルートに乗ってみるのも手か?」

 今の昭には、運営の手のひらに転がされるのは癪だという考えはほとんどない。

 むしろ用意されたルートで、自分がどう対応できるのか試してみたい気分にさえなっている。

「なんだ。それだったら変に悩んで時間を浪費するよりも、スパッと覚悟を決めますか」

 一度方向性さえ決まってしまえば、思い切りよく決断することができた。

 その決断を持って、昭はさっさと画面内にある【YES】に触れるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

『ゲーム』が始まってから既に二十四時間近くが経とうとしていた。

 昭たちに『案内人』だと自己紹介した美女は、制限時間の残り十分にしてこのサーバ最後のプレイヤーが新たな世界に旅立つのを見届けた。

「さて。これでこのサーバは最後の一人が旅立ちましたか。他のサーバは……残り一パーセント未満ですか。思ったよりも優秀とみるべきか、思惑通りと喜ぶべきか、判断に迷うところですね」

 その呟きは、既に彼女以外には誰もいないために、他に聞かれることなく霧散していく。

 

 それでも美女は気にした様子もなく、ガランとした部屋を一度見回した。

「皆がこの先どういう選択をしていくのか。……あの方の思惑に流されるのは少々癪ですが、たまにはこういう経験をしておいてもいいでしょうね」

 そう言った美女の口元は、緩やかなカーブを描いていた。

 もしこの場に誰かがいてその微笑を見ることができたのであれば、間違いなく魅了されていたであろう。

 だが残念ながらこの場にはその美女一人しかおらず、その微笑みを見ることができた存在はいないのであった。

本日はこのプロローグのみですが、明日から一日複数の連続投稿をいたします。

読み飛ばしの無いようにご注意ください。

1日:5話 2日:5話 3日3話更新で第一章は完了になります。

それ以降は一日2話投稿予定です。


明日は翌朝8時投稿開始

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