一寸法師
おばあちゃんが嫌いだ。一に学歴、二に勉強。小さい頃から手紙や電話でそんなことばかり言われ続け水流は祖母の家に行くことが苦痛になった。それでも足を悪くした独居老人には何かと手伝いが必要だ。週に一回、駅前のスーパーで買い物をして冷蔵庫に収めたらできるだけ長居せずに帰宅する。帰ろうとすると声をかけられた。
「水流ちゃん、漢方薬とって。」
冷蔵庫に貼られたお薬カレンダーには几帳面に薬が入れられていた。なぜか今日のところにだけ連なったままの2種類の漢方薬の袋が刺さっている。
「2個と3個の、あるでしょう。ちぎったら明日のところに入れといて。一つ飲み忘れてずれちゃったのよ。」
「まだあるのならちぎって入れるよ。」
きっと作業が面倒でカレンダーに入れてないのだろうと思った。
「いいのよ、もうこれでおしまいだから。こんないっぱい…飲みきれないわよ。人には死ぬまでに飲む量が決まっているの。私はもう最後のが近いわね。さ、早く帰って勉強なさい。明日は法事で時間とられるんだから。」
弱音を振り払うように水流が行くつもりのない法事のための喪服を駅前のクリーニング屋まで取りに行くという。駅前でのバイバイ、気を付けてねが私たちの最後だった。
葬式は欠席した。もうそこにいても意味がないと思ったからだ。こんな時ぐらいいい子にしてよ。ため息交じりに母が言う。いい子って何さ。おばあちゃんの不興を買わないように面倒な法事や親せきづきあいを息子ではなく嫁がやる。もうおばあちゃんは死んだっていうのにいい子ぶってるのはあんたじゃないか。そんな風にはなりたくないと心から思う。
妹がおばあちゃんは優しい顔をしていたと教えてくれた。
「親戚のチヨちゃんと二人でその表情に合う言葉を考えて遊んだの。生きてたら言うはずない優しいことをさ。そしたら少し笑えてね。それで気持ちが和んだの。まあいいやとも思えたよ。」
おばあちゃんの顔を思い出す。最後に見たのは…小田急線相武台前駅新宿方面のホームに立つ。車両のいない線路が見えた。向こう側から手を振るおばあちゃんは一寸法師みたいに小さくて、表情は分からなかった。
葬式の後遺品整理で訪れた家のテーブルに漢方薬が一袋だけ置かれていた。ずれていたから片方余ってしまったのだろう。「あなたにも良さそうだから飲んじゃえば?」母が言った。一つずれたおばあちゃんと自分。おばあちゃんは自分の分を飲みきっていた。残された最後の一つは心残りの味がした。