表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

一寸法師

作者: 矢本蓮見

 おばあちゃんが嫌いだ。一に学歴、二に勉強。小さい頃から手紙や電話でそんなことばかり言われ続け水流みつるは祖母の家に行くことが苦痛になった。それでも足を悪くした独居老人には何かと手伝いが必要だ。週に一回、駅前のスーパーで買い物をして冷蔵庫に収めたらできるだけ長居せずに帰宅する。帰ろうとすると声をかけられた。

「水流ちゃん、漢方薬とって。」

 冷蔵庫に貼られたお薬カレンダーには几帳面に薬が入れられていた。なぜか今日のところにだけ連なったままの2種類の漢方薬の袋が刺さっている。

「2個と3個の、あるでしょう。ちぎったら明日のところに入れといて。一つ飲み忘れてずれちゃったのよ。」

「まだあるのならちぎって入れるよ。」

 きっと作業が面倒でカレンダーに入れてないのだろうと思った。

「いいのよ、もうこれでおしまいだから。こんないっぱい…飲みきれないわよ。人には死ぬまでに飲む量が決まっているの。私はもう最後のが近いわね。さ、早く帰って勉強なさい。明日は法事で時間とられるんだから。」

 弱音を振り払うように水流が行くつもりのない法事のための喪服を駅前のクリーニング屋まで取りに行くという。駅前でのバイバイ、気を付けてねが私たちの最後だった。


 葬式は欠席した。もうそこにいても意味がないと思ったからだ。こんな時ぐらいいい子にしてよ。ため息交じりに母が言う。いい子って何さ。おばあちゃんの不興を買わないように面倒な法事や親せきづきあいを息子ではなく嫁がやる。もうおばあちゃんは死んだっていうのにいい子ぶってるのはあんたじゃないか。そんな風にはなりたくないと心から思う。


 妹がおばあちゃんは優しい顔をしていたと教えてくれた。

「親戚のチヨちゃんと二人でその表情かおに合う言葉を考えて遊んだの。生きてたら言うはずない優しいことをさ。そしたら少し笑えてね。それで気持ちが和んだの。まあいいやとも思えたよ。」

 おばあちゃんの顔を思い出す。最後に見たのは…小田急線相武台前駅新宿方面のホームに立つ。車両のいない線路が見えた。向こう側から手を振るおばあちゃんは一寸法師みたいに小さくて、表情は分からなかった。

 葬式の後遺品整理で訪れた家のテーブルに漢方薬が一袋だけ置かれていた。ずれていたから片方余ってしまったのだろう。「あなたにも良さそうだから飲んじゃえば?」母が言った。一つずれたおばあちゃんと自分。おばあちゃんは自分の分を飲みきっていた。残された最後の一つは心残りの味がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の死期を悟っていたようなおばあちゃんの姿が切ないですね。 一寸法師のように小さく見えたおばあちゃんは、もう既に水流のいる「この世」から離れ始めていたようにも思われます。 亡くなってし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ