最期の刻まで…
鳴田るな様主催の「純愛短編企画」参加作品です。
お楽しみ頂けたら幸いです。
「これで最後だ」
「そうだね」
式神が鬼にのとどめをさしながら溢した台詞に、セイは違う意味を込めて静かに同意した。
物心がついた時から、家業として、親に言われるままに鬼を退治してきた。
たくさんの式神が共に戦い、時に傷つき、倒れ。
それが、一族の定めだと思っていたけど。
式神が敗れ、倒れるたびに泣くセイに、弱かった護が俺が最強になって、倒れないようにするから、そう何度も繰り返し、本当に強く強くなっていくから。
いつしか、セイは譲とだけ戦うようになった。
最強の式神。
両親にも太鼓判を押された式神。
だけど、もう、こんな生活も終わり。
護の力も、もう、なくなる。
セイは代々鬼を討伐する貴族の末っ子として生まれた。兄様が両親の後を継ぎ、鬼を倒せる女性を妻にした。子ももうまもなく生まれる。姉様たちも一人は嫁ぎ、一人は鬼を生涯倒していくと宣言している。
誰よりも強い力を持って生まれたセイは期待されて育ったけど、式神を護だけにして、他の式神を選ばなくなってから、諦めと嘆息とともに育った。
両親や兄姉は才能があるのに、とか力が強いのに、そう宥めたりすかしたりして、セイに他の式神を持つように、護が倒れても、セイの力が有る限り戦うようにと、諭してくるけど、護が、セイが泣かないために最強になったときから二人で約束して決めていた。
護の力が尽きたら、二人で鬼を倒す生活を辞めようと。
だから、もう、終わりだ。
護はまだ、最後の力を使うまで戦いきる気でいるし、平気な振りで、変わらない態度だけど。
もう十年も一緒に戦ってきたセイには分かっていた。
護の力は、もう間もなく尽きる。
むしろ、今の戦いで尽きなかったことが不思議なくらいだ。
護の力を使いきって終わるのではなく、二人で雛びた地にでも赴き、田畑耕してのんびり生きる。
セイはそう決めていた。
セイはもう他の式神を使うことはない。
セイが敗れた式神を守ろうと死にかけたあの時に、護が最強になって、自分は敗れないから、他の式神を使うなとそう願ったから。
そして約束通り、今まで何にも敗れず、最強になったから。
最近、護は何か言いたそうにセイを見つめていることがあるけど。
セイは護が敗れることがあるなら、身を挺して守るつもりだし、その前に二人で楽隠居しようと決めていた。
護の代わりに新しい式神を、と護自身に願われて、あの時の自分の願いをなかったことにと言われても、頷くつもりはなかった。
今まで稼いだ報償はほとんどためていて、セイと護が二人でこの先一生、旅して生きてもあまりある。
家のことも、もう力を継ぐ人も戦いに生きると決めた人もいるから心配がない。
それなら、護の力が尽きる前に、二人で隠居して、のんびり生きていくのもいいじゃないかとセイは思っていたし、実際、兄様に嫁が子供を産むまでと請われて頼まれたこの依頼を最後に、仕事から足を洗おうと思っていた。
だから、おしまい。
そのつもりだったのに。
家に帰れば、討伐報告もする前から、土下座した兄様が玄関口にいた。
「セイ」
「いやです」
兄様の言葉を一言で遮る。
「次!次で最後だから!!」
「いやです」
無碍もなく断るセイの背にそっと護の手が添えられる。
「護も!頼む!!!この通りだから!!」
一家の次期主が必死に土間に頭をこすりつける。
「首が飛ぶ。物理的に。俺だけじゃない。カナも子供も、父上と母上もだ!!頼む!!」
どれだけ頼まれても、無理なものは無理だ。
兄様の力で足りなければ、父上も母上も姉上様たちも総動員して戦えば。
鬼との戦いは量より質なことは分かっていたけれど、セイは首を横に振った。
確かに、護の力は全員の式神をあわせたよりも遙かに強い。
神に近いと言わしめた、最強の式神。
だけど、力は使えば減り続け、やがて尽きる。
護の望みで、他の式神を従うのをやめたから。
その誓約の力でどうにか衰えてきた力を補い続けてきたけど。
もう、限界。
それは、セイも、護自身も分かっていることで。
父上たちも、うすうす感づいていただろう。
だから、はっきりと言ってやろう。
そう、口を開きかけた時、兄上はセイを説得をすることを諦めて、護に視線をあわせた。
見えないはずなのに。
式神は従えているものにしか見えない。
温もりも、感じない。
それなのに、はっきりとセイの背後に視線を向けて、
「セイも死ぬぞ」
兄上の脅しに普段冷静で、どちらかといえば沸点が低くて無反応無感動と言われ続けたセイの怒りが爆発する。
「兄上!!!」
護を中心にぶわっと風が広がる。
その風の威力に、セイは必死に冷静さを呼び戻す。
兄上や家のためじゃない。
こんな風ですら、今の護には毒だ。
これで、力が尽きたら。
護を永遠に失う覚悟なんて、いつまでたってもこれっぽっちもできなくて。だから、力をもう、使いたくない。
ずっと二人で静かに死んでいきたいのだ。
どうして分かってくれない。
焦れて兄上を見るが、視線はセイの背後に据えられたままだ。
「皇帝の依頼なんだ。后を護れと。分かるだろう?断っても失敗しても一家全員首が飛ぶ」
姉上や父上、母上、皆でと言いかけたセイの背中から、すっと熱が離れていく気配に、言葉も忘れて振り向くと、必死に護の袖にすがりついた。
「護!」
皇帝の后にかけられた呪いの鬼なんて。
絶対に力が強い鬼だ。
兄上の言うことも分かる。
失敗したら一家全員責任をとらされるどころか、失敗したら即死だ。
でも、人の愛するひとを護るために、自分の大事な人を危険にさらすなんて無理だ。
護が力に満ちていたときなら。
あるいは。
セイがもっと愛も物も知らない幼いときなら。
気軽に護ってあげるそう言えたかもしれない。
だけど、知ってしまった今。
この手が離れていく恐怖に、打ち勝てない。
鬼と対峙する時に、恐怖は、危険だ。
失くすかもしれない、その恐れが、死につながっていく。
セイはそうやって死んでいく人も式神もたくさん見てきた。
だから、もう、行けない。
「無理」
誰にともなく首を横に振る。
その瞬間。
とん。
首筋に衝撃を受けて、視界が暗転した。
薄れていく意識の中で、背中を向けて去っていく最強の人の影が消えた。
黒い髪、黒い着物の細い男の背中に必死ですがろうと手を伸ばす。
一度振り返った赤い瞳が、愛おしそうに細められて。
「護!!」
がばりと起きあがると、自分の寝室の布団の上だった。
あわてて周りを見渡せば、窓の向こうは闇に包まれていた。
簡素な木造の家ながら、中々の広さのある屋敷だが、屋敷の角に部屋を貰っているセイの部屋からは、畳を経て、障子を開け放した板張りの廊下を越えると、横開きに開く窓から、庭の角まで良く見える。
庭の端の塀に据え付けられた灯りが、木々の陰を等間隔に映している。
鈴虫、松虫。
草に隠れた虫たちの声が平穏な夏の終わりの夜を示しているが、この平穏さの陰で、血なまぐさい戦いが繰り広げられていることを思うと居てもたってもいられなくて、布団を跳ね上げ、枕元に畳んで置かれていた白い着物をもどかしく身にまとい腰紐も、帯も雑に結んで部屋を飛び出す。
深夜らしく、庭の灯り以外、何の光もないしんとした廊下に、兄上を問いつめるのはもう諦めて、ただ護の気配を追いかけようと左胸を押さえる。
そこに確実に感じる鼓動。
痛みは感じない。
きっと、まだ、大丈夫。
だけど、減っていく理の力を感じる。
確実に、護の最期は近づいている。
早く、早く。
焦る気持ちとうらはらに、もつれる足を内心叱咤しながら、下駄を履き、皇帝の治める赤と茶の瓦屋根と木造の家で統一された美しい街を走り抜ける。
美しい皇都。
美しい皇帝と、たおやかな後宮の美女たちが治める優美な街。
その陰で、人はいつもいつも戦い続けてきた。
醜い戦いの果てに生まれる鬼を屠り続けて。
その先に私が失うものが大切な護だなんて…。
得られるものが、最愛の人の喪失だけだなんて。
認められない。
認め、たくない。
術を足にかけて、屋根の瓦の上に飛び上がる。
一足飛びに後宮の果て、護の力を感じる方へ。
セイの術の力は生命力を使って、能力をあげるものだから。
護はセイが力を使うことをいやがるけど。
護がいない世界を生きるなら、必要がないから。
すべての力を使って、彼の元へと。
彼が、消えてしまう前に。
屋根を飛び移り、皇宮の高い塀を軽々と飛び越える。
北の果て、後宮の方で、護の戦いの気配を感じ、池を飛び越え、いくつめかの庭を横切り、そこに、一匹の大きな鬼と対峙する細い背中を見つける。
いつものように、美しい黄色のオーラ。
闇に広がる、圧倒的な強さ。
その光が広がり、鬼を包み込む。
「護!!」
いつもよりも圧倒的に強い力に、あわてて駆け寄る。
視界の端に尊い人々が集まっているように見えるが、そんなものはどうでもいい。
ただ、ただ、消えそうな背中をつかみ取る。
「逝くなら、二人で」
背中が震える。
「セイ」
体の中心から響くような、低く大好きな声が闇にこぼれる。
断末魔の鬼の咆哮が声をかき消していく。
「分かるだろう」
止めをさして、護が振り返りもせず答える。
二人で過ごした十年が脳裏をよぎり、消えていく。
初めて出会ったとき。
つんつんしていた護。
それでも、護ってくれた。
護ってくれたから護よ。
そう幼い私が安直につけた名前を気に入って。
死にかけたことも何度もあった。
力が強いからとたくさんの式神を配下にしながら、式神が倒れる度に傷つく私を護が必死に抱き止めて。
二人で戦って、見送って、誓い合って。
強くなってきた。
いつしか、二人きりになって。
何度も、これが最後の戦いになるかもと思いながら、いつか二人で安穏とした人生を送れる日を夢見てた。
でも、現実は変えられない。
私は、鬼を退治する一族の娘で。
護は、私を護る式神で。
護の力を使い切ってしまうことを恐れる私と。
私が死ぬことを恐れ続けてきた護。
十年片時も離れず、ずっとずっと一緒にいたから。
護が本当は私の楽隠居の夢に笑って頷きながらも、私を護って一人で逝くつもりなことも。
それと引き換えに私を一族からすら護るつもりなのも。
そんなことになるぐらいなら、私が護と一緒に逝くつもりなことも。
目を合わせなくても。
お互い分かり切っている。
もう一匹、暗闇の奥から先ほど以上に大きな鬼が出てくる。
鬼の欠片の報酬討伐が護の足下にも、護られている男性と女性、その間にいる二人の子供たち間にも。
無数の欠片。
散らばっている。
護の身体にも傷がついている。
これで鬼が終わりなのかもわからない。
ここまで来てしまった以上、護が戦わずに帰ることなどないだろう。
覚悟を決めてセイは回りに神経を張り巡らせた。
幸い、この大きな鬼が最後の一匹らしい。
護が力を使いきれば、倒せるだろう。
そして、護は私がこの場にいる以上、死力を尽くしてでもあの鬼を倒す。
護るべき貴き人たちは護られて、私も、兄上様も、一族の皆が首を繋ぐだろう。
私だけが、愛する人を喪って。
救いは、尊き男の手が女性と子供たちを護るように回されていること。
愛する人を失う理由が、愛する人を護りたい人の依頼で、よかった。
涙が一筋、頬を滑って落ちる。
分かるだろうと言われなくても、分かっていた。
護は私を連れて行ってはくれない。
だから、一緒に逝きたくてここまできたけど、それでも。
絶対に連れて行ってくれない。
一段と護の光が増して、皇居を包むように大きな光となっていく。
それと反比例するように左胸に刻まれた二人をつなぐ絆の証が力を失っていく。
本当に、最期なんだ。
大きな鬼たちの泣くような祈るような断末の声が静寂に響く。
からん。
静かに鬼のなれの果ての姿が一際、大きな音を立てて地面に落ちた。
同時に、左胸の熱は消え去り、目の前の男がいた場所に、静かに一枚の切り裂かれた絵が落ちていく。
地面につく前に掴もうと手を伸ばすが、それすら叶わずに。
地面に落ちた絵を、ゆっくりと拾い上げる。
「もう、私には何の力もありません」
絵を胸に抱き、振り向いて溢した私の言葉に、誰にも膝まずかない皇帝が静かに礼を尽くして頭を下げてくる。
西国から嫁いできた后は、その言葉に、察したように口元に手を当てて、その後、何か男性に向かって早口に異国の言葉を紡ぎだした。
何度か異国の言葉でやりとりをした後、請われて見せた絵を見て、女性が力強く頷く。
その後に、男が告げた言葉は、福音で。
護が描かれていた、黒い神様の絵は、女性の母国で信じられている神様の絵で。その絵を直せるかもしれない画家や、その画家の絵が残っている可能性が高いという。
護の依代はもう、彼を復元させる力を持っていないけど。
もし、修復できたら。
戦う力はなくても、護が戻ってくるかもしれない。
もし、別の絵があれば。
その絵を買い取り、出会ったときと同じ様に力を込めたなら。
もう十年、一緒に日々を過ごせるかもしれない。
一縷の望みにすがって旅立つ決意を固めて、父上と兄上への伝言を頼む。
報酬は辞退して、西国への馬車の手配だけ受け入れてすぐに旅立つことにする。
手には、一枚の破れた絵だけを握りしめて。
絵が、少し、震え、左の耳の後ろて、聞きなれたいつもの声が、聞こえて、消えた気がした。
「セイ、最期の刻まで…」
その消えた言葉を取り戻すために。
お読み頂きありがとうございました!しばらく短編とか企画続けて投稿したいと思っています!よろしくお願い致します!