プロローグ
高層ビルが、煌々と燃えていた。
ビルの上部には獅子を象った大きなレリーフが取り付けられていて、その周辺ではそれなりに有名な企業のビルだ。
駆けつけた消防車から降りてきた消防士達は、燃え盛っているビルに向けていくつものホースから放水をし、消火を試みている。
警察によって張り巡らされた黄色いテープの外には大量の野次馬が集まっており、近くの人と何事かと話し合っていた。
人々の関心がそこに向く中、野次馬の集団から少し離れた位置で、物陰に身を潜めながらビルを眺める二人組がいた。
「……なんか大事になっちゃったな…ビルごと破壊するつもりはなかったんだけどな」
「いや、仕方ないんじゃないですかね?そもそも予定外の破壊行為をする羽目になったのは新田の野郎が多くを語らなかったせいですよ!あいつ全然情報喋んなかったじゃないですか」
「まあそれもそうだな。まさか訓練された兵士が百人単位で部隊を組んでるとは思わなかった。…ああそうか、あの野郎、依頼を断られるのが嫌でわざとこの事黙っていやがったに違いねぇ」
まるで自分たちがビルを炎上させた、と言わんばかりの物騒な会話を口にするのは、金髪の少年–––ロッドと、黒髪の少女–––レイの二人だ。
「まあ愚痴ったってどうしようもないです。もう終わったことですしね。文句は後で直接言うとして、さっさと帰りましょう」
「そうするか。久々の大仕事で疲れたからな……こんな日はさっさと寝るに限るね」
そう言葉を続けると、二人は踵を返し、赤い炎を背にその場を離れていった。
ロッドとレイは、風見市という町で、ある仕事をしている。
二人は所謂、“何でも屋”と呼ばれる類の人間だ。
––––『風見魔術事務所』。
それが二人の所属する組織の名。
組織と言っても、その構成員は四人のみであり、加えて残りの二人は頻繁に行方不明になるため、実質事務所に常駐しているのはロッドとレイのみである。
どこかに行ってしまっていても金に関する業務や書類仕事などは所長が片付けてくれるため、たった二人だけでもなんとかやりくりができている、というのが事務所の現状だ。
そんな風見魔術事務所は、上記の何でも屋の表記の通り、舞い込んでくる依頼には様々なものがある。失せ物探しに猫探し、要人護衛の依頼や果ては犯罪組織の調査に殲滅まで。
特に、最後の犯罪組織の殲滅は、組織の性質上簡単に手を出すことの出来ない政府や、親しい者の仇討ちなどの理由から一般人から依頼される頻度もそれなりに高く、その危険性から成功した際の報酬も高い––––のだが。
「ああああああああぁぁぁ報酬減額されたぁぁぁ!!」
「まじですか……あれだけ苦労したのに……」
現実は非常であった。
今回二人が受けた依頼はとある犯罪組織から重要な情報のデータをできるだけ事をを荒立ずに抜き取ることであり、殲滅ではなかった。
だがしかし、そこには想定を超える戦力が待機しており、仕方なく応戦、結果として潜入したビルは炎上し、夜が明けると同時に崩壊という依頼内容とかけはなれた最悪の事態となってしまった。
当然二人は報酬を減額され、手元に入ったのは本来貰えるはずだった金額の二分の一、つまりは半分となってしまったのだ。
「減額……くっそ、酷使した術式駆動具のメンテ費だって馬鹿にならないのに……」
「やばいですね……最近謎の出費が激しいせいでただでさえ金が少ないんですよもう!!」
––––これはぐだぐだと、ときに命懸けで毎日を過ごす魔術師達の、そしてロッドとレイを中心にした愉快(笑)な物語である。
「––––あ、その謎の出費多分師匠だと思うぞ。あの人よくお金抜き取って遊んでるし」
「ふぁっ」
ちなみに、後日二人は依頼人との再交渉の末、減らされる金額を元来の五十パーセントから二五パーセントへの引き下げに成功し喜んだとかなんとか。