横並びな世界
二年B組、林先生は脂汗を掻きつつ、頭の中では恨み言を吐きまくっていた。
今目の前にいる中年の女性。言ってしまえばババァ。クソババァ。
化粧は濃いし、服は派手なショッキングピンクだし、所々チカチカしているし、香水はキツイし。
普通ならお近づきになりたくない人物である。
「聞いておられますか!」
林先生が返事をしながら背筋を伸ばした。
まったく、こうしてババァが怒鳴るのは何回目だっただろう?
数えたくない。林先生は胃がキリキリしていた。
「運動会で順位を付けることなど、差別以外の何者でもありません! 特にかけっこなんて見てください! 足の遅い子はみんなから嘲笑の対象になるだけじゃないの!」
「はあ、ごめんなさい」
そのくせ、子どもがテストで一位をとったりすると、こういうババァは狂ったように喜ぶのだ。
舌打ちすら許されず、林先生はいよいよお腹を押さえ始める。
「ごめんなさいじゃないわ! 大体、背の順や五十音順だっておかしいのよ! 最後の子がまるで一番ビリッケツみたいじゃない!」
確か、このババァの苗字は鷲浜。
なるほど、一番後ろがお気に召さないようだ。
その癖、背はそんなに高くない。
前も後ろも嫌。
どうすりゃいいんだよ。
ギリギリ、と林先生は歯軋りする。
「あのですね、五十音はあくまで点呼の時に分かりやすくするためで……」
「あなた方が努力すれば、そんな楽しようと思わないはずだわ!」
「……背の順だって、最後の生徒までしっかり並んでいるか見やすくするためで……」
「横から見てあげればいいでしょう? 結局あなた達の怠慢なのよ!」
それから夕方まで林は鷲浜の話に付き合わされた。
翌日、鷲浜は息子の雄次を小学校に送り出した。
彼女は正直、まだカンカンに怒っていた。
結局途中で林先生に「溜まっている仕事があるので、話はまた今度詳しく」と言われ、追い出されたからだ。
そんなことが許されるはずがない。
アイツは耳が痛いから、そういうこと出鱈目なことを言って私の話から逃げおおせたんだわ。
彼女はそう考えて、今日もまた学校に行ってやろうと考えていた。
しばらく家事をしていると、家の扉が開く音がした。
それと同時に、とても痛ましく嘔吐する声が聞こえて、彼女は玄関へと急ぐ。
駆けつけてみると、息子の雄次が玄関で際限なく吐いているではないか。
「学校が、学校が」
と、うわ言の様につぶやく息子の声を聞いて、彼女は鼻を膨らませながら出かける支度をした。
向かうは家のすぐ近くにある、息子が通っている小学校だ。
学校に着いてみると、そこには何と息子がいた。
「こんにちわオバサン」
「な、何を言っているの? それより、身体は大丈夫なの?」
困惑する彼女だったが、するとその手を引っ張るものがいた。
「オバサン、遊ぼうよ」
「ひぃっ!」
思わず尻餅をついてしまう彼女。
そこには、何ともう一人の息子がいたのだ。
いや、それだけじゃない。
校庭にいるのは、全部息子だった。
「ああ、こんにちわ! なんだ、ご招待申し上げようと思いましたものを」
と現れたのは、林先生だった。
「見てください! 背も身体能力も学業成績も、全て同じ生徒で揃えましたよ! ああ、名前はありません。どう区別しても順番になってしまうので」
「な、何を考えているんですか!」
とうとう彼女は金切り声をあげた。
しかし、林先生は笑うばかりだ。
「とにかく、まあ授業を見てくださいよ。まだ究極的な平等ではないんですが、かなり近づいていますから」
教室は、四角に囲んだ席で、その真ん中に教師が立つという形式になっていた。
そんな囲いの外で、彼女は震えながら授業風景を眺めていた。
今はみんな小テストをやっている。家で休んでいる彼女の雄次を除いた全員が、答案用紙と格闘している。
それぞれにほとんど動きに違いは無かった。
合わせ鏡でも見ているかの如く、同じ動きをする時もあった。
見学している彼女は、まったく歯が噛み合わない。
「さあ、出来たかな!」
『ハーイ!』
斉唱した声が綺麗に揃ったおかげで、ほとんどハモらず綺麗に声が響いた。
そして林が採点し終わると、みんなに答案を配った。
「良かったな。みんな仲良く80点だ!」
『やったぁ!』
明らかにずれた世界に、彼女は息子と同じようになりそうだった。
眩暈がし始めた頃、教室が大きく揺れ始めた。地震だ。
よりによってこんな時に! しかし、林先生は何もしようとはしなかった。
「ちょっと! あなた、早く子ども達を廊下に並ばせて! 非難させなさいよ!」
「順番をつけたら差別です! あなたは何を考えているんですか!」
真顔でそんなことを怒鳴られてしまい、彼女は絶句してしまう。
そうこうしている間に、学校が崩れ始めた。
屋根が崩れて瓦礫となり、逃げ惑う雄次の頭を直撃していく。
元がなんだったかは知らない。
だが、今はみんな『雄次』なのである。
「ふぎゃ」
「ぐえ」
「うっ」
「がぁっ」
「ぎゃっ」
いろんな呻き声をあげながら死んでいく雄次の顔した子ども達。
その呻き声に、順位が付けられるだろうか。
「……ウフフフフフフフフフフフフ。アハハハハハハハハハハハハハハハ!」
ついに錯乱してしまった彼女は、窓に向かって突撃を始めた。林が止めたが手遅れだ。
勢い良く突っ込んだ彼女は、ガラスと血を撒き散らしながら地面に叩きつけられ、絶命した。
校庭から、悲鳴があがる。
「そ、そんな。ちょっと幻を見せて脅かそうとしただけなのに……」
林先生が、上から校庭を見下ろしながら、そうつぶやいた。
今日は祝日。にも関わらず学校に来た雄次のおかげで、計画がみんな早まってしまった。
かといってそれで不都合は何一つなかった。
が、ここにきて不都合が二つも起こってしまった。
鷲浜が死んでしまったこと。
そして、それを丁度花壇の水やりのため学校に来ていた、熱心な女性教師に見られてしまったこと。
彼女が慌てて逃げ去っていくのを、汗だくになって眺めていると、後ろから肩を叩かれた。
「とりあえず、今回のお仕事はこれで良いですよね」
「え、わぁっ!」
「あぁ、本当に死んでるみたい。何もかも派手ですねぇ、あの人」
奇妙な眼鏡をかけ、野球少年のようなキャップを被った高校生くらいの少年が、しれっとそう語る。
彼こそ、あの幻を彼女に見せた張本人である。
そして……このことを依頼したのは、林先生だった。
何か言いたげな林先生を他所に、少年はさっさと話を進めていく。
「じゃあせっかくなんで、御代はこれ一つ全て丸々頂きますね。いやあ、これはちょっとお釣りを出すのが面倒ですので」
といって虚空にあるものを掴むと、少年はさっさと教室から出て行ってしまった。
林先生はすぐに後を追ったが、もう廊下に少年の姿はなかった。
その代わりやってきたのは、複数の刑事さん達だった。
ニュースを見て、久々にちょっと真面目なものを出してみました。ホラーじゃない気がするけど一応その系統のつもりで書いたので。やっぱり小説書くのって楽しい。やめたくない。
だから僕は書き続ける。そして、いつまでも好きなだけ書いていられるようになりたい。