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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)vol,03 < chapter.3 >

 医務室で意識を取り戻したトニーは、真っ先にこう言った。

「勝負は!?」

 このセリフに、ベッドサイドに付き添っていたベイカーは肩をすくめて見せる。

「引き分けだ」

「引き分け……」

「二人同時に酸欠で失神。ただ、先に目を覚ましたのはマルコだがな」

「!」

 同時に倒れて、先に回復した。つまりマルコのほうが体力の消耗が少なかったということだ。勝負そのものは引き分けても、自分のほうがわずかに劣っていた。その事実の前に、トニーは顔いっぱいに悔しさを滲ませる。

「ロドニーから事情は聴いた。現場で揉めたらしいな?」

「……はい。俺は、マフィアの構成員は皆殺しにしろとしか教えられていません。いつも通りのことをしたまでです」

「そうだな。お前は間違っていない。うちに配属されるまで、ニグレツィオ支部にいたんだものな。あそこは東部で一番治安の悪いエリアだ。助命すれば、次の瞬間には助けた者に命を狙われる。あの地獄のようなスラム街は、実際に目にしなければ理解できないだろう。だが……」

 ベイカーは一旦言葉を切ってから、淡々とした口調で言う。

「お前にも、マルコの過ごした農村の支部の事情は理解できない」

 非難するでもなく、ただ、事実を告げるだけの言葉である。トニーはその後にどんな言葉が続けられるのかと、ほんの少しだけ首をかしげて見せた。

 トニーに話を聞く意思があることを確認してから、ベイカーはゆっくりと、諭すように話しはじめる。

「今からする話は、お前にとっては、とても衝撃的な話だと思う。実はな、マルコのいたクエンティン子爵領ミノア村支部で昨年度に発生した殺人事件は、たった一件だ」

「一件? あの土地面積で? 地域ぐるみの隠蔽工作が横行しているのですか?」

「いや、違う。本当に発生していないのだ。その一件も、酔った仲間を家まで送り届けなかったら路上で凍死してしまったというものだ。保護責任を果たさなかった咎で、一緒に飲んでいた仲間たちが捕まった。それも、全員で泣きながら自首してきたそうだ。自分たちのせいだから罰してほしいと」

「……それは……ただの事故として処理されるべき案件では……?」

「ほかの地域ならばそうだろうが、あの土地は国内最高の治安水準を誇る。酔った仲間を路上に放置するとは何事かと、かなりの騒ぎになったようだ。そしてその後、村を挙げての追悼集会が開かれた」

「正気ですか?」

「ああ、正気だとも。あのエリアは温厚で仲間意識の強いアイペロス族が九割を占める。教育水準はセントラルシティ以上。エルフ族のイースター男爵領とどちらが上かと言われているのだが、いずれも争いを嫌う種族だからな。いつまでたっても頂上決戦は行われないままだ」

「……それが、俺と何の関係が?」

「ないと思うか? 大アリだ。別に、マルコと仲良くしろとは言わない。ただ、マルコを見て知ってほしい。世界には、お前の常識が全く通用しない土地が存在する。自分の物差しで他人を測るな。それは相手を見誤る、最大の要因だからな」

「……つまり隊長は、俺があいつより世間知らずだから、あいつに教えを乞えと……?」

「違う。そうじゃない。誰だって、何もかもを知っているわけではない。お前がクエンティン子爵領を知らないように、マルコもニグレツィオを知らないのだ。だから、勝ち負けや優劣なんて、小さな基準にこだわるな。それはお前の視野を狭くするだけだ。俺は、お前にもっと強く、頼れる男になってもらいたいんだ」

「……今の俺は、弱いですか?」

「正直に言おう。そこそこ強いが、欠点が多すぎる。総合的に見たらそれほどでもない」

「……じゃあ、頼りにならない?」

「今回のように、現場で揉められてはな」

「……俺からマルコへ、謝罪させたい?」

「いや、それは必要なかろう。新参者のくせに、理由も聞かずに邪魔立てしたのはあちらだ。先ほど、その点はきつく言っておいた。ただ、お前もお前だ。口喧嘩に家族や友人の悪口を使うな。率直に言って、それは格好悪い」

「……反省してます……」

「よろしい。なら、今回はこれでおしまいだ。どちらにもひとつずつ落ち度があった。だからどちらも罰しない。それでいいな?」

「団の規則に反し、私闘に及んだことは?」

「何のことかな? あれは新人さんの力試しとして行われたデモンストレーションだ」

「そんな言い訳が通りますか……?」

「通す。何が何でも押し通してみせる。なんといっても、あちらは王族だからな。処罰するとなると、どうしてもお前に重い罰を科すことになる。頼むから、もうこれ以上は何もしてくれるな。俺はお前を罰したくない」

「隊長……」

「なんだ?」

「変身しても?」

「ああ、許可する」

 ベイカーが言ったと同時に、トニーは黒犬の姿に変じていた。そして三頭がかりでベイカーに飛びつく。

 何の遠慮もなく体を擦りつけ、顔を舐め、尻尾を振り――全身で親愛を表現する。

 基本的には『犬』なのだ。他の種族と付き合う都合上、仕方なく人に化けているに過ぎない。言葉で感情を説明するのがひどく下手糞なトニーは、ベイカーと二人きりのときには、こうして全力スキンシップで自分の気持ちを伝える。

「わ、こ、こら! あはは! 腹はよせ、くすぐったい! あははははは!」

 体長百五十センチの大型犬三頭にじゃれつかれ、もみくちゃにされるベイカー。彼とトニーにこうしたコミュニケーションが成立するのも、幼少期に他種族の友人と知り合うことができたからこそ。何も知らないまま大人になっていたら、トニーとはもっとよそよそしい、うわべだけの上下関係しか築けていなかったであろう。

 相手を知らなければ、何も始まらない。

 ベイカーは上司としてではなく、トニーの友人として、そのことに気付いてもらいたいと願っていた。




 先に回復したマルコも、ベイカーから同じような話をされた。

 トニーと違い、こちらは法・秩序・社会規範を重んずる文系男子。ベイカーの話をすんなり受け入れたうえで、己の行いを大いに恥じ、無知ゆえの言動を悔いた。

 そして、それからの行動も早かった。彼は即座に本部内の資料保管庫に赴き、ニグレツィオ支部に関する資料を読み漁る。マルコを心配してついてきたロドニーも、その鬼気迫る様子に話しかけるタイミングがつかめない。

(うわ~、これ、速読ってやつか? マジかよ。そんな速度でページめくって、中身読めてんのか? え? もう次? 嘘だろ、なんだその速度。やべえ。どうなってんだ。いくら運んでも間に合わねえっつーの!!)

 ロドニーは働き蜂のごとく、せっせと資料を運び続ける。

 この保管庫には過去五十年間の、王国全土の事件記録が保管されている。詳細な記録や添付資料、証拠品などは担当した支部のほうに保管されていて、ここにあるのは『ザックリとした概要報告』に過ぎない。だが、それで十分だった。マルコがトニーの言動について考え、納得し、これから彼とどう関わっていくべきかを決定するには、この事件記録の山は内容が重すぎた。

 小一時間の閲覧で百冊近くのファイルに目を通したマルコは、最後の一冊を読み終えると、おもむろに立ち上がる。

「ロドニーさん!」

 約一時間ぶりに名前を呼ばれて、思わずビクッとしてしまう。

「な、なな、なんだ!?」

「私は、トニーさんに謝らねばなりません」

「あ? いや、やめとけよ。今回のことは『どっちも処罰なし』でおしまいにするって、隊長に言われたじゃねーか。中途半端に蒸し返さねえほうがいいっての」

「いえ、それではいけません。非礼を詫びたうえで、私は彼と話がしたい。彼の思う『正義』や『社会規範』について、詳しく知りたいのです」

「ん~……いや、ほら、まあ……違う文化圏の連中について理解したいって思えるようになったのは、いいと思うけどよ? それこそ、考え方が違うんだから。あいつのことだから、お前のほうから謝られたりしたら、また変な突っぱね方して会話にならねえと思うけど……」

「いいえ! 我々はネーディルランド公用語を話す人間同士! 必ず、話し合って折り合いをつけることもできるはずです!」

「いや、だから……う~ん……」

 ロドニーは頭を抱えてしまった。

 言葉より身体表現でのコミュニケーションを重視する種族は、たいていの場合、『討論会』や『検討会』と称される場が苦手である。マルコのようにきっちり論理的に組み立てた意見を突きつけるタイプは、相手も持論を突き返してくるものと思っている。そして双方の意見を提示し終えた段階で、相違点・類似点・譲れる点と譲れない点を整理していくのだ。だが、トニーにはそれができない。感情が先に立つトニーは、マルコに意見を突きつけられた時点で『喧嘩を売られている』と判断するだろう。

 このまま行かせたら、間違いなく第二ラウンドスタートだ。

「えーと、ちょっと提案なんだけどよ。謝って話をするにしても、今日はやめとけ。な?」

「なぜでしょう?」

「お前はクールダウンできてても、トニーはたぶん、気持ちの切り替えができてない。それなりに長い付き合いだからわかる。せめて一晩待て」

「一晩、ですか……」

「そう、一晩。さっさと謝ってモヤモヤ解消したいのは分かるけど、相手の心情も考えてやれよ。誰もかれもが、お前と同じタイプとは限らねえんだから」

 ロドニーにそう言われ、マルコはハッとしたように背筋を正した。

「申し訳ありません。貴重な助言、ありがとうございます。私はまた、自分の都合で行動しようと……」

「いいって、いいって。ぶっちゃけて言っちまえば、誰だって自分のために、自分基準で生きてるんだから。お前のその『謝って話がしたい』って欲求は、なんも間違っちゃいない。ただ、相手によってやり方を考えようぜ? クエンティン子爵領で通じた『常識』は、他の地方の出身者には通じない。本人に突撃取材する前に、本やなんかで予備知識を仕入れる。そういう下準備みたいなのも必要だと思うぜ?」

「はい……そうですね。では早速、ケルベロス族について調べたいのですが……」

 どこに行けば資料があるか。言外に尋ねるマルコに、ロドニーは難しい顔をする。

「王立図書館には、ケルベロス関連の本は少ないんだ。前に俺も調べてみたんだけど、あいつ、本当に超希少種族みたいで。ケルベロスって単語で検索して該当する書籍はたったの二冊」

「二冊!? 王立図書館は、国内の全出版物を収蔵しているはずですが!?」

「そうなんだよな。それなのに二冊しかないなんて、俺も驚いたぜ。で、その二冊ってのがさ、四百年以上前に出版された『絶滅種族総覧』と、三年前に出た『月刊ヌー特別増刊号・本当にいた! ビックリ珍種族大集合!』って胡散臭いB級ムックなんだよ」

「それは……すでに絶滅したと思われていた種族が、近年になって生存が確認された、ということでしょうか?」

「おう、そういうことみたいなんだけど、これが傑作でさ。三年前っていうと、トニーが特務部隊に入隊した年なんだ」

「……まさか?」

「そのまさか。『超絶レア種族、ケルベロス族のTさん』って、顔にモザイク入った状態で独占取材受けてやがった」

「あの……騎士団的に、そのような雑誌社の取材に応じることはNGなのでは……?」

「なぜかベイカー隊長がGOサインを出したらしい」

「隊長が!? なぜ!?」

「いやぁ~、あの人、結構胡散臭いオカルト雑誌読んでるからなぁ~。あ、もちろん本気にしてるわけじゃなくて、暇つぶしに見る程度だけどさ。冗談のつもりで取材申し込み受けちゃったんだと思うぜ」

「冗談で……」

 と、マルコが脱力しかけたところに、ロドニーは真面目な声で付け加える。

「あとは牽制のため……かな?」

「牽制?」

「ああ。実際の誌面見ればわかるんだけど、トニーは特務の制服を着て、騎士団本部内で取材を受けてるんだ。だから隊長はきっと、トニーを差別主義者から守りたいんだと思う。『こいつのバックには俺がついているぞ。喧嘩を売るなら相応の覚悟を決めてこい』ってな具合にさ。『ビックリ珍種族』なんてタイトル、いかにも差別主義者が好んで読みそうな本だろ? 特定の層にメッセージを伝えるには、最高の場だよな」

「なるほど……さすがはベイカー隊長。それほど深くお考えになられていたとは……」

「まあ、本人から聞いたわけじゃねえから、九割九分俺の勘繰りだけどよ。その本なら王立図書館まで行かなくても、オフィスにもあったはずだから。いったん戻ろうぜ」

「はい!」

 ロドニーは内心、安堵の息を吐いていた。

 トニーのデスクはオフィスにもあるが、滅多に使われることはない。本部に帰還して報告書を提出した後は、たいてい敷地内の森のどこかにいる。こちらから犬笛を使って合図を出さない限り、人前に姿を見せることは少ない。マルコが特務に配属されてひと月近くなるのに、まだ一度も顔を合わせていなかったのはそのためだ。

 これで今日一日は何の問題も発生しないはず。

 群れの絆とオフィスの平穏を守りたいオオカミオトコは、何とも言えない疲労感に、一人こっそりため息を吐いた。


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