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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)vol,03 < chapter.2 >

 騎士団本部へ帰還した後も、雰囲気は最悪だった。

 不穏な空気、などという生易しい表現で収まるものではない。ロドニーが感じたものは重力だ。特務部隊オフィスの中に、この惑星上ではあり得ない、大変強大な重力が発生していた。

 超重力の発生源は、わんこな後輩と真面目な王子。彼らはオフィスの右端と左端で、互いを視界に入れないよう黙々と報告書を作成した。

 書きあがった報告書は、本来なら同じ任務に就いたメンバー全員で提出しに行くものである。しかし今回ばかりは不可能と判断し、ロドニーが二人の分の書類を持って隊長室へ向かった。

 口頭での報告と必要書類の提出によって、任務の終了を宣言する。

「……以上が、このたびの任務の達成状況です。本来特務部隊が受け持つ案件ではないことから、治安維持部隊に現場を引き継ぎ、帰還した次第であります」

「ご苦労だった。いや、まさか、あの規模の屋敷で武器も麻薬も女も出てくるとはな……」

「あんな狭い部屋に五人も監禁されてたなんて、さすがに予想外ですよ。閑静な住宅街のど真ん中で、よくもまあこれまで気づかれずに……」

「いや……気づいた住民もいただろうが、なにせ自宅の近所だからな。報復を恐れて、見て見ぬふりをしてしまったのだろう。そしてこういう連中は、一度黙認してしまうと取り返しがつかない。出入りする構成員の数をどんどん増やしていく」

「ゴツイ男どもが大勢出入りするようになって、余計に怖くて通報できない、ってことですね」

「ああ。まったくもって恐ろしいな、マフィアの手口は」

「本当に……っと、そうだ。隊長、今お時間大丈夫ですか? ちょっとお話したいことがあるんですけど」

「大丈夫も何も、残念なことに、大人の深夜枠までスケジュールがガラ空きだ。なんだ?」

「実は現場で一悶着ありまして……」

 そう前置きしてから話し始めたのは、マルコとトニーのことである。あそこまで派手に揉めてしまった以上、リーダーに報告しないわけにはいかない。

 ロドニーから一部始終を聞かされたベイカーは、難しい顔で考え込んだ。

「……トニーが、王族相手にそんな態度を……? あいつは、上下関係はわきまえた男と思っていたのだが……?」

「社会全体で見た上下より、群れ単位の序列が優先されるんですよ。マルコを仲間と認識する前にいきなり現場で鉢合わせたもんだから、自分の邪魔をする余所者、イコール『ぶっ潰す相手』っつー認識になったんだと思います」

「う~む……想定外だ。人当たりの良いマルコになら、トニーもすぐ懐くと思ったのに……」

「俺もそう思ってたんですけど……初顔合わせ、大失敗でした。これ、修復するのにそうとう労力使いそうですよ?」

「ふむ……まずいな。こればかりは頭ごなしに命令するわけにもいかんし……ところで、二人は今どこに?」

「外の訓練場です。喧嘩するなら外でやれって言ったら、本当に出ていきました」

「お前なぁ……マルコにもしものことがあったらどうする気だ? そういう場合は一応止めてくれないと……」

「いやいや、隊長。ありゃ無理ですって。マルコのほうも、育て親のこと侮辱されたっつって本気で怒ってるんですから」

「育て親?」

「クエンティン家のばあやだそうです。母のいない自分を実の子のように可愛がってくれた、とかなんとか言ってましたけど?」

「そうか……まあ、それは怒って当然だな。しかし、トニー相手にどこまでやれるだろう?」

「俺は逆に、トニーの心配してますけど?」

「なぜだ?」

「そりゃ、マルコの防御魔法が桁外れだからですよ。トニーの攻撃力じゃ破れないはずです」

「ほう、それは面白い。賭けるか」

「あれ? 一応止めてくれとか言ってませんでしたっけ?」

「対等以上に戦える要素があるなら止めなくていい。うちの隊の恒例行事のようなものだからな」

「ま、俺らのときもありましたからね。新人さんの力試し……という名目の見世物」

「先輩たちの前でいい勝負をして見せて、はじめて仲間と認められる。実にシンプルなシステムじゃないか」

「そんじゃ、隊長も見に行きますか?」

「もちろんだとも。特等席で観戦しなくてどうする」

 執務机をぱぁんと叩き、勢いよく立ち上がる。

 見た目は美少女、中身は猛獣。おとなしそうに見えて血の気の多い特務部隊長は、いそいそと隊長室を後にする。

 そのうしろに続くロドニーは、机の上に置き去られた報告書を一瞥。ベイカーに気づかれぬよう、こっそりとため息を吐いた。

(隊長、あれ、事務方に回すの忘れなきゃいいんだけど……)

 隊長のうっかりミスで月末にあれこれ大騒ぎすることは、もはや恒例行事と化している。その都度紛失した書類を作成しなおしている身としては、二人の対決が盛り上がりすぎないことを祈るばかりである。




 騎士団本部にはいくつもの訓練場がある。剣、弓、槍、格闘技などの身体的訓練を行う道場のほかに、銃火器や特殊重機の教習場など、施設の数は三十を超える。そのいずれもが国内最高水準の器具、設備、専門知識を持った指導員を揃えているのだが、マルコとトニーが向かったのは、全施設の中で最もベーシックな『第二運動場』である。

 一般的な陸上競技場と同等の設備を持つ第一運動場に比べ、第二運動場のほうは、一言で表せば『空き地』だ。フェンスでぐるりと囲まれた広大な土地があるだけで、舗装されているわけでも、芝が植えられているわけでも、ラバーチップが敷かれているわけでもない。

 平らに均された砂利の広場。ここはそれ以上でも、それ以下でもなかった。

 二人は広場の真ん中で向き合い、ルールを確認する。

「待ったなし。一本勝負。相手が行動不能になるまで続ける」

「武器と魔法の使用制限はいかがなさいますか?」

「無制限。魔弾でも何でも、いくらでも使えよ。お前の腕じゃあ、俺には当たらないだろうからな」

「後悔しても知りませんよ?」

「こっちのセリフだ。構えろ」

「いつでもどうぞ」

 マルコの言葉が終わるかどうか。トニーの姿が揺らいだと思ったら、そこにはもう人影はなかった。

 両側から迫る黒犬の気配。それを感じつつも、マルコは一歩も動かない。

 トニーはマルコの腕に噛みつくが、すぐに離して距離をとる。

(牙が入らない……?)

 魔法呪文を唱えている素振りはなかった。ということは、呪符も呪文もなしに防御魔法を発動させたということだ。

(守備型とは聞いていたが、ノーモーションで……こいつ、防御魔法の扱いはマスタークラスか……)

 低く構え、数歩近付いては距離をとる。いつでも飛び掛かれることを誇示し、マルコの反応を窺っているのだが――。

(顔色一つ変えないか……)

 ケルベロスの牙を見て一歩も退かないとは、なかなかどうして肝の据わった男である。けれどもそのやせ我慢がいつまで続くか。トニーはマルコの限界を試すつもりで、背後に回った一頭に魔法を使わせた。

「《業火》!」

 火炎弾の比ではない。これは直撃すれば一瞬で黒焦げになる強火力。いくら相手が防御魔法を使っているとはいえ、通常、演習や模擬戦で死角から放つことはない。

 マルコはこれも防いでみせた。というより、防ぐ以上のことをやってのける。

「な……」

 跳ね返された。

 トニーは持ち前の脚力を活かして即座に躱してみせるが、今回もまた、魔法呪文を唱えた様子はなかった。

(こいつ、今《魔鏡》を呪文なしで……!)

 このときトニーは、はじめてマルコを脅威として認識した。

 そしてその認識があったからこそ、次の攻撃にも反応できた。

「《緊縛》《防壁》《魔鏡》発動」

 魔力で編まれた《緊縛》の鎖が縦横に伸ばされる。それを躱そうと移動した先に、本来は物理攻撃を防ぐために使われる《防壁》が出現。逃げ場を失って真上にジャンプするも、魔法の鎖は無数に出現した《魔鏡》に跳ね返され、予期せぬ方向からトニーに迫る。

 三頭の黒犬は鎖に絡め獲られぬよう、逃げ回るだけで精いっぱいだった。

 攻撃魔法を一つも使わない攻撃。

 こんな手法、トニーは見たこともない。

(なんだ? どうなってやがる、こいつ……)

 防御と回復に長けたマルコだが、そのせいで正反対の属性、攻撃魔法は習得しづらくなってしまった。それでも諦めず粘り強く練習し続けた結果、マルコは一つの結論にたどり着いた。


 攻撃魔法は、止めの一撃だけで十分。


 法学部出身のマルコにとっては、どんな凶悪犯も生きて裁判にかけることこそ正しい司法の在り方である。そのためには、できるだけ無傷で捕らえねばならない。相手の攻撃と行動の自由を徹底的に封じて無力化させたうえで必要最低限の打撃のみを与えるという手法は、彼にとって『最も理想的な戦い方』といえる。

 対するトニーは、圧倒的武力を以って敵を沈黙させることこそが理想と思っている。だからトニーには、マルコの次の手が読めない。

「《銀の鎧》発動」

 対物・対魔両用防御魔法《銀の鎧》。もうすでに防御魔法が発動しているというのに、なぜわざわざ同じ魔法を――そう思ったトニーは、既にマルコの術中に落ちていた。

「なっ……!?」

 防御対象はトニーだった。

 三頭のうち一頭に《銀の鎧》が作用。体表の数センチ先に、全身を覆う形で透明な鎧が出現する。ミリ単位で《緊縛》の鎖を躱していたトニーは、突如出現した『要らない鎧』のせいで鎖に足を引っかけてしまった。

 マルコはすかさず《緊縛》を追加発動。体勢を崩したところに十数本の鎖を伸ばされては、さすがのケルベロスにも逃げ場はない。

「……まず一頭」

 淡々と言うマルコに驕りはない。ロドニーはトニーについて『ある意味最強』と評していた。そのためマルコは、トニーの戦闘力を『人狼に匹敵するもの』と解釈している。人間のマルコに人狼ほどの身体能力はない。対抗しうる手段は得意の防御魔法のみ。一切の予断は許されない。気を緩めた瞬間が敗北の時である。

 マルコの周囲、半径十メートル。不気味に蠢く魔力の鎖は、獲物を求める触手のごとく、逃げる黒犬を追い回す。

 もちろんトニーも、ただやられるばかりではない。これまでに数十発の《火炎弾》と《業火》を放っている。

 だが、マルコの防御は堅い。

 強火力の《業火》で魔法障壁に損傷を与えてから、貫通力のある《火炎弾》を放つ。たいていの魔法障壁はこれで破壊できるのだが、こちらが打撃を与えるより、マルコの修復速度が勝っていた。

 トニーは他にも、《冥王の祝砲》や《炎征》といった超強火力魔法をいくつも使った。それなのに、ひとつも効かない。

 まるで悪夢のようだった。

 絶対に敗れない鉄壁の防御。そんなものが実在するなんて、信じたくもなかった。

(なぜだ? なぜ、こいつの防御は破れない……?)

 幾重にも魔法障壁を張りながら、《緊縛》と《魔鏡》の同時使用。攻撃に集中すると防御が手薄になるのが普通なのに、マルコは複数の魔法をすべて完璧に使いこなしている。

(こいつ……強い? まさか! だって、攻撃魔法はほとんど使えないはずで……)

 攻撃魔法を使わない強者。これまでのトニーの人生に存在しなかった種類の人間に、どう対処すべきか、その方法が分らない。

 魔力の鎖を掻い潜りながら、二頭の黒犬は魔法を撃ち続ける。

(防御魔法のほうが消耗は早いはず。このまま続ければ、先に力尽きるのはあいつのほうで……いや、だが……)

 マルコは顔色一つ変えていない。

(魔力の総量が、違う……?)

 トニーは今、生まれてはじめて『自分と真逆の能力者』を相手にしていた。

 得体の知れない肌寒さを感じる。

 全身の毛が逆立つなんて、これまでにほんの数人、それこそベイカーやロドニーと対戦した時しか感じたことがない。つまり、このマルコ・ファレルという男は――。

(隊長と同じくらい……? いや……違う! 認めない! こんなやつ、俺は認めない!)

 ケルベロスの猛攻は一切弱まることなく続けられる。

 それに恐怖を感じているのはマルコも同じだった。

 何十発防いでも、どの角度から打ち返しても、ケルベロスの反射速度はその上を行く。連射される火炎系魔法への対処に追われれば、爆炎の陰から不意に接近し、何の躊躇いもなく首を狙ってくる。

 弾数が多いだけならいい。《魔鏡》一枚ですべて跳ね返せる。

 素早いだけの相手も、物理防壁で取り囲んで動きを封じてしまえばいい。

 しかしこの男、トニー・ウォンはその両方に加え、『分身』という妙な能力がある。自身の能力の特性をよく理解したうえで、動きを封じられないよう、多方向からの波状攻撃をかけてくる。

 それも、その一撃ごとの『重さ』と言ったら――。

(全弾全力で……? いや、馬鹿な。そんなことをすれば、これほど長時間魔法を使い続けることは……ということは、これが彼にとっての『通常攻撃』なのか? 並みの術者だったら、この《火炎弾》一発で『決める』つもりの破壊力なのに……!)

 一撃でも防ぎそこなったら命を取られる。こんな強烈な相手とは戦ったことがない。

 内心「そんな馬鹿な」と絶叫したい気持ちでいっぱいだった。しかし、マルコは必死で平静を装う。魔力にはまだ余裕がある。冷静さを失わず、一つ一つ、丁寧に対処していくこと。それがマルコの、勝利への最短ルートである。

 攻撃魔法と機動力、防御魔法と忍耐力。それぞれ異なる要素に突出した『ある意味最強な男』同士の対決は、完全に拮抗した長期戦の様相を呈していた。

 運動場のフェンス越しに観戦するギャラリーたちは、何とも言えない唸り声をあげる。

「な……なんという異種格闘技戦……」

「マルコの攻撃、あれ、かなりエグイですね……。っつーかあの鎖って、練習すれば誰でもあんなに、グネグネ動かせるモンなんですか?」

「いや……あんなことは、普通はできないはずだが……。それにしても、とんでもない速さだな。あれは体が細くて素早いトニーだからこそ、どうにか避けられるのであって……」

「俺だったら確実に引っ掛かってます」

「俺もだ」

「ところで隊長、やっぱりこの二人って、能力的な相性は最高ですよね?」

「そうだな。トニーが攻撃、マルコが援護。これで倒せない敵はいないだろう。いや、実に惜しい。是が非でもこのコンビで出撃させたい現場があるのだが……」

「東部の山賊狩りですか?」

「いや、南部の地方豪族狩りだ。砂漠のハーレムおじさんではなく、ジャングルの中に麻薬製造工場を作っているほう」

「ジャングルって……ああ、あのハゲデブですか。そういえば、そっちも早めに片づけたい案件ですもんね」

「なんとか今からでも仲良くしてくれないものだろうか……」

「ん~……ガチのケンカで互いの力を認め合って友情が~……なんて、少年漫画みたいな展開になってくれればいいんですけど。『ノビータとドナテルロ』でも、いじめっ子のギガントが弱いくせに何度でも立ち向かってくるノビータの根性を認めるシーンがあって……」

「いや、どうだろう。『ドラゴンボーイZ』にもライバルと共闘する胸アツのお約束展開があるが、現実がそんな都合の良い方向に転ぶものかな?」

「無理でしょうね」

「だよな」

「ま、現時点までの鬱憤はここでカラッと晴らしてもらって、今後は割り切って大人の対応をしてもらいましょう」

「うむ。それでこそ、社会人の人間関係というモノだよなぁ……」

「現実キビシ~なぁ~……」

 この二人は幼少期からの付き合いだ。二十年来の親友が上司と部下になったからこそ、大人になってから対等な友人を作る難しさを痛感している。

 狭い人間関係の中で成績や腕っぷしだけを競っていられたあのころの、なんと平和なことか。社会に出るとそうはいかない。同じ組織内でも、所属部署によって給与も労働条件も違う。たとえ同じ条件で働いていたとしても、独身男と妻子持ちでは社会的ステータスに雲泥の差があるのだ。数字や待遇で歴然と優劣が示された状況下で、完全に対等な交友関係を築き上げることは難しい。どちらかが対等な友だと思っていても、もう一方もそう思っているとは限らないのだから。

 マルコとトニーはエリート王子と山育ちの少数民族。どう転んでも『普通のお友達』にはなれない。いずれはあるべきところに落ち着くのだろうが、それまでにこの二人の関係がどれだけややこしいことになるのか、考えるだけで気が遠くなる。

 美少女風の隊長と少年ヒーロー風の隊員は、幼少期からまるで変化のない童顔同士で見つめあう。

 声に出さなくてもわかる。


 面倒臭いですね。

 ああ、そうだな。


 眼だけで会話し、まったく同じタイミングで溜息を吐く。

 基本的に、似た者同士なのである。




 戦局に明確な変化が訪れたのは、なんと、開始から三十分以上が経過してからだった。

 トニーが鎖に絡め捕られた。

 これで三頭のうち二頭が行動不能にされた。数の有利が通用しないのであれば、もう犬の姿でいる必要はない。トニーは一旦、マルコの攻撃範囲から退く。

 鎖の届かない安全圏に出てから人の姿に戻ろう――そう考えたトニーは、大きな思い違いをしていた。

 マルコの鎖は半径十メートルしか伸ばせないわけではない。トニーが攻撃のために近づいていたから、自然と狭い範囲に展開することになっていただけだ。本来ならば動かせない鎖を自由に操作できるようになるほど、常軌を逸した過酷な修練を積んでいる。そのマルコが『たった十メートルしか伸びない鎖』で満足するはずがない。

 トニーは念のため、攻撃範囲から余計に退いたつもりだった。しかしその足元には、すでに《緊縛》の鎖が張り巡らされている。

「……っ!?」

 人の姿に戻ったと同時に、足首に巻き付く鎖の感触。いったいどこからと思った瞬間、その答えが明かされた。

 半径三十メートル。

 運動場の地面が一斉にめくれ上がった。

 砂利の下に張り巡らされた鎖が砂埃をあげて立ち上がり、頭上でアーチを描く。中心部でピタリと閉じられたそれは、さながら巨大な鳥籠のようだった。


 待ったなし。一本勝負。相手が行動不能になるまで続ける。


 そう言いだしたのはトニーのほうである。確かに逃げ場のない状況に追い込まれてはいるが、拘束されたのは足首のみ。上半身は動かせる。魔法も使える。この状態で『行動不能』と認めるのは、彼のプライドが許さなかった。

「クソが……俺をなめるな! 《冥府の狂宴》発動!」

 トニーはケルベロス族の最強火炎系魔法を放つ。

 マルコも大技が来ることを想定し、最強防御魔法を準備していた。

「《魔鏡の迷宮》発動!」

 鳥籠の中全体に、六百六十六枚の魔鏡が展開される。


 そこは地獄そのものだった。

 閉ざされた空間に、乱反射した炎の大砲が数百発。

 トニーは意地でも魔法の発動をやめないし、マルコは《銀の鎧》の限界まで魔鏡を使い続けるつもりである。

 双方あちこち焼け焦げているが、それでも『やめる』という選択肢がない。

 プライドの高い俺様系ケルベロスと、一度やり始めたら最後までやらねば気の済まない真面目すぎる王子様。一歩も譲る気がないという点では、この二人はよく似た性格をしていた。

 想定外の規模で繰り広げられる『ガチのケンカ』に、運動場の外に集まった見物人たちは完全にフリーズしていた。

 目と口を目いっぱい広げて、誰もかれも阿呆のような顔で戦いの行く末を見守っている。

「……ベイカー隊長? これ、訓練ですか?」

 そう尋ねたのは車両管理部のデニス・ロットンである。三十分以上もドカドカと火炎攻撃を放ち続けたものだから、今や本部職員の大半が野次馬と化している。

「ちょっとこれ、常識の範疇を超えている気がするんですけど……?」

 デニスのみならず、誰もがそう思っていた。顔がクエスチョンマークになった彼らに、ベイカーは軽く咳払いして答える。

「音楽性の違いからくる、ちょっとした諍いのようなものだ」

「はぁ、そうですか、音楽性……」

 さも当然のような口調で言われると、一瞬それで納得しそうになる。が、しかし。女王直属の貴族案件専任チームがバンド活動をしているはずはない。

「……って、んなわけあるかーいっ!」

 今日も体ごと投げ出すダイビングツッコミは絶好調である。ロドニーはツッコミポーズのまま傾くデニスを絶妙な角度でキャッチ。すかさずベイカーが傾き具合を計測する。

「四十五度ジャスト!」

「やったぁ! じゃなくてベイカー隊長! 本当になんなんですかこれは! 実戦形式訓練でも、ここまで大技使うことってありませんよね!?」

「そうなのだ。残念なことに、これは訓練ではない。ただのケンカだ」

「ただのケンカって……そういうレベルの話でもないと思いますが?」

「うむ。攻撃と防御に突出した天才同士がぶつかると、こういうことになるらしい。滅多に見られないものだから、よく見ておくといいぞ」

「いやいや、そりゃもうよく見すぎて目が痛いくらいですが! そんなに落ち着いていて大丈夫なんですか!?」

「安心しろ。二人とも、まだ命にかかわる火傷にはなっていない。この程度の火遊びなら、俺とロドニーの暇つぶしよりはましだろう?」

「いや、まあ、それは確かに……」

 デニスはかつて見た対戦を思い返し、大げさに身震いした。雷獣のベイカーと人狼のロドニー。この二人が互いの全力を知るために、一切の制限を設けず対戦したことがある。

 開始早々、この第二運動場にクレーターが出来上がった。変身によって身体強化される種族同士。素手で殴り合う衝撃波だけで直径十メートル級のクレーターを量産していった。

 次に、重力という概念が消え失せた。風系と雷系の攻撃魔法をぶつけ合った影響で、磁力を帯びた竜巻が発生。周囲に存在するあらゆる物体を巻き込みながら、重力を完全無視した空中戦に突入。見物していたデニスには、何を足場に跳ね回っているのかさっぱり理解できなかった。

 終わりに、双方の手足が切断された。騎士団自慢の凄腕軍医が待機した状態での対戦。この医者は首と心臓さえ無事ならば、どんな怪我でもたちどころに治してみせる。ベイカーもロドニーも軍医の腕を信じ、相手の攻撃を食らう覚悟で最強技を繰り出したのだ。

 ベイカーの右足とロドニーの左腕が同時に吹っ飛ぶその様は、デニスにとって、今も夢に見る恐怖の瞬間だった。

 四肢切断により行動不能。勝負は引き分け。

 しかし、そんな対戦を経た今も二人は大親友のまま。何ひとつ変わらず、どうしようもないフリーコントの技能にばかり磨きをかけている。

「な、ロドニー? この程度の火傷なら心配することはないよな?」

「はい。隊長の熱湯コマーシャルごっこより安全ですね」

「それについては忘れるように」

「断固拒否します」

「ベイカー隊長……今度はいったい何をやらかしたんですか……?」

「申し訳ないが、いくら友人とはいえ君にそれを話すわけにはいかない。女王陛下直々に国家機密に指定されてしまった」

「処刑されるから聞かねえほうがいいぞ、デニス」

「そんなに危険な話なんですか……?」

 そんなことを言われたら余計に気になるが、あいにくデニスに死ぬ気はない。それ以上聞こうとはせず、おとなしく口をつぐんだ。

「それはそうと、ロドニー、今何秒だ?」

「二百秒と少し。三分半くらいですね」

「ならば、そろそろだな」

「ですね」

「え? 何がですか?」

 何のことかは、答えるまでもなかった。

 マルコとトニーの対戦は、唐突に終焉を迎えた。

 トニーが炎の大砲を大盤振る舞いし始めてから、きっかり四分。魔法によって出現していた巨大な鳥籠と爆炎が同時に消滅した。

 それを見越していたかのように、運動場の入り口に待機していた医療チームが突入する。

 運動場の真ん中には、あちこち煤けて焼け焦げて、ボロボロの二人が倒れている。致命傷を負っているようには見えないが、なぜだか二人とも気を失っていた。

「相討ちだな」

「ま、そんなもんでしょう」

「えーと……これはどういうことでしょう? 解説のハドソンさん、お願いします」

 デニスからのフリは、どんな些細なネタも漏らさず拾うのがロドニーの流儀である。スポーツ実況のごとく、いかにもそれらしい声を作って解説する。

「え~、そうですね~。これはズバリ、酸欠です」

「酸欠ですか!? いや、でもここ、屋外ですよ?」

「はい、ええ、そうですね~。普通なら、キャンプファイヤーで酸欠起こして倒れる人なんていませんね~。でも、よく思い出してください? キャンプファイヤーと今回の対戦で、最も大きな違いは何だったでしょうか」

「え? キャンプファイヤーとの違い、ですか? いやもう、なんか全体的に……」

「はい、そうですね! 違いはズバリ! 炎と人の位置関係ですね! キャンプファイヤーは外から眺めて楽しむものですが、あの人たち、炎の中で戦ってたんですからね! そりゃあ酸欠くらい起しますね!」

「ああ! なるほど! それはそうですね!」

「防御魔法で炎の直撃は防げても、高温と低酸素状態は回避しようがありませんからね! 最高温度設定のサウナの中が標高八千メートル級高山と同じ酸素濃度だったらどうなるか、ご想像ください!」

「死にます!」

「ですね! そんな中で魔法使って戦いながら四分も耐えるなんて、すごい根性です! ものすごい根性だとは思うので・す・が! 結局二人で気絶してたんじゃ、意味ないですね!」

「ということは、この対戦の総評は……」

「トニーは自滅。マルコは相手の攻撃による二次的影響を回避しきれず、といったところで……双方、星ひとつ! ま、そんなもんでしょうね! 馬鹿です! 馬鹿! まるっきり馬鹿丸出しの泥仕合ですね! ドローで泥! ドロッドロですね!」

「あ、ご丁寧にオヤジギャグまでどうもありがとうございます。よくわかりました。以上で現場生中継を終了させていただきます。皆様ご清聴ありがとうございました~」

 デニスとロドニーが頭を下げると、突発コントの観客と化していた本部職員数十名が一斉に拍手する。

 ただ一名、ベイカーだけはフェンスに頭をもたれて落ち込んでいた。

「なぜだ、デニス。最後に『ゲストのベイカーさんコメントをどうぞ!』と言われると思って色々考えていたのに……なぜ話を振ってくれないのだ……」

 いい感じにウケているときは、あえて短めにネタを切り上げて、観客に『もっと見たい』と思わせる。デニスのお笑いテクニックによって出番が切られてしまったベイカーは、この後しばらく落ち込んでいた。


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