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一二三妖  作者: 通俺
第零音目「」
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音モ無シ

──その日は、月が雲から一度も顔を出さないような日だった。


 暗闇の中を歩く、歩く。一昨日の雨が残っているのか、土がまだ柔く歩きづらさを感じる。

 懐中電灯を片手に、わき目も振らず。数メートル先も見えない山道をただひたすらに進む。目印など当然なく、当てもない。

 だがどうしても俺は、この道を歩かなければいけなかった。


 一つ大きめの枝を跨いで進む。露出した木の根に足が引っ掛かりそうになり、慌てて体勢を立て直した。足がぬかるみに沈む感触がする。


「……ふぅ」


 背負っていたリュックの位置を直して一息整えた。名前も知らない鳥の声がする。

 今頃皆、俺がいなくなったことに気が付いて大騒ぎしているかもしれない。そう思うと先生方にも申し訳が立たない。

 帰ったら大目玉もいいところ。反省文、果てはしばらくの間の謹慎処分もやむをえまい。


『もう夜遅く危険であり、一度捜索を打ち切らせていただきます。再開は明日の──』 


 だけれども、じっとなんてしていられなかった。

 警察や先生方がしていた会話が何度も頭の中で響く。

 鳥の鳴き声がやけに大きくなっていき怪しく、不気味に感じる。懐中電灯に寄ってきた虫が、よく見たわけではないがこの世のものではない形をしていた気がする。思わず顔がのけぞった。


 道がだんだんと間違っていたような気がしはじめて、ついつい方向を変えたくなる。

 それら全てを振り払って、やはり前に進んだ。


「──? ──! どこにいるんだ……」


 時折、探し人の名を呼んでは響くだけの自分の声に少し呆れる。はたしてこの行為に意味はあるのかという疑問すらも湧き上がる。途方に暮れてしまいそうだ。

 山は広いし、探し人は自分よりも幼い。もしやすでに……そんな最悪のイメージがわいた後、大きく頭を振って歩みを早くした。


「(生きてる、絶対に……(ゆき)っ!)」


 脳内に描くのは、自分の大切な妹。淡い水色のワンピースに袖を通し、今日を楽しみに友人と語り合っていた彼女。

 どうして今日なんだと何度も神に訴える。せめて今日だけは、妹の楽しい思い出として残って欲しかったのに。


「もっとあの時見ていれば……!」


 悔いるは昼のこと。皆で近くのなんてことはない山へと登る楽しいピクニック……そのはずだったというのに。

 汗をかいてたどり着いた山頂でのお弁当の時間のことだった。


 ──気が付けば、妹は山に消えていた。

 その後警察も呼ばれたが見つからず、安全を取って自分たちは下山……だが、一向に進まない捜索。そして日が沈み……いてもたってもいられず山にこっそりと忍び込んだ。

 唯一の手掛かりと言えば、消えた直後に妹の友達が零していた言葉──草むらに動物さんがいた──そう妹は話していたらしい。

 

 妹は好奇心旺盛だったから、きっとその動物を追うために草むらの中へと入りこんでしまったのだろう。ならばともかくまずは山頂にのぼり、そこから妹が入っていったと思わしき草むらへと進んでいこう。そんな考えだった。


「寒っ……」


 幸は今、体を冷やしていないだろうか。そんな考えがふとうかぶ。

 夜風が、山登りで火照っているはずの体を冷たくした。梅雨が明けたばかりだからか、まだまだ夜は厳しいものがある。下手をすれば自分の身さえ危なく、共倒れになる危険性も理解していた。


 けれど大丈夫だと自分を奮い立たせる。自分にはいざとなれば非常食も明かりもある。例え今夜道に迷ったとしても、一夜は過ごせるはずだった。

 先ほどまでよりも足を大きく振るい、出来るだけ体温を高め道を登った。


 もう少しすれば山頂だろうか。標高が低く緩い山とはいえ、流石に休まずに雲の切れ目から少しだけ覗く星明り、そして懐中電灯だけで夜の山道を上ってきたのだ。息が切れるのを感じる。

 リュックの位置をもう一度直そう、少し斜め後ろに振り向いた瞬間、それは視界の切れ端を通り過ぎた。


「幸──!?」


 闇の中に浮かんだ、見慣れた黒髪。

 十数メートル先の草も木も生い茂るその先に……山を下ろうとしている妹の姿が確かにあった。


「幸、幸!!」


 直ぐに名前を呼ぶ、叫んだ。だが妹は反応もせず草をかき分け、自分から離れていく。

 この場を逃がしたら、二度と会えない気がした。


「ま、待って! 幸!」


 見失ってなるものか、俺はそのまま追いかけるため草むらの中に突っ込んだ。枝や葉が肌を擦ってはヒリヒリとした感覚が走る。

 だけどそんなことを気にする暇もなく、妹のもとへと走った。


 しかしどうしてだろうか、兄である俺が全力で走っているにもかかわらず、距離すら縮まらず追いつくことができない。

 幸運にも、妹の姿は十数メートル離れているにもかかわらずくっきりと見えた。

 だから何とか、見失わずに走り続けることができた。


 走り出してから数分経った時だった。変化が訪れる。


──、

「……?(なんか今、膜みたいなものに触れたような)」


 暗い山を駆け抜けるというのは、無意識にハイにでもなるというのだろうか。何かを飛び越えた、突き抜けたような不思議な感覚が突如として走る。

 何かが失われた世界にきてしまったような、逆に何かが満ちている場所に入り込んでしまったような。

 同時に思考が揺らぎ、体も揺らぐ。


「──え?」


 不意に体が浮く、視界もなんだか狭まってくる。明らかに異変だ。

 それでもただ妹の後ろ姿に手を伸ばして、足を止めない。その努力が実ったのか、ようやくとして距離が縮み始める。

 だがもはや足は意味をなさず、意志だけで近づいているような気さえした。


「……」

「幸……こっちに……!」


 いつの間にか、幸は足を止めてただ後ろ姿をこちらに向けていた。何故だろう、どうでもいい。近づくチャンスだ。

 限界まで肩を伸ばして1mmでもと近づく。


「(あと……少し!)」


 あと少し、あと1メートル縮めば手が届く……と、もがく頃にはとうに視界は消え失せ幸──光だけが暗闇の中にぼやけて見えていた。

 

 だがその手が光に触れるであろう瞬間、何かに足が引っ掛かった。瞬間、浮遊感が消え失せる。


 俺は真っ逆さまに暗闇の中へと落ちていった。


――くすくす、惜しかったのに


 そんな、誰かの呟きを耳にしながら。



 初めましての方は初めまして、以前は別サイトで小説を執筆していた|通俺≪とおれ≫と言うものです。

 今回は妖怪ものを書かせていただきたいと思います。

更新形態としては、一話を書き終わるごとに連続投稿を開始。ストックが尽きたら一旦書き溜め作業と言った感じです。

 感想や誤字訂正などあればお知らせいただけるととてもありがたいです。

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