番外編 天使のうた
目覚めた時には、目の前に自分がいた。
現実を思い出したくなくなるぐらい、忘れたかった記憶が蘇る。
見なくても今の状況が分かる。
私は、詩優様の体に変わった。
詩優様が幻師となられてしまった。
守れなかったんだ。
私の心が弱かったから詩優様は幻術士となり
私の力が弱かったから詩優様を守れなかった。
…最低だ
こんな私に生きる資格なんてあるのだろうか。
・・・
死ぬ前に遣り残した事があった。
それは、詩優様の書いた記憶書を届けることだ。
詩優様の両親…雪斗様と優歌様に届ける
そうすれば2人の心が晴れる…。
晴れるのだろうか…?
娘の死を聞いて。
――蒼風街――
見られている。
たくさんの視線を感じる。
それはそうか。死ぬはずの幻術士がのこのこと
実家に帰ってきているんだからな。
でも、視線をあまりこちらに向けない。
こっちが視線を向けると目を逸らすのにな。
・・・不思議だな
―――
「…失礼します。」
少女が大きな扉から入ってきた。
部屋は広く、豪華な家具や植物が飾られてあった。
窓が開いていて、風が吹くたび白いカーテンが揺れている。
外は快晴で暖かい光が部屋に射していた。
そこには、明るい部屋とは反対に重く焦りを感じている人の姿があった。
少女の前に、優歌と雪斗が不安を表情にだしながら少女を見ている。
「詩優…なの?」
優歌が震える声で尋ねる。
少女は悲しそうに、悔しそうに呟く。
「…残念ながら詩優様はお亡くなりに…なりました。」
「信じてもらえないでしょうが、私は詩優様の護衛役…弥夢です。」
少女は低い声で呟く。
信じられなさそうに、2人は驚く。部屋に緊張感がはしる。
「分かりやすい方法があります…。」
少女は一冊の本を抱えて、2人に近づく。
「触ってみて…下さい。」
2人はおそるおそる言われるがままに手を差し伸べた。
本に指先が触れると、本から白い光が溢れ出し、2人の瞳に吸い込まれた。
一瞬の出来事だった。
2人は落ち着きがなくなり、息が荒くなる。
目には涙を浮かべ、脱力して床に倒れると叫びだした。
この叫びは、詩優様…月那さんを愛していたからだと弥夢は思った。
記憶書に触れると、詩優が生きてきた、全ての記憶が分かる。
2人は分かったのだ。詩優の深い悲しみを。心の痛みを。
少女は2人をしばらく眺めながら、
少女は本を机に置き、颯爽と部屋を出た。
―――
詩優様を置いて私だけ幸せになるなんて
ありえない。あの人を失ってしまったら、もう何もないんだ。
少女は魔法…瞬間移動を使い、元々いた場所、草原を歩き出した。
そこは、詩優と闘った場所で、少し前には魔族が倒れていたのだが、
今は誰もいない。
草原にあるのは、昔の自分の冷たい体があった。
少女はそれを持ち上げると、森の奥深くに埋め、自害しようと思い
森へ向かった。
少女は森の中を進んだ。
その森は、いつも神秘的な雰囲気な森で、神が宿っている森と
呼ばれている場所だったのだが、今は違う。
青白い光が漂っていて。森を照らしていた。
優しい光、心が安らぐような場所だった。
天使の声が聞こえた。
優しくて、懐かしい声。
天使の詩が森に響く。
体中が震えて
寂しさと優しさが混ざって、心に満ち溢れた。
少女は涙を流した。
今まで生きている内に、自然と傷ついて汚れていった心を洗い流すように。
汚い全ての感情を包みこんでくれた。
ここは、自分が自分でいられる場所だった。
涙する音が聞こえた。
辺りを見渡すと他にも涙する者たくさんいた。涙していない者はいなかった。
紅い瞳 漆黒の髪
魔族は荒んだ瞳から溢れる涙を流していた。
子供の頃に戻ったように…。
「ありが…とう」
魔族は感じた。この森はあの人が創ってくれた森だと。
そして溢れる光を抱きしめた。
光も仄かな闇を包んだ。
・・・
――時は流れ――
魔族達の村ができた。
とても賑やかで明るい村。
野菜や果実を食料として、みんなで分け与えて、助け合って生きてきた。
自然に囲まれ、みんなが優しい気持ちでいられる場所。
そこには心からの笑顔が溢れていた。
弥夢もその村で、子供達に囲まれ笑っていた。
弥夢は自分で生きる道を選んだ。
逃げたくなかったから
新しく守りたいものができたから。
綺麗事かもしれないけれど
あなたの命…そして自分の命を無駄にしたくはなかったから。
生きる希望はあなたの光がくれたから。
私は・・・
これからも生きていきます。
読んで下さってありがとうございます。
ここまで書いてこれたのは、読者様がいたからです。
心から感謝します。ありがとうございました。