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砂埃

 

 七月二十九日。華中民国寧遼省理順(リジュン)。

 松田剛作率いる独立混成第一旅団は理順陥落を成功に収め、瞬く間に寧遼省を占領。

 数で言えば圧倒的に華中民国が優っていたが、剛作の考案した機動戦術により敵師団を蹴散らした。これからの華中軍との戦いにおいて、理順が日本軍の第一拠点となっていく。

 華中第三師団本部跡には、

汚れの無い白と繁栄の赤が輝く日の御旗が堂々と掲げられ、兵隊達は皆その旗の神聖さに胸を震わせた。


「我が部隊は無敵だな」

「ああ。あの”軍神”松田少将殿が居れば、恐いもんなんかないさ」

 

 寧遼省占領を成功させた事実は、兵隊達の士気向上にも繋がっていた。

 そして何より彼らを安心させたのは、剛作が率いる部隊に所属していると言う事だった

 一等兵から士官まで誰一人として剛作を尊敬しない者は居ない。必要以上の追撃、占領した土地での傍若無人。彼はその一切を禁止し、旅団内で徹底させている。創立以来、正々堂々を胸に掲げる帝国陸軍の掟を忠実に守る剛作の軍人たる言動が、兵士たちの尊敬を浴びる一つでもある。

 

 旅団作戦本部。

 地図を広げ次の作戦について会議が開かれていた。声を上げ作戦の説明をしているのは、作戦参謀長羽場良成陸軍大佐。剛作の右腕であり、機動戦術を考案した一人。

 

「八月一日午前七時、出発予定。目的地は京北。尚、華東地帯における制空権は我が軍にありとの事」


 一時間ほど続いた会議も終わり、剛作は外へ出る。理順の空もいつしか黄金色を帯びていた。

空はいつでも変わらずに自分の時間を生きていて、その下に住む人々は、変わり行く時間の流れに呑まれ生きる。痕が残る家々を一つずつ剛作は見て回った。戦争をすると言う事。すなわちそれは、そこに住まう者達の生活を奪うと言う事。戦場に赴く度、剛作はその光景を胸に焼き付けている。そして同行していた富岡中尉に命令を下す。


「兵舎等建設と同時に、民間人の家をなるべく修理するよう伝えろ。そして粗暴を慎むことを今一度注意させよ」

「はっ、直ちに!」


 

 八月一日。午前七時。不気味なまでに静まり返った理順に鶏たちが朝を知らせていた。

  朝はいつも彼らの独壇場だが、今日はそんな音すら掻き消す勇音が響き渡った。

 一、二、三と、完璧なまでに整った足音。土を踏みしめる音からは、

最前線へ向かう彼らの覚悟が地面を通して足の裏から伝わって来るかの様。更にその後ろから、無限軌道を施した鉄武者たちが大地を轟かした。太く伸びた砲身が敵を打たんと武者震いをさせながら、その勇を抑えゆっくりと全身をする。その光景を見ていた浮浪者の老人は口を開居たまま呆気に取られ呼吸をするのを忘れ、それに気づき慌てて空気を吸い込んだ。


 

 八月三日、松田家。

まだまだ蒸し暑く、体中の汗を手拭いで拭き取りながら勉学に励む武人の姿があった。

 鉛筆を走らせながら、将来について思考する。夏休みと言っても、

武人の生活に別段変化は無かった。朝早く起き、母親の手伝いを率先して行う。

 それが終われば今みたいに教科書との睨めっこ。午後からは図書館で文学に癒されつつ、文華が来ないかと視線を行ったり来たり。昼飯も済んだ頃、家の扉を誰かが叩いた。友恵は洗い物をしていた為出ることはできない。そこで代わりに武人が玄関に向かう。ガラガラと扉を開けるとそこに居たのは龍平だった。


「どうした」

「何、俺が恋しいだろうと思ってな」

「バカ言うな」

「少し外出ようぜ」

「良いだろ、ちょっと待て」


 そう言って二階に上がり、

本を一冊と父にっ貰った財布を手に再び階段を下りる。


「どこ行くのにも本だなお前は」

「これがないと落ち着かない」

 

 玄関先から聞こえてくる賑やかな声を懐かしみ、友恵が声の方に向かう。

 

「あら龍平君。いらっしゃい」

「ご無沙汰しています」

「お母さんの容体はどう?」

「今は落ち着いてます」


 数年前までは良く松田家に来ていた龍平だが、

母親が病気に掛かり、布団の上での生活が多くなってからは、

休日はなるべく家に居るようにしている。その分学校では散々やんちゃしているという訳である。


「少し外に出てくるから」 

「行ってらっしゃい」

 

 カランコロンと下駄の音。粋な灰色の色した浴衣の袖に腕を入れ並び歩く田んぼ道。

 夏虫と蝉の合唱大会は今日も熱を帯びていた。内心武人は図書館に行きたい気分だったがそれを言葉にはせず、幼い頃の様に言われるがまま龍平の半歩後ろを歩く。


「どこに行く?」

「まぁ黙ってついて来い」

 

 ニヤつく龍平の横顔を冷めたように見つめる。

 昨日少し雨が降った影響で今日は風が少しだけ強かった。

 ただ連日の暑さからすれば、この風は団扇で扇ぐより、遥かに涼やかだ。

 季節のちょっとした贈り物といった所だろうか。


 それから二十分程歩き着いたのは喫茶店ボアル。レンガ調で作られた茶目っ気のある外観で、

龍平にしては気の利いた店だなと感心する。


「此処が目的地か」

「ああ、入って見ればわかる」


 龍平に言われるがままに店内に入る。

 扉の上に付いている黄金色のベルが、客の来店を店員に告げた。

 「いらっしゃい」低く魅力的な声の主はこの店の店主。彼は学生たちの良き理解者で、

すべての品を他の店よりも安く提供している。それ故ここら一体の学生達は、この店を知らない者は居らず、学生の絶えない店としても有名。


「おい、あそこ見て見ろ。」


 龍平が指さした一番奥の席。

 武人は自分の目を疑い、同時に龍平への感謝が溢れた。花柄のワンピースと、

長く伸びた艶やかな黒髪。一番会いたいと願う美しいその者に武人は瞳を奪われた。


「どうだ驚いたか。ここを通った時目撃してな、慌ててお前の所に来たってもんよ」

 

 この時初めて龍平に対し、尊敬の念を向けたのは言うまでも無かった。

 だが見るともう一人後姿の恐らく文華と同い年だろうと思われる女性が居り、

二人楽しそうに話す光景を理解した武人は、声を掛けては邪魔になると遠目で見つめることにした。


「だがせっかく楽しく話しているのに、邪魔しては悪いな」


 そう言って声を掛けるのを遠慮している武人を見るに見かね、彼女らの元に駆け寄る龍平。

 必死に止めようとするが、時すでに遅く、龍平は言葉を発していた。


 

「こんにちは」


 龍平の方を振り返り、その後ろで困り顔の武人を見つける。

 文華は少し驚いていたが、二人の訪問を喜んだ。

 いつもは迷惑ばかりを連れ込む龍平も今日ばかりは頼もしく見える。まるで彼の背中から、

後光がさしていと思えるほどに。


「夏休み入ってからは初めてお会いしますね」

「そうですね、図書館には行ってたんですけど」


 微笑ましい会話に花を咲かせていると、文華の向かい側に座っていた友人が、

興味津々な顔して文華の服を少し引っ張った。


「ふみちゃん、こちらの方々は?」

「紹介するね。国帝高等学校の松田武人さん」


 武人が会釈をする。二秒ほど武人を見ると、嬉しそうな表情を浮かべる。

 もちろん面識も無い、不思議に思い武人が「どうしましたか」と尋ねた。


「時折ふみちゃんが嬉しそうに貴方の事を話していて、

本人に会えるとは思ってもいませんでしたから、つい嬉しくて」

「文華さんが?」

「はい、貴方と本について」

 

 文華は俯き恥ずかしそうに、まるで赤子の頬の様に赤らめる。秘密を話した親友を恨むその姿さえなんと愛らしいか、武人は心のシャッターをすかさず切った。

 

「申し遅れました。

私は、多奈部満代(みつよ)と申します。ところでお隣の方は?」


 満代の視線が龍平を向く。肩よりも少し短い髪、日焼けして薄小麦色になった肌。

 店の入り口に付けられた銀の鈴の音が恋の訪れを告げる。


「俺は龍平、冨龍平です!」

読んで頂き有難うございました。

 便利な道具がない時代だからこその喜びがある。

次回も読んで頂けたらと思います。

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