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窓の光

 

 七月二十日朝。

 門を抜け草花が出迎える通路を進み見えてくるのは、西洋と日本の良い所同士が混じり合った大きな屋敷。外壁は白と煉瓦色を基調としたなんともセンスを感じる色合い。

 艶のある鳶色の扉を開けると、オランドを彷彿させる玄関。

 天井にはあまり日本人の見慣れないガラス細工が施された照明。ここは夢元家。

一人の女中が階段を静かに上る。階段を上がり左手の二番目の部屋、そこで立ち止まり戸を二回ほどいつもの様に優しく叩いた。

 

「お嬢様、起きていらっしゃいますか」

 

 女中がドアノブを回しゆっくり扉を開ける。すると白で統一された部屋の中、

部屋着のまま椅子に座り、児童文学書を微笑み交じりに読む文華の姿があった。


「榎田さんおはよ」

「おはようございます。相変わらず本がお好きですね」


 椅子から立ち上がり、セーラー服に着替え部屋を出る。

 階段を下りて一回の部屋に行くと、文華の父が朝食の並べられたテーブルに着いていた。

 父夢元忠助は貿易会社の社長で、一代で会社を大きくさせた凄腕の貿易商。

 そして何より元帝国軍人である。戦場で足を大怪我してそのまま除隊。


「おはよう文華」

「おはようございます」

「さぁ朝食にしようか」


そこにキッチンから出てきた母の由美子も席に着き、食事を取りながら楽しげな朝の会話をする三人。

 ゆったりとしたピアノの音色が似合う景色がそこにあった。


「図書館から借りてきた本はどうだい?」

「とっても面白いです。

胸の奥が騒ぎ出すほどですもの」


 文華が本を好きになったのは、父忠助のお蔭と言っても過言ではない。

忠助の膝に座り、海外の児童文学書を読み聞かせて貰って以来、文華の本好きが始まった。

彼もまた子供の頃より文学にのめり込んでいた一人。


「良い本に出会えたんだね。大切にしなさい」


 なんとも穏やかで宇つましい食事の時間。そんな空気を割るかのように、

忙しない声がラジオの向こう側から聞こえていた。


「臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部。七月二十日午前七時発表。

帝国陸軍は本十日未明、東亜国と華中民国との境界線にて、華中民国軍と戦闘状態に入れり。

繰り返し申し上げます……」


 日本の開戦を告げたラジオは楽しげな食事を緊張に変えた。

 忠助は持っていた箸を置き気難しそうな顔をする。

 それを見ていた文華が話を振り、場の空気を何とか変えようと試みる。


「今度お父様のおすすめの本が読みたいです。何か教えていただけませんか?」

「あ、そうだな。何がいいか……」


 食事と支度を済ませて玄関にて靴を履く。

 そしてもう一度玄関にある全身鏡で身なりを整える。

 

「行ってきます」

「気を付けてな」

「行ってらっしゃいませ」


 家を出て少しすると親友の鈴木加奈子が、文華を見つけて手を振っていた。


「ふみおはよう」

「おはよう加奈子」


 いつもの通学路を楽しげに歩く二人の姿を、屋敷の二階にある書斎の窓から見つめる忠助。

その表情からは、どこか悲しさがこぼれている様にも見えた。


「また戦争が始まった。

多くの人が傷つくのだろう。戦争なんて進化の過程で人間が生み出した――大罪」


そう呟きながら部屋の中、一人呟きタバコの火を灰皿に押し付けた。

机に置かれた写真立ての中には若かりし頃の忠助と、軍服を身に纏い、硬い表情で映る男の写真があった。


 七月二十七日。

 日本が華中民国と開戦を告げてから一週間が過ぎた。

 白のワイシャツに袖を通し一番上のボタン以外をきちっと留める。

 一階に降り、仏壇に線香を一本立てる。両手を合わせ先祖に願うのは、父の安全。

 風に靡く線香の煙が鼻を擽った。今頃は戦地に着いて活躍しているのだろう。

 自分もその活躍に恥じないように努力せねばと、改めて決意を胸にした。友恵と共に朝食を食べ、急ぎ足で学校へと向かう。今日は今学期最後、明日からは夏休み。

 日差しが照り付ける農道を進みながら近所の人たちと会話する。、農道を抜け街に出ると、

朝の活気ある風景とは違った騒がしさで満ちていた。


「号外号外! 

我が帝国陸軍恐れる者なし! 敵師団破れ後退!」


 声を張り上げながら新聞のページを配り歩く男。それに群がる大衆。

武人は目を瞑りたい思いだった。武人の想いを受け止めるかのように蝉が激しく鳴き落ちる。

 昼休みになって、

 食事を蒸気機関車の石炭入れの如く口に詰め込み勢いで流し、ご馳走様と両手を合わせ感謝を告げた。

 椅子から起き上がり向かった先は図書室。

 相も変わらずこの部屋の中は絶妙なまでの心地良さがある。窓の外からこぼれる太陽の光、

 普段は嫌悪感すら感じる太陽の強い日差しも、この部屋には必要なインテリア。

 窓の隣の席に座り、少しだけ部屋の中に風を入れる。

 少しだけ固い扉を上げると、耳に触る不快音をさせながら、次第にカタカタとガラスが揺れた。

 夏の生温い風を肌に感じつつ、先ほど選んだ本の一ページを開く。

 静けさに包まれた図書室の中、誰に邪魔をされる訳でもなく本が読める。

 そんな幸せな時間が後どのくらい続くのだろうか。紙一面に浮かぶ文字の波を見つめながらふと考える。


「おい、時間になるぞ」


 急に聞こえてきた龍平の声で顔を上げる。時計を見れば昼休みが終わろうとしていた。


「また集中して読んでたな。明日から夏休みなんだから、今日くらい外で運動すれば良いものを」


 片方の眉毛を上げ呆れる龍平に、分かってないなと言わんばかりの表情を浮かべ、

読んでいた本を優しく閉じる。


「だから来たんだよ。今学期最後の図書室を満喫する為に」

「俺には分かんねぇな」


 棚から取った本の元の位置に戻して雑談を交えながら図書室を後にした。

 開いたままの窓からは、自由奔放な風がカーテンを揺らしていた。

 それから放課後になり、

自分の鞄に教科書をしまい込み図書館に向かう用意をしていた。

 龍平は他の同級生と近くの土手で野球をするらしく、十名ほどで一足先に下駄箱に居た。


「んじゃな」

「おう」


 皆に挨拶をした武人は、野球の誘いに目もくれず小走りで図書館へと急ぐ。

貸したあの本はもう読んだ頃だろか、会えると思うと心臓が騒ぎ始める。


「松田の奴なんか嬉しそうじゃなかったか?」

「そう言えばそうだな。まぁ親父さんの旅団が華中共を倒して、ご活躍されてるのが嬉しいんだろう」


 同級生の発言に、その場にいた者達が皆頷き納得する。

 ただ龍平だけは違った。一人クスクスと笑いを堪え、ついには大声で笑い始める。

 その様子に他の者達は暑さでついに頭をやられたと顔をしかめる。


「何がおかしいんだ」

「何ってお前らの発想だ。

あいつはもっと別の理由さ……少し耳を貸せ」


 そう言うと龍平を中心に皆が輪になった。何やらぶつぶつと、輪の外に漏れぬように龍平が話す。

 話を聞いた同級生達は、皆一斉に嫉妬心から憤りを覚える。

 そしてその気持ちを待っていたと言わんばかりにある提案を持ちかけ、

 青春盛りの男たちはその提案を二つ返事で飲み込んだ。

読んで頂きありがとうございました。

戦争でも平和でも変わらない恋のカタチ。

次回も読んで頂けたらと思います。

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