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落雷予報


 恋とは時に前触れも無く訪れる。

 積もれば積もる程、積乱雲に蠢く雷の様に、その者の心に鳴り響く。

 今まさに武人の心には、恋の落雷警報が鳴っていた。

 男は皆単純なものだ。純粋とでもいうべきか。

 隣に座リ本を読む文華の横顔を気付かれないように先ほどから見ている。

穏やかな表情で本と向き合う彼女の横顔。耳にかけた髪が落ちる。

それをもう一度耳に掛け直す。そのしぐさに色気を感じ頬を赤らめる。

 こんなにも本に集中出来ないなんて事が、彼の人生にあっただろうか。本の一文一文に目を向けるが、

 隣の艶やかな髪と小さく愛らしい耳に意識を奪われる。

 これではいけないと本を閉じ席を立つと、別の本を探すため辺りを歩く。

 本を選びふと文華の方を見ると、彼女は黙々と本を読んでいた。時折笑い、

その度優しく握った左手を口に近づけるしぐさに目を奪われる。


 しっかりしろと逸らした視線の先には一冊の本が少しだけ棚から出ていた。

 気になりその本を引き抜く、棚にぎっしりと本が詰められていて抜くのに少し手間取った。

ベルゲン語で書かれていたその本のタイトルは、

 

 ”戦争と平和”


 面白そうだと経験則が働き、その本を持ち帰り席に着いた。

 本を開き、プロローグから読み始める。お互い本を読んでいる為、

図書室には静寂だけが歩き回っていた。何を話したらよいものか、武人は悩んでいた。女子と話すなんて事は、小学校以来。日本男児たる者むやみやたらに女と話すべからず。この時ばかりは、

武人は父にそう教わっていたと自分自身に言い訳をした。

 龍平に話しているような感じで話せばよいのか。頭の中が段々と熱を帯び、

グラグラと音が漏れる程熱く赤くなる。


「その本、面白いですか?」


 武人の口から出た振り絞った末に出た言葉。それに反応し振り向く文華は笑顔を浮かべはいと答える。

彼女が持っていた本見目が行く。タイトルは”一人の少女”日本の児童文学作家池波智子の作品。無垢な微笑みでその本と睨めっこする姿に、なんて幸せそうなんだと関心を覚える武人だった。


「児童文学が好きなんですね」

「はい。世界観が心地よくて」

「松田さんは好きな本有りますか」

「俺はですね」


 武人は、自分の好きな本について語った。

 思わず胸を熱くさせながら一生懸命に説明す。初めて読んだ本であると、

そしてそれは自分の尊敬する人に貰った宝物だと。語れば語る程、彼の舌は油を帯びる。


 話の途中、我に返る。こんな話聞いててつまらないだろうか、

突然疑問が頭をよぎり文華の顔を見た。本の事になると周りが見えないのは武人のいつもの事。

 しかし目の前に居る文華に引かれるのは彼にとって緊急事態。

 だがそんな心配事は最初から不要だと気付かされる。彼女は嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうな顔で話を聞いていた。


「つまらなくは無いですか?」

 

 苦笑いを浮かべしつこいほどに何度も文華に問う。


「いいえ。聞いていてとても楽しいです。

なんだか本への愛を感じます」

「もっとお話し聞かせて頂けませんか?」


 言葉に出来ない喜びが武人の全身を巡る。こんなにも自分の話を楽しそうに聞いてくれる人が居る。

 避雷針は破られ、彼の心には一つの恋の雷が落ちた。嬉しさを滲ませながら無我夢中で話をし、文華もその話を夢中で聞いた。図書館に響く二人の若者の楽しげな声。時間を忘れて語り合った。

 文華が帰る頃には意気投合し、武人も変に気負う事も無い程に。


「次は二日後に来ますね」

「分かりました、ではまた」


 二人同時に図書館を出て入り口でさよならと手を振り合った。

 夏の夕焼けと共に遠くなる彼女の姿を、目に焼き付けるように見つめた。

 帰り道。本に挟んだしおりを取り出した。武人にとってこのしおりは、幸運を運んでくれたお守り。

 幸運とは文華と出会たことに他ならない。


「ただいま」


 家に着き、騒がしく階段を上がり、制服と学帽を壁に掛ける。それから洗面所に行き、

冷えた水を顔一面に浸す。横にある手拭いで水分を拭き取り鏡を見つめ、

外では蝉が何やら賑やかに声を出している。

 

「いただきます」


 今日の夕食は肉じゃが。

 口の中で崩れていくじゃがいもと汁の染みた豚肉、少し苦みのあるニンジンが絡み合ってご飯が進んだ。普段は何も言わず黙々と食べる剛作が、今日は美味いと言葉を繰り返す。

 母の友恵がその言葉を聞いて、嬉しそうにしていた。 

 食事を終えて二階に上がろうと階段に向かう。相変わらず階段からは軋む音が鳴っていて、

 普段は気にする事ではないが、でも今日はそんな雑音すらも嬉しさに変わる。

 部屋に着き早速本を開いた。今日読むのは、図書室から三日ほど前に借りた児童文学書。

 文華が児童文学が好きだったのは偶然か、とにかく借りておいて正解だったと喜ぶ武人。


 外で鳴く、虫たちの声だけが部屋に入って来る。

 額に汗を浮かばせながら、いつも以上に物語へと入り込む武人。

 今日の事で、もっと本について語りたいという感情が会芽生え、

その為には本を今以上に理解し読む事が必要だと考えての事だった。


 読み始めて二時間が経つ。

 本の最後のページ、最後の文を読み終わり、静かに本を閉じた。

 両手を天井に伸ばし体を解す。敷いてある布団に無造作に倒れ込み、

少し冷えた布団の感触を足の裏で楽しんだ。

 次に会えるのは二日後。、そう思うと彼の心臓の動きが少し早まり眠れなかった。


 二日後。学校に向かう途中、車に乗った陸軍の青年将校達とすれ違った。

 彼らの行く方向には武人の家がある。

家には剛作が居るから、何か用事でもあるのだろうか。

 

 頭の隅でそんなことを思いながらも、脳内を占めるのは文華に会えるという喜びだった。


"少し走るか"


 気持ちの高揚を抑える為に、小走りで学校へと向かった。

 カランカランと下駄が鳴り、

その音に合わせて蛙が田んぼの中で歌い始めた。


 教室に入り心地の良い静寂さの中本を開く。

 校舎の横にある木で日向ぼっこをしている蝉の声が、教室に響く。

 早く時間が過ぎないものかと、時計の秒針を見つめた。

 授業が終わり怒れない程度の小走りで、下駄箱へと向かい履物を変える。


「今日も図書館か」

「ああ、んじゃな」


 校門へと歩く武人をつまらなそうに見つめる龍平。

しばらく見ていると、彼のいたずら回路が繋がった。


「後を付けるか」

 

 呟いた後、龍平も履物を変え下駄を鳴らす。

 そんな事とは知る由も無く、図書館へと向かう。

 入り口に着くと、館長が庭掃除をしていた。白と灰色の混ざった髪色をして、

少しシワの付いたシャツを着た初老の男性。

 

「こんにちは」

「いらっしゃい、ゆっくりしていきな」


 軽く会釈をして扉を開ける。その余力で揺れる図書館の扉を見つめる館長。


「全く眩しいね」

 

 静まり返った室内を見渡す。嬉しさが前触れも無く込み上げた。

 二日前と同じ席に文華が座っていた。

彼女の手には武人が読んでいた、"戦争と平和"があった。

「こんにちは」すると文華が振り向く。靡いた髪は艶やかで、日の光で美しさが一層増している。

「こんにちは」と挨拶を済ませ鞄を置いた。武人が席に着いたのを見計らい、

文華の方から声を掛ける。


「今日はどんなお話をしますか?」


 そう微笑んだ彼女の表情に、武人の心臓が一瞬止まった。


読んで頂き誠にありがとうございます。

この世に偶然は無くすべて必然。

次回も読んで頂けたらと思います



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