ニカ・フラメルのお話
「いよいよ私か……」
一番最年少……いや、精神的には明と同じくらいのニカがため息をついた。
前提の話なんですけど、とニカは言う。
「皆さん、前世って信じますか」
この奇妙な問いに、三人は面食らう。
まず真っ先に答えたのは梨香だった。
「信じるわ。というより、私にも前世があるから」
「えっ、そうなんですか?」
「そうよー。白世とだって、初めて会ったのは今のあたしじゃなくて、前のあたしだもの」
梨香の言葉にニカはほっとする。自分以外にも、そういった経験をしている人がいると知って、安心した。
「前世……輪廻転生っていう思想があると聞いたことがあるけれど、それかしら?」
「あぁ、古い書物にはそういった話があるが……そういう体験をするものと会うのは初めてだ」
明とレーリィンがなんとなく理解を示したところで、ニカは本題を続ける。
「その……私、前世で恋人だった人の娘として生まれ変わったの」
梨香が目を見開く。
「嘘……そんなことってあり得るの?」
「実際にそうなってしまったんだもの」
梨香の驚きぶりに、レーリィンが不思議な顔をした。
「あり得ないことなのか?」
「転生することすらまず難しいのよ。それが狙ったかのように、知り合いのところに転生するのはまず故意的に何らかの術が働いていると見ていいわ。でもね、問題はそこじゃない」
梨香が、憐れむようにニカを見た。
「恋人だった人の娘として生まれ変わったということは、彼氏が別の女と結婚して、愛し合っている姿を彼女は今まで見てきたということよ」
梨香の言葉に、レーリィンも明もようやく気づく。
失恋どころか、その先にニカが生まれた。
彼女の気持ちはいかほどか。
一瞬にして重たくしてしまった雰囲気に、ニカがちょっと慌てた。
「気にしないでください。私はそれを受け入れてるので。お母さんは決して悪い人じゃない。体が弱くてあの人よりも先に死んでしまうことを私は後悔していたから、むしろあの人を前に進ませてくれたことに感謝しているのよ」
ニカはちょっぴり泣きそうな声で言う。人にこんなことを話すのは初めてだ、と思ったところで違うと、とある人の面影が頭をよぎった。
「お父様には、そのこと話したの?」
「いいえ。そんなこと言ったら困らせてしまうじゃないですか」
ニカは首を振る。それもそうね、と明は引き下がった。
「それでも、まだ君はその男が好きなのか」
「嫌いになれる訳じゃないですか。私は彼のことを愛していたんですから」
「そうか……全く、こんな健気な娘を追い込む奴の顔を拝んでみたいものだ」
レーリィンの言葉に、ふと梨香が気づく。
「あら? そういえばホログラムが出ないわね。出さないのかしら?」
えー、出してもいいけどぉ。
その子、嘘をついてるからなぁ。
「そういえば。このポンコツ、さっさと出すんだ」
ぺしぺしとレーリィンも机を叩く。
『画像出すけどほんとにいいの?』
文字が浮かんだ。ニカが首を傾げる。
「いいけれど」
『これは愛する人を写し出すものです。映し出された人こそ、あなたが愛している人、これから愛する人です』
「……これから?」
ぴくりと明が気づいたように反応する。
でももう遅かった。
神様パワーでニカの愛する人を写し出す。
金髪紫眼。凛々しい趣の青年が図書館でニカを押し倒している姿が、そこに映し出される。
「なんだこれは! これが父親の姿か!?」
「とんだ茶番ね」
レーリィンが憤慨し、梨香が眉を潜める。
けれど当の本人……ニカの反応がおかしかった。
「な、なんで!? なんでフィルが出てくるの!? どういうこと!?」
「ニカちゃん、この人があなたのお父様なの?」
「違うっ! 違います! この人は私が居候している先の……ほ、保護者です!」
色々と説明がややこしくて、ニカは色々と省いたが、でもまぁあながち間違ってはいない。
「愛する人……つまり彼が今のニカちゃんの愛する人ってこと?」
「えっ、そんな、えっ? 私、だって、お父さんのこと忘れられなくて……」
パニックになったニカが助けを求めて三人を見る。
唯一、文字を見て理解していた明が落ち着いて、と微笑んだ。
「文字で書いてあったでしょう。映し出された人こそ、あなたが愛している人、これから愛する人です
って。今、あなたが気づいていないだけで、彼がきっとこれから愛する人になるのかもしれないわ。レーリィンさんと同じね」
「えっ? でも、私は……!」
何か言おうとするニカを遮って、梨香が言う。
「それがきっと、貴女にとって一番良い道なのよ。叶わない恋をするよりも、新しい恋をした方がいいわ。できないよりも、できることが分かったんだし……深く悩まなくていいと思うわ」
「そうよ。恋はいつも突然やって来るものだって相場が決まっているんだから」
梨香と明に圧され、ニカがたじたじになる。
パッと画面が切り替わる。
ヴェニス山脈へ向かう旅路の途中の宿。眠れなくて宿の下の酒場でミルクを飲むニカの隣にフィルが座る。
この時の会話を思い出して、ニカの頬がぽぽぽっと真っ赤に染まった。もしかして、もしかして、と心臓が大きく鼓動する。
『あのね、私、フィルの事も好きよ』
『へぇ。どれくらい?』
『そうね、世界で二番目くらいかしら』
「にやぁぁぁぁぁ!!!!」
ニカが立ち上がって、短い手足でバタバタとホログラムを消そうとする。でも悲しいかな。身長が足りなくてホログラムにまで届かない。
「あらー」
「これはこれは……」
「ふふふ」
三人が微笑ましくニカを見つめる。
そして映像に映し出された意味を、正しく理解する。
「二番目が、いつか一番になるみたいね」
恥ずかしさのあまりに必死なニカには、明の言葉が聞こえなかった。