レーリィンのお話
「ふむ……己の愛する者が思い浮かぶという仕組みなのかこの珍妙な絵は。そうなると私はどうなるんだ?」
ふとレーリィンがいう。彼女には愛するべき者が多くて、思い至らないらしい。
神様が気を利かせてあげましょう。
貴女の思い人はこちらです。
はいドーン!
「うぉっ、バトラー君か」
黒髪黒目で、黒い執事服に鮮やかなライムグリーンのネクタイを締めた寝癖だらけの男性が、赤毛のメイド服の少女と一緒に馬車の後方に立っている。彼らの前に膝をつき、レーリィンが祈りを捧げていた。
「これがさっきから言ってたバトラー君?」
「レーリィン様の執事さん?」
「なかなか格好いいじゃない」
三人が口々に話す。
レーリィンはさもありなんと頷いた。
「側近には美形美人を取り揃えているからな。だが、彼らは見目麗しいだけではなく皆相当の手練れだ。バトラー君も言わずもがな」
これはお忍び中に盗賊に襲われたときのものだなとレーリィンは言う。
「せっかく無事を祈ってやったのに、こやつはあっけらかんと全滅させてくるのだ。七十人近い盗賊団を二人で。祈って損をした気分だ」
「そう?」
明が楽しそうに微笑んで、口許を袖で隠す。
「あなたが彼の、彼らのために祈りたいから祈ったんでしょう? 誰かを想って祈るのは無駄じゃないわ。それにここにこうして映し出されたんだから、あなたも彼に特別な感情を抱いているのでしょう」
映像が切り替わる。
大きな満月を世に、バルコニーでレーリィンがバトラー君に抱き締められている。
主従のいけない逢瀬のような場面に、三人が食い入るようにホログラムを見つめた。
「あら」
「わぁ」
「うふふ」
三人の目が一気に温かくなる。
レーリィンが少しだけ慌てたような顔になった。
「いやな? これには深いわけがあってだな?」
「どこからどうみても秘密の逢瀬よね?」
梨香の言葉に、ニカも明も頷く。
いや違うとレーリィンは声を荒げた。
「これはな、私を狙う暗殺者を油断させるために隠れていたのだ! 断じて深い意味はない!」
「でも、抱き合う意味ありますか?」
ぼそっとニカが付け足す。
他の二人もうんうん、と頷く。
「これは毒を盛られてまだ本調子ではなく……それに気配を消すためにこうした方がいいとバトラー君からしたことで……」
ごにょごにょとレーリィンの言葉が尻すぼみになる。
あまり意識はしていなかったが、この時の密着は不要なことだったのでは、三人に誤解を与える原因になってしまったのでは、でも振りはらわらなかったのは自分で……とレーリィンが悶々とする。
「む……私は特別扱いをしたいのか? あのバトラー君にか?」
明がちっちっちっと指を振った。
「違うんじゃないかしら。特別扱いじゃなくて、特別扱いをされたい……っていう方じゃないの?」
「誰が?」
「それはレーリィンさん、あなたよ」
明が言う。
「あなたとばとらー君の立場では、あなたが特別扱いすることには難がある。でも、ばとらー君が貴女を特別扱いすることには不自然じゃないもの。王族としてあなたは、彼を特別扱いするなんて夢にも思わないんじゃない?」
ここ夢なんですけどーっていう突っ込みはしないよ。
神様は空気を読めるいい子なので。
レーリィンがふむ……と考え込む。
「特別扱いをされたい……それはある……かもな。彼は叔父上に見いだされ私に仕えている。他の者もそうだが……バトラー君の場合は特にその忠誠が、きちんと私の方向に向いているのか不安になるときがある。どこか遠い場所を向くときがあるのだ」
レーリィンが遠い目をした。
梨香が目を細めた。
「彼の事、よく見ているのね」
「仕える者をよく見ておくのは上に立つものとして当然のことだ」
「それが恋心じゃないと言い切れるの?」
「分からん。だがまぁ……この絵が答えなのだろうよ」
レーリィンが聖母のような表情で、ホログラムに映し出された自分を抱き締める彼を見つめる
。
彼女の恋は芽吹いていないけれど、確かに種はある。
その特別が恋に変わるかどうかは彼女と彼次第。
でも神様は二人がきっと特別な関係になることを知っているし、願っているよ。