珀明のお話
「私の旦那様はねぇ、王様なのよ。とっても大きな国の」
「ほう、では君も王族なのか」
珀明の言葉に、興味を示したのはレーリィンだった。
「私は嫁いだ身だから」
「嫁いでも籍を入れれば王族だろう?」
「ならないわよ。そうなったら後宮の女官全てが王族になってしまうじゃない。私たちは王様の所有物だけれど、一族にはならないわ」
ころころと笑う明。レーリィンが自国とは違う王族のシステムに、あまりピンと来ていないようだ。
「服装から思っていたけれど……レーリィンさんが西洋の文化を強く受けてて、明さんが東洋の文化ってところかしら……」
「王族かぁ……あんまりお近づきはしたくないなぁ……」
梨香にとっては全く別のベクトルのファンタジー小説を読んでいるつもりのようなものだから、二人の会話はなかなかに興味深い。しかしニカにとっては王族は雲の上のお人なので、少しだけ腰が引けてしまう。
「出会いはどうだったの?」
「女装してたわ」
「女装?」
梨香の問いに、明があっけらかんと答えるとレーリィンが面白そうに笑った。
「王が女装かなかなかに面白いな? 美形なのか?」
「そうなのよー。王様のお顔、とっても美人なの。私より綺麗だから嫉妬しちゃうくらい」
でもね、と明は続ける。
「王様が女装していた理由はとっても悲しい理由だったの。亡くなった母君のお墓をお参りできない代わりに、母君の面影を残そうとしていたらしいの」
明の言葉に、ニカがちょっとだけ反応した。亡くなった人の面影を残して。
「その時の私はね、家族を犠牲にして国を出て、海を渡って……その先で王様に会ったの。王様の話を聞いてね、ああこの人も私と同じなんだって思ったの」
「あら、国際結婚だったの。素敵じゃない」
「ありがとう」
明が照れ臭そうに笑った。
「ただ、最初は私、王様のところへ偽のお妃様として嫁いだの。私の国ってなかなかに粘着質でね? 私に手出しができないようにって、兄様のお知り合いの方に後宮に入れてもらったのよ」
「そんなことが可能なのか? 妃に真偽なんてあるのか?」
「国の違いって奴ね。明さんの国って、お妃様が沢山いるでしょう? 十人二十人……多いと百人以上とか?」
「そうよ」
「あぁ……なんとなく分かった。ハーレムみたいなものか」
梨香がさも当然のように聞けば、レーリィンがなんとなく理解したようで頷いた。ハーレムなら賑やかしの一人二人紛れ込むのくらい簡単だ。
「偽のお妃様のときにね、私、やらかしちゃって。誘拐されちゃったのよ。母国の人たちに」
三人の表情が固くなる。誘拐とはなかなかにシビアな話だ。
「偽のお妃さま。いなくなっても問題ない。所詮は異国の人間。放っておいた方が、むしろ丸く収まって良かった」
明がゆっくりと当時の事を思い出すように話す。
「それでもね、王様は私の事を助けに来てくれたの。部下に指示さえ出せば全てが簡単に終わるのに、わざわざ私を助けに現地まで来てくれたの。私、すごく嬉しかった」
きゅっと胸の辺りで手を握る。とくとくと心臓が早鐘をうつ。あの時の思い出が、明の胸をときめかせる。
「私はその後、後宮に戻っては駄目だと言われて。王様とはこれが今生の別れになるかなって思ったわ。でもね、王様は言ったの」
明が目をつむる。
「私を迎えに来るって。私を本当のお妃様にするって。そして本当に、王様は私を迎えに来てくれて、今の私がいるの」
明がふふふ、と頬を赤らめた。
「それが私の馴れ初め……って、何か言いなさいよ。私一人だけ喋ってるの……」
寂しい、と言おうとしたところで、三人が見ているものに気づいた。
テーブルの中央。色のついた影絵のように浮かびあがる映像。
今まで文字であったところに、二人の男女が抱き合っている場面が映し出されていた。
誰の?
勿論、明とその旦那様の。
寝台で身を起こしている今より幾らか若い明を抱く、一人の男性。抱いているだけならまだ良い。
明と男性は、おもむろにどちらからともなく、ついばむような口づけを交わした。
「…………………………やめてぇーーーーーーー!?!?」
明が顔を真っ赤にしながわたわたと映像に向かって手を伸ばす。けれど映像は消えることがない。だって神様の力だもん。
「あら……公開処刑ね」
「ほぅ、これは面白いな」
「~~っ」
「こんなの兄様の悪趣味な伝記より悪趣味よー!!」
梨香が少し目を丸くし、レーリィンが面白そうに目を細め、ニカには刺激が強かったのか顔を真っ赤にして目を伏せている。
まずは一つ目、御馳走様です♡︎
でもちょっと甘さがなぁ、物足りないかなぁ……
まぁ、でも仕方ないか。
恋のさじ加減はいつだって本人次第なんだから。