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第九話 ニーチュアン祭り

 リアンはいつも紳士的で、その日もちゃんと夕方前にお屋敷の門まで送り届け、次のデートがニーチュアン祭りだねと、嬉しそうに言いながら帰って行った。

 門兵が半目になりつつも、見送るエリンを見守りつつ、振り返っては笑顔で手を振るリアンに『滅べ』と呪いを掛けていた。


 嬉しそうに頬を染め、大切そうに袋を抱えて戻ったエリンは、辺境伯奥方に出迎えられ、自室でルイーズに出迎えられ、根掘り葉掘り聞かれて白状させられる。

 と言っても、エリンはそれがどう言う事なのか全然理解できておらず、同じ香りの石鹸を使うと嬉しそうに言ったエリンに、ピクリとルイーズの片眉が跳ね上がったが、一瞬の事だったのでエリンは気付かなかった。


 まさか、色ボケて来やがったか?とルイーズは心配になり、エリンの話を聞き続けた。が、どうにかまだ一定の距離があるようで安心し、後でじっくりジルから聞き出そうと決めた。

 

 その夜、ジルから石鹸をプレゼントされるとは思わずに。


「なに、これ?」

「いやあ、リアンを見習おうと思って。ルイーズと同じ香りがしたらいいなって思ってさ」

「…………それで、これを買ったの?」

「うん。ルイーズに似合うなって思ったから」

「これが?」

「そう。店のおばちゃんが、この香りはリーラフルーって花の香りだって言ってたよ」

「リーラフルー……」

「知ってる?」

「紫色の綺麗な花よ」

「そっか。ルイーズにピッタリだ」

「……莫迦ね」


 どうしよう、凄く嬉しい。

 今までもらったどの贈り物よりずっと安物の、この石鹸が一番嬉しいと言ったら、ジルは怒るだろうか。あんなにたくさん、贈り物をくれたのに。


「ジル」

「んー?」

「好き。大好きよ」

「……ルイーズ、俺も好き、大好きルイーズ」


 慣れ切ってしまっていたけれど、リアンとエリンのお蔭で大切な物を失わずに済んだかもしれない。そう思うと、こういうのも悪くないと思えてしまう。

 そう、気持ちは言葉にしなきゃ伝わらないのだから。


「ああ、ルイーズ、ルイーズ、俺と結婚して」

「プロポーズぐらい、時と場所を選びなさいよっ!」

「この溢れ出る俺の愛を受け止めながらは駄目?」

「駄目」

 

 じっと睨み合えば、ジルがへにゃっと笑う。

 

「ん、わかった。ちゃんとする」


 そうして、昼間に言っていたように、ジルはルイーズにねっちょりとしたキスをした。


 ニーチュアン祭りのその日、朝六時五分前にやって来たリアンは、緊張しながらも辺境伯と奥方に挨拶をする。


「おはよう、リアン。早くに来てもらってごめんなさいね」

「いいえ、大丈夫です。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」


 そのまま食堂へと案内されたリアンは、エリンを呼んで来るわと言った夫人と別れ、辺境伯と共に先に椅子に座った。


「リアン。君の洗濯箱、とても好評だよ」

「そうですか、ありがとうございます」

「うん。それで、また王都で報奨金が渡されるらしいんだけど、リアンは身分証明を持っている?」

「ああ、はい、持っています」

「ちょっと、報奨金の額が多いらしいから、そこに入れてもらった方が良い。それと、王都までは家の飛竜で送迎するから」

「いえ、そこまでして頂くわけには」

「駄目だよ。あの魔具の制作者に、莫大な報奨金が出るって話が出回ってしまったんだ。だから、大人しく送迎されなさい」

「……そうでしたか。では、お手数をお掛けしますがよろしくお願いします」

「うん。それとね、リアン」

「はい」

「この邸の隣にある別宅に住む気はないかい?」


 辺境伯の申し出を即座に断ろうと口を開けたリアンは、言われた意味を考えた。

 莫大な報奨金の話が出回っていて、辺境伯の身内でもないのに王都まで飛竜の送迎をされる、と言う事は自分の家が既に知られていると言う事なのだろう。


「……お借りします」

「良かった、そう言ってくれて安心したよ。出来れば、早めに引っ越しをしてくれると嬉しい」

「解りました」


 自分のせいでエドナの領都が騒がしくなるのは望んでいない。だけど、こうなってしまうと自分一人では対処しきれないから、辺境伯の申し出はとてもありがたい物だった。

 丁度話が終わった頃、奥方とエリンが食堂に入って来て、リアンと目が合ったエリンが嬉しそうに微笑んだ。


「おはよう、リアン」

「おはよう、エリン」


 挨拶を交わして微笑み合っていると、辺境伯が咳払いをして椅子に座るよう促して来た。二人で恥ずかしさに顔を赤くしながら慌てて腰を降ろす。


「リアンは、飛竜に乗った事があって?」

「いえ、一度も経験した事がありません」

「じゃあエリンと一緒ね」


 夫人にそう言われれば、思わずエリンを見てしまい、目が合った事で恥ずかしそうに俯いたエリンを、今日も可愛いなと思いながら見つめてしまう。

 

「あー、リアン。まずは食事を終えてしまおうか」

「は、はい」

「エリンも」


 苦笑する辺境伯の言葉で、リアンとエリンは顔を赤らめながらも、止めていた手を動かし食事を続けた。食事の後は、さあコルンの街へ行きましょうと、結局どんな祭りなのか聞く事も無くリアンとエリンは飛竜の前に立っていた。

 飛竜はとても大きく、初めて見たリアンはあまりの大きさに口を開けて見上げてしまった。


「リアン、こっちだよ」

「は、はいっ」


 辺境伯の声に慌ててそちらへ行き、飛竜の背に括り付けられている籠の中へと誘導される。籠の中にはクッションが置いてあって、これに座って行くのかとリアンは恐る恐る籠の中へと入った。

 同じように緊張した顔で入って来たエリンと笑い合い、手を差し出してエリンと一緒に座る。


「大丈夫かな?」

「はい」

「緊張しなくてもいいのよ。すぐに着くからね」


 奥方にそう言われたけど、初めて乗る物だから恐ろしい。

 やがて、ばさりと羽音が鳴ると、びゅっと風の音が聞こえたけど、それだけだった。籠の周囲に布が張られているから、外が見えなくて判らない。だけどたぶん、今空を飛んでいるのだろうと思うと、やっぱり怖い。


「リ、リアン……」

「大丈夫だよ、エリン」


 リアンは自分の恐怖を押し隠し、エリンの手を握って微笑んだ。

 そんな事を言っている間に、一瞬だけ自分が浮くような感覚があり、なんだ?と思った時には「着いたよ」と辺境伯に言われて呆気にとられた。

 思わずエリンを見れば同じ顔をしていたので、顔を見合わせて笑い合う。


「すごく早いんだね。驚いたよ」

「私も」


 籠の周囲の布が外され、顔を覗かせたのはいつもエリンと一緒に来る私兵のジルだった。知っている顔にほっと安堵し、辺境伯が降り、奥方が降り、リアンとエリンが降りれば既にそこはコルンの街だった。

 賑やかな歓迎に目を丸くしながら、エリンの手を繋いだまま辺境伯の後を付いて行く。

 案内された部屋は極彩色と言えば良いのか、鮮やかな色を使った部屋で、少し目がチカチカする。


「ようこそ、エドナ辺境伯、それからご婦人。今日はニーチュアンを楽しんで行って下さいね」

「招待ありがとう。楽しみにしているよ」

「はい。では男性はこちらへ、女性はこちらへ」


 そうして辺境伯とリアンは案内役と共に部屋を出て、別の部屋へと入った。

 そこで、服を着替えるように言われて戸惑いながらも下着姿になれば、何故か女性の服を身に付けられ、戸惑っている内に化粧までされた。


「え、ちょっ、なん」

「動かない動かない。大丈夫、キレイになってるよー」


 リアンは、違うそんな事が言いたいんじゃないと思いながらも、結局化粧が終わるまで解放される事が無く、一体これはどう言う事だと戸惑いながら視線を巡らせればそこに、同じように女性の服を着て化粧をした辺境伯がいた。


「へ、辺境伯!?」

「ん?ああ、今日はニーチュアンだからね。これは祭りの為の正式な衣装だよ」

「えええ?」


 おかしいだろうと、辺境伯に言う勇気は無かったのでそのまま口を噤んだリアンは、そうか、ニーチュアンが逆転って、そう言う事だったのかとやっと理解できた。

 と言う事は、エリンは男の服を着ると言う事だろうかと首を捻っていると、支度が終わったら今度はこちらと、慌ただしく案内されるがままに移動して行く。


 邸内の装飾や、柱の色など、全部が全部色を付けているのはすごいなと思ってしまう。

 ああ、こういうのもいいなと思いながら、魔具制作の参考にしようと目に入る物は全て記憶しておきたいと思った。


「リアン!」

「エリン?」


 案内された部屋に入るとそこには既に、奥方とエリンがいた。

 リアンを見て駆け寄って来たエリンは、リアンを頭の天辺から爪先まで、視線を三往復はさせてから、「あんまり似合ってないね」と耳元でこそっと言ってくれた。

 良かった、女性の格好が似合うと言われたら悲しくなる所だった。


「エリンは、可愛いね」

「か、そ、そんな事」

「少年に見えるけど、可愛い」


 リアンがそう言うとエリンは顔を真っ赤にさせて俯いてしまった。

 そうこうしている内に、辺境伯夫妻と共に祭りの本部のような所へ案内された。街中が色とりどりの飾りで溢れ返っていて、あちこちで人の声や笛のような音が聞こえて、凄く賑やかだった。

 エリンと手を繋いだまま、辺境伯夫妻と共に移動して行くと何故かリアン達まで一緒に壇上へと案内されてしまう。戸惑っている内に辺境伯が祭りの挨拶をし、会場にいた人達が囃し立てていた。

 囃し立てるのが皆女性の格好をした男なので、何だか変な気分になりながらそれを見ていた。


 辺境伯の挨拶が終わると壇上から降りて、今度は色んな人達が辺境伯に挨拶に来るのを眺めてた。皆が女性の格好をしていて、それが似合ってなくて笑ってしまいそうになるのを必死に我慢していたら、エリンが隣で俯いて肩を震わせていた。


「リアン、エリン。お祭りに行ってきてもいいわよ」


 凛々しい恰好をした奥方にそう言われ、リアンとエリンはその場から離れた。

 一緒に来てくれたのはいつもの二人で、二人は女性の格好をせずに済んだようだ。


「リアン、似合ってねえな」

「似合ってたら悲しいですよ」

「まあそうだな。でも、すげえ似合ってる奴もいるんだぜ?」

「そうなんですか?」

「ああ。ビサイ会場があって、誰でも出場する事が出来る」

「見たい!」

「お、興味あるか」

「ジルさん、あそこは人が多すぎますよ」

「まあな。後でビサイの優勝者が街中を派手な押し車の上に乗って回るから、その時に見ると良い」

「わかりました」


 人がたくさん通りに溢れていて、リアンとエリンにジルとドニがくっ付いているのは、はぐれない為だ。人波に押されるように歩きながら、リアンとエリンはしっかり手を繋いでいた。


「リアン、あれ見て!すごい派手!」

「すごいねあれ。何の羽根なのかな?」

「あ、リアン!あれも見て!」

「ああ、あれもすごいね、箱一つであんなにたくさんの色を付けてあるなんて」

「リアン、あれ、食べ物?」

「みたいだね。中に何か入ってるみたいだよ」

「食べたい!」

「じゃあ買おうか」


 そんな風に、リアンは周囲の人が来ている服や町の装飾品を見ているが、エリンは祭りの通りに出ている露店しか見ていない。ジルとドニは苦笑しながらも、二人と共に一緒に歩き回った。

 ドーン、ドーンと重い音が聞こえて来て、何事かと思ったリアンはエリンを庇うように立ったが、ジルが「シーチイが始まるんだ」と教えてくれた。


「シーチイ?」

「行くか?」


 それに頷いたエリンに、ジルがエリンを、ドニがリアンを連れて会場まで連れて行ってくれた。離れないようにしながら四人で横並びになって、長い木の椅子に腰を下ろし広場を見つめているとまたドーンと音が鳴る。

 大きな金属板を鳴らして客を集めているようで、シーチイの為に集まって来た人達が同じように椅子に腰を掛けて行くのを眺め、椅子が八割埋まった頃やっと始まった。


 コルンの古語で行われたそれは、意味が全く解らなかったけれども、色とりどりの綺麗な衣装を身に付けた人達が舞い踊り、女性だと思っていた人が一瞬で男性になったりと、解らないながらも目が離せなかった。

 夢中で見ていたら、会場中が拍手に包まれ、広場で踊っていた人達が一斉に笑顔で頭を下げたので、終わったのかと理解できた。


「凄かったね!」

「うん。夢中になってみちゃった」

「私も!」


 ジルが言うには、夜になると明かりがあちこちに灯されて、また別のシーチイを見ているような感じになると教えてくれた。


「見たいなあ」

「そうだね、夜のシーチイも見たいね」

「残念、お子様は夜は寝る時間です」


 ジルがそう言うとエリンが不満そうな顔をしたが、あっと言う間に露店に夢中になった。「パオズ美味しい」とか、「あの丸焼きに挑戦したい」とか、珍しい食べ物を見ては目を輝かせ続けた。


 エリンがそんな風に食べ物ばかりを見ていると、リアンがじっと一つの露店を見ている事に気付いてその視線を追う。そこには、丸い綺麗な色をした石を連ねたブレスレットが置いてあった。


「リアン、気になるの?」

「あ、うん。見てもいい?」

「勿論」


 そうして人の中を歩いて露店に辿り着くと、リアンは一つのブレスレットを手に取った。エリンの瞳と同じ、青灰色の石が連なっていた。


「これ、エリンの目の色だなって思って」

「こ、こんなに綺麗な色じゃないわよ」

「綺麗だよ」


 そう言って笑ったリアンに、エリンの顔は真っ赤に染まる。

 恥ずかしさを誤魔化すようにエリンもリアンの瞳の色がないかと探したけど、同じ色が無くてがっくりと肩を落とした。


「あ」


 ジルの声にそっちを向けば、ジルが手に取った石の色を見てエリンが笑った。


「ルイーズ」

「だよな」


 にっと笑ったジルは、リアンと一緒にブレスレットを買っていた。

 ドニは一人「滅べ」と呟いていたが、ジルもリアンも嬉しそうな顔をしてそれを手首に嵌め、それを見たエリンが顔を赤く染めていた。





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