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第七話 ははははははは

 ジルとドニはエリンに話し掛けて来る事は無いのだけれど、何故かユーグは親し気にエリンに話し掛けて来る。それがあのクソ上司を思い出させて、エリンは腹を立てていた。


「エリンちゃんは、すっごい可愛いって噂だったから今日楽しみにしてたんだ」

「ホントにすっごく可愛いね。それに、とても髪が綺麗だよ」

「その服めっちゃ似合ってる。エリンちゃんの為に作られたみたいだね」


 ずっと無視しているのに勝手に隣に並んだ挙句、エリンの髪に触れようとしたので手を叩き落とそうとしたら、それはドニが止めてくれてほっとした。

 それでもめげずに話し掛けて来るから、鬱陶しくて堪らない。


「あ、知ってる?あそこの焼き菓子、美味しいって評判なんだよ」

 

 その言葉に思わずピクリと反応したら、目敏く見られてしまい、エリンは死ぬほど後悔した。


「やっぱ興味あるよねえ。女の子ってお菓子大好きだもんね。今度一緒に食べに行こうよ、俺が奢るからさ」

「一緒に行ったら、あそこで一番美味しいの教えてあげるよ」

「あれえ?興味ない振りしちゃって、可愛いなあもう」


 黙れ。


「そう言えばあそこのカフェのハニーケーキが絶品らしいよ」

「あ、ねえねえ見てみて、可愛い子がいる。と思ったらエリンちゃんだったよ」


 黙れ。


「エリンちゃんてさ、とっても奥ゆかしいんだね。俺もそうなりたい」


 魔導士の掟で、許可なく人に向かって魔術を放ってはいけないと言うのがある。クソ上司に対してこの掟を破ったエリンは、エドナ地方へ飛ばされたのだ。

 でも、飛ばされたそのエドナでまた魔術を放ったらどうなるなんて、後の事を考えられなかった。それぐらい、腹が立ってしまったのだ。


「ま、待って下さいっ!」


 クソ上司に掛けた術と同じ術を放とうとしたエリンとユーグの間に、ドニが割り入って来た。


「邪魔」

「駄目です。ここでは誤魔化せません」


 そう言って周囲へ視線を走らせたドニに、エリンも同じように視線を走らせた。


「落ち着いて。他の人の目が無ければ上手く誤魔化しますけど、ここでは駄目です」

「……でも、耐えられそうにないの」

「では、これをどうぞ。耳に入れて使って下さい」


 そう言って渡されたのは、小さな木の実だった。

 訳が分からなかったけど、コクリと頷いて素直に耳に入れれば、音が遮断された事に驚いた。


「リアンの家に着いたら、私が迎えに行くまで家の中にいて下さい。交代させますから」

「…………ありがとう」


 片方の耳の木の実を抜いたドニは、エリンにそう言って再び木の実を入れるよう渡してくれた。そんなやり取りを見ていたユーグが不満そうな顔をしながらドニに何かを言っていたけれど、エリンの耳に入る事が無くなったのでほっとする。

 そうして、リアンの家に着くまでユーグの莫迦な言葉を聞かずに済み、家の中に招き入れられたエリンは、耳から木の実を取り出した。


「どうしたの?」

「ええとね、いつも付いて来てくれてる人が風邪をひいて、それでね、」


 座ってと促された椅子に腰を下ろしたエリンは、ここに来るまでに溜まった鬱憤をリアンに報告する事で晴らして行く。途中、眉間に皺を寄せながらもエリンの愚痴を聞いてくれた。


「あーもう、すっごく嫌な人だった」

「そうだね。護衛対象に近付き過ぎだし、話し掛けるなんて更に駄目だ」

「それは辺境伯にお任せするからいいの。あ、そう言えばね、ルイーズとジルの話なんだけど」


 リアンに聞いて貰った事でスッキリしたエリンは、今屋敷中を騒がせている恋物語をリアンに聞かせた。


「あの人、ジルって言うんだ」

「うん。もう一人はドニって言うんだって」

「そっか。ジルの恋人がルイーズさん?」

「そうなの。私のお世話をしてくれる人なの。優しくてすごく頼りになるの」

「そうなんだ。ええと、僕はどう?」

「え?」

「頼りになるかな?」

「…………リアンは、素敵だと思う」


 顔を赤くしながらもそう答えてくれたエリンの頭を撫でた。

 実はあまり頼りにされていないような気がしたリアンは、ちょっと自信を失ってしまったけれど、これから頑張ろうと新たな目標にする事に決めた。女性に負けてしまうなんて情けないなと思いつつ、エリンが頼れるようになりたいと思う。


「あ、あのね、ニーチュアン祭りの事なんだけど」

「ああ、うん」


 突然話が変わる事には慣れた。

 エリンは表情と同じで、話しがころころ変わる。


「五日後に、朝六時にお屋敷に来て下さいって」

「五日後に朝六時だね。解った」

「何なら、前日は邸に泊まってもいいわよって奥様が言ってたよ」

「え、いや、大丈夫。ちゃんと起きて行くから」

「本当?凄く早い時間だし、ここからお邸まで来るならさらに早起きになるでしょう?」

「うん、そうだね。でも、大丈夫。楽しみでたぶん、寝られないから」

「それは駄目よ、ちゃんと寝て?」

「解ってる。大丈夫だよ」


 そう答えたリアンに、本当に?と覗き込んで来るエリンが可愛い。

 だから、エリンと一緒にいるリアンは、自然と笑顔になるのだ。


「本当だよ。無理はしないと約束するよ」

「うん、約束ね」


 そして、リアンが次に作ろうとしている魔具の話をして、エリンが魔導士の話をしている内に、ドニが戻って来た。


「申し訳なかった。不快な気分にさせてしまったな」

「本当ですよ。もう少しで呪う所でした」

「それは間に合って良かった。今度は是非屋敷内で行うようにして欲しい」

「……ドニさんもそう言ってたけど、屋敷内ならいいの?」

「勿論だ。いくらでも誤魔化そうじゃないか」


 そう言って笑ったのは、辺境伯私兵達を纏め上げる隊長さんだ。

 焦げ茶色の髪に、淡い茶色の瞳のキリッとした顔立ちの男の人だった。


「ああ、すまない。私はシルヴァン・ソレルだ。エリン嬢もリアン君も、よろしく頼む」

「よろしくお願いします」

「うん。では、外で待機している」

「はい」


 リアンの家の中で挨拶を交わした後は、やっぱり外で待っていてくれるらしい。

 どうやら気を使ってもらっているのだと初めて気付いた。


「リアン。あの、ね、そう言えばなんだけど」

「どうしたの?」

「あのね、ルイーズがデートをしたら次のデートの約束をするんだって教えてくれたの」

「ああ、そう言えば出来なかったね。ごめん、突然夕食までご馳走になったから、そこまで気が回らなかった」

「ううん、いいの。あの、デートが楽しかったら、また会いたいって思うでしょって言われて、確かに私はそう思ったの」

「エリン、僕もそう思ったよ」

「本当に?」

「本当だよ。また二人で出掛けたいなって思ったんだ。だから、エリンを誘おうと思っていたんだよ」

「そ、そう、なの?あの、嬉しい」

「僕も嬉しい。エリンもそう思ってくれてたんだね」

「うん……」


 顔を染めてそんな事を言い合う二人を窓から眺めていたシルヴァンは、突然はははははと笑い声を上げ始め、ドニは肩を落としながら「滅べ、滅べ」と呟き始める。


「エリン、五日後のお祭りも楽しみだけど、その前にもう一度二人で出掛けられないかな?」

「いいの!?」

「エリンが良ければ。その、恋人になれたし……」

「そ、そう、よね、恋人に……」


 そして真っ赤になって俯いた二人に、窓の外の二人がぐはっと胸を押さえながら何かを吐き出し、はははははと更に高く笑い声を上げ始めたが二人の世界にはそんな可笑しな声は届かなかった。


「ええと、明後日はどうだろう?」

「も、勿論大丈夫よ」

「そう?じゃあ、今度は待ち合わせがしてみたい」

「待ち合わせ?」

「そう。時間と場所を決めて、そこで会うんだ」

「……素敵」

「良かった。ええと、あまり遠くだと皆が心配するから、お屋敷の門の所でどうだろう?」

「あの、私は構わないけど、リアンはそれでいいの?」

「いいよ。それに、エリンが一人で待ってるなんて危ないし」

「そ、そんなに危なくないわよ」

「駄目。じゃあ、門の所で十時はどう?」

「わかったわ」


 そして、微笑んで見つめ合う二人は、長い事そうしてただ見つめ合っていた。

 やがて、そろそろ帰る時間だとエリンが立ち上がると、リアンが思わず手を伸ばす。


「エリン……」


 向かい合い、両手を握り合って立ち、また見つめ合う。

 リアンはエリンの綺麗な青灰色の瞳に、エリンはリアンの綺麗な緑色の瞳に囚われ、また長い事見つめ合った。


「あの、送って行ってもいい?」

「嬉しい、けど、」

「じゃあ、行こう?」

「でも、リアンが帰る時一人になっちゃう」

「大丈夫だよ。僕は男だからね」

「でも」

「エリンと、もう少し一緒にいたいんだ。駄目かな?」


 元々赤かった顔を更に赤く染めたエリンは、ぶんぶんと勢いよく首を振るのが精一杯だった。


「良かった。じゃあ、行こうか」

「うん」


 玄関を出た所で交わされたそれに、シルヴァンとドニは既に息の根を止められていた。シルヴァン三十二歳、可愛い嫁さん募集中と、ドニ二十二歳、独身恋人募集中である。

 仲良く手を繋ぎ、微妙な距離を保ちながらも時に見つめ合う二人が歩く速度は、まるでのたのた歩くティッチェのようであるが、全く気にならないらしい。


 シルヴァンはあまりの事に後ろから追い抜きたくなる衝動を堪えながら歩いていた。

 ドニは既に目が死んでいる為、使い物にはならない。


「明後日はどこに行こうか」

「リアンのお勧めの所がいい」

「ああそう言えば、全部回れなかったんだったね。じゃあそうしようか」

「うん!あの、すごく楽しみ」

「僕も」


 そう言って見つめ合う二人を見ていたドニの魂が口から抜け出て、シルヴァンはまたはははははははと笑い出した。

 後ろの二人が悲惨な事になっているが、リアンとエリンはすっかり二人の世界に入り込んでいる為全く気付かなかった。


「俺も、あんな事言われたかった……」

「しっかりしろ。お前はまだ二十二じゃないか」

「あああ、いつか俺も隊長みたいになるんだ、そんな未来が見えた、絶対嫌だあああ」

「貴様、失敬だぞ!」


 そんな二人は、黙っていれば良い男なのだ。

 ただ、話をすると脳筋過ぎるだけで。

 街の人達の評価としては、飾る分にはいいわよねと言った所である残念二人組だった。


「じゃあ、明後日楽しみにしてる」

「私も」


 邸の玄関の中まで送り届けたリアンは、再び夕食に誘われたがそれを断り、エントランスで堂々とエリンと見つめ合った。エリンは全く周囲の事が目に入っていなかったが、リアンはきちんと分かった上でやったのだ。

 所謂、牽制と言うものだ。

 二度とユーグのような男がエリンに近付かない為の、マーキングの一つである。


「おやすみ、エリン」

「お、おやすみなさい、リアン」


 恥ずかしくて、顔を赤く染めながらもリアンは頑張った。

 お蔭で、家人達からリアンの評価が上がり、メイド達からの評価も右肩上がりである。


「やるわね」

「そうだね」

「あなた、やらかした奴の事は任せたわよ?」

「わ、解ってる。ちゃんとするから」


 階段の上から二人を見守っていた辺境伯夫妻がそんな会話を交わしていたが、リアンを見送っているエリンの視界に入る事は無かった。

 

「へえ、それで明後日デートになったんだ」

「そう、そうなの。今度は何を着たらいいと思う?」

「んー、この間が濃いグリーン系の、大人しめな感じだったから、今度は可愛いのがいいんじゃない?」

「えっと、どんな?」

「濃い青に、濃い灰のチェックが入ってるあれ」

「ああ、あのワンピース!」

「そうそう。ああ、あったあった。これこれ」


 ルイーズが出してくれたワンピースを体に当て、鏡の前に立ったエリンはとても上機嫌である。リアンのお蔭で嫌な思いをした事など、すっかり遥か遠くへ消え去っていた。


「これにさ、黄色のショールを掛けると良いよ」

「ええと、これ?」

「そうそう。ほら、これ花が透かし編みになってるからいいと思う」

「うん、そうだね」

「それと、今回はショートブーツにしよう」

「で、でも、足出るよ!」

「出すのよ」

「ええっ!?」


 エリンは幸せな気分で浴室に入り、そのまま寝入る事が出来た。

 ふわふわと夢心地ではあるけれど、初恋に浮かれた初期症状そのものなので、皆黙って行方を見守っている。


 翌日も、ルイーズと二人、デートの時の髪型を決めたり、持って行くバッグを決めたりと忙しく過ごしていた。


 ああでもないこうでもないと、ルイーズに苦笑されながら悩み続けるエリンが可愛くて、ルイーズはエリンの好きにさせていた。

 最初のデートの時のように、不安そうな顔をしないだけ良かったと思いながら、嬉しそうな顔で鏡の前に立つエリンを眺めていた。


 仕事を終えたルイーズが、ジルが寝ている医務室へと入ると丁度ジルが起きていて、満面の笑みで迎えられる。


「起きてて大丈夫なの?」

「熱は下がったんだ」

「やっぱり頑丈ね。鍛えているからかしら?」

「当然」


 ジルのベッドに腰を下ろしたルイーズに、ジルが即座に抱き着く。

 ルイーズはそんなジルを見下ろし、柔らかな金色の髪を撫でた。


「明日、デートですって」

「……明日も寝てるわ」

「やあねえ、仕事はきっちりやりなさいよ」

「だってさあ、あの二人見てると凄くルイーズに会いたくなるんだよ。ルイーズが一緒に来てくれるならいいのに」

「それじゃ護衛にならないでしょ」


 こんなに素直に自分の気持ちを言う人だっただろうかと思いながら、ルイーズにとって嬉しい変化に笑顔が浮かんだ。


「早く治してよね」

「キスしてくれたら治るよ」

「……それ、風邪が伝染るじゃないの。酷い人ね」

「う、嘘嘘、冗談。いや、キスしたいのは本当」


 慌ててそう言うジルを見下ろし、ぷっと笑いながらおでこにキスをした。




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