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第六話 また会いたい

 きちんとエリンを夕方前に送り届けたリアンは、そのまま邸を出ようとした所を奥方に引き止められ、結局夕食まで頂いてしまった。

 ガチガチに緊張するリアンに、エリンも同じように緊張しながらの夕食は、はっきり言って味なんて感じる事が出来なかったけれども、満たされた腹に食べた事を実感させられた。


「あの、長々とお邪魔してしまって申し訳ありません。そろそろ、帰ります」

「そう?じゃあ誰かに送って行ってもらいなさい」

「いえ、大丈夫です。走って行きますから」

「駄目よ。もう暗いのだし、一人じゃ危ないわ」


 奥方の言葉に折れたリアンは、いつもエリンと一緒に来る私兵の二人に送ってもらう事になった。


「リアン、あの、今日、楽しかった」

「うん、僕も楽しかったよ」

「……えと、あ、あのリボン、大事にするね」

「うん。僕も、大事にする」


 リアンがそう答えて胸ポケットをそっと上から手で押さえると、エリンが嬉しそうに笑った。


「じゃあ、またね」

「うん、またね」


 そうして帰って行くリアンを見送ったエリンは、暗い中リアンの姿が見えなくなるまで眺めていたけれど、溜息を吐き出して振り返った。

 そこに、辺境伯と奥方、メイド達や家人達が勢揃いしていて、一気に顔を赤く染める。


「え、あの、なに?」

「いいや、何でも無いよ」

「気にしないで」


 辺境伯と奥方の言葉に全員がうんうんと頷くのを、首を捻り、不思議に思いながらも奥方に促されて家の中へと入った。そうして自室に戻ったエリンは、今日の事をルイーズに報告する。


「このリボンがね、リアンの瞳と同じ色だと思って見ていたら、リアンが買ってくれたの」

「へえ、意外とキザな事すんのねえ」

「それで、私も何か渡したくてリアンの事見てたんだけど、リアンは何も気に入った物が無かったの」

「うんうん」

「でね、何かあげたかったのにって残念に思ってたら、リアンがね、リアンが」

「……リアンがどうしたの?」

「か、髪に付けてた花を一つ頂戴って。花を見たら今日の事を思い出せるからって」

「かーっ!何それ、リアンってそんな事言えたの?」

「私もビックリしたけど、嬉しかったから一つ上げたの。大丈夫よね?」

「勿論よ。そっかー、リアンってそう言う事するっと言えちゃうんだー。ちょっとビックリだわよ」

「ねえ、素敵よねえ」

「……ええと、そうね」

「なに?リアンは素敵よ!」

「はいはい。でもそこで私がそうよね、リアンて素敵よねって言ったらどうなの?」

「う゛……、駄目、言っちゃ駄目」

「でしょう?いいじゃないの、リアンが素敵なのはエリンの前だけなんだから」

「そ、そ、そんな事、」


 真っ赤になったエリンを満足しながら見下ろしたルイーズは、丁寧に髪を梳いてあげた。綺麗な栗色の髪は、艶々していて今のエリンと同じように輝いていた。


「そんで?後は何があったの?」

「後?あと、は……、その、」

「ほらほら、いいから言っちゃいなさいよ」


 そう言いながら赤く染まったエリンの頬をつんつんと指で突くと、エリンは嬉しそうに笑い、はにかみながらも答えてくれた。


「あの、ね、リアンがね、ええとね」

「うんうん」

「こ……、恋人になって欲しいって、そう言ってくれて」


 真っ赤になってそう言ったエリンが可愛すぎて、抱き締めて滅茶苦茶に可愛がりたくなる衝動を必死に堪えた。


「それで、私、凄く嬉しくて。喜んでって答えたの」


 ジルが良く『あれは駄目、むずがゆくて何かもう、見てるだけで悶える』と言っているけれど、それを自分が体験する羽目になるとは思っていなかった。

 破壊力半端ねえっ!と思いながら、はにかんでいるエリンの頭を撫でた。


 これは確かに、目の前で見ていたら悶える事だろう。


「エリン。その気持ち、大事にしてね」

「うん、勿論だよ」


 いつの間にか自分が失っていたものを、エリンは見せ付けて来る。

 最初は確かに、目が合うだけでドキドキしたのだ。声が聞こえるだけで心臓がバクバクと煩く音を立て、言葉を交わしただけで舞い上がる心地になった。

 あ~あ、いつの間にこんな欲張りになったんだろうと思いながら、エリンに湯浴みを勧め、着替えの用意をしていく。


 思わず出た溜息は、情けない自分に対しての物。

 エリンを見ていると、羨ましいと思ってしまう。


 これは、失ってしまった物を取り戻すチャンスなのか、それとももう、諦めるべきなのかと、そう思いながらエリンの為にベッドを整えた。


「おやすみ、ルイーズ」

「おやすみ、エリン。良い夢を」

「ありがと。ルイーズも良い夢を」


 そうしてベッドに寝転んだエリンに布団を掛けたルイーズは、寝室を出てドアを閉め、エリンの部屋を出た。いつもなら真っ直ぐ自室に戻るのだけれど、今日はどうしてもジルの顔が見たくて少し遠回りをする。

 私兵の宿舎食堂で、いつものようにお酒を飲んで騒いでいるだろうジルを探しに行けば、エリンの護衛に当たっているドニと二人、他の私兵達に囲まれながら酔っていた。


「ああ、ルイーズ、俺のルイーズ!」


 覗き込んだルイーズに気が付いたジルがそう言いながらやって来て、ルイーズを抱き締める。酒臭い息で、愛してると言われても全然ときめかなかった。


「……ジル。私達、距離を置きましょう」

「は?」

「それを言いに来たの。じゃあね、ジル。良い夢を」


 呆然としているジルの腕を解き、そうして歩き出せばすぐに追いかけてきたジルがルイーズの腕を掴んだ。


「ちょ、痛いわよ」

「待て待て。ちょっと、待って。あー、酒抜くから待ってろ」


 そうしてジルに引っ張られるままに井戸まで歩いて来たルイーズは、そこに座って待っててと言うジルに渋々頷き、地面に座り込んで一人で夜空を見上げてた。ジルは井戸から水を組み上げ、それをひたすら飲んだ後、「あああっ!」と叫んで頭から水を被った。

 バシャッ、バシャッと何度も掛けたジルが、全身から水を滴らせつつルイーズの所へやって来た。


「寒い」

「でしょうね」


 何を莫迦な事をと、そう思いながら言えば、ジルはじっとルイーズを見つめて来た。


「……なに?」

「あー、もしかして、エリン嬢と何かあった?」

「別にないけど」

「そうか?今日の事、聞いたんじゃなくて?」

「勿論聞いたわ。嬉しそうに頬を染めて教えてくれるの。買ってくれたリボンを、至上の宝物みたいに見つめて抱き締めてた」

「だろうね。買ってもらった時すっごく喜んでたよ」

「解る。きっと同じ顔してたんだろうなって思ったもの」


 そうして溜息を吐き出したルイーズに、ジルはよっこらしょと言いながら隣に座り込んだ。


「それで?俺の恋人さんは何が一体どうしてそうなったんだ?」

「……私、色んな事失くしてたって気が付いちゃったのよ」

「ええと、例えばどんな?」

「例えば、ジルと目が合っただけでドキドキしたりとか」

「ああ、あの二人はね、まあそうだね。って、ルイーズ、俺にドキドキしてたの?」

「最初はね、そうだったの。目が合っただけでドキドキしたし、声を聞いただけで嬉しかった。けどそう言うの全部、失くしちゃったなあって気が付いて」

「んー。それって、形を変えただけとは思えない?」

「はい?」

「そりゃあさ、俺達はあの二人みたいに初々しさはないよね。それは認める」

「そうね」

「でもさ、一緒に時間を過ごす内にそう言うのは全部、形を変えて行ったんだと思わないか?」


 ジルの言葉に首を傾げながらも見つめれば、意外と真剣な顔をしたジルがルイーズを見つめていて戸惑ってしまう。いつもおちゃらけた感じのジルは、戦う時にしか真剣な顔をしないのだ。

 その顔に惚れたルイーズとしては、久し振りに真剣な顔のジルを見てドキドキしていた。


「どんな形に変わったの?」

「あー、そうだな……。こんな形はどうだろう?」


 そう言って少し困った顔をしながら、両手の人差し指を曲げて指先をくっ付け、親指を伸ばしてこれも指先をくっ付けて見せた。

 それは、心の形だ。


「ルイーズ、愛してるよ。俺と結婚して欲しい」


 いつものおちゃらけているジルの面影はなく、真剣な顔でそう言われたルイーズは、エリンのように顔を赤く染めた。


「…………考えとく」


 恥ずかしくなって視線を逸らしてそう言ったルイーズのおでこに、ジルの唇が触れる。


「ごめん、抱き締めたいけどルイーズを濡らす訳にはいかないからね」


 そう言って離れたジルは、ルイーズを見つめた後へにゃっと笑った。

 たはー、俺格好悪いと言いながら肩を落としたジルに、ルイーズはそっと頭を寄せてくっ付いた。


「ホント、格好悪い」

「あちゃー。駄目かな?」

「駄目ね。少なくとも、私以外の女だったら振られるわね」

「…………じゃあいいや」


 そうして二人で長い事寄り添って夜空を見上げていた翌日、ジルは生まれて初めて風邪をひいた。高熱で朦朧としている中、ルイーズが心配そうに見下ろしてくれる事に幸せを感じ、何度も何度も愛していると呟いていたと、屋敷中の人間に知れ渡った。


「ル、ルイーズ、どうして言ってくれなかったのっ!?」

「なにが?」

「なにがじゃないよ、ジルに愛してるって言われてるんでしょうっ!?」

「ああ、それか。まあ、女って愛されてこそよねえ」

「…………凄いわね、ルイーズ。それってやっぱり、愛されてるって自信から来るの?」

「何言っちゃってんの?エリンこそ愛されてるじゃないのよ」

「愛、愛されて、え、そう、なの?」

「そうよ。まったくお鈍ちゃんなんだから。リアンは良い男になるわよ」

「それは、解ってる。だって、今でもあんなに素敵だもん」

「あーはいはい。まあ、いいんじゃないの?」

「え、なにが?」

「自分が好きになった人がさ、同じように好きになってくれるって、凄い事だと思うのよ」


 ルイーズの言葉に真っ赤になったエリンは、その言葉を何度も頭の中で反芻する。

 確かにその通りだと頷けば、ルイーズがにいいっと笑った。


「捕まえときなさいよ、ちゃんと。じゃないと他の女に掻っ攫われるわよ」

「え……、そうかな、やっぱりそうかな?」

「今はまだ大丈夫よ。でも、油断しちゃ駄目。外にはたくさんのハンターがいるんだから」

「か、狩られるの?」

「そうよー。だから、エリンも油断しちゃダメよ?」

「解った。頑張る」

「ん?ええとね、エリンもボケボケして他の男に狩られないようにしなさいよって意味だからね?」

「え?」


 心底驚いた顔で聞き返して来たエリンに、ルイーズは溜息を吐き出した。

 リアンはどちらかと言えば用心深いから、早々簡単に騙されたりはしないだろうけど、危ないのはエリンの方なのだ。


「いい?男は基本的に信用しちゃダメなのよ。勿論、リアンもよ?」

「そうなの?どうして?」

「その理由が解らない内は駄目ね。そして、理由が解ったらさらに用心しなきゃ駄目」

「教えてくれないの?」

「そうねえ……、今度奥様に相談してみるわ」

「そっか。大切な事なのね?」

「勿論よ。だから、お菓子くれるって言っても付いてったら駄目よ?」

「まさか、お菓子ぐらいで付いて行かないよ」

「面白い魔術を教えてあげるって言われても駄目だからね?」


 ルイーズにそう言われ、ぱかっと口を開けたエリンはその後、真剣な顔で頷いていた。やっぱり興味のある分野が偏っているだけあって、エリンを誘い出すのは普通の男では無理そうだと、少し安心した。


「そうだ、次のデートの約束はした?」

「え?ええと、特にしてないけど」

「なんだと?ああでも、仕方がないか。奥様に言われて夕食まで一緒に食べたもんね。次の約束どころじゃなかったか」

「あの、次のデートの約束って、必ずするものなの?」

「そうねえ、人によるとは思うけど。ええと、私ならね、また会いたいと思ったら次のデートに誘うわ」

「また会いたい?」

「そう。エリンはそう思わなかった?」

「……ええと、」

「二人で一緒に歩いて楽しかったでしょ?」

「うん、楽しかった」

「また一緒に歩きたいなって思わなかった?」

「思った。そっか、それが次のデート?」

「そうね。約束できなかったなら、またエリンがリアンの家に行けばいいんじゃない?」

「そ、そうかな。リアンもそう思ってくれたかな?」

「そりゃそうでしょ。じゃなかったら恋人になってなんて言わないわよ」

「そう、かなあ、そうだったら嬉しいなあ……」


 そう言いながら顔を赤く染めて、恥ずかしそうに笑うエリンを、可愛い可愛いと頭を撫でた。


「ルイーズ、早速リアンの所に行ってもいいかな?」

「奥様に聞いてみるわ」

「うん、お願い」


 そうしてルイーズが戻って来る間、エリンは部屋の中をぐるぐると歩き回って、次のデートに誘う為にはどうすべきかと考えていた。

 ルイーズは奥方と一緒に戻って来て、何故かエリンの部屋で急遽お茶会が開かれる。

 そこで、リアンを次のデートに誘うのならば、次はコルンのお祭りにしなさいと言われて頷いた。


 後五日後だと言うので、細かく時間を聞いたエリンはそれを伝える為にリアンの家に行く事にする。

 いつも護衛に付いてくれていたジルが風邪をひいた為、今日はドニとユーグが一緒に来てくれた。





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