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第五話 鐘の音が鳴り響く

 宰相は結局、その日の夜は辺境伯家に泊まり、朝早くに飛竜に乗って王都に帰って行った。見送りに出たエリンはまだ寝ぼけ眼ではあったけれど、王都にいた時にお世話になったのだからと、頑張って起きたのだ。


「エリン、何かあったら必ず連絡しなさい」

「はい、解りました!」


 バサリと羽が一度音を立てただけで、遥か上空へと舞い上がった飛竜に、エリンは目一杯背伸びして両手を振った。見えているのかどうか判らないけど、エリンにとって宰相閣下は良い人なのだ。

 

「あー、行っちゃった。宰相閣下って忙しいから仕方がないか」


 あっと言う間に空の点になった宰相の飛竜を見送ったエリンが呟けば奥方がクスクスと笑いながら肩を抱いてくれる。


「大丈夫よ。あなたがここにいると判ったのだもの、また遊びに来てくれるわよ」

「はい。そうしたら今度は、魔術合戦したいです」

「あら、そんな事をしていたの?」

「王城でバッタリ会った時とか、そうして遊んでました」


 空気中の水分を光らせたり、それを明滅させるようにしたり、時に王城の庭に生えている植物を活性化させてしまったり。そのせいで二人で庭師に怒られた事もあった。

 相手が宰相だと知らなかった庭師は、後で顔を蒼ざめさせてたけど。

 エリンが小さな頃は、そうして一緒に遊んでくれた人なのだ。


「エリン、今日は何か予定はある?」

「ええと、特に何も」

「そう。では一緒にお茶しましょう」


 奥方に誘われるままに後を付いて行ったエリンは、食べた事の無いお菓子を貰い、リアンの事を聞かれて照れながらも、明日街を案内してくれる予定だと伝えた。


「あら、ではデートじゃないの」

「…………あ、そうか!」


 初めてそれに気付いたエリンは、途端に顔を赤くさせる。

 恥ずかしいけど嬉しくて、明日がとても楽しみになった。


「エリン、明日着て行く服は決まった?」

「えっ!?」

「あら、決めていないの?」

「ふ、服って、前から決めておく物?なんですか?」

「だって、可愛い自分を見てもらいたいじゃない?」


 奥方の言葉にぴゅーっとエリンの顔が真っ赤になった。

 

「か、かわ、可愛いとか、ええと、その、」

「リアンは何を着て来るかしらね?」

「え?」


 そう聞かれると困ってしまう。

 リアンは普通の街人が着ている服を着ていて、白いシャツに茶色のズボンを履いている。ブーツは黒で、全部が草臥れているのは当たり前の事だった。だから、エリンがお洒落をすると自分だけが気合が入っているようで、釣り合わないような気がする。


「あの、明日は普通のワンピースを着て行くので」

「んー、そうね、確かにそれがいいかもしれないわね」

「はい」

「でも、髪を可愛くするのはいいんじゃないかしら」

「髪を、可愛く?」

「そうよ。横を結い上げて、後ろはそのまま流しておくとか。花飾りを付けるのもいいわね」


 奥方に言われた通りの髪型にした自分を想像し、その隣にリアンを並べて再び真っ赤になる。駄目だ、リアンの顔を思い出しただけで恥ずかしくなってしまうと、エリンは一人見悶えた。


「ルイーズなら任せてもいいんじゃないかしら」

「あ、そうか、そうですね。ルイーズにお願いする事にします」


 そうして奥方とのお茶会を終えたエリンが自室に戻り、明日のリアンとの予定を伝えた後、ワンピースを引っ張り出し、髪型をどうするか話し合った。

 ああでもないこうでもないと、二人で色々意見を出し合っている内に、あっと言う間に昼食の時間になり、それを過ぎても中々決まらず結局夕食の時間になってしまった。


「どうしよう……、明日行けなかったら」

「エリン、大丈夫よ。明日になったら最高の考えが浮かぶかもしれないでしょ?」

「そう、かなあ?」

「そうよ。今日はたくさん考えすぎたからきっと、明日に備えて早く寝ろって神様が言ってくれてるのよ」

「……そうかなあ?」

「寝ぼけ眼でデートに行くの?」

「それは嫌!」

「でしょう?じゃあ早く湯浴みをしてベッドに入る事」

「うん、わかった」


 ルイーズの言葉に素直に頷いて浴室に入ったエリンは、明日の事を考えてドキドキして来た。大丈夫だろうか、自分は上手くやれるのだろうか。失敗したらどうしようなんて考えだすと限が無いのだ。

 不安になりながらも、明日は笑顔でリアンを出迎えるのだと気合を入れたエリンは、ベッドに潜り込むとあっと言う間に寝息を立てていた。


 ルイーズはそのあまりの速さに思わず笑ってしまったけれど、そっと布団を掛け直して部屋を出て行った。

 

 そして翌日。

 日が昇る前に目が覚めてしまったエリンは、もう一度眠ろうかどうしようかと悩んでいる内に、随分と時間が経ったようでルイーズが起こしに来た。


「おはよう」

「わ、早起きね、エリン。おはよう」


 クスクスと笑うルイーズに、照れながらも嬉しそうに笑うエリンの頭を撫でる。

 

「良く眠れたみたいね?」

「うん。スッキリしてるの」

「それは良かったわ。さ、身支度を整えましょう」

「はい!」


 そわそわと落ち着かない気分ではあるけれど、しっかりと朝食を摂ったエリンは、直ぐに自室に戻って着替えを済ませ、昨日散々悩んだ髪型もすっきり決まった。

 深いグリーンのワンピースは、腰の少し下で切り返しがあって、スカートはたっぷりのプリーツが寄せられている。膝より少し上の丈で、今このエドナ領都で流行っていると、ルイーズが教えてくれた。


 すっかり着替えが終わったエリンは、そわそわしながら部屋の中を歩き回る。


「落ち着きなさいよ」

「だって、どうしよう、ねえ、変じゃない?」

「大丈夫、可愛いから」

「本当?ねえ、顔が変だったりしない?」

「しないしない。いつも通り可愛いわよ」

「ああ、どうしよう、リアンがガッカリしたら」


 そんな事になったらぶっ飛ばすわよと、ルイーズはエリンには聞こえないように呟いた。今朝、辺境伯と奥方から楽しんできなさいと言われて渡されたお小遣いを、大切にバッグにしまったエリンは、それがちゃんと入っているか何度も確かめている。

 手や汗を拭く為のハンカチ、困った時に見る本も持たされた。どうやら手書きで書かれたそれは、私兵達やメイド達、家人達が街でお勧めの場所を書いてくれた物らしい。


「エリン、迎えが来たわよ」


 ノックの音にルイーズがドアを開け、玄関にリアンが来たと教えられたエリンは、心臓の鼓動が最高潮に高鳴っていた。緊張した面持ちで立ち上がったエリンに、ルイーズが笑いながらもう一度「大丈夫」と言って安心させる。

 そうして二人で部屋を出て玄関まで歩いて行くと、エントランスに置かれたソファに座っていたリアンが立ち上がって、階段の上にいるエリンを見上げた。


 眩しそうに目を細め、笑顔を見せたリアンにほっと息を吐いたエリンは、ゆっくりと階段を下りて行く。


「おはよう、エリン」

「おはよう、リアン」

「とても良く似合っているよ。すごく可愛い」


 笑顔でそう言ったリアンに、エリンは顔を真っ赤にして硬直する。

 

「あの、ええと、リアンも素敵よ」

「ありがとう。昨日、慌てて服を買ったんだ」

「わ、私は昨日、ルイーズに手伝ってもらって決めたの。あの、変じゃない?」

「全然。とても可愛いよ、エリン」

「あ、あり、ありがとう」


 顔を赤らめながらも、真っ直ぐに褒めてくれたリアンに、エリンは飛び上がりそうな程ドキドキしてた。


「ええと、では、行って来ます。夕方になる前に送ります」

「はい。行ってらっしゃいませ」


 エリンの見送りの為に集まっていた家人達にそう告げたリアンは、行こうかと手を差し出した。その手にそっと手を重ねたエリンと、ドアを開けてくれた家人に礼を言いながら外に出る。

 そうして門を抜けてから、リアンははああと長い息を吐き出した。


「凄く緊張したんだ。僕、変な事言ってないよね?」

「ううん、全然。あの、褒めてくれて嬉しかった」

「本当の事だよ。今日のエリンもすごく可愛いよ」


 ぼっと火が点いたように顔を赤くしたエリンは、視線を彷徨わせながら「ありがとう」と言うのが精一杯だった。

 そんな二人に今日も付いて行く私兵二人、ジル・マルとドニ・アダンは、門を出て直ぐのこのやり取りに、思わず門番に八つ当たりをしてしまう。


「むずがゆい、むずがゆい」

「あああああ、俺だって、俺だって」


 そうしてジルとドニが八つ当たりをしていると、見つめ合っていた二人が歩き出したので、慌てて後を付けて行くのである。どれだけ幸せを振り撒いているか、二人は全く意識していないが、見ている方は色々とキツイのだ。

 初心を思い出させる二人を見ていると、今の自分がとても恥ずかしく思えてしまって、見悶えてしまう。


 しかし、二人の警護を辺境伯から申し付かっている為、離れる事は出来ない。


 手を繋いで歩く二人の後ろから周囲に目を光らせつつ、危険が無いよう見守り続けるのが仕事である。今日もまたルイーズと仲良くしようと心に決めたジルは、時にダニの背中を叩き、時に何処かの家の壁に頭を打ち付け、時に叫びながら走り出したい衝動を堪えつつ頑張ったのであった。


 リアンとエリンは、領都の街をぶらぶらと歩きながら、互いに気になった店を覗いたり、露店で売られている安物のブレスレットを真剣に眺めたりしていた。

 結局買ったのは、エリンが一目で気に入った緑色のリボンだけ。

 買ってもらったエリンが、リアンにも何かをと必死で見付けていたけれど、気になる物が無かった事にガックリと肩を落とす。


「何か、記念にと思ったの。私、デ、デートをしたのは初めてだったし」

「僕も、初めてだよ。お揃いだね」

「……そう、だけど」


 不満そうにそう言うエリンに、リアンがクスクスと笑う。

 そんな顔も可愛いと、そう言われてしまえばもう何も言えなくなった。


「あ、エリン、お願いを聞いてくれる?」

「勿論よ。なに?」

「今日の記念に、エリンの髪を飾っている花を貰ってもいい?」

「え?これを?」

「うん。一つだけでいいんだ。駄目?」

「……駄目じゃないけど、でも、」

「この花を見たらさ、今日の事、思い出せるでしょ?」


 そう言ったリアンに、ぼっと顔に火が点いたようになったエリンは、恥ずかしくなって俯きながら「どうぞ」と言って頭を差し出した。

 嬉しそうな顔をしながら、エリンの髪を飾っている小さな花を一つ抜いたリアンは、それを大切そうにハンカチに包み、そっとポケットにしまい込んだ。


 互いに照れながらも見つめ合う二人は、既に周りが見えていない。

 朝からずっと二人の世界に入り込んでいる為、周囲が騒がしくても全く気にならなかった。騒いでいるのは主に二人だけなのだが。


「エリン、聞いてくれる?」

「どうしたの?」

「うん。あのね、昨日洗濯箱を魔具士協会に提出しに行っただろう?」

「ええ、そう言っていたわね」

「うん……。それで、その、どうやら魔具士として認められるみたいでね」


 恥ずかしそうにしながらそう言ったリアンに、エリンはやっぱりリアンは凄いなあと思いながら見上げていた。


「その、エリンが良ければなんだけど」

「うん」

「……僕の、恋人になってくれる?」


 そう言われた途端、エリンの耳には鐘の音が鳴り響いた。

 リーンゴーンと鳴り響く鐘の音と、今のリアンの言葉が何度も何度も頭の中で再生されるのだ。


『僕の、恋人になってくれる?』

『僕の恋人』

『恋人』


 真っ赤な顔で、それでも真剣な顔でそう言ってくれたリアンを見つめ、負けないぐらいに真っ赤な顔のエリンは、満面の笑みで頷いた。


「喜んで!」


 リアンの赤い髪と同じぐらい二人の顔は真っ赤になっていた。

 それでも、嬉しそうに笑って手を繋いだ二人に、ジルとドニは涙を流しながら背中を叩き合っていた。


「あの、そう言えばエリンていくつ?」

「十四よ」

「十四っ!?」

「うん。言ってなかった?」

「あ……、聞いてなかったけど、それぐらいだと思ってた」

「そう?リアンはいくつ?」

「十七だよ」

「そっか。三つも年上なのね」

「そうだね」


 エリンの年齢に驚いてしまった事は上手く誤魔化せたようだと、ほっと息を吐きながら、リアンは笑顔を見せた。

 同い年か年上かもと思っていたけど、まさかの三つ下だったとはと、ちょっと驚きではあったけれど、まあいい。この国での成人年齢は十八だし、自分が成人として認められるのはもうすぐだ。

 それに、女性は十六で婚姻が認められるしと、リアンはそこまで考えてよし、と決意を新たにする。


 出来ればエリンと一緒に暮らしたい。

 今はまだ、漠然とした思いではあるけれど、そう思える相手に巡り合えた事に感謝している。最初に辺境に飛ばされたとエリンは嘆いていたけれど、それは自分と会う為じゃないかとさえ思えるぐらいに、エリンの事が好きになっていた。


 頑張って魔具を作ってお金を稼がなきゃとそう思いながら、手を繋いで歩くエリンを見下ろせば、エリンも丁度顔を上げて視線が合った。

 かああっと顔が熱くなるのが解って、恥ずかしくなって視線を逸らしてしまう。


 それでも、握り合った手は離れず、中々会話は弾まなかったけれど、互いにドキドキする胸の鼓動を聞きながら歩いていた。





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