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第二十一話 複雑な親心

 翌朝、早くから起き出したエリンは、朝食後にルイーズと一緒に昨夜決めておいた服を着て、髪を可愛く結い上げてもらった。今日はリアンにもらったリボンをつけてデートの予定なのだ。

 何度も何度も鏡で確かめて、マルセルにもルイーズにも大丈夫、可愛いと言ってもらっても、不安で仕方がない。そうこうしている内にリアンが迎えに来たので、エリンは慌てて部屋を飛び出した。


「エリン、おはよう」

「おはよう、リアン」


 一番に出迎える事が出来なくて悔しかったけど、仕方がないと諦めてリアンの元へ歩いて行く。


「すごく似合ってる。可愛い、エリン」

「え、えっと、リアンも、その、素敵よ」

「あ、リボン付けてくれたんだね。すごく嬉しいよ」


 リアンはそう言って、本当に嬉しそうに笑う。

 エリンはその顔を見てドキドキしながら、差し出された手に自分の手を重ねた。


「夕方までには戻ります」

「はい。行ってらっしゃい」


 久し振りに会ったリアンは、やっぱり背が伸びたと思う。

 手を繋いで歩いている時の手の位置とか、触れそうになる肩の位置とか、何だか違うのだ。何となくリアンをそっと見上げてみると、リアンも同じようにエリンへと視線を降ろして来た。

 バッチリと目が合って、同時に顔を赤く染めて顔を背けてしまう。


「くああああ」

「あー、いいねえ、ほのぼのするわー」

「貴様、余裕こきやがってっ」

「いやあ、ルイーズもああやって可愛いんですよねえ」

「ぐはっ、目の前でもここでもかっ!」

「隊長はまだ見つからないんですか?」


 二人の後ろから付いて来た護衛のシルヴァンとジルが、そんな会話をしているのをマルセルは耳にしながらも、リアンとエリンの二人を見つめていた。


「マルセルさんは、どなたか決まったお相手がいらっしゃるんで?」

「いいえ。私は仕事に身を捧げる所存ですから」

「そうなんですか。結婚したいなあと思った事はありますか?」

「いいえ、一度もありません」


 今日もきっちりと髪を纏め上げ、きゅっと口を結んでいるマルセルは、ジルの問い掛けには答えるが視線はエリンのみを追っている。


「エリン嬢、随分と女の子らしくなりましたよねえ」

「……魔導士として活動していた時は、グラム元男爵の魔の手から逃れたくてああいった格好をされていたのです」

「グラム元男爵ってのは、エリン嬢がクソ上司って言ってた奴の事ですか?」

「そうです。あの男は女性の敵です」

「そうですねえ。まあ、相応の処罰が下されたみたいですし、もう魔導士長もいませんから、魔導士も仕事がしやすくなったんじゃないですか?」


 ジルがそう言うと、マルセルは鼻で嗤った。


「本当にそうお思いならば、ルイーズさんは苦労されるでしょうね」

「え、俺何か勘違いしてますか?」

「魔導士達はずっと、あの歪んだ環境の中にいたのです。あっと言う間に同じ環境が作られましたよ」

「うわ、本当に?」

「ええ。ですから国王陛下はエメリーヌ様が魔導士として戻る事を禁じたのです」

「そっかあ。魔導士の方は全く接点無いから、全然知らなかったなあ」

「何を呑気な事を。魔導士がエメリーヌ様に接触しようとしている事に、気付いておられなかったのですか?」

「え、はい、全然気が付きませんでした」

「あなたはエメリーヌ様の護衛筆頭なのですから、もっときちんと状況把握なさいませ」

「申し訳ありませんでした」


 ジルが素直にマルセルに向かって頭を下げた後、エリンへと視線を向ければ赤い顔をしながらも、リアンと視線を絡めつつ歩いていた。


「……二度は無い」


 あの時誓った事をもう一度誓う。

 そして、二人が男物の服が売られている店に入ったのを見て、シルヴァンとマルセルが店に入り、ジルは店の外で待機する事になった。


「ええと、こんなのはどうかしら?」

「じゃあそれで」

「もう、リアンたら。ちゃんと自分でも見なきゃ駄目よ」

「でも、エリンが選んでくれたならそれが一番だと思うから」

「で、そ、そんな事」


 エリンはリアンのお願いで、リアンの服を選んでいた。

 リアンはいつも同じ服を着ているなと思っていたら、実は二着しか服を持っていない事を聞かされ、エリンに選んで欲しいのだと言われて頷いた。

 仕事用の服はまた別にあるから、普段着用とエリンとデートの時に着る服が欲しいと言われ、照れながらもこうして一緒に選んでいる。


 短い縦襟の白いシャツに、胸元が少し開いていてそこに細い革の紐が通された、少しお洒落な物。腰下まであるシャツに、皮のベストを羽織るタイプの物。

 色々な服を引っ張り出してはリアンに当てて、別の物を引っ張り出しては当てて行く。

 男の人の服は、何故こうも種類が少ないのかとエリンは思いながらも、リアンに似合う物を探して行った。


 結局、シャツを一枚と丈の短いジャケットだけを買って店を出た二人は、そのまま昼食を摂る為に定食屋へと入る。

 そこでシルヴァン、ジル、マルセルと合流し、五人で昼食を摂った。


「ジルさんは、何処で服を買ってるんですか?」

「ん?ああ、俺はルイーズ任せ。金渡して頼んじゃうよ」

「く……」

「えっと、隊長さんは?」

「……南区にあるヴォストと言う店だな」

「男物の服がたくさんあるんですか?」

「たくさんと言う訳ではないが、まあ、それなりには揃う」


 エリンの問い掛けに応えてくれたジルとシルヴァンに礼を言い、リアンを顔を見合わせる。


「南区に、この時計のお店があるんだよね?」

「ええ、ちょっと通りから外れた所だったけど」

「じゃあ行ってみない?」

「そうね、行って見ましょうか」


 そうして昼食を終えた二人は、南区へと足を伸ばした。

 シルヴァンお勧めの店に入り、そこでリアンのシャツが二枚増え、ズボンが二本増えた。それから時計店に移動し、久し振りに会う店主のおじいさんに挨拶をして、リアンが時計を見せる。

 そうして、時計にあった鎖を買ったリアンは、それを早速時計に付けて貰い、大事そうに胸ポケットにしまい込んだ。


 まだ早い時間ではあったけれど、屋敷に帰っている間に時間が経つ事を考慮し、二人が帰路に着く。きちんと夕方前に邸にエリンを送り届けるリアンに感心するマルセルは、国王への報告にそれをきちんと書いた。

 

 そんな風に過ごしていると、あっと言う間に時は過ぎる物で。


「……リアン」


 王都に帰る日、リアンの前に立つエリンは既に涙目だ。

 寂しくて寂しくて仕方がない。


「エリン。今日、エリンが選んでくれた服を着ているんだけど、どうかな?似合う?」

「…………似合っているわ」

「そっか。嬉しいよ、エリン。どうもありがとう」


 王都に行きたくない。ずっとリアンと一緒にいたいと、そう思いながらも口には出さない。けれど、リアンを見上げるその瞳が、雄弁に心の内を語っていた。


「……次に会う時はきっと、もっと可愛くなっているんだろうね」


 そう言ってリアンはそっとエリンの頬を撫でた。

 かっ、と一瞬にして顔が熱くなり、撫でられた頬にはリアンの手の熱がそのまま残っている気がした。


「か、そ、え」


 何を言いたいのか全く言葉に出来ないエリンが、物凄い勢いでバクバクと音を立てる心臓に困惑しながらも、リアンの顔をじっと見つめていた。

 同じようにエリンをじっと見つめていたリアンが、ふ、と笑うとエリンも笑う。


「エリン、大好きだよ」


 集まっている人全員の耳目を集めている中でそう言われた事に、エリンの心臓は更にバクバクと音を立て始めた。けれど、優しく光る緑の眼を見上げながら、エリンは笑顔になった。


「リアン、大好き」


 両手を握り合い、幸せそうな顔をしながら見つめあう二人は、それから暫くしてやっと動き始め、飛竜に乗るエリンをそっとリアンが支えた。


「またね、リアン」

「うん、またねエリン」


 そうして笑顔で手を振り、別れた二人は再び会えない日々に戻って行く。それでも、少しだけ縮まった距離を二人はとても嬉しく思っていた。

 

 リアンは、エドナ辺境伯から受けた仕事を熟して行き、エリンは第二王女として国の為に働けるのならばと、王妃と共に公務に勤しんでいる。

 マルセルからの報告を読み、エドナ辺境伯から届くリアンの仕事ぶりに唸り、エリンの頑張りに頬を緩ませる国王は、リアンを認め始めている。勿論、可愛い娘を盗られたと言う気持ちがまだ強くあるが、相手がリアンであった事に安堵してもいる。


 確かに、エリンに言われた通り現在の国内はとても安定しているし、周辺国との諍いも無い状態だ。王女を政略結婚させなければならない程、自分の治世が乱れている事も無い。

 だからと言って庶民に王女を降嫁させるなど、貴族達が黙認するとも思えない。

 何か良い方法が無いだろうかと、毎日頭を悩ませる日々を送っている。


 娘は可愛い。

 叶えられるのならば、このまま娘は自分が好きになった男と添い遂げさせたいとも思う。それが一番幸せなのだろうから。

 

 だが娘は王女である。


 どうすれば娘にとって最良の答えが出せるかと思い悩んでしまうのは、例え国王と言えど父親でもあるからだった。


 元々生まれた時から魔力が高く、その能力があるのならばと魔導士としての生活と、第二王女としての二重生活を送らせて来たのが間違いだったのだろうか。

 小さな頃は自分の魔力が上手く制御できずにいたが、魔導士として生活させる内にきちんと魔力を扱えるようになっていた。それは娘にとって良かった事だと思っている。

 勿論、第二王女として表に立てない分、魔導士として働いて来たのだがそれは極秘事項として扱われていた為、皆にそれを知られていなかった。


 だが、あの事件が起こった時に、娘は自分から第二王女として起つ事を選んでしまったのだ。父親として娘の成長を嬉しく思うのと同時に、自身の情けなさに打ちひしがれた。

 上手く処理してやる事が出来なかった為に、魔導士としての未来を潰してしまったのだ。


 それが残っていれば、リアンとの未来は何の障害も無かっただろう。


 その娘は今、リアンとの未来だけを見つめて頑張っている。

 それを何とかして叶えてやりたいと思いながらも、何処か無理だろうと諦めている自分に腹が立つのだ。


「どうされましたか?」

「うん?ああ、何でもない」

「エメリーヌ様の事でしょう?」

「解っているなら聞くな」


 思い悩んでいる時に声を掛けて来たヴィクトルにそう言えば、クツクツと笑われた。


「率直な意見を申し上げますと、エメリーヌ様は男を見る目がおありだと思います」

「当然だ、私の娘だからな」

「……あれは良い男ですよ。降嫁先として上げられるどの貴族の嫡子よりずっと良い男です」


 ヴィクトルが真っ直ぐに人を褒めるなど、今から天変地異でも起こるのではと思わず外を見てしまうぐらい珍しい事だった。


「なんだ、変な物でも食べたのか?」

「陛下じゃあるまいし」

「なんだと!?」


 そんな気安いやり取りも、気心知れた仲だからこそである。


「エメリーヌ様がまだ未成年ですから、王妃殿下や王太子殿下と共に、それとなくクラン公爵家嫡子、ヘベライン侯爵家嫡子と会わせましたが」

「聞いてないぞっ!」

「今伝えました。それで、会わせましたがあの二人、エメリーヌ様の手を握って放そうとしないわ、隙あらば何処かに連れ込もうとするわ、どうしようもないですね」

「なっ……」

「リアンは、鉄壁の自制心を持っていますよ。いまだ抱き締めたのはたった二回」

「それでも多いだろうが」

「手を握ってもキスはしておりません。エメリーヌ様を見下ろし、幸せそうに笑うんですよ」


 そう言われて苦々しい顔になってしまう。

 解ってはいるのだ。ただ、面白くないだけで。


「エメリーヌ様を大切に思う気持ちが伝わるんですよ」

「…………解っている」

「正直、あの男にならばと思う気持ちはあります」


 宰相であるヴィクトルがここまで言うのは初めての事だった。

 いや、自分だって解っているのだ。あの男が娘の相手として最上の男だろう事ぐらい、良く解っているのだが。


「……だからこそ面白くないんだよ」


 父親としてとても複雑な心の内をつい吐露してしまえば、ヴィクトルはクツクツと遠慮なく笑った。


「そうでしょうね。相手がどれだけ良い人物であろうとも、面白くはありません」

「ああ」

「けれど、エメリーヌ様の事を思えばそれが一番である事も理解出来る」

「ああ」

「ならば、また病気になって頂けば宜しいのでは?」


 ヴィクトルの言葉に眉を顰めて睨み上げれば、何かを企んでいる笑顔を返された。


「公務を徐々に減らしていき、病が再発したらしいと噂を流し、そうして表には完全に出ないようにすれば宜しいでしょう」

「しかしな」

「良いではありませんか。幸い王太子殿下もとても優秀です。次代もこの国は安泰でしょうからね」

「その通りだ」

「ですから、国内貴族に無理に降嫁させる必要もありませんし、逆に今エメリーヌ様の降嫁先を決められてしまうと、そこから不和が生じる恐れがあります」

「……確かに、その通りだ」

「今の結束を維持したまま次代に繋げるのであれば、エメリーヌ様はご病気になられても問題ありません」


 宰相の言葉に唸り声で返事をすれば、またクツクツと笑われた。


「病になられたのであれば降嫁を望まれる事もありませんよ」

「それは、確かにその通りだが」

「王太子殿下と第一王女殿下は、国内貴族と婚約が調っております。エメリーヌ様は病気療養の為と言う事で、縁のあったエドナ地方へ身を寄せたと言う事で収まりが付きますよ」


 ヴィクトル宰相の言葉を聞きながら、確かにそれが一番良い方法だろうと国王も賛同する。賛同はするがやっぱり、面白くは無いのであった。




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