第二十話 侮りがたし
リアンを見送ったその日、エリンはマルセルとルイーズにそっと背中を押されて、やっと自室に戻って来た。ルイーズは今日から王都と言う事で色々と大変な事もあっただろうに、ずっとエリンの傍にいてくれて嬉しかった。
国王と王妃直々に、エリンが信頼しているのならばと言葉を掛けられ、そのままエリン付きの侍女としてマルセル直属で雇われる事になり、ジルとドニは近衛隊の試験を受け、近衛隊に入隊した。
直ぐにエリンの護衛隊隊長としてジルの名が挙がったのは、確かな実力によるものだ。これには、国王夫妻もエリンも口出しをしなかった。
特別扱いはせず、実力でもぎ取るから待ってろと豪語するだけはあると、エリンは初めてジルを格好良いと思った。
「当然よ。これで落ちたら笑った後慰めたけどね」
そう言ってウインクしたルイーズに、エリンは笑う。
リアンに出す為の手紙に、二人はとっても格好良くて憧れだと、書いて送る。
言った通り、毎日手紙を書いて送っているエリンは、毎日リアンから届く手紙を大切にしまっている。リアンはエドナで辺境伯からたくさんの仕事を依頼され、毎日毎日魔具を作り続けているそうだ。
殴られた所は既に完治して、また元のように白い肌になっていると書かれていた。
リアンの誕生日に送るはずだった懐中時計は、実は今でもエリンの所にある。
次に会った時に渡そうと思って、大切に保管してあるのだ。
リアンが帰ってしまってから、エリンには第二王女としての勉強の時間が増え、今まで全部投げ出していた分、詰め込まれるかのように毎日毎日ヘトヘトになるまで授業を受ける。それでも、文句を言わないのは勉強が楽しいからだ。
久し振りに会った兄と姉から叱られたり、兄のお嫁さん予定の方と仲良くなったり、姉と姉の旦那様予定の方の所へ遊びに行ったり、偶の休みは家族と過ごす事を優先させていた。
「……エリン。お前に、五日の休みをやろう」
そんな頑張りを見せたエリンに、国王が折れた。
毎日毎日やり取りされる手紙の報告を受けていた国王は、王妃にも説得され、二人が会う事を認めてくれたのだ。
「父様、ありがとう」
「ちゃんと帰って来るんだぞ?」
「わかってます」
そうしてリアンに休みをもらえたことを手紙に書き、その返事が来てから三日後。
エリンの護衛隊長となっているジルと、護衛隊員のドニ、もう一人の隊員アルバン。そこにエリンとルイーズ、マルセルも加わった賑やかな休日となった。
受け入れてくれるエドナ辺境伯には既に国王から直々に書状が届いていて、万端整っていると返事をもらっている。そして、見送りに出て来た両親や兄と姉に「お土産買ってくるねーっ」と呑気な事を言って、エリンはエドナへ飛んで行った。
「すっごい久し振りだあ」
「そうね、私達も久し振りだわ。みんな元気かしらね?」
「ねえ。あれからもう三か月だよ?もう本当に長かった……」
ここでエリンが無茶をして勝手にエドナへ行っていたら、二度とリアンに会えなくなっていただろう。それぐらいは理解できるようになったエリンは、自分の行いで両親に納得してもらうのだと頑張ったのだ。
「偉いわ、ちゃんと我慢してたもんね」
「うん。だって、私のせいでリアンが悪く言われるのは嫌だもの」
「そうね。解ってても、中々できる事じゃないわ」
「そうなの?」
「そうよ。さすがエリンね」
「ありがと」
ルイーズに褒めてもらいながら、飛竜の籠の中で呑気にお菓子を食べながら、エドナまでの旅を楽しんだ。と言っても、およそ一時間もあれば着いてしまうのだけれど。
エリンは今日、あの日渡せなかった誕生日の贈り物を持って来ていた。
あの時作った花形のクッキーは、メイド達が片付けてくれたそうだ。後でルイーズがそう教えてくれた。
部屋に残してきてしまった物は、ルイーズが全部持って来てくれたので、あのブランホアの香りがする石鹸もちゃんと使ってたのだ。でも、無くなってしまって落ち込んでいたら、リアンから贈られてきて飛び上がる程喜んだ。
ふと、自分からその石鹸の香りがした時に、必ずリアンを思う。
リアンもそうだと良いなと思いながら、大事に使っているのだ。
すううっと飛竜が降りて行く感覚があり、ゆっくりと籠が揺れると「着きましたよ」とジルが籠の布を避けてくれた。
顔を輝かせて一番に降りようとしていたエリンをマルセルが止め、先にマルセルが降りてからエリンが降りた。その後をルイーズが降りて来て、出迎えてくれた辺境伯夫妻に挨拶をする。
「エドナ辺境伯、エドナ辺境伯夫人。今日からまた世話になります」
「エメリーヌ第二王女殿下をお迎えできる事、とても光栄にございます。どうぞ、ごゆるりとご滞在下さい」
そう言って頭を下げていた辺境伯が顔を上げ、二人で同時に笑い出した。
「辺境伯、お世話になります!」
「ようこそ。来てくれて嬉しいよ、エリン」
「よく来てくれたわ、待ってたのよ」
「ありがとうございます。色々お土産を持って来たの。皆に配れる数を持って来たから、足りると思うんだけど」
「ありがとう、エリン。皆喜ぶよ」
そうして邸の中へ案内され、エリンが借りていた部屋をそのまま使って欲しいと言ってくれたので、ありがたくそこを借りる事にした。マルセルが部屋の隅々までチェックして、「辺境伯家のメイド達は良い仕事をしますね」なんて言ってたのがおかしかった。
「あの、リアンの所へ行ってもいい?」
「勿論。ここで待ってるわね」
「解った。行って来るね!」
ルイーズが笑顔でそう言うとマルセルが慌ててエリンの後を追って来た。
マルセルはそう言う役目なので、エリンは気にせず本邸の玄関から庭へ出て、別宅の玄関の前に立つ。
ドキドキしながらノッカーを鳴らそうと手を上げると、ラザルが顔を出した。
「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたよ、エリン」
「ラザルさん、久し振りね。元気そうで何よりだわ」
「お陰様で。リアンは今少し手が離せないので、宜しければ見学しますか?」
「邪魔じゃない?」
「とんでもありません。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう」
そうしてエリンとマルセルは、ラザルに案内されるまま歩いて行き、リアンが仕事部屋として使っている部屋に案内された。
「こちらでございます。リアン、エリンが到着しましたよ」
「入って。ごめん、もう少しかかりそう」
「失礼します」
そして、開けられたドアの向こうにリアンが見えて、凄く嬉しくなったけどリアンは何か大きな物の向こう側にいて、色々いじっていた。魔具を作っているのは解っているので、リアンが終わるまで眺めている事にしたエリンは、そのまま部屋に置かれた椅子に腰を下ろして、じっとリアンを見つめていた。
「エリン、ごめんね、折角来てくれたのに」
「いいの。大丈夫だから」
気まずげな顔でそう言ったリアンに笑顔を見せる。
本当の事を言えば、すぐにでもリアンに飛び付きたかったけれど、すぐ傍にリアンがいる事を思えば何と言う事も無い。
魔具を作るリアンの背中を、じっと見ているだけで幸せなのだ。
石造りの部屋は頑丈に作られているみたいで、これも魔具なのか、細い筒状の物から炎を出してバチバチ音をさせたり、ガチャガチャッと音がしたと思ったら、ガコンッと音が聞こえた途端、「あー……」なんてリアンの声が聞こえて笑ってしまった。
ラザルが淹れてくれたお茶を飲み、お菓子を食べながらそんなリアンの姿をずっと見てた。
「ふう……、やっと一段落だ」
そう言って顔を上げたリアンが、エリンに向かって笑みを向けた。
「エリン、来てくれて嬉しいよ」
「リアン」
近付いて来るリアンを迎えるべく立ち上がり、差し出された手に手を重ねて見つめ合う。
「少し、背が伸びた?」
「ああうん、そうみたい。ズボンが短くなったからそうだと思う」
「そっか」
まだ少年のようだったリアンは、少しだけ大人びて見えていて、何だかとても眩しく感じる。赤い髪も、緑の目も、変わってないけど何だか少し寂しい。
「エリンは、また可愛くなったね」
笑顔でそう言われれば、一瞬にして顔が赤くなった。
リアンて、どうして臆面もなく言えるのかしらと、エリンは恥ずかしくなって俯いてしまった。
「ええと、あ、あれは何を作っているの?」
恥ずかしくて何を言ったらいいのか判らなくなったエリンは、顔を上げてそう聞いたけど、優しく微笑んで見下ろしているリアンの顔を見て、また顔を赤らめる。
「あれは、一般向け用の温水器になる予定なんだ」
「温水器?一般向けって?」
「ええと、王都からエドナに来るまでの宿に、浴室が無かったでしょ?」
「ああ、そうね、無かったわね」
「うん。あれはね、安い魔具が無くて付けられないからなんだ」
「……そうだったの」
「だから、辺境伯がエドナに普及させたいって。各家に浴室が出来たら、皆助かるだろうって」
「そっか。それを作っているのね?」
「うん。権利を辺境伯が買ったから、僕が作り上げてエドナに配るって。最初はたぶん、大きな浴場を作って、そこに設置する事になると思う」
「大きな浴場?」
「そう。皆が一緒に入れるような感じと言ったら解る?」
リアンにそう言われてエリンは考えた。
皆が一緒に入ると言われても、エリンには良く解らない。
「城の、下働きの浴室はそれですね。大浴場と呼んでおります」
「ああ、それなら見た事があるわ。そうか、あれか」
「はい、恐らくは」
マルセルがそっと教えてくれたので、やっと大きな浴場の意味が解ってホッとする。
「じゃあ、たくさんのお湯が必要になるわね」
「そうなんだ。だから、温水器がとても大きくてね」
「そうなのね。あの、邪魔してごめんなさい」
「邪魔だなんて思ってないよ。僕こそごめんね、出迎えも出来なかった」
「いいの。私がリアンに会いたかっただけだから」
「僕も会いたかった」
そうして再び見つめ合い、二人がじっと動かなくなる。
三か月会えなかった二人は、三か月分見つめ合う。
「エリン、明日は朝からデートしよう?」
「いいの?」
「勿論。その為にこれをやっていたんだ。ちょっと、時間が掛かっているけどね」
「ええと、リアンが大丈夫なら。無理はしないで?」
「してないよ。エリンも、無理はしないでね?」
「してないわ」
そう言ってクスクスと笑い合った。
その後、リアンと一緒に手を繋いで辺境伯の家の庭を歩き、昼食の時間になって一度別れた。辺境伯夫妻から、持って来たお土産に改めてお礼を言われ、皆に行き渡ったようでホッと胸を撫で下ろす。
昼食後、ルイーズに頼んで可愛くしてもらったエリンは、リアンの誕生日に渡せなかった懐中時計を持って再び別宅を訪れた。
「リアン、あのね、遅くなってしまったのだけど」
「え?」
ドキドキしながら大きなハンカチで包んで、リボンを付けた誕生日の贈り物を差し出した。
「リアンの誕生日のあの日に、渡そうと思っていた物なの。良かったら貰ってくれる?」
「……僕に?」
差し出した贈り物をおずおずと受け取ってくれたリアンは、「開けてもいい?」と聞いて来たので、こくりと頷いた。
丁寧にリボンを解き、ハンカチを広げて出てきた箱に首を傾げながら、箱の蓋を開いたリアンは、そのまま固まってしまう。
「あの、リアン?」
「エリン…………」
そうしてじっとエリンを見つめたリアンは、エリンの手を取り、そのまま引っ張って抱き寄せた。ぎゅっと抱きしめられたのは初めてで、エリンは心臓がバクバクと音を立てている。
「エリン、凄く嬉しい。ありがとう、大切にするよ」
「……うん。喜んでくれて嬉しい」
心臓をバクバクさせたまま、エリンもそっとリアンの背中に手を回して抱き締めた。
リアンの硬い胸が頬に当たって少し痛いけど、その痛みも何だか嬉しくて、そのままずっと抱き合っていた。
暫くそうして抱き合っていたけれど、やがて落ち着いたリアンが赤い顔をしながらも体を離すと、腕の中のエリンも真っ赤な顔をしていて、思わずもう一度そっと抱きしめてしまった。
そうしてやっと、椅子に座って落ち着きを取り戻し、離れていた間の事を二人が話し始める。手紙に書いてあったけれど、言葉で聞くのはまた違っていて、それもまた楽しい。
だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
「エリン、送って行くよ」
「うん……」
空が夕焼け色になった時、リアンの言葉にエリンが寂しそうな顔をしながら頷いた。
「また明日も会えるね」
「……うん!」
リアンの言葉に嬉しそうに頷いたエリンの頭を撫で、手を繋いで歩きだす。
たくさん、たくさんリアンに伝えたい事があったはずなのに、言葉になって出て来ないのをもどかしく思いながら、無言のままゆっくりと歩いて本邸の玄関まで歩いた。
「またね、エリン」
「またね、リアン」
微笑み合って見つめ合って別れるのはいつもの事で、リアンが帰って行くのをずっと見送るのもいつもの事だ。別宅の玄関前でリアンが手を振るのを見届けてから、エリンも玄関へと入って行った。
ずっとそれを傍で見てきたマルセルは、国王に報告する為ペンを執った。
マルセルから見た二人は、まだ可愛らしい節度を持った付き合いをしていて、リアンと言う青年が上手くリードして、節度を保っている。中々に侮りがたしと書いて、ペンを置いた。




