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第二話 恋に落ちた日

「リアン、これはなに?」

「洗濯箱。ここに汚れた服を入れて、この魔石に触れると服がきれいになって出てくる」

「わあ……。やっぱりリアンはすごいわねえ」

「そうかな?」

「そうよ」


 正式にエドナ辺境伯の下で魔導士として活動する事になったエリンは、辺境伯家の私兵達と共に周辺の魔物狩りへと出発した。エリンの実力を図る為のそれに、辺境伯が驚くほどの実力を見せつけたエリンは、エドナで歓迎された。

 エリンは知らないが、実は魔導士と言うのは王都にしかいない。

 

 王城の中で守られている存在のはずの魔導士が、こうして辺境へ飛ばされたのは異例中の異例、特異事項であると言えるのだ。だが本人は至ってのほほんと楽しそうに過ごしており、名誉の回復を望まないと来ている。

 それでもと、エドナ辺境伯の力の及ぶ限りで王都でのエリンの素行調査や周辺調査、クソ上司と魔導士長の調査を行っている。


 密やかに進められているそれに賛同してくれたのは、今回の辞令に頭を痛めていたこの国の宰相であり、エドナ辺境伯の従弟でもあるヴィクトル・フォルチェ侯爵であった。どうも魔導士の動きが怪しいと元々思っていた所に今回の騒動である。

 エリンのエドナ辺境行きは、魔導士長の独断で行われていたのだ。

 国家で保護すべき魔導士を勝手に辺境へ動かした事で、宰相は本格的に魔導士達に探りを入れ始めたのである。


 そんな事になっているとは全く知らないエリンは、今日もリアンの家に遊びに来ていた。


「ねえリアン。前髪切ったら?」

「え!?え、で、でも」

「邪魔じゃないの?」

「べ、別に、邪魔じゃないよ」

「そうなの?目が隠れているから良く見えないのかと思ってたの。邪魔じゃないならいいわ」


 リアンの容姿ははっきり言うと、冴えない。

 赤毛の前髪は小鼻の辺りまで伸びているし、分厚い眼鏡を掛けているから余計変に見えるのだ。真っ白な肌は不健康に見えるし、辺境伯私兵と比べると薄っぺらい体は痩せこけているようにしか見えない。

 だけど、エリンより力がある事だけは知っている。木箱を軽々と持ってくれていたのだから、こんな風に見えても力はあるのだと感心したぐらいだ。


「えっと、エリンは髪を切った方がいいと思う?」

「え?ええと、そうね、そう思うわ」

「……で、でも、変じゃないかな?」

「どうして?」

「えっと、その……」


 そう言った切り黙ってしまったリアンに首を傾げつつ、エリンはリアンの前髪が短くなった所を想像する。とりあえずたぶん、メガネの印象が先に出るのだろうなとそう思いながらも、何かうまい事が言えないかと頭を悩ませた。


「リアンが髪を切った所を見たことが無いから何とも言えないけど。でも、変じゃないと思うわよ?」

「そう、かな?」

「うん。少なくとも私は変だとは思わないわ。それに、すっきりすると思う」

「……そうかな?」

「うん。私はね、話をする相手の目を見たいの。だから、リアンの目も見たい」


 そう言ったらリアンは恥ずかしそうにして、洗濯箱をいじり始めてしまった。

 ダメだっただろうかとエリンが落ち込んでいると、リアンが顔を上げた。


「明日、髪を切って来るよ」


 そう言ってまた洗濯箱をいじり始めたリアンに、思わず笑ってしまった。


「楽しみにしてる」


 何となく、くすぐったいような変な気持ちになりながらリアンの家から出て、辺境伯のお屋敷に帰った。お屋敷の一室にエリンの部屋を用意してくれたので、そこにお邪魔させてもらっている。

 エドナ地方は海もあるから、海からの幸も豊富だし、魔獣が運んでくる恵みもある。

 繁殖しすぎれば討伐対象ではあるけれど、エドナもそう悪くないと思うぐらいにはここでの暮らしを楽しんでいた。


「エリン、三日後に私の客が来るんだが、共に持て成してもらえないだろうか」

「え、私でいいんですか?」


 昼食を終えた後、辺境伯からそう言われたエリンは少し驚いた。

 自分が庶民である事は既に辺境伯に告げてあるし、貴族の付き合いはした事が無いとも言ってある。


「いいんだ、私の従弟だから爵位は有るけど、気を使うような相手ではないんだよ」

「辺境伯が良いのでしたら、私は大丈夫です」

「そうか、良かった。では君に服を一着プレゼントさせてくれ」

「え、でも」

「いいんだ。それに、妻がとても楽しみにしていてね。了承してくれたと言ったら飛んで喜ぶよ」


 辺境伯家には、息子が三人、娘が一人いるそうだけど、全員すでに結婚して別の所に住んでいるらしく、奥方はエリンを可愛がってくれるのだ。


「ええと、そういう事なら喜んで?」


 そうしてエリンが了承したと知らされた奥方に連れ去られ、体中を計測されたエリンは奥方に叱られた。


「いい?きちんと体に合った下着を身に付けなければ駄目なのよ。ここは王都じゃないわ、あなたのクソ上司はいないし、そういう事をする下種な男もいないの」

「でも」

「大丈夫よ、エリン。あなたの事は私が守ってあげるから」


 魔導士の制服であるフードマントは、体の線を隠すのに最適なものだ。

 だけど、そのマントを身に付けるのは、仕事の時だけである。だからエリンは、女らしい体系を隠す為に小さな下着でぎゅうぎゅうに抑え込み、男のような服を身に着けていた。

 

 そうして用意された体に合った下着と服は、呼吸が楽にできる素晴らしい物だった。


「あの、どうもありがとうございます」

「いいのよ。これからは心配せず、堂々と身に付けてね?」

「はい」


 急に女の子らしい服になったエリンは、恥ずかしく思いながらも嬉しくて、すぐにリアンに見せたくなった。


「あの、リアンの所へ行ってもいいですか?」

「いいわよ。でも、誰か一緒に行ってもらわないと駄目ね」

「え」

「可愛い女の子が一人で歩いていたら、男が寄って来るもの」

 

 そう言ってウインクをした奥方に、それはないと思うとは言えず、ただ黙って頷くだけに留めた。私兵の中から二人が共にリアンの家に行ってくれる事になり、途中でお菓子を買い込んだエリンはご機嫌でリアンの家へと行った。


 出迎えてくれたリアンの髪が短くなっている事に驚いたエリンがぽかんと口を開け、初めて女の子らしい恰好をしているエリンに驚いたリアンがぽかんと口を開けた。

 そんな二人を見ていた私兵の二人が笑い出し、その笑い声で我に返った二人は互いに照れながらも挨拶を交わす。


「あの、遊びに来たの。大丈夫かしら?」

「も、勿論だよ。ええと、入って」


 二人の私兵は外で待っているというので、エリンだけ中に入る。

 髪を短く整えたリアンは、綺麗な緑色の目を眼鏡の奥から輝かせてた。


「あの、短い髪、似合ってる」

「あ、ええと、エリンも、その、か、可愛い」


 互いに顔を赤らめながらそんな事を言い合い、恥ずかしさのあまりエリンは途中で買ったお菓子を突き出した。


「こ、これ、さっき途中で買ってきたの。その、一緒に食べようと思って」

「……ありがとう。ええと、さっそく食べようか」

「うん」


 ぎこちなくもそうして動き出し、エリンが買ってきたお菓子を挟んで向かい合って座る。リアンの髪は赤い宝石みたいだと思っていたけど、出てきた瞳も、緑色の宝石のようだった。思わず見惚れてしまっていたら、リアンが真っ赤な顔で俯いてしまう。


「あの、ごめん。なんか恥ずかしくて」

「ううん、その、私も恥ずかしいから」


 互いに真っ赤になりながら俯き、気まずくなった二人が同時にお菓子に手を伸ばして互いの手が触れ、さらに真っ赤になった。

 そして、そんな二人を窓から覗いていた私兵の二人が、かゆい、かゆいと言いながら見守っている事にも気付かなかった。


「あ、あの、洗濯箱、できた?」

「あ、ええと、まだ。もう少し時間がかかりそうなんだ」

「そうなんだ。完成したら教えてね?」

「うん。見てくれると嬉しいよ」

「楽しみにしてるわね」


 そうして再び黙り込んだ二人が、同時に声を出すのはお約束で。


「あの」

「あの」


 同じ言葉を発した事で互いに驚きながらも笑い合った。

 

「あのね、リアンの緑の目、綺麗ねって言いたかったの」

「ええと、ありがとう。僕は、エリンのその格好がとても似合ってるって言おうとしてた」

「ふふ、ありがとう。奥様がね、選んでくれたの」

「そうなんだ。辺境伯と奥様は優しくしてくれるんだね」

「うん、すごく。王都から出たの初めてだったから、本当はちょっと怖かったんだ。でも、リアンに会って、辺境伯と奥様に会って、今はすごく楽しい」

「そっか。それなら良かった」

「リアンのお陰ね」


 そうしていつものように会話が出来れば後はもう、いつものように笑い合えた。

 また来るわねと言って帰って行くエリンを見送ったリアンは、洗濯箱を完成させる為に気合を入れる。きっと、完成したと報告したら、喜んでくれるだろうエリンの顔を思い浮かべて、クスリと笑った。


「あのね、リアンが髪を切っていてビックリしたの」

「え、あの髪を切ったの?」

「そうなの。すごく綺麗な緑色の目をしてた。リアンって髪も宝石みたいだけど、目も宝石みたいだったの」

「うわ、ご馳走様。それで?エリンのその格好を誉めてくれた?」

「あ……、ええと、その、可愛いって」


 エリンの世話役として付けられたメイドのルイーズに、今日の出来事を早速報告していたエリンはそう言って真っ赤になりながら俯いた。その様子に、ルイーズはもう一度「はいはい、ご馳走様」と言いながらエリンが脱いだ服を丁寧にしまいこむ。


 エリンは見た目が大人びているので十六、七だと思っていたら、まだ十四なのだと知らされたルイーズは、クソ上司撲滅の為の運動に参加すると即座に手を上げた一人だ。

 自分の三番目の妹と同い年であるエリンが、そんなクソ上司の餌食にされていたなど、絶対に許すまじと思っている。


 そして、リアンとの恋の行方を見守り隊の隊員一号でもあった。

 勿論、隊長は辺境伯夫人である。


 本来なら、魔導士は同じ魔導士、もしくは貴族としか結婚できないらしい。

 国で保護されている魔導士が、こんな辺境へとやって来る事など一度もなかった為、そんな窮屈な決まり事を知らなかったが、奥方からそれを聞いたルイーズは断然リアン押しである。

 というより、エリンが好きになったのならばそれが一番だと思っている。


 好きでもない相手と結婚だなんて絶対に嫌だ。

 好き合った相手と結ばれるのが一番良いと、ルイーズは思っている。


 今日、エリンを送迎した私兵の一人、ジル・マルはルイーズの恋人で、後でじっくりと聞く予定でもあった。


「ねえエリン。今度は髪を可愛く結い上げてみない?」

「え、でも」

「大丈夫。任せて」


 ルイーズがそういうと、エリンは恥ずかしそうにしながらも、こくりと頷いた。

 エリンの髪は綺麗な栗色で、肌も白いし眼はパッチリしていて大きく、青灰色の瞳はいつも好奇心で輝いているように見える。だから、ほんのちょっと手を入れるだけで、とても可愛くなるのは良く解っていた。

 よしよし、これでリアンもエリンに夢中になる事だろうとほくそ笑みつつ、夕食の用意が整ったとの連絡に、エリンの身支度を終えた。


「辺境伯と奥様も、エリンの話を聞きたがると思うわよ」

「そ、そうかな」

「そうよ。ちゃんと誉めてくれたって言うのよ?」

「うん、わかった」


 エリンは素直な良い子だ。

 だからこそ、クソ上司に余計に腹を立てている。

 と言っても、会った事もないしどんな男かも解らないが、想像上では醜い中年男になっている。

 きっと、女にもてない冴えない男なのだろうと勝手に決めているので、ルイーズの頭の中では散々痛めつけてある。


「じゃあ行ってくるね」

「はい、行ってらっしゃい」


 夕食に向かうエリンを送り出し、ルイーズは浴室の準備を整え、ベッドをもう一度綺麗にした。戻って来たエリンがすぐに浴室に入って寝るための準備を終えれば、もうやる事はない。

 そうして自分も夕食を摂る為エリンの部屋を出て、食堂へと向かった。


「あ、ルイーズ、こっちこっち!」


 食堂に入った途端、同僚から声を掛けられ苦笑しながら食事の盆を持って同じテーブルに着いた。


「エリン、どうだった?」

「可愛いって誉めてくれたらしいわよ」

「きゃー、やるじゃない。リアンってちゃんと女を誉める事が出来たのねえ」

「髪を短く切ったんだって」

「えええっ!?」

「もっさりしてたあの髪を?」

「ちょっと、どういう心境の変化よ」

「やっぱり、恋をすると変わるんじゃないの?」


 同僚達にも、リアンとエリンの恋を見守り隊の隊員が着々と増えている。

 きゃあきゃあと騒ぐ同僚達と一緒に騒ぎながらも、しっかりと夕食を食べ終えたルイーズは、そこにやって来た恋人に手を振った。


「あ、遅かったか」

「またね」

「ああ」


 そんな短い逢瀬でも十分通じている事に満足して笑う。


「あ、ねえどうだった?」

「え?あー、何て言うかかゆかったよ」

「かゆい?」

「うん。すごくかゆかった。そして恥ずかしい」

「……なにそれ」

「後でたっぷり。ね?」


 そう言って怪しく笑った恋人に、ルイーズは頬を染めながらも頷いて食堂を後にした。





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