第十九話 笑顔で
リアンが回復したのはあの断罪の日から三日後の事。
それまでは医師から、ベッドから出る事を禁じられていたけれど、やっと許可が下りた。エリンは第二王女として公の場に出なくては行けない事があった為、世話をしてくれたのは主にルイーズで、見張りとしてジルとドニがずっとついていてくれた。
エドナ辺境伯夫妻は、今まであまり王都に来る事が無かったけれど、国王夫妻と懇意である事を知らしめ、第二王女の恩人である事も知れ渡り手の平を返した貴族達から色んな誘いが来ているそうだ。
王都にある辺境伯夫妻の家で、長男夫妻がなんと面倒なと頭を抱えたと言って笑っていた。
「その、巻き込んでしまってごめんなさい」
エリンがそういうと、辺境伯夫妻は大丈夫だと笑ってくれる。
そして、明日王都を発つと聞いて寂しくなった。
「いつまでも王都にいると、仕事が溜まってしまうからね」
「……エリン。あなたがエドナにいる間、とても楽しかったわ」
「私も、すごく楽しかった。本当に、ありがとうございました」
リアンはまだ治療を受ける必要がある為、後十日は王都に足止めになる。
ルイーズとジルさんは、本当にこちらに来てくれるのかときちんと話をしたら、一度戻って、ちゃんとしてからこちらに来ると言ってくれた。
だから、辺境伯夫妻と共にエドナに戻る事になっている。
「ドニさんは……」
「そう、ですね。今回、自分がまだまだ未熟である事を実感しましたので、こちらで鍛えてもらうのも悪くないと思っています」
「え、本当!?」
「はい。さすが近衛隊の皆さんは鍛え方が違いますね」
「ふふ、そっか、そうだよね、うん、ドニさんはそうだよね」
残念脳筋と言われるドニは、自分を鍛える事を目標にしてくれたかと、エリンは笑ってしまう。
「ずっと、お世話になったから来てくれたら嬉しいです」
「はは、王女様にそう言われるのは悪くないですね」
ドニがそう言って笑うので、エリンも笑う。
そうしてリアン以外のエドナ組が帰って行くのを見送り、一気に寂しくなってしまったけれど、来てくれると約束してくれたルイーズとジルが来てくれるのを楽しみにしようと思う。
エリンはゆっくりと医務室へと向かい、ドアを開けるとリアンが笑顔で迎えてくれた。
「丁度、今日の薬を塗ってもらうのが終わった所なんだ」
「痛みはどう?」
「だいぶ良いよ。骨に異常がなかったのは良かったって言ってくれたんだ」
「うん……、本当にそう思うわ」
まだ顔の色が違う所があるけど、徐々に元に戻ってきているのを見てほっとしている。
「エリン、少し、外に出ない?」
「大丈夫なの?」
「うん。少しの時間ならいいって、さっき聞いたんだ」
「じゃあ、中庭がいいわ。今、ブランホアの花が咲いてるわ」
「えっと、石鹸の?」
「そう!あれ、すごく良い香りよね。とても気に入って使ってたわ」
「うん。エリンの髪から香りがする事があったよ」
「そ……、そう、なの?」
「うん。同じ匂いだって嬉しく思ったから」
そして、赤くなって照れながらも、リアンと手を繋いで歩いた。
医務室から程近い中庭は、城にいくつか点在する中庭の一つで誰でも入る事が出来るところでもある。故に、二人の姿を見ている者も多かったが、手を繋いで歩く二人を微笑ましく見守っていた。
「ああ、本当だ。あの匂いがする」
「そうでしょう?あの石鹸、持って来たかったなあ」
「うん」
あの時持って来る事が出来たのは、リアンにもらったリボンとイーツァンだけだった。咄嗟にそれだけを持って出たというか、他の物を気にしている事が出来なかったのだ。
「私も、一度エドナに行きたい。皆にお礼を言いたいもの」
「そうだね。国王陛下に頼んでみたら?」
「うん。そうね、そうしてみる」
空いているベンチに腰を下ろした二人は、微妙な距離を空けて座っているが、その距離は少しずつ縮まって来ていた。ここにジルとドニがいればそれに気が付いたかもしれないが、残念ながら気が付いてくれる者はない。
「あの、リアン」
「なに?」
「あのね……。あの、辺境伯とお話をして、リアンの契約の事を聞いたんだけど」
「うん」
「リアンは、王都に来る気はある?」
ずっと、怖くて聞けなかった。
今も、リアンの顔を見る事が出来なくて、俯いたままそう聞いた。
嫌だと言われたらどうしようと、ずっと不安に思ってた。
「もしかして、エリンはそれを悩んでた?」
「え?」
「ずっと、何か悩んでるなって思ってたんだ。僕が王都は嫌だって言うと思ってたから?」
「……だって、リアンはエドナが好きでしょう?」
「うん、好き」
ああ、やっぱりとエリンは再び俯いてしまう。
「僕がエドナが好きなのは、エリンとデートした所だからだよ」
その言葉にエリンは顔を上げてリアンをじっと見つめてしまう。
それじゃあリアンは、リアンは。
「エドナには、エリンと笑いあった思い出があるからね。大切な場所だと思ってる」
「……リアン、私も、エドナでリアンとデートしたから、エドナが好き」
「そっか。じゃあ、王都でもデートしよう?」
「いいの?」
「エリンが良ければデートしようよ。そうしたら、王都を好きになるんじゃないかな?」
「…………リアン、気付いてたの?」
思わずエリンがそう聞けば、リアンが優しく笑いながらエリンを見下ろした。
「何か、嫌な思い出があるんだろうなって思ってた。でも、そんなの吹き飛ばすぐらいに楽しい思い出が出来たら、エリンも王都が好きになるかなって思って」
そう言って笑ったリアンに、エリンは泣きそうになったのを誤魔化しながら、リアンの肩におでこをくっ付けた。
「……私、やっぱりリアンが好き」
「うん、僕もエリンが好きだよ」
思わず握りしめたリアンの服を、さらにぎゅっと握り込む。
リアンは少し笑いながら、エリンの頭をそっと撫でてくれた。
「エリン。治療が終わったら、エドナに戻るよ」
「…………そっか」
「うん。辺境伯と契約して請け負った仕事が、まだ残ってるんだ」
「うん」
「それが終わったら、王都に来てもいい?」
そう言ったリアンを、じっと見上げてしまう。
「いいの?」
「勿論。それに、エリンが僕と契約してくれるんでしょう?」
「本当に、それでいいの?」
「いいよ。魔具を作るのは、どこでも作れるからね」
そう言ってくれたリアンに、エリンは今度は両手でリアンの服を掴んだ。ぎゅっと握りしめて、リアンの肩におでこをくっ付けて、泣かないように頑張った。
「私、エドナに遊びに行くわ」
「うん、待ってるよ。僕も、遊びに来てもいい?」
「勿論よ。そうしたら、王都でデートしましょう?」
「そうだね、そうしよう」
そして見つめ合い、笑いあった二人は、そのまま手を繋いでベンチに座ったまま、時折風が運んでくるブランホアの香りに包まれながら、長い事中庭を眺めていた。
リアンの治療が終わったのは、それからきっちり十日後の事。
まだ顔の色が変わっているところはあるけれど、随分と元通りになった事にエリンはほっと安堵している。
「まあ、本当にきれいな髪ね」
「そうでしょう?宝石みたいよね」
リアンは国王夫妻に呼ばれ、エリンの案内で王城の奥宮へと連れていかれ、カチコチに緊張しているが、初めて会ったエリンの母である王妃は、エリンとそっくりの可愛らしさでほっとしていた。
隣にいる国王は、鋭い目でリアンをじっと見つめ続けているので、とても居心地が悪い。だけど、隣にエリンが座っていてくれるのがとてもありがたくて、嬉しかった。
「あの、本当にお世話になりました。とても感謝しています」
「あらいいのよ。あなたが回復してくれないと、エリンが暴れてしまうもの」
「そうね、その通りね」
王妃の言葉にエリンが頷くのがおかしくて、思わず笑ってしまう。
「あなたが作った洗濯箱、お城で大活躍しているのよ」
「そうですか、それは嬉しいですね」
「あれを作ろうと思ったきっけけは何だったか、教えてもらえるかしら」
「勿論です。エドナで祖父母と一緒に暮らしていたのですが、祖母が色々不便を言ってまして、それを助けたくて作りました」
「なるほどねえ。それで作れるのだからすごいわねえ」
「そうでしょ?リアンは凄いのよ」
王妃の言葉にエリンが胸を張るのがおかしくて、思わず笑ってしまった。
「魔具士リアン。君は、エリンをどう思っているのかね?」
突然国王に厳しい声でそう問われ、リアンは背筋を伸ばす。
そして、真剣な顔で国王を見て答えた。
「とても大切な人です」
「……それは本心だろうな?」
「勿論です」
突然の事に父に口を出そうとしたエリンは、母に笑顔でそれを止められた。
渋々口を閉じて黙ってはいるけれど、リアンを傷付けるなら父でも許さない。
「エメリーヌ。お前はリアンをどう思っているんだ」
「大事な人よ。二人で一緒に歩いて行きたいと思ってる」
「……だが、お前はまだ十四だ。これからもっと色んな男と出会いがある」
「そうね、確かにそう思うわ。だけど私はそれでも、リアンがいい。リアンに選んで欲しいと思ってる」
父の問いかけにエリンがまっすぐにそう答えると、頭を抱えて唸り始めた。
そんな父を、母が笑いながら慰めていた。
「いいだろう、だがエリンが未成年である内はそのままだ」
「勿論です」
「覚悟はあるんだな?」
「はい。色んな物を見て、色んな事を知って、その上で選んで欲しいと思っています」
「……わかった。ならエリンが成人するまではエドナにいると良い」
「わかりました」
「リアン!?」
「エリン。僕はエドナ辺境伯に恩がある。それを返したいとも思ってるんだ」
「…………うん。それは、わかってる」
離れて暮らすと言っても、すぐに王都に来てくれると思っていたエリンは、寂しくて仕方がない。
「魔具士としての実力を認めてもらえるのは、とても嬉しかったからね。エドナでもっと力を付ける為に頑張るよ。応援してくれる?」
「そ、それは勿論よ。応援するわ」
「ありがとう。でも、偶にエドナに遊びに来てくれると嬉しい」
「行くわ。リアンも、王都に遊びに来てくれるでしょう?」
「勿論」
頬を染め、微笑み合いながら見つめ合う二人に、国王のわざとらしい咳払いが割り込んだ。
「エリン、お前はこれからは第二王女として立たなければならない。しっかり励む事だな」
「わかってるわ。でも、未成年だから出来る事は限られているわよね」
「ぐ……、それは、そうだが」
「魔導士としての活動は終わりにする。ちゃんと勉強もするわ」
「そうね。エドナでテレーズ夫人に習っていたのですって?」
「そうなの。すごく素敵な方でね、たくさん教えてくれたのよ」
「そう。良い出会いがあって良かったわね」
「うん。辺境伯の奥様のお友達なんですって。二人共素敵な女性よね」
「そうね、確かに」
うふふと笑い合う母娘に、国王は苦い顔をしたまま、リアンは嬉しそうに微笑んでエリンを見つめたまま、両親にリアンを紹介する時間が過ぎて行った。
そして、リアンがエドナに帰る日。
朝からエリンはずっと、泣きそうになる自分を叱咤しながらリアンの傍をうろうろしてた。王妃からエドナに贈られる荷物をまとめ、リアンに渡された荷物をまとめ、それを飛竜に載せる為に、城の兵士が走り回っていた。
エドナからやって来た飛竜に乗って来たのは、ジルとドニとルイーズで、三人はそのまま王城で雇われる事が決まっている為、荷物を下ろしながらも、エリンとまた会えた事を喜び合った。
そして。
「……リアン」
エドナの飛竜に運び出された荷物が次々と載せられて行くのを見ながら、ずっと我慢していたエリンの目から涙が零れ出した。
「行っちゃやだよリアン。寂しいよ」
「僕も、寂しいよ。エリン」
長く会えないのだから、笑顔を見せなきゃって思ってたけど駄目だった。
寂しくて寂しくて悲しくて、リアンから離れたくなかった。
「本当に行っちゃうの?」
「……うん」
リアンの覆らない返事が悲しい。
余計に溢れてきた涙で、リアンが良く見えなくなってそれもまた悲しい。
「エリン。大好きだよ」
そう言ってリアンはエリンをそっと抱きしめた。
一瞬驚いたエリンは、次の瞬間にはリアンの背中に手を回してしがみ付いた。どれだけ泣いても、寂しいと訴えても、リアンはエドナに帰るのが解っていたから。
「エリン、僕の事忘れないで」
「リ、リアンこそ、忘れたら、思い出させてやるんだから」
「うん。そう言うの、いいね」
少し笑ったリアンがそう言って、エリンの涙をそっと指で優しく拭った。
「エリン。次にエリンに会えるのを楽しみにしてる」
「わ、私も。私も、リアンに会えるの、楽しみにする」
リアンが笑い、エリンも泣き止んで来て、何とか笑う事が出来た。
「いっぱい、手紙を書くよ」
「私も書くわ。毎日書く」
「すごく楽しみ。僕もそうするよ」
ゆっくりと離れて行く体に残る温かさを抱き締めるように、エリンは両手を胸の前で組んだ。
「またね、エリン」
「……うん、またね、リアン」
笑ったリアンに、エリンも笑ってそう言うと、リアンは飛竜へと歩いて行って、籠の中へと入った。それを見上げながらエリンが手を振ると、リアンも手を振ってくれる。
そのまま、何も言えずに手を振り続け、空の向こうの点になってもずっと空を見つめてた。




