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第十八話 とても好きなんだ

 ジルが一度エドナに戻り、三人の無事を知らせて戻って来ると言って、エドナへ飛竜で飛び立って行った。リアンはまだ治療中なので、王の命令で城の医務室にお世話になっている。


「王女だったんですね、エリン嬢」

「そうよ。可憐な王女だったのよ」

「可憐……?」

「ドニさん、何か言いたい事が?」

「ない、ないです」

「よろしい」


 そんな会話をして笑い合えるようになったのは、リアンの怪我に高額な薬を使う事を国王が命令してくれたからだ。ちらりと覗いた医務室でリアンの裸を見たエリンは、あまりの怪我に卒倒するかと思った。

 即座に父に申し出て、薬を分けてもらえるよう頼んだのだ。

 そうしたら国王の命令で使用を許可してくれたので、これで大丈夫だと安堵した。


 本当ならば寝ていなければならない程の怪我だと聞いたエリンは、リアンに医務室で寝る事を言い付け、自分はリアンの食事の世話をしている。

 と言っても、ずっと医務室に篭っているので、食事を運んでくるのはマルセルの役目になっているのだが。


 エドナに戻ったジルと共に、辺境伯夫妻とルイーズが来てくれて、再会を喜び合い、リアンの顔を見たルイーズが、協会長を殴りに行くと言うのをジルが止めた。


「エリン、あなたは大丈夫?」

「ルイーズ……」


 やっぱり見抜かれているかと、エリンは軽く笑った。

 マルセルもそうだけど、ルイーズも凄いなあと素直に感心する。


「駄目かも。結構キツイ」

「そっか」

 

 ルイーズの凄い所は、それだけで理解してくれる所だ。

 それ以上を聞かれる事も無く、ただ黙って傍にいてくれる。


「ルイーズ、凄く心配したでしょう」

「そうね。エリンが何も言わずにいなくなって、凄く取り乱して辺境伯に凄んじゃったわよ」

「え!?」

「知ってるなら教えなさいって怒鳴り付けちゃったのよねえ。言えないって言われて余計イライラしちゃってさ」

「え、あの、ルイーズ、本当にごめんなさい」

「全くだわ。どうして私に何も言わなかったのよ」

「だって、だって、」

「だってもくそもない。エリンが王女様だったって聞いても、だから何?って聞いてやるわよ、私」

「ルイーズ……。私、ルイーズのそう言う所大好き」

「私もエリンのお莫迦な所大好き」

「え、お莫迦って何?」

「そう言う所よ」


 そう言って笑ったルイーズに、エリンも笑った。

 

「うん、良い笑顔ね。笑いなさい、エリン。リアンが逃げて行かないようにね」

「ふふ、そうだったね」

「ルイーズさん?」

「はい」

「失礼しました。私はエメリーヌ様の侍女、マルセルと申します」

「エドナでエリンの世話係をしているルイーズと言います」

「あの、宜しければあなた、エメリーヌ様の侍女として城で働きませんか?」

「え?」

「だ、駄目だよ、ルイーズはエドナにいなきゃ。ね?」

「まあ、そうね」


 エリンとルイーズがそれぞれにジルに視線を向けた事に、マルセルは目敏く気付いた。


「ああ、あちらの方とお付き合いをされているのですね?ではあの方はエメリーヌ様の護衛筆頭として」

「ちょっと待ってマルセル!駄目、勝手に話進めちゃ駄目!ちゃんと辺境伯に話をしなきゃ駄目だよ」

「ではエメリーヌ様も賛成なのですね」

「え、そ、そりゃルイーズの事好きだからいてくれるなら嬉しいけど」

「ああ、私もエリンの事が好きだから、別に働く場所が変わってもいいけど」

「そうなの?嬉しいよ、ルイーズ!」

「まあ、後はほら、偉い人同士の話になるから任せるわ」

「そうだね。辺境伯ともお話しなきゃだね」


 勝手に進んで行く話に目を丸くしていたジルは、ルイーズがいる所にいると宣言してた。ルイーズがいるならどこでも良いと言ってのけるジルは、大物かもしれない。


「ドニさんも、こっちに来ませんか?」

「え、私もですか?ええと、そうですね、考えておきます」

「はい。よろしくお願いします」


 辺境伯夫妻は今、国王夫妻と大事な話をしている所だ。

 エリンがエドナでお世話になったから、その辺りのお話し合いをしているのだと思う。


「エメリーヌ様、国王陛下がお呼びです」

「はい」


 宰相が迎えに来たので、医務室へチラリと視線を走らせると、リアンはまだ薬を塗られている所で、治療が終わりそうになかった。


「エリン、私が代わりに付いててあげるから」

「俺もいるから、安心して行って来ていいぞ」

「二度と同じ目に遭わせません。ご安心ください」


 三人がそう請け負ってくれたので、笑いながらお願いしますと言ってその場を離れた。

 宰相とマルセルと共に奥宮へと歩いて行き、通された部屋では両親とエドナ辺境伯夫妻が楽し気に話をしている所だった。


「ああ、来たか」

「遅くなって申し訳ありません、お父様」

「大丈夫だよ。今エドナ辺境伯に、エメリーヌが世話になった礼を言っていた所だ」

「たくさんお世話になったのです。本当にありがとうございました」

「いや、いいんだ。何か、事情がある事は解っていたんだけど、まさか王女殿下だとは気が付かなかったよ」

「いいんです。私は公式に出た事はありませんから」


 それでも、魔導士長には気付かれてしまったけれども。

 やっぱり、母と顔立ちが似ているからだろうかと思いつつ、ソファに腰を下ろした。


「エメリーヌ、今エドナ辺境伯から聞いたのだが」

「はい」

「リアンとの契約を、エメリーヌ相手ならば破棄しても良いとの事だ」

「……父様、それって」

「折角娘が帰って来たからな。また出て行くと言われたら泣くぞ?」

「そうよ。父様はね、エリンが本当に飛び出してしまってから、ずうっとヴィクトル宰相に八つ当たりをしていたのよ」

「え、そうなの?」

「ええ。まったく、八つ当たりをするのならさっさと片付ければ宜しかったのに」

「そうは言うが中々決定打を掴めなかったのだから仕方が無いだろう?」

「だからと言ってヴィクトル宰相に八つ当たりをする事は無いでしょう」

「しかし、元はと言えばヴィクトルが中々証拠を掴めなかったのが悪い」

「まあ、魔導士の所って魔窟だものねえ」


 しみじみとエリンが言えば、控えていた宰相がうんうんと頷いていた。

 それを見ていた辺境伯夫妻が笑いながらも、エリンと向かい合う。


「エリン、と呼んでも良いかな?」

「勿論です、辺境伯」

「ありがとう。エリン、リアンも君にならきっと、契約を譲っても怒らないと思うんだ」

「……それは、リアンに聞いてみます。選んでくれたら嬉しいけど」

「そうね」

「エメリーヌを選ばないなら」

「父様、リアンに手を出したら父様でも許さないから」


 そう言ったエリンに国王が黙った。


「辺境伯、あの、ルイーズとジルさんも来て欲しいんです。駄目でしょうか?」

「いや、本人がいいと言うなら構わないよ。それに、ルイーズは君の事が大事なようだからね」

「ありがとうございます、辺境伯」

「いいんだ。こちらの方が何かと良い所がたくさんあるからね」

「エドナにも良い所がたくさんあります。私はそれを知っていますよ、辺境伯」

「そうか、そう言ってくれて嬉しいよ」

「……私、エドナに行って本当に良かった。お世話になりました」


 そう言って頭を下げたエリンに、辺境伯夫妻が微笑んだ。


「エメリーヌ、ルイーズとジルと言うのは?」

「ルイーズは、エドナで私の世話係をしてくれた人で、ジルさんは護衛をしてくれた人なの。すごく良い人達なのよ」

「ジル、は確かあの時にいたな?」

「ああそう、ええと、おちゃらけた感じの人」

「ああ、あれか」

「あれなんて失礼。ジルさんは凄いんだから」

「何が凄いの?」

「あのね、ルイーズの事が大好きだって公言しちゃう人なの。ちょっと、羨ましい」

「あらあら」


 どうやら、ルイーズとジルもこちらで一緒にいられるようだと、嬉しくなって笑う。あの二人が一緒にいてくれるなら、本当に心強い。


「二人には後でちゃんと紹介するわね」

「そうだな」

「それから、リアンの怪我が治ったら、ちゃんと紹介するわね」

「…………」

「あなた」

「ぐ……、わかった」


 渋々ではあるけれど、リアンを紹介する事が出来るのが嬉しい。

 話をしてみればリアンがどれだけ素敵な人なのかは、絶対に判るはずなのだ。


 そうして両親と辺境伯の元を辞したエリンは、再び医務室へと直行した。


「入ってもいい?」

「エリン、お帰り。リアン、さっきまで起きてたんだけど、薬で眠ったの。寝て回復させるんだって言ってたよ」

「そっか」


 話が出来なかったのは残念だけど、リアンの怪我が早く治る事を願っているから我慢だ。大丈夫、明日だって時間はあるのだからと言い聞かせて、エリンはベッドのわきの椅子に腰を下ろし、リアンの顔をじっと見つめる。

 見れば見る程自分が痛くなる怪我に、やっぱり涙が出て来る。

 どうしてこんなに酷い事が出来るのだろうと、本気で怒ったからこそ同じだけ返したのだ。医務室からの報告で、殴打箇所の数を聞いて確認したから間違いはない。

 ないけど、もう一発ぐらい増やしておけば良かったと思ってしまう。


「リアン、きっとかなり無理をしていたのよね」

「たぶんね」

「……私、駄目だなあ」

「どうして?」

「だって、仕返しする事ばっかり考えてて、リアンの事考えてなかったもん」

「いいんじゃないの?リアンだってスッキリしたいだろうしさ」

「スッキリ?したかな?」

「したでしょ。ジルから聞いたよ。エリンが本気で怒ると、凄く怖いって」

「酷い、何それ!」

「それにね、男には格好付けなきゃいけない時があるんだってさ」

「……それも、ジルさんが?」

「そう。あの時は痛みを堪えて格好付けるべき時だったって」

「そう、かなあ?」

「だって、自分の恋人が、自分の為に怒ってくれてた時だもん。痛み堪えてその場にいたいじゃない」


 ルイーズの言葉に、確かに自分ならそうかもしれないと思ってしまう。


「ねえエリン。リアンが目覚めたら、最初に何て言う?」

「え……」

「考えておくと良いよ。リアンもきっと、エリンに言う事考えてたと思う」

「……うん、わかった」


 そうしてルイーズが医務室を出て行き、リアンとエリンがだけが残った医務室は、何だか少し怖かった。


「リアン。助けに来るのが遅れてごめんね……、違うわね。んー、リアン、孫娘と一晩一緒にいたって本当?……、無いわね、無い。えええ、難しいわ」


 リアンが眠るベッドの横で、そうしてエリンは考え続ける。

 リアンの目が覚めたら何を言うか。

 特別な何かじゃなくて、こう、なんだろう、何か伝えなきゃいけない事があったように思うんだけど。


「あ!誕生日おめでとう、リアン!」


 そうだ、これだわとうんうんと満足して頷いていたら、リアンが笑いながらエリンを見上げている事に気付いて目を丸くする。


「え、リアン?あの、目が覚めたの?」

「実は、少し前に」

「あ、口痛くない?大丈夫?」

「うん。痛み止めを飲んでるし、それに、薬のお蔭で随分楽になったんだ」

「でも、無理しないで」

「大丈夫。それより、ありがとうエリン。嬉しいよ」

「あ、ええと、うん。遅くなっちゃったけど、誕生日おめでとうリアン。あなたにたくさんの幸運が舞い降りますように」

「……ありがとう。凄く嬉しいよ、エリン」


 ベッドから伸ばされたリアンの手が、エリンの手を握りしめる。

 エリンもそれに答えるように、リアンの手を軽く握った。


「リアン……」


 紫色になったリアンの顔が痛くて、エリンの顔が曇って行く。


「大丈夫。だから、笑ってくれる?」

「……うん」

「エリン、僕はねあの地下室で、ずっとエリンの事を考えていたんだ」

「うん」

「帰らなくて心配してるだろうな、怒るかな、泣いてしまうかなって。でも、思いっきり怒ったら、笑って欲しいなって思ってた」

「うん」

「僕は、エリンの笑った顔が好きだよ。勿論、色んな顔のエリンが好きだけど、笑った顔が一番可愛いと思う」


 そう言って笑ったリアンを見ながら、エリンは涙を零しながら笑った。


「リアン、私もリアンの笑顔が好き。一番好きなの。それから、恥ずかしそうにする顔も好き。後、困った顔も好き。それから考え込んでる顔も好き」

「うん。何だか、嬉しいけど恥ずかしいよ」

「ほら、その顔も好き」

「うん。僕も今のエリンの顔も好き」


 そうして互いに照れながらも笑い合う。


「リアン、私、リアンなら白目を剥いても好きだわ」

「ははは、僕はエリンが本気で怒った顔も好きだよ。凄く綺麗だった」

「き、え?」

「ほら、協会長に仕返ししてくれた時。あの時のエリンは、すごく綺麗だった」

「き、そ、そんな事」

「好きだよ、エリン。君の事がとても好きなんだ」

「リアン……」


 そうして幸せそうに見つめ合う二人を、ドアの外から国王夫妻と辺境伯夫妻が覗いていて、キスもせずに見つめ合い、微笑み合うだけの二人を眺めていた。




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