第十七話 初めて抱き合った二人
突然地下室へ入って来た大勢の男の声と、眩しい光に目を閉じていたリアンは、徐々に目を慣らして行ってやっと周囲を見る事が出来た。目が開けられない内に縄が解かれ、椅子から解放されたが、全く状況が解らなかった為、油断しなかった。
「何と酷い事を」
リアンの顔を見た誰かにそう言われたが、そのまま助け出され、視界が回復した時には何故かたくさんの騎士に護られている事に驚いたものだ。そして、丁寧にティッキに乗せられたリアンは、王城の医務室で手当てを受ける事が出来た。
全身が痛くなっていて、顔の腫れも酷いけれど、これでやっとエドナに帰る事が出来ると、ほっと息を吐き出した。
そうして治療を受けていると、ジルとドニがやって来て、リアンの顔を見た途端二人が床に膝と額までつけて頭を下げて来る。
「大丈夫ですよ、これぐらいどうって事はありません」
そう答えたが、二人は頭を上げてくれなくて困ってしまう。
そうしている間に、リアンを助けてくれた騎士達がやって来て、城の中へ案内され何故か再び謁見の間に立っていた。
リアンの顔を見た貴族たちが何か話をしているが、小さな声なので何を言われているのかさっぱり判らない。リアンの両脇にジルとドニが立ち、そんな貴族たちの目からリアンを守ってくれていた。
国王が入って来ると、全員が床に膝を付き、首を垂れて迎える。勿論、リアンたちもそれに倣い、そのまま頭を下げていた。
「魔具士リアン、エドナ辺境伯私兵、ジル・マル及びドニ・アダン。顔を上げよ」
そう言われて顔を上げると、国王の前に宰相とドレスを着た女性が立っているのが目に入ったが、顔を見ないようにしている為、リアンはそれが誰なのか見る事は出来なかった。
「何と言う事を……。この場に魔具士協会長を連れて来いっ!」
「はっ」
王の怒声に、騎士が動いて直ぐに協会長が連れて来られた。
「魔具士協会長、これは一体どう言う事だ」
「何の事でございましょう」
「お前の孫娘と結婚すると言ったリアンの怪我の事だ。申し開きがあるならば聞いてやろう」
「さて、怪我と言われても何の事やら。一晩地下室に降りましたから、自分で何処かにぶつけたのではないでしょうか」
「ほう?それがお前の言い分か?」
「言い分と言われましても、本当の事でございます、陛下。私は何も知りません」
「そうか。私に本当の事を言っていると誓えるのか」
「勿論です、陛下。私が陛下に嘘を吐くとお思いですか?」
しれっと嘯いた魔具士協会長に、国王は溜息を吐き出した。
「エメリーヌ、好きにしろ」
「ありがとうございます、陛下」
そして、エリンはゆっくりと壇上から降りて行く。
しっかりと魔具士協会長だけを見据えて歩き、目の前に立って見下ろした。
「な、な、ど、どなたでしょうか」
「私の顔を知らないのは仕方が無いわね。お前に特別に教えてあげる。私の名はエメリーヌ。この国の第二王女よ」
「は、初めまして第二王女殿下。お会いできて嬉しいです」
「そうね、私も嬉しいわ協会長。皆の目にわかりやすいよう、お前の嘘を暴いてあげられるもの」
「嘘、ですか?」
「そうよ」
「さて、私には何の事やらさっぱりわからないのですが」
「リアンの左頬に、指輪の痕があるのを見て欲しいのだけど、どなたかここへ来てくれないかしら」
「では、私が」
近くにいた貴族がやって来て、リアンの頬をじっと見つめ、確かに指輪の痕があると大声で伝える。他に騎士を呼び、きちんと確認させたエリンは、協会長の右手中指に嵌められている指輪を指した。
「この指輪、ここに付いている痕と同じ物でしょう?それから、おでこにも付いてるわ。もしかしたら、身体にも残っているかもしれないわね」
そして、リアンの顔に残っている指輪の痕と協会長の指輪が一致する事を確認させた後、間違いないと再び大声で宣言してもらう。
「こ、これはどこにでもある指輪です。誰か別の者が殴ったのではないでしょうか」
「まだいうの?認めないと言うの?」
「私には、何の事だか判りません!国王陛下、お願いします、私ではありません!信じて下さい!」
「そう、まだいうのね。じゃあ仕方ないわよね?」
振り返って確認すれば、国王陛下が苦い顔をしながら頷き、宰相は笑顔で頷いた。
「リアン、あの石を出して」
「……仰せの通りに」
リアンの答えにエリンは泣きたくなった。
けれど、ここで泣くわけにいかず、一度目を瞑って目を見開いた。
「これですね?」
「そうよ。陛下、この場に魔導士長を呼んで頂いても宜しいでしょうか?」
「構わない」
そうして騎士が一人出て行き、魔導士長を伴って戻って来ると謁見の間の異様さに眉を顰めたが、何も言わず膝を付いた。エリンは再び国王の少し前の位置に立っていて、魔導士長を眺めていた。
「魔導士長、魔具士リアンの持つ魔石の確認をお願いしたい」
「畏まりました」
そうしてリアンが持っている石を確認した魔導士長は、国王に向かって堂々と嘘を吐いた。
「この石は、魔導士ベレニスの魔力石です」
「……魔導士長、それは誠か?」
「はい、間違いありません」
「魔導士長。もう一度聞く。その石は、誰の魔力石なのか教えてくれるか?」
「はい。魔導士ベレニスの魔力石にございます、陛下」
その言葉に、国王からは溜息が漏れ、宰相とエリンが視線を交わし合う。
「魔導士が作り出した魔力石は、作り出した本人しかその力を引き出す事が出来ません。だから、このように、他人が操る事は出来ないのです」
そう言いながらエリンは、リアンの手にある石を空に浮かせ、円を描くように動かして見せた。謁見の間の全員の目が魔導士長に移ると、魔導士長は苦い顔をしながら「間違えたようです。大変申し訳ありません、陛下」と言った。
「魔導士長が魔力を見分けられないとは思わなんだ。お前には失望したよ」
「お、お待ちください陛下!その、魔導士ベレニスと魔導士エリンの力はとても良く似ておりまして」
「もう良い!これ以上戯言を聞くのも莫迦らしい。エメリーヌ、さっさとやれ」
「はい、陛下」
そうしてエリンが皆に向き直り、リアンが持つ魔力石が自分の物だと示した後、その意味を理解した皆が協会長へ憐みの視線を送った。
「魔力石を持つ者を害した場合、魔導士を害したと同義。よって、ここにお前を断罪する」
「ま、お待ちください!私はただ、この者を哀れに思って」
バリッと物凄い音がして皆が目を閉じ耳を塞いだ時、協会長はその場に倒れ込んだ。が、意識はあるらしく、しきりに痛みを訴えている。だがエリンは容赦しなかった。
何度も何度も協会長へ魔術を放ち、リアンが殴られた数だけきっちりと返したのだった。
痛みに呻きながらも意識を失う事を許されなかった協会長は、リアンと同じように顔を腫らせ、体中の痛みを訴えていたが騎士に黙れと言われて口を押えられた。
それから国王が、魔導士長をジロリと睨み付ける。
「魔導士長は魔力を奪った上で放逐する」
「な、なんですとっ!?」
「魔力を残したままでは危険すぎるからな。降格では甘いだろう」
「わ、私は、ただ、本当に」
「お前が邸の地下に捕らえていたその二人が、エドナ辺境伯私兵だと知っての事か?」
「いいえ、知りませんでした。私はただ、不審者を捕らえただけでございます」
「その二人はエメリーヌの命の恩人である。即ち、私にとっても大切な二人だ。その二人を不当に地下に捕らえた罪は大きい」
「そ、し、知らなかったのです!私は何も知らなかったのです、陛下!」
「そして、何よりの罪は、この私に嘘を吐いた事だ、痴れ者がっ!」
チャンスは与えたのだ。
それを掴めなかったのは魔導士長自身である。
『魔力の根幹を成す母なる大地よ。その種をまく風よ、育てる炎よ』
エリンが魔術を紡ぎ始めると、魔導士長がそれを阻止しようと術を放とうとした所を、騎士達に抑えられ、暴れた為に拘束される。
「やめ、止めろっ」
『命育む清流よ、この者のその身体から御身解き放ち給え』
「や、止めろおおおおっ」
床にうつ伏せで囚われた魔導士長の額に、エリンの指が触れると、魔導士長の身体からぶわっと何かが出て行ったのが見えた。
『二度と囚われる事なきよう、還り給う』
そうして魔導士長の身体から出た何かは、あっと言う間に霧散して行った。
残ったのは、抜け殻のようになった魔導士長と、痛みの為に呻き声を上げ続ける協会長。それから、まだ何がどうなっているのか理解が追い付かないジルとドニ。
そして、じっとエリンを見つめているリアンだけだった。
「これにて謁見を終了します。協会長がその地位にある限り、第二王女エメリーヌ様が敵になる事を魔具士協会に伝えなさい。魔導士長はそのまま放逐。何処へなりとも行くと良い」
そして、謁見の間に静寂が訪れ、リアンとエリンはそれでも見つめ合ったまま動かない。
「エメリーヌ、その三人も、付いて参れ」
国王の言葉に四人が動き出し、そうして王に連れられるまま奥宮へと入った。
疲れ切った国王がどさりとソファに身を投げ出し、その国王に勧められるままにソファに腰を下ろす。
「……色々と、衝撃的な事だっただろう。すまなかった」
国王の言葉に、ジルとドニが恐縮する。
「エメリーヌ、自分で説明しろ」
「はい」
そして、リアンと見つめ合っていたエリンは視線を外し、ジルとドニを見て怪我が無い事にほっと息を吐いた。
「私、この国の第二王女なの」
「……やっぱエリンだよな?」
「うん。魔導士エリン・ベイル。本名は、エメリーヌ・マリ・ドゥ・リアリルーデ」
「そっかー、似てると思ったんだよなあ。いや、本人だったけどさあ」
「うん。騙しててごめんなさい」
「いや、それはいい。自分が王女だなんて言わない方が良いからな」
「……うん」
少し黙り込んでから、ちゃんと確認しなきゃとエリンは再び口を開く。
「ジルさんとドニさんは怪我してない?大丈夫?」
「ああ、俺達は何もされなかったんだ。ただ地下牢に入れられただけでな」
「良かった。ジルさんとドニさんも怪我をしていたらどうしようって思ってた」
「俺達は頑丈だから、少しぐらい怪我したって大丈夫だよ」
「でも、怪我をしたら心配するから」
「ははは、そっか、ありがとよ」
「ううん、無事で良かった」
そうしてジルとドニから視線を外し、リアンと向き合った。
「リアン。今まで嘘ついててごめんなさい」
「嘘、だったの?」
「あの、喋って大丈夫?口、痛くない?」
あまりにも酷い怪我で、見ていると泣きたくなる程なのだ。
「筆談でいい?」
「勿論。マルセル」
「ここに」
「さすがね」
「ありがとうございます」
いつでもどこでもきりっとしているマルセルが、さっと紙とペンを出してくれた。
リアンが書いてくれているけど、腕も怪我をしているようで、あまり上手く書けない様子にぎゅっと胸が痛くなる。
『嘘だったの?』
「ええと、嘘、ではないわね。ただ、話していない事があったから」
『それはいいよ。ジルさんも言ってたけど、王女と公言できる物じゃないよ』
「うん、そうね。そう言ってくれてありがとう」
そうして、痛々しい顔のリアンと見詰めあう。
『エリンは、エドナに帰らないの?』
「…………帰りたいわ。私、エドナが好きだもの」
『僕も。エリンと一緒に帰りたい』
そう書いてある文字を見て、エリンはぽろぽろと泣き出してしまった。
帰りたい。
リアンと一緒に帰りたいと、言葉に出来ずにただ泣き続ける。
『ごめん。泣かないで、エリン』
「うん……、うん……」
泣きながら、エリンはリアンに抱き着いた。
溢れ出す感情を抑える事が出来なくなったのだ。だけど、怪我をしているであろうリアンに、ぎゅっと抱き着く事は出来ず、そっと抱き着く事しか出来ないのが悔しい。
「エリン、大好きだよ」
「わ、私も、リアンが好き。大好きよ、リアン」
互いを思ってそっと抱きしめる事しか出来ない二人だけど、やっと抱き合う事が出来た事を嬉しく思う。そうしてエリンは、リアンの腕の中で泣きまくった。
きっともう、会う事は叶わないのだろうと、そう思いながら互いの温もりを分け合うように、ずっと抱き合っていた。




