第十六話 宰相は有能
「無理を聞いてくれてありがとうございました」
そう言ってシルヴァン隊長に頭を下げたエリンに、シルヴァンは真剣な顔で頷いてくれた。
「いや、構わない。リアンはきっと無事だから、あまり気落ちするな」
「はい。ジルさんとドニさんもきっと無事だと思います」
「うん、そうだな」
エドナ辺境伯の王都の家に着いたエリンは、その足で一人王城へと歩いて行く。
通常であれば門で止められ、中に入る事など出来ないが、エリンが持っている王族の指輪は本物で、門番は頭を下げて通すしかなかった。
「エメリーヌ様、ご無事のお戻り何よりでございます」
「ありがとう、マルセル。皆変わりないようね?」
「はい、エメリーヌ様のお戻りを楽しみにしておりました」
「そう」
勝手知ったる城の中をずんずんと歩いて行くと、今日も茶色の髪をきっちりと結い上げ、ぎゅっと口元を結んでいるマルセルが、少し後ろを歩いて来る。マルセルはエリンが小さな頃から仕えてくれている侍女で、とても頼りになる人だ。
「部屋はそのままよね?」
「勿論でございます」
そうして自室に戻ると、マルセルがドアを開けてくれたので、止まる事無く部屋の中へと入った。
部屋付きの侍女たちが一斉に首を垂れて、エリンの帰りを喜んでくれる。
「皆、ありがとう。心配を掛けたみたいね」
そう言いながら浴室に向かい、そこでマルセルに全身を綺麗に磨き上げてもらった。王女として振る舞うなら、何もせずただ任せるだけなので、変な気分になる。
「エメリーヌ様、少し肌が荒れておりますね」
「昨夜寝られなかったの」
「エメリーヌ様の御心を煩わせるなど、とんだ不届き者です」
「そうね」
マルセルとそんな会話をしている内に全身が綺麗に磨き上げられ、あっと言う間にドレスを身に付けていた。化粧を施され、爪の手入れをしてもらい、髪を綺麗に結い上げる。
「今日もお綺麗です、エメリーヌ様」
「ありがとう」
「どちらへ?」
「父に帰還の報告に行くわ」
「では使いを出します」
「お願いね」
マルセルに仕上げをしてもらうと、王女としての顔が蘇った。
魔導士エリンと、第二王女エメリーヌの二重生活は、とても楽しい時間だった。
「国王陛下が、謁見の間で待っているとの事です」
「解りました」
臣下の前で色々暴露して良いって事かとエリンは納得し、堂々と謁見の間まで歩いて行く。供は勿論マルセルで、エリンの半歩後ろを付いて来た。
「マルセル、行くわよ」
「お供いたします」
そうして開かれたドアから謁見の間に入ったエリンは、正面に座っている父を見て軽く微笑んだ。しずしずと進んで行き、父の前で首を垂れる。
「良く戻った。その顔を見せてくれるか?」
「はい。陛下、ただいま戻りました」
「無事で何よりだ」
「ありがとう存じます、陛下」
「エメリーヌ、何か急ぎ伝えたい事があったか?」
「はい。実は、私の命の恩人が三人、昨日から行方不明になっているのです」
「ほう、命の恩人が行方不明とな?」
「はい。大切な恩人ですので、心配の余り昨夜は全く眠れませんでした」
「おお、可哀想に。して、その三人の名は何という」
まったく父様ったら、面白がってくれちゃってと内心思いながらも、この茶番を続けるしかない。
「エドナ辺境伯家私兵、ジル・マル、及びドニ・アダンの二名と、魔具士リアンです」
「魔具士リアン?それなら、昨日ここへ来て、協会長の孫娘と婚姻すると言っていた。エドナに帰らなかったのは婚姻するからではないのか?」
「おかしいですね、魔具士リアンはエドナ辺境伯と契約しております。ですから、王都に住めるはずがありませんわ」
「ふむ、そうなのか、ヴィクトル?」
「その通りです、陛下」
「何故魔具士協会長が知らないのだろうな?」
「さて、私にはわかりかねます」
「そうだな。ならばこの婚姻は無効になるな」
「はい、陛下」
魔具士と領主の契約と言うのは、こうして魔具士を守る為にある。爵位を持つ者が魔具士に対して無理を通そうとした時に発動できる物で、才能ある魔具士を守る為に決められた物なのだ。
「陛下、この三名を探して頂けますでしょうか?」
「勿論だ、エメリーヌ。お前の命の恩人ならば、私にとっても大切な者となる。聞いていたか?」
「はっ」
傍にいた騎士が答えて動き出し、これで三人は見つかるだろうとほっと息を吐き出した。
「ところでエメリーヌ。暫く見ない内に元気になったようだな」
「はい、お陰様で元気になりました。病に倒れて長患いとなりましたが、無事に回復出来て安堵しております」
「そうか。それは僥倖。皆も喜ぶが良い、第二王女はこの通り回復したぞ」
王の言葉に、謁見の間にいた臣下たちが一斉に回復を祝う声が響く。まったくの茶番でしかないが、国王の言葉は真実となるのだ。
それに笑顔を見せたエリンに、王が満足そうに頷いた。
「エメリーヌ、話がある。付いて来い」
「はい、陛下」
「これにて謁見を終了いたします」
宰相の言葉を聞きながら、父と共に謁見の間を後にした。
そうして奥宮へと連れて行かれたエリンは、知らせも出さずにエドナに行ってしまった事を叱られた。
「まったく、あんな理不尽な辞令に何故抗議しなかったんだ?」
「だって、一魔導士が魔導士長に抗議できるはずがないでしょう?」
「だからと言って本当に行ってしまう奴があるか。お前が戻って来なかったからとても心配していたんだぞ」
「あら、そうだったの?」
「当たり前だ。ヴィクトルに報告させていたが、王が一魔導士に会いに行く事も出来ず歯痒い思いをしていたぞ」
「この通り元気に過ごしていたから気にしないで。それより、魔導士長の件、さっさと進めてね、父様」
「わかっている。だが、誰の目にも明らかな決定打が無い」
「……なら、私が囮になる」
「駄目だ。まあ、エドナ辺境伯私兵の二人を理由も無く拘束しているから、それで罰を与える事は可能だが」
「それじゃ足りないわ」
魔導士長は、エリンが第二王女だと気付いていたようなのだ。実はあの辞令書には続きがあって、取り消して欲しくば魔導士長の部屋に来いと書かれていたから、さっさとエドナへ逃げたのだ。
まさか本当にエドナに行くとは思っていなかったようで、奥宮にいると思い込んでいたようだけれど、元々病に倒れて長患いをしていると公言してあったので、その気配さえ感じる事も出来なかっただろう。
「……あれって、証拠になるかしら?」
「なんだ?」
「実は、エドナ行きの辞令書に、取り消して欲しくば魔導士長の部屋に来いって書いてあったの」
「なんだと?」
「たぶん、私が第二王女だって気付いていたんだと思うの」
「何故今言うのだ」
「忘れてたから。それに、クソ上司のセクハラ案件だって片付けられない無能のくせに何言ってんの?」
「む、無能……」
「エメリーヌ、父様は頑張っているのですよ」
黙って見守っていた母にそう言われて続きを言うのは止めたが、城内のゴタゴタぐらい、直ぐに片付けて欲しいと思うのだ。自分の膝元なのに、何をのらくらしているのだろうと思ってしまう。
「大体、三十八のおじさんに十四の私が、結婚を前提にお付き合いをすると思う?」
「犯罪だな」
「そうよ、その通りよ。私が王女でなくてもおかしいでしょ」
「その通りだ」
「ねえ父様、母様、報告があるのだけど」
そう言ったエリンに二人が顔を見合わせてから、頷いて見せた。
「私ね、リアンと恋人同士なの」
笑顔でそう言ったエリンに、国王と王妃が目を丸くする。
「だから、リアンにもし何かあったら、絶対に許さないから」
いきなり声が低くなり、笑顔が消えたエリンに国王と王妃がごくりと唾を飲んだ。
いやいや、そうじゃない、そうじゃないだろうと、国王は自分を奮い立たせてエリンに物申す。
「こ、恋人とはなんだ、聞いていないぞ」
「だって言ってないもの」
「そう言う問題じゃない!お前は第二王女なんだぞ!」
「そうね。ねえ、父様の治世は私が政略結婚しなきゃ駄目になるの?」
「は?」
「王女なら、政略結婚かなって思って。どうなの?」
そう聞かれてしまうと答えに詰まってしまう。
今のリアリルーデは、王女を政略結婚させなくても平和に過ごせているからだ。
「しかしな、」
「リアンはとても素敵な人よ。話しをしてみればすぐに解るわ」
「そう言う事じゃなくて」
「じゃあ変な男に嫁げと言うの?」
「いや、そうでもなくてだな」
国王はとうとう黙り込むしかなく、どう言えば良いのだろうかと頭を悩ませた。
「エメリーヌ、恋人と言うのは本当の事なの?」
「勿論よ。私がリアンを好きなの、母様」
「そう……。どんな方なのか教えてくれる?」
「そうね、まず赤い髪がとても綺麗で宝石みたいなの。それから、分厚い眼鏡をしてて、その眼鏡の奥には、綺麗な緑色の目があるのよ」
「それから?」
「それから、リアンはとても優秀な魔具士で、洗濯箱が完成した時は一番に見せてもらったわ。手を繋いでデートもしたの。目が合うだけでドキドキして、顔が赤くなってしまうけど、もっとリアンを見ていたいって思うのよ」
エリンが嬉しそうにリアンの事を語っている最中、国王は黙りこくって不機嫌な顔をしながら聞いているしかなかった。だが、エリンの言葉の端々から、リアンと言う青年がとても真面目で、真剣にエリンと付き合っている事が解り、それもまた気に入らない。
「そう。確かにあなたが言うように素敵な方のようね」
「本当に素敵なのよ。だからね、リアンに何かあったら許さないってのは本当」
「いや、待て。ちょっと待ってくれ」
「待った挙句が私のエドナ行きじゃないの。いつまで待たせるつもりなの?」
「いや、だから、その」
「証拠が欲しいならでっち上げれば良いじゃない。魔導士長はそうしたわよ」
「それを国王である私がやってしまったら駄目だ」
「解ってる。解ってるけど悔しいわ」
例え第二王女の立場から魔導士長を糾弾しようとも、魔導士からの証言を得る事は出来ないだろう。それはもう、身に染みて良く理解しているつもりだ。
のらりくらりと逃げて、結局魔導士長が罰を受ける事は無いと、理解していた。
「本当に嫌になるわ。国王なのに罰を与える事も出来ないなんてね」
「全くだ。本当にうんざりする事ばかりだよ」
そうして頷き合っていると、宰相がやって来た事を知らされ、国王が入室許可を与える。
「ご機嫌麗しく、エメリーヌ様」
「ありがとう、ヴィクトル宰相閣下」
「ところで、何故私にエドナ行きを知らせてくれなかったのですか?」
「……不能の呪いをかけた事を叱られると思ったのよ」
「そんな事でしたか。間違えた振りで全員に掛けたら良かったのにとは思いましたけれど、叱りはしませんよ」
「なあんだ、そうだったの。じゃあ掛けておけば良かった」
「何なら、暴発したと言う事で掛けますか?」
「そうするわ」
「だ、駄目だぞエメリーヌ。それは駄目だからな!ヴィクトルも煽るんじゃない」
「もう無理ですよ、国王陛下。魔具士協会会長宅に囚われていたリアンを発見したのですが、椅子に縛り付けられた上地下に閉じ込められてました。孫娘と共に」
「なっ」
宰相の言葉に国王は慌ててエリンへと視線を走らせたが、既に遅かった。
エリンの顔から表情が抜け落ちていて、本気で怒っているのが解る。
「エ、エメリーヌ、落ち着け。な?ちょっと深呼吸をした方が良い」
「安心して。凄く落ち着いてるから」
「エメリーヌ、私を見ろ、ほら、父様だぞ」
「ええ、ちゃんと見えてるわよ、父様。どうしたの?」
まずい、これは非常にまずいと慌てていると、宰相がぼそりと呟いた。
「だから無理ですと申し上げました」
「止めろ、何としても止めるんだ」
「嫌です。私は不能になりたくありません」
「しかし、人に向かって術を放ってはいけないと言う決まりが」
「人じゃなければいいんじゃないですか?あれは魔物だと公言しておきます」
「さすが宰相、わかってる~」
「お褒めに預かり光栄です、第二王女殿下」
煽るな莫迦めと国王が叫び、王妃に至っては娘があまりに怖くて声も出なくなっている。こんなに本気で怒った所を見た事が無かった為、宰相の言うようにもう無理だと悟ってしまったのだ。
「そうだ、言っておくの忘れたんだけど」
「な、まだあるのかっ!?」
「リアンは、私の魔力石を持っているわよ」
終わった、この国終わったと国王が脱力し、宰相が距離を取り、王妃は気絶寸前である。
魔導士が自分の魔力で作った石を渡すと言うのは、特別な意味がある。
その石は魔導士そのものとして捉えられ、それを持つ者に何かが起こった場合、魔導士が報復する事が出来るのだ。魔導士を確保しておく為に作られたこの法は、魔導士たちの間でありがたがられている。
「ジルさんとドニさんは石を持っていないけど、私の命の恩人だって明言したからね。私の命の恩人なら、国王の大切な人なのですよね?」
ぐっと詰まった国王に、エリンはにんまりと笑った。
「この二人にも何かあった場合、王に仇為す反逆者では無いのですか?」
「その通りです、第二王女殿下」
「答えてくれてありがとう、ヴィクトル宰相」
そうして王を急かしたエリンは、魔具士協会会長と魔導士長を捕らえるよう命じた国王に、満足そうに笑ったのであった。




