第十四話 なに、なんなの!?
「行って来ます」
「行ってらっしゃい」
昨日の不安など吹き飛ばすほどの笑顔で、エリンとルイーズは笑顔を見せた。
リアンは胸のポケットに入れたエリンの魔力石を服の上から握りながら、笑顔を向ける。ジルはそんな二人を見ながら、軽くルイーズにキスをした。
「ちょ、何してんのよ」
「お守り。ちゃんと口紅付いた?」
「莫迦じゃないの?拭きなさい」
「やだ。王都までこのままで行く」
「もう。着く前に拭きなさいよね」
そう言いながらジルに自分が持っていたハンカチを渡したルイーズの頬に、ジルはもう一度キスをしてから飛竜に乗った。
それを見たエリンが顔を赤くしながらもリアンに手を振り、同じように顔を赤くしたルイーズもジルに手を振った。
「行って来ます!」
籠の周囲に布が巻かれ、ばさりと一度羽ばたきをした飛竜はあっと言う間に空に舞い上がっている。
「行ってらっしゃい!」
大きな声でそう言ったエリンとルイーズは、飛竜の姿が小さな点になって見えなくなるまで見送った。
「……えっと」
「さ、今日は買い物に行くんでしょ?」
「あ、うん。その、お願いします」
「任せて」
いつも世話を焼いてくれるルイーズがキスをしている所を見てしまったエリンは、少し挙動不審になりつつも、朝食を食べてからルイーズと共に街中へと出た。
ジルとドニがリアンと共に王都へ行っている為、今日の護衛は隊長シルヴァンと、レミと言う兵士が付いてくれた。
「何を買うかは決まってる?」
「ううん、まだなの。何か、リアンに贈りたいって思っただけだから、色々見たいの。いいかな?」
「勿論。じゃあ、色んなお店を覗いてみようか」
「うん。よろしくね」
そうして領都の大通り沿いにある店を片っ端から眺めて行くも、これだと思える物に出会えなくて、エリンは肩を落とした。
「リアン殿に何か贈るのならば、南区にある通りの方が良いかもしれませんよ」
昼食を摂る為に入った定食屋で、同じテーブルに着いたシルヴァンとレミに相談すれば、レミにそう言われてエリンは顔を上げる。
「南区には、どんな店があるんですか?」
「男物が置いてある店が多いんです。我々も買い物をする時には南区に行く事が多いですね」
「そうなんですか。えと、食事を終えたら南区に行ってもいいですか?」
「構いません」
そうして四人で領都南区へと移動すると、確かに買い物客の多くが男の人だった。服を売っている店も、小物を売っている店も、男物を主に扱っているようだ。
「お前、最初から言えば良かったのに」
「大通り沿いの店の方が、品数は多いのですよ」
「そうなのか?」
「はい。なので、見つからなければ伝えようと思っていました」
「そうか。中々やるな」
「ありがとうございます」
エリンとルイーズの後ろでそんな会話が為されていたが、二人は店を覗き込んでは話し合っていた為、聞こえる事は無かった。
「リアンへの贈り物って難しいわね。必要だと思ったら自分で作っちゃいそうだもの」
「そう、そうなの。だから、すごく悩んでて」
「んー……。まあ時間はあるんだから、全部の店を覗きましょ」
「うん」
そうして南区の店を片っ端から覗いて行き、夕方近くになって諦め始めた時、通りから少し外れた所にあった時計店の看板を見て、覗いてみようと店の前まで行く。
窓ガラスが汚れていて中があまり見えないし、看板も文字がかすれていた為、何となく入るのを躊躇してしまう。
「どうする?入るのであれば私が一緒に入るが」
「んー……、入って何も買わずに出られると思いますか?」
「それは私がどうにかしよう」
そうシルヴァンが請け負ってくれたので、エリンは思い切って店の中へ入ってみた。
店の外観から何となく想像していた店内は、全く違う意味で裏切られた。きちんと掃除が行き届いていて、商品には埃一つ掛かっていない。思わず目を丸くしてシルヴァンを見上げると、シルヴァンも同じように驚いていて二人で軽く噴き出してしまう。
店内では綺麗に磨き上げられたガラスケースの中に、所狭しといろんな形の時計が置いてあって、その全てが時を刻んでいる。チクタクチクタクと独特のリズムを聞きながら、エリンは一つ一つじっと見ては、これは違う、これも違うと眺めて行く。
とうとう店内を一周する頃に、エリンの頭に『これだ』と思える懐中時計が目に入った。
文字盤のガラスが丸い凸型になっていて、何となくそれがリアンの眼鏡と同じだなと思ったのだ。じいいいっと見詰めていると、店主に声を掛けられた。
「気に入ったかな?」
「あ、はい。あの、この時計を見せて頂いてもいいでしょうか?」
「勿論勿論。今出してあげよう」
そうして出してもらった時計を、触らないようにしながら再びじっと見つめた。
やっぱり、これだと思う。
「お嬢さん、この店は誰かが使っていた物を直して売っている店なんだよ。きちんと直しているから、買ったばかりで故障の心配はないけれど、誰かの手垢が付いている物ばかりだよ。それでも、欲しいかな?」
「……手垢?」
「そう、手垢。そう言う輩がいてね」
白い口髭を生やしたおじいさんは、寂しそうにそう言った。
「じゃあ、ここにある物は全部、誰かの宝物だったって事?」
エリンがそう聞けば、おじいさんは嬉しそうな顔で笑った。
ほっほっほと笑うおじいさんは、人好きな笑顔を浮かべてエリンを見つめる。
「素敵な言葉を知っているね、お嬢さん」
「でも、おじいさんもそう思っているのでしょう?」
「そう、その通り。この子達は皆、また誰かの宝物になるべく、こうして出会いを待ってるんだよ」
「……そっか、素敵ね」
壁掛け時計も、置時計も皆、また誰かとの出会いを楽しみにしながら時を刻んでいるのだ。一刻一刻を大切に刻みながら、また誰かの宝物になって行くのだろう。
「気に入ったわ。これ、贈り物にしたいの」
「おお、では彼にかな?」
「あ、いいえ、違うの。でも、あの人みたいにとても素敵な人よ」
「そうかい。お嬢さんの恋人ならば、大切にしてくれるのだろうね」
「勿論よ。きっと、このお店にも来たいって言うと思うわ」
「そうか。では楽しみにしているよ」
「ええ、一緒に来るわね」
懐中時計を大切にケースに入れてくれたおじいさんにお礼を言って、また来るわねと約束してから店を出た。
「あら、買ったの?」
「良い出会いがあったの」
「そう、良かったわね」
「うん。あの、一日中付き合ってくれてありがとう」
「いいのよ」
そうして四人で邸までの道のりを歩いた。
途中の露店で、シュガークレープを買って四人で食べた。と言っても、一個のシュガークレープを皆で指で千切って食べないと、甘すぎて全部は一人で食べられないからだ。
シルヴァンとレミは甘い物が苦手だったのか、ほんの少しだけ食べて終わりにしてた。
ルイーズと笑いながら、スティッククレープのペッパーを買って渡すと、シルヴァンとレミが、これは酒に合いますねと言いながら食べていた。
邸に戻り、リアンに渡す為に買い込んだ大きなハンカチとリボンで、時計の箱を丁寧に包んでにんまりと笑う。
ビックリするかな、喜んでくれるかなと色んなリアンを想像してワクワクする。
「エリン、顔がにやけっぱなしよ」
「だって」
「夕食の時もそれだと奥様に笑われるわよ」
「わかってる」
そう言って気を付けていたつもりだったけれど、結局夕食の後、奥方とテレーズ夫人から何を贈るのか根掘り葉掘り聞かれる事となった。
「南区にそんなお店があったのねえ」
「看板の文字がかすれてて、お店の名前が解らなかったんだけど、今度はリアンと一緒に行くと、おじいさんと約束したんです」
「そう。ではリアンも喜ぶわね」
「その時が楽しみ」
そう答えたエリンに、奥方とテレーズ夫人が笑い、そろそろ寝なさいと部屋に送り出された。挨拶をして食堂を出たエリンは、いつものように自室へと戻ってルイーズと話をしてから、寝る支度を終えてベッドに潜り込んだ。
明日は、リアンがお城でいっぱい褒められる日だ。
不安はあるけど、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら眠りに付いた。
翌日、朝から邸の第二厨房で再びお菓子教室が開かれる。
参加者は奥方、エリン、ルイーズとルディと言うメイドが一人増えた。
「初めましてエリン。私はルディよ」
「ルディ、今日はよろしくお願いします」
「私こそよろしくね、仲良くしましょ」
この間は、丸めて潰して焼くクッキーを作ったけど、今日は小さな丸をたくさん作って、それを花の形に並べて焼くクッキーだった。
大きさが揃わなくて大変だったけど、焼きあがってみればそれなりに見えてにんまりする。
「エリン、上手く出来たじゃない」
「うん、ほっとしてる」
贈り物として渡したかったから、真剣に真剣に丸めたのだ。
教えてくれた料理人にお礼を言って、焼けたクッキーを全部袋に入れる。形が崩れないよう、一つずつ丁寧に入れてそっと持ち上げた。
「ねえルイーズは誰にあげるの?」
「全部自分で食べるのよ」
「ええ?そうなの?」
「そうよ」
ルディに聞かれたルイーズがそう答えているのを聞いたエリンは、不思議に思いながらも何も言わずにいた。きっと、言いたくないのだろうと思ったからなんだけど。
「ルディは誰にあげるの?」
「んー、悩んでる所」
「そんなにたくさん狙ってる人がいるの?」
「まあねえ。だって、辺境伯家の私兵なら稼ぎがいいでしょ?」
「そうね」
「やっぱり隊長さんかなあ?」
「いいんじゃない?」
「……ルイーズは狙ってないの?」
「好みじゃないわ」
「そうなんだ。じゃあ私、隊長さんに渡すわ」
「そう。頑張ってね」
「応援してね!」
「はいはい」
袋に入れたクッキーを抱えたルディが去って行くのを見送り、それからエリンとルイーズはエリンの部屋へと戻った。
「ごめんね、嫌な思いをさせちゃったわ」
「え?」
「ルディの事。ちょっと、彼女にはジルの事言いたくなくて。黙っててくれてありがとう」
「あ、いいの、当然だもん。ルイーズが言わないのは何か理由があるんだろうなってわかったし」
「嬉しいわ、私の事解ってくれてるじゃないの」
「ルイーズだって、私の事解ってくれてるもの」
そうして顔を見合わせて笑い合う。
「あのね、ルディはね、誰かと結婚してここを辞めるのが目標なのよ」
「ああ、魔導士にもそう言う人がいたわ」
「いたんだ。ちょっと驚きだわ、それ」
「そう?女性の魔導士は、お金を持ってる男の人と結婚する事が多いよ。貴族と結婚する人が一番多いかな」
「そっか。そうだよね、エリンも仕事してたんだよね」
「そうよ?」
「ごめん、忘れてた」
「酷い。ちゃんと魔導士として仕事してたよ、私」
「うん、解ってるつもりなんだけどさ」
うっかり袋を落としてしまわない内にと、エリンとルイーズはクッキーが入った袋をそってテーブルの上に置いた。
ルイーズがお茶を淹れてくれたので、二人でソファに座って話をする。
「ルディはね、今までも何人かの男の人と付き合ってるんだ」
「人気があるのね」
「まあ、そうね。でね、恋人がいる男の人とも付き合っちゃうのよ」
「え?」
「ええと、恋人がいるのに、ルディとも付き合う男が悪いんだけど」
「…………人の恋人を寝盗る女って事?」
エリンがそう聞けば、ルイーズが目を丸くする。
「エリン、あなた、そんな言葉を何処で覚えたのよ!」
「え?魔導士の間でもいたの、そう言う人」
「…………え、待って待って。あの、エリン、ちょっと聞きたいんだけど」
「なに?」
「あの、恋人と仲良くなると、こう、キスしたりとかある事は知ってる?」
「勿論」
そう答えたエリンに、ルイーズはまた目を丸くする。
「一緒に朝を迎えるとか」
「知ってるけど」
「ちょっとエリン!なに、なんなの!?」
「な、なに?なんなの?」
軽くパニックに陥ったルイーズが落ち着きを取り戻し、エリンから根掘り葉掘り聞きだし判明した事によれば。
魔導士として従事している女性は、城の中に囲われているだけあって、やけにドロドロしているって事だった。だから、エリンは聞いた事は理解している。
キスをしている所は見た事があるから、キスが何なのかは知っている。けれど、朝を迎えると言う言葉は知っていても、何をするかは知らないと言う状況で、ルイーズは頭を抱えた。
中途半端な知識だけ持ってるって事かと、一度きちんと教えるべきか、それとも、まだ早いのだろうかと思い悩み、奥方に丸投げする事にしたのであった。




