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第十一話 初めての事

「悪いな、一応家の中の物は全部持って来たと思う」


 リアンが次に連れて行かれたのは、私兵達が住んでいる宿舎の方だった。リアンの家に向かった人達が、リアンの家に置いてあった家財道具全部を荷車に乗せて、運んで来てくれたらしい。

 辺境伯の指示でそのまま別宅の方に入れる事になり、今家人達が別宅の掃除をしてくれている所だった。と言っても、常に掃除はしている為、埃避けのカバーを外したり、窓を開けて空気を入れ替えているぐらいではあるが。


「ええと、はい、細かくは後で確認します」

「そうだな。じゃあ、入れてしまってもいいか?」

「はい、よろしくお願いします」


 リアンの家に入ったのが複数であった事、家の中が荒らされてはいたが貴重品が無かった事が幸いして、そのまま出て行ったらしい事だけが解っている。

 私兵達が手分けして荷物を運び出してくれたお陰で、引っ越しは随分早く済むようだ。


「何だか、申し訳ありません」

「気にする必要はない。これも仕事だからな」


 そう言って笑ってくれた隊長に頭を下げ、リアンも辺境伯の別宅へと入った。

 祖父母の家の三倍はあるその家で、何だか居心地の悪い思いをしながらも日当たりの良い部屋を使うと良いと、家人が勧めてくれた部屋を使う事にした。

 そこに荷物を入れてもらうと、その部屋だけで生活が出来てしまう。


「壊されていた物も見てもらいたいのだが」

「はい」


 別宅の前に停めてある荷車へと隊長と共に行き、侵入した者が壊した物を見て、とても悲しい気持ちになった。


「これは、祖父が大事にしていた物です。直して使いますので、これは引き取ってもいいでしょうか?」

「勿論だ」


 家に飾ってあった小さな絵は引き裂かれ、ランプのガラスが割れ、燭台は曲がっていたが、祖父が大事にしていた燭台と小さな絵を引き取る事にした。


「その絵、おじいさんが描いた物か?」

「はい。祖父が若い頃の祖母に送った絵だそうです」

「そうか……。確か、絵を修復できる者がいると聞いた事がある」

「そうなんですか?」

「ああ。何と言ったか……、後で聞いておいてあげよう」

「ありがとうございます、助かります」


 隊長の言葉に、悲しくなっていた気持ちが浮上する。

 そうして皆にお礼を言って別れ、運んでもらった荷物を一つ一つ確認して行く。


 特に、魔具作成に使う道具は細かい物がたくさんある為、凄く時間が掛かってしまったが、全部揃っていたのは幸いだった。


「リアン君、食事の時間だよ」

「は、はい!すみません、ちょっと時間が掛かってしまいました」

「大丈夫だよ。あ、僕はラザル。この別宅の管理を任されたから、これからよろしくね」

「リアンです。よろしくお願いします」

「今日と明日の朝食は、あちらの食堂を使って欲しいと辺境伯がおっしゃって下さったよ」

「何から何まで申し訳ありません。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくね」


 そうして案内されるままに歩き、辺境伯の邸の食堂に入ると何故か「リアンっ!?」と声が上がった。不思議に思いつつ食事の盆を受け取ってラザルと共にテーブルに着くと、メイド達が寄って来た。


「リアン、別宅に住むんですって?」

「はい、お世話になります」


 それを皮切りに、何故かメイド達から色んな質問をされ、戸惑いながらもそれに答えていたら、ルイーズがやって来てメイド達から解放された。


「もう。リアンが全然食べられないでしょ」

「ごめんね、リアン」

「いいえ、大丈夫ですよ」

「ほら、散った散った」

「またねリアン」

「食堂で会いましょうね」


 そう言われる理由が全く判らないけれど、歓迎されたのはエリンのお蔭なんだろうなと思うと、少しこそばゆい。


「リアン、早く食べちゃいなさい」

「あ、はい」


 正面に座っていたラザルも女性陣の勢いに苦笑する事しか出来ず、結局冷めてしまった夕食を共に食べた。ちらちらと見られる事が気まずかったが、我慢するしかないと諦め、いつもより早く食べ終えるしかなかった。


「リアン君、すまなかったね。落ち着かなかっただろう」

「いえ、ラザルさんにも迷惑かけちゃってすみません」

「いや、いいんだ。君はほら、僕たちの間では有名だからね」

「……はい。でも、悪い方に有名ではないようで良かったです」

「そうだね」


 そうして戻った別宅で、ラザルと共有で湯を使い、それからベッドに入った。

 使っていたベッドも運んでくれたのはとてもありがたく、いつも通りの寝心地に、疲れた体は早々に眠りに付いた。


 翌朝もラザルと共に食堂へ行けば、今度はメイド達と同じテーブルに誘われ、ラザルと共に席に着く。食べながらまた色んな事を聞かれつつ、会話を交わして朝食を食べた。

 居心地が悪いが、これで最後だと思って頑張ったのだ。


「リアンて真面目よね」

「そうですか?」

「そうよ。だって、兵士達はすぐに色目使って来るもの」

「それは、皆さんが魅力的だからでは?」


 リアンがそう言うと、きゃああと声が上がる。

 

「リアン、駄目よ、私には恋人がいるのよ!」

「何言ってんの、リアンはエリンしか見てないじゃないのよ」


 そう言われる理由が解らず首を傾げれば、ラザルに苦笑しながら「この天然コマシが」と言われた。それも訳が判らず首を傾げ続けるしかなかった。

 エリンが物知らずであるように、リアンもまた、物知らずなのだ。

 特に、異性関係については互いに良く解っていない。


 きゃあきゃあと言われている内に時間が来て、メイド達と別れて別宅に戻ると、会った事が無かった家人やメイド達がやって来て、厨房を使えるようにしてくれたり、家の中を整えて行ってくれた。

 別宅はラザルが筆頭になって管理してくれるようで、他に家人が三人、メイドが三人、料理人が二人入ると言う。

 その人たちの部屋も決まると、丁度昼食になり、互いの挨拶がてら共に昼食を摂る事になった。


 主にリアンの世話を焼いてくれるのがラザルで、ラザルは二十七歳、結婚一年目のまだ新婚らしい。相手はこの別宅に配属になったメイドの一人、アンナさんと言ってとても可愛らしい人だった。

 口説くなよと言われたが、リアンにとってエリン以外の女性は皆同じにしか見えない。


「ラザルさん、ここを借りるのっていくらぐらい必要なんでしょうか。僕、相場が判らなくて」

「辺境伯には何も言われていないのか?」

「はい。かなりの額なのはわかるんですけど」

「……そうだな、確かに。リアンは辺境伯に雇われている訳ではないから、その辺りははっきりさせておいた方が、後々の為になるだろう」


 ラザルの言葉に頷き、辺境伯に連絡を取ってもらうと、辺境伯はすぐに時間を取ってくれた。邸に入り、家人の案内に従って再び辺境伯の書斎へと案内される。


「リアン。私は君から金を取ろうとは思っていないよ」

「ですが」

「うん。君はそう言うだろうと思ってね。それで、こちらでも色々考えたのだが」

「はい」

「魔具を作って提供してもらう事は可能だろうか?」

「僕に作れる物であれば」

「ああ、設計図はこちらで手に入れるから大丈夫。では頼んでもいいかね?」

「勿論です」


 魔具は完成させたものと同時に設計図を公開する決まりがある。

 後は魔具士協会が全てを管理するので、自分の権利は保証されるし、設計図が売れる度に金が入って来る仕組みになっている。


「エドナには魔具士がいなかったから諦めていたんだけど、あの家と食事を提供する代わりに作ってくれると言うのなら、それが対価としたい」

「宜しいのですか?」

「勿論だよ。君に負担が掛かるばかりだと思うが、君はそれでいいのかな?」

「はい、構いません」

「では、契約成立だ」


 そう言って笑った辺境伯に、リアンは「ありがとうございます」と言って頭を下げた。

 明日、エリンにリアンが引っ越して来た事を伝えてくれると言うので、それにも礼を言って頭を下げた。


「ルイーズ、その髪飾り!」

「似合う?」

「似合ってる!ジルのお土産?」

「そうなの。エリンとお揃い」

「嬉しい!これ、ジルの目の色と同じね」

「リアンが、自分の目の色を選んでいるのを見て、ジルもそうしようって思ったそうよ」

「そうなのね。ジルって本当にルイーズの事が好きね」

「……そう見える?」

「見える!だって、ルイーズの話をするジルは優しい顔をするもの」


 エリンにそう言われて、ルイーズは照れた。

 そうだっただろうかと思いながらも、それがとても嬉しい。


「ありがと。さ、顔を洗ったら朝食の時間よ」

「はあい」


 そう言って身支度を整えた後、笑顔で部屋を出て行くエリンを見送ったルイーズは、髪に付いている髪飾りに触れた。

 昨夜貰った髪飾りは、イーツァンと呼ばれる物らしい。

 コルンで昔からある髪飾りなのだとジルが教えてくれた。


『ジルの目は綺麗なアンブルだから、ルイーズのショコラ色の髪に似合ってる』


 自分では似合っているのかどうか全然判らなかったけど、エリンに言われてとても嬉しくなった。エリンの栗色の髪に、輝くような緑の髪飾りもとても綺麗だと思ったけど、自分もあんな風に見えていると良いなと、そう思った。


 エリンは今、辺境伯の計らいで家庭教師を付けてもらっている。

 王城にいる時も色々学んではいたけれど、一番は魔術に関してだった為に、普通の事を習う時間はあまりなかった。だから、エリンは勉強の時間をとても楽しく過ごしている。

 ルイーズは貧乏な男爵家の娘だったからなのか、それとも娘ばかりが生まれたからか、勉強と言う勉強をした事が無い。エリンと一緒に家庭教師の話を聞きながら、何となく学んだ気になっている所だ。


 エリンの夜着や、ベッドシーツを外して洗濯籠にいれた後、掃除をする為窓を開けた。掃除をするのは別のメイド達で、洗濯も専属のメイドがいる。それだけの人数を雇う事が出来るのは凄い事なのだ。

 ルイーズは自分の生家を思い出し、妹達と、やっと生まれた弟の事を思って、何か贈り物をしようかなと、遠く離れてから初めて思う。


 お菓子を送ったら喜ぶだろうか。

 それとも、服の方が良いだろうかと思いながら、自分も朝食を摂る為に食堂へ向かった。


「エリン、リアンの引っ越しが終わったよ」

「え!?」

「ちょっと、頼みたい事があったから無理を言って早く来てもらったんだ」

「頼みたい事?」

「そう。エドナでも魔具が欲しかったんだけど、魔具士がいなかったからね。リアンに聞いてみたら作ってくれると言うから、頼んでしまったんだ」

「わあ……、じゃあ、リアンは魔具士として仕事が貰えたのね」

「そうだね、そう言う事になるね」

「きっと喜んでると思うわ。それに、リアンが作るなら、安心だもの」


 そう言って笑うエリンを見ながら、辺境伯と奥方も笑顔になる。

 実は、魔具士を雇うのはとても高い金額が必要になる。魔具士協会に紹介してもらい、雇う事になる為に高い金額が必要なのだが、魔具士本人とも契約は可能なのだ。

 領地に魔具士が住んでいる領主は、魔具士と直接契約をしていると聞いた事があり、辺境伯もリアンに直接話をした。


「そうだね。私もリアンならと思って頼んだんだよ」

「ふふ、絶対大丈夫よ」

「そうか、エリンが言うなら間違いないね」


 リアンの父親もそうして領主と契約している為、こちらに遊びに来る事は出来るが、住む事は出来ない。リアンは魔具士になってすぐにゴタゴタに巻き込まれた為、誰とも契約していなかったのが幸いだった。

 まだ十七である事から契約は早いかと思っていたのだが、今回の事で契約をする事を決めた。


「エリン、リアンがいるからと言って、別宅にずっとお邪魔しては駄目よ?」

「はあい」

「勿論、遊びに行くのは構わないわ」

「はあい」


 奥方の言葉に素直に返事をしたエリンに、辺境伯と奥方が苦笑する。

 二人共、リアンの生真面目な所を信頼しているので、エリンが入り浸った所で夕方前にはきっちり送って来るだろうと予想していた。


 朝食の後、エリンは早速別宅へ行くべくルイーズに相談する。


「あのね、リアンがもう別宅に引っ越して来たんだって。だからね、ちょっと挨拶に行きたいの」

「挨拶はいいけど、何か手土産を持って行ったら?」

「手土産?」

「そう。お菓子とか」

「お菓子!そうだ、この間食べたお菓子が美味しかったから、あれを作ってもらおうかな?」

「エリンが作ったら?」

「私が?お菓子を?」

「そう。きっとリアンは喜ぶわよ」

「で、でも、作った事ないよ」

「料理人に教えてもらうのよ。どうかしら?」

「…………大丈夫かな?」


 そうして急遽、辺境伯の邸の第二厨房でお菓子作り教室が開かれる事となった。

 何故か参加した奥方とエリン、ルイーズと三人で習う事になり、エリンはワクワクしながらも不安でいっぱいだった。


「エリン、大丈夫よ。私も初めてだから」

「そうなんですか?」

「そうよ。エリンを見習って、手作りのお菓子を渡したくなったの」

「きっと辺境伯が喜ぶわ」

「そうね。喜んでくれた所を想像して頑張るわ」


 奥方の言葉にエリンの不安が飛び、そして、料理人に教えてもらいながら作ったクッキーは、とても不格好にはなったけれどとても美味しかった。


「わあ……」


 オーブンから出されたクッキーを見たエリンの目が輝き、その不格好さに笑い合ったけれど、良い手土産が出来た事を嬉しく思う。


「あの、ありがとうございました」

「いいえ。頑張りましたね」


 奥方とルイーズもそれぞれに自分が作ったクッキーを包み、笑顔でエリンを送り出す。手を振りながら、家人と一緒に別宅に行ったエリンは、緊張しながら中へと入った。


「エリン、来てくれたんだ」

「うん。あの、朝辺境伯に聞いたの。それで、あの、これ」


 そう言っておずおずと差し出された包みを受け取ったリアンは、紙に包まれ、リボンで止められているそれが、とても良い香りがする事に気付く。


「えっと、」

「クッキーなの。さっき、作って来て、それで」

「エリンが作ってくれたの?」

「そ、そうなの。ちょっと、変な形になっちゃったんだけど、でも、美味しく出来たと」


 そこまで言った時、自分がリアンの腕の中にいる事に気付いて息を飲んだ。

 抱き締められていると理解して、急激に全身が熱くなった。


「ありがとうエリン!凄く嬉しい」


 リアンがそう言ってくれたけど、腕の中で硬直しているエリンは何も答える事が出来なかった。




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