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第十話 まだ少し早い

 ルイーズのお土産にとエリンが買ったのは、変わった形の飴細工だった。

 小さな花の形に作られた飴がたくさん瓶に入っている物で、これならジルのお土産と被らないだろうと思ったのだ。

 ジルとリアンは今別行動になっていて、エリンはドニと一緒に歩いていた。

 気になる物があったようで、二人で行ってしまったのだ。


「ドニさん、一緒にあれを食べませんか?」

「……そうですね、食べましょうか」


 棒に刺さった長い丸い何かを買い込んで、道の端へ避けて食べた。

 ふわふわのパンに包まれた肉が中に入っていて、中々に美味しい。


「美味しいですね。これ何て言う食べ物なんだろう」

「僕も初めて食べました」

「そう言えば、ドニさんは恋人さんにお土産を買わなくていいんですか?」


 エリンがそう聞くと、ドニは「ぐはっ」と胸を押さえて蹲る。

 慌てていると、大丈夫ですと言いながら立ち上がり、恋人がいないと教えられた。


「そうなんですね。じゃあドニさんは好きな人がいますか?」

「好きな人?」

「はい、好きな人です」


 エリンにそう聞かれてドニは考える。

 そう言えば、誰かを好きだと思った事が無いと。


「……いない、ですね」

「そっか。じゃあまだ出会っていないんですね」

「出会っていない?」

「はい。きっと、ドニさんもその内出会うんじゃないでしょうか」


 エリンの言葉にドニが考え込む。


「その内って、いつでしょうね?」

「え?えー、いつ、でしょうね?」


 そんな会話をしていると、ジルとリアンが見えてエリンが大声で二人を呼んだ。合流した二人と一緒に、再び人の中へと入って行って、露店を見ては笑い合った。


「お祭りはどうだった?」

「いっぱい人がいて賑やかでした。後、シーチイ見て来ましたよ」

「見られたのね、良かったわ」

「派手派手で凄かったです」

「コルンの特色なのよ。色を付けるのがこの街の印みたいな物ね」

「そうなんですね。色がたくさん溢れてるけど、ちゃんと合ってるから凄いなって思いました」

「そうね、コルンて独特なのよね」


 こちらへ来て着替えた服も色がたくさん重なっているけれど、これはこれで完成していると思うのだ。見事と言う他ない。

 

「お腹は膨れたかしら?」

「はい」

「良かったわ」


 奥方にエリンが元気に答えれば、奥方も嬉しそうに笑った。

 そうして元の服に着替えた二人が戻ると、辺境伯とリアンも元の服に戻っていた。

 お茶を頂いてから領都に帰ると言うので、辺境伯たちと共にお茶を頂き、何やらお土産を渡されて飛竜に乗り込む。


「また来てね」

「はい、ありがとうございます」


 エリンの服を着替えさせてくれた人がそう言ってくれたので、笑顔でそう答えて手を振った。籠の周囲の布が垂らされ、またあっと言う間に辺境伯のお屋敷に到着する。

 何だか、夢を見てるみたいだとエリンは笑ってしまった。


「楽しかったね」

「うん。凄く楽しかった」


 夕方にはまだ少し早い時間だった為、奥方がリアンをサロンへ誘い、当然エリンも一緒にサロンに行く。そこでコルンの街でもらったお土産のお菓子やお茶を、リアンにもと言って奥方が渡してくれた。


「じゃあ私は行くわね。リアン、良かったら夕食も食べて行きなさいな」

「いえ、今日は帰ります」

「そう?じゃあ帰る時は送って行くから、ちゃんと言いなさいね?」

「はい。いつもありがとうございます」


 そうして奥方が部屋を出て行き、いつものようにリアンとエリンが微笑み合う。


「そうだ、エリン。言っておかなきゃいけない事があるんだ」

「なに?」

「ええと、洗濯箱を作っただろう?」

「うん」

「それで、色々面倒な事が起きてるみたいで、辺境伯が別宅に住まないかって言ってくれてね」

「別宅?」

「うん。ええと、あっちにもう一つ家があるのを知ってる?」

「……あれ、他所のお宅じゃなかったんだ」


 そう言ったエリンにリアンが笑った。


「そうみたいだよ。それで、近々あそこに引っ越す事になったんだよ」

「そうなのね。あ、じゃあすぐに遊びに行けるじゃない!」

「うん。その、良かったら来てくれる?」

「勿論よ!いつ引っ越してくるの?」

「ええと、今朝その話を頂いたから、今日中に荷物を纏めてしまおうと思ってるんだ」

「そっか、そうよね。お手伝いしようか?」

「大丈夫だよ。あまり荷物は無いんだ。でも、魔具を作る道具がたくさんあるから、それがちょっと大変かなって」

「大事な物だものね」

「そうだね」


 そうして微笑み合った後、リアンが来ているジャケットの懐から、大事そうに包みを出した。


「エリン、貰ってくれる?」

「えっと、なに?」

「あのね、今日コルンで見付けた髪飾りなんだ。独特な物だから気を付けて」

「え?」


 エリンが怪我をしないよう僕が開けるねと言って、袋を開けて中身を取り出したリアンの手に、見たことの無い髪飾りが乗せられていた。

 長い棒の先端に、丸い石が付いていて、その石の色はリアンの目と同じ緑色。そこに花の絵が描かれていて、石の先から小さな白い石が連なって垂れ下がっている。

 棒の先端が尖っていて、確かに気を付けなきゃいけないけど。


「これが、髪飾りなの?」

「そう。お店の人にちゃんと聞いて来たよ。ええと、付けさせてもらってもいい?」

「勿論」


 今日は髪を纏め上げているから、髪飾りを付けるには丁度良かったと思いつつ、リアンに髪飾りを付けてもらった。


「……見えないわ」

「そうだね。後で鏡で確認して。とても似合ってるから」

「え、と、ありがとう、リアン」

「いいんだ。エリンが付けてくれたら嬉しいなって思って買ったから」

「リアン……」


 見つめ合って微笑み合うのが精一杯の二人だけど、もう少し、仲良くなりたいと思ってはいる。


「リアン、本当にありがとう。凄く嬉しい」

「喜んでもらえて僕も嬉しい」


 手を握り合って微笑み合い、それだけで満たされている今はまだ、これが精一杯だった。


「そろそろ、行くね」

「……うん。あの、気を付けて」

「ありがとう。あの、引っ越しが終わったらまた誘ってもいい?」

「勿論よ。その、手伝いが必要だったら言って?」

「うん、その時はお願いするよ。じゃあ、またねエリン」

「うん……、またね、リアン」


 そうして玄関まで一緒に歩き、リアンを送り出したエリンはその姿が見えなくなるまで見送ってから、自室へ戻った。


「リアン、早速渡したんだな」

「勿論です。ジルさんも渡すんでしょ?」

「当然」


 同じように髪飾りを買ったジルは、仕事が終わってからルイーズに渡す予定だ。

 ドニはいつもなら「滅べ」と言っている所だが、何も言わない。


「どうした、ドニ?」

「え?」

「いや、大人しいなと思ってさ」

「ああ……、さっき、エリン嬢に言われたんですよ。まだ出会っていないんですねって」

「あ?」

「いや、考えてみたら恋人が欲しいと思った事はあっても、誰かを好きになった事が無かったんですよね、俺」

「はあ!?」


 ドニの言葉にジルが頓狂な声を上げたが、仕方の無い事である。

 二十二にもなって、初恋もまだかと思ったからだ。


「エリン嬢に言われるまでそれに気付かなかったんですよねえ。だから、恋人の前に誰かを好きになるのが先じゃないかって」

「当たり前だろ。何お前、何してたの?」

「何って、体を鍛えてました」

「かー、これだから残念脳筋て言われてんのか。なるほど、女ってよく見てんのな」

「ドニさん、素敵な人が見つかると良いですね」

「ああ、うん。ありがとう」


 祭りのお蔭で少し近くなった距離の三人は、そんな事を話しながらリアンの家まで歩いて来た。いつもならそこでジルとドニは帰って行くのだが、リアンの家の窓が割られていた事で、ジルとドニが仕事モードに入る。


「ドニ、リアンを連れて戻れ」

「はい」

「俺は見張り、隊長に知らせろ」

「はい」


 リアンが戸惑っている内にドニはさっさとリアンを連れてその場を離れ、来た道を戻って行く。リアンも何も聞かずに黙って小走りでドニと共に戻り、辺境伯家に緊急事態が知らされた。

 私兵達が隊長の指揮下、リアンの家に行くのを見送ると、屋敷から出て来た家人がリアンを邸の中へ案内してくれる。


 そうして連れて行かれた辺境伯の前に立ち、リアンの見た事を報告した。


「窓ガラスが割られていた?」

「はい。それで、ジルさんが見張りに残り、ドニさんと僕がこちらに戻りました」

「そうか。リアン、悪いがエリンには言わないで欲しい」

「それは、勿論です」

「うん、ありがとう。事情があって、エリンがエドナにいる事を知られたくないんだ」

「はい」


 それがエリンの為だと言うならば、リアンはそれに従うのみだ。

 

「ちょっと、こちらの想定以上に動きが早かったようだ」

「……辺境伯は、何かご存知なのですか?」

「まあね。君が作り出した集音機と洗濯箱は、それぐらい凄い物だったんだよ」


 リアンにはちっとも判らないが、辺境伯が言うのならそうなのだろう。

 自分はただ、祖母が言っていた物を形にしたいと思っただけなのだから。


「リアン、エリンは物知らずだと思うかい?」

「え……、そう、ですね、確かにそう思う所もあります。ですが、僕もずっと引き篭もっていたのであまり人の事は言えないです」


 リアンの答えに辺境伯が「そう言えばそうだったな」と言って笑う。

 そこに、ノックの音がして家人が入って来て辺境伯に耳打ちをした。


「リアン、ちょっとここで待っていてくれるかな?」

「はい、解りました」

「すまないね」


 部屋に置いてあるソファに座って待つよう言ってくれたので、リアンは不安になりながらもソファに腰を下ろしてじっとしていた。辺境伯の書斎であろうそこは、壁際の本棚にたくさんの本が収められていて、なんだか窮屈そうに入っているのが面白い。

 何となく部屋の中を眺めながら、これからどうなるのかと思っていると、部屋にメイドが一人入って来た。


「こんにちは、リアン。私はルイーズよ」

「ああ、ルイーズさん。初めまして、リアンです」

「ジルとエリンからあなたの事は良く聞いていたの。話すのは初めてね」

「僕も、ジルさんとエリンから聞いてますよ」

「エリンは大丈夫だろうけど、ジルは何か変な事を言っていない?」

「いえ、ルイーズさんはジルさんの大切な方だと聞いてます」

「え、そんな事言ってたの?もう、やだなあ……」


 そう言いながらルイーズはテキパキとテーブルの上にお茶とお菓子を出してくれた。

 

「エリンは今奥様とお茶会中なの。その間に、私がリアンのお世話をって言われたのよ」

「そうでしたか。お気遣いありがとうございます」

「怪我は無かったの?」

「ああ、はい、大丈夫です。ジルさんとドニさんが気付いてくれたので、僕は何も」

「そう」


 ルイーズの不安はジルだろうけれど、今どうなっているのか判らない事から、リアンは何も言えずにそのまま黙り込んだ。


「ところで、エリンの髪飾り」

「あ、今日、祭りで売っているのを見て買ったんです」

「やっぱりね。あれはとても良いわね。見た事が無いからどう使うのか判らなくて、聞こうと思ったのよ」

「ええと、店の人が言うには、髪を結い上げた時に使うのだと」

「ふうん……」


 リアンの言葉にルイーズが考え込んだ。

 ジルより先にルイーズに土産の話をする訳にも行かず、詳しい事はジルに聞いて欲しいとも言えず、結局また黙り込む。


「リアンは、魔具士なのよね?」

「はい、そうです」

「小さな頃から作ってたんですって?」

「はい。父が魔具士なので、僕に色々教えてくれました」

「そうなのね。ご両親はどこにいるの?」

「サヴェナ地方にある、クリレナ街です。農耕地がたくさんある所ですよ」

「そうなの?サヴェナの方は行った事が無いわ。私はイーナン地方なのよ」


 リアンの生家があるクリレナ地方は、エドナから南西の方にある。だが、ルイーズが言ったイーナンは、エドナがリアリルーデ王国の東にあるのに対して、王都を挟んでその向こう、西側になる。


「それはまた、遠いですね。ここにはどうして?」

「地方の男爵家の娘なのよ、私。それで、行儀見習いで外に出されて、伝手で雇ってもらったの」

「そうだったんですか。でも、エリンから聞いた限りでは辺境伯家は優しい方がたくさんいるみたいですね」

「そうなの。すごく働きやすくてね、里帰りもせずにいるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。どうせ帰った所でどうして帰って来たんだって言われるぐらいよ」

「そんな事」

「あるのよ。なんせ、娘だけで七人いるから」


 ルイーズの言葉に目を丸くすると、笑いながら「私は一番目なの」と教えてくれた。


「エリンはね、私の三番目の妹と同い年なのよ。だから、何だかとても可愛く見えてね」

「エリンもルイーズさんを慕っているみたいですね。頼りにしてると聞いて、勝手に嫉妬したぐらいです」

「あら、そうなの?」

「はい。僕はあまり頼りにならないようで」

「そんな事は無いわよ。ただちょっと、まだ恋愛には早いのかもしれないわね」


 ルイーズの言葉にリアンが笑う。

 確かにエリンはまだ、その辺りが子供なのだ。


「あの子、魔導士としての能力がとても高いんですって」

「そうなんですか?」

「ええ。だから、嫉妬されて色々誤解されたみたいよ」

「そんな事が?」

「辺境伯が調査したから間違いないわ。エリンがここへ来たのも、嵌められたからみたいだし」

「……酷いですね」

「そうね。エリンが物知らずなのはね、世間から隔離されて来たからなんですって」

「じゃあ、わざと危険な事を教えなかったんですか?」

「そうみたい。同じ女性の魔導士からもやっかみを受けていたみたいだし」


 ルイーズの言葉にリアンが憤る。

 自分がされた事を思い出し、怒りで体が熱くなって来た。


「リアン。あの子の事、守れる?」


 ルイーズにそう聞かれ、リアンは怒りを霧散させた。

 今のリアンでは、エリンを守る事など出来ない。


「きっと、この先あなたはいくつもの選択肢を示されるわ」


 ルイーズの言葉を真剣に受け止め、そうしてこくりと頷いた。





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