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第六話 (3) 『図書室の妖精』


 図書室は教員棟の一階に位置している。一度だけ入ったことがあるけど、かなり大きくて、本の量も尋常じゃなかった。一度ラインナップを確認しなければと思っていたくらいだ。

 教室棟を出て教員棟へと歩いていると、清掃員の江口さんとすれ違った。


「こんにちは、七々扇さん。デートですか?」

「あはは、まっさかー。ちょっと部活動の一環で図書館に向かう所なんです!」

「あらあら、そうでしたか」


 上品に片手を口元に添えて笑ったのち、江口さんが僕の耳元で囁いた。


「好感度がもう少し必要みたいですね。プレゼントとかあげてみてはいかがでしょう」

「ここはギャルゲーの世界ではありませんよ、江口さん」


 これは失礼、と妖艶に笑い、江口さんは教室棟へと軽い足取りで去っていった。次の掃除場所は女子トイレの様だ。

 二十代後半……あるいは三十台前半位だと、男子の中では意見が分かれているのだが、江口さんはそんな感じで、ちょっと大人な雰囲気を纏った学内の清掃員さんだ。艶やかな所はちょっと七々扇さんと似ているかもしれない。因みに趣味がギャルゲーという、ちょっと変わった女性でもある。


 トイレから庭から礼拝堂、食堂や少し離れた音楽室まで、実に幅広く掃除してくれる江口さんの働きぶりはそれだけにとどまらず、たまに部活動や勉強にいそしむ生徒に差し入れを持ってきてくれたりするらしい。

 転校してきたばかりの僕の名前もきちんと憶えてくれているし、清掃員というよりは、最早スーパーメイドと言っていいだろう。

 因みに守衛の守口さんと良い仲らしい。そこもまたエロいっ! とわっきーが語っていたのを思い出す。人妻感がたまらない、とかなんとか。彼曰く


「江口さんはさ、もう名前からしてエロいよね」


 お前にはさんずい偏が見えない呪いでもかかってんのか、とか、全国の江口さんに土下座しろ、とかいろいろ言いたいことはあったけど、とりあえずうるさいから三人で枕を投げつけた。その三秒後、宿直の先生が怒鳴り込んできたのはご愛敬だ。早くも反省文が近いかもしれない。


「反省文は嫌だなぁ……」

「どしたの日向君? なんか悪い事したの?」

「あぁ、いや……。ごめん、こっちの話」


 いつの間にかトリップしていたらしい。

 顔を上げると、図書館の入り口だった。図書館へは、教員棟に入ってから降りる方法と、中庭から直接行く方法がある。教室棟からは、直接行く方が早い。


「そ? んじゃ入ろっか。もう来てるかなー?」


 七々扇さんの後に続き、僕も図書室に足を踏み入れる。

 ふと視線を上げると、透明な半円状の機械がくっついていた。監視カメラだ。

 周りに放牧地しかないド田舎ではあるが、防犯上の理由でこの学院にもいくつか監視カメラが設置されていた。

 僕が今まで確認できているのは、男女それぞれの寮の入り口に一つずつと、教室棟の入り口に一つ。後は教員棟の入り口と、中に一つずつだ。全て守衛室から見ることができるという噂だ。


「お、いたいたー。瑠璃るりちゃんお待たせ―! 待った?」

「全然だよー扇ちゃん! ね、二人ともっ」


 今日も今日とてスポーティーなルックスの瑠璃ちゃんこと如月さんが、後ろに立った二人の少女に声をかけた。クラスでは見たことがない子たちだ。

 快活そうな勝ち気な目をした女の子に、おとなしそうな黒髪ショートの女の子。


「日向君は初めてかな? 紹介するね。こっちの子が播磨由奈はりまゆなちゃん。中三で、バスケ部なんだ」

「こんちわです!」


 うん、見た目通り元気な子だ。挨拶が気持ち良い子は好きだ。僕もぺこりとお辞儀をして挨拶をする。


「で、こっちの子が柊鈴里ひいらぎすずりちゃん。同じく中三で、吹奏楽部でフルートやってるんだよ」

「こ、こんにちは……」


 うん、見た目通り大人しそうな子だ。でも、頑張ってきちんと挨拶する子は好きだ。僕もぺこりとお辞儀をして以下省略。


「ふーん。奏汰君、文芸部入ってたんだねー。意外性の欠片もないねー」

「如月さんの中での僕のイメージは、きっと『国語の人』で固定されてるんだろうね……」

「え? 違うの?」


 まぁ違わないけども。


「日向君にも一緒に考えてもらおうかなって思って。えっと、今回の相談者は由奈ちゃんと鈴里ちゃんなんだよね? いいかな?」


 如月さんはさしずめ、仲介役兼にぎやかしと言ったところか。

 七々扇さんの言葉に、二人が答える。

「だいじょうぶでーす!」

「……はい」


 柊さんの方は一拍置いたけど……大人しいからなのか、はたまた違う理由があるからなのか。今の段階では判断しかねる。

 七々扇さんも同じことを考えたのだろう。「何かあったら途中でも言ってくれていいからね?」と優しく声をかけつつ、話を進めた。


「で、どんな話なの?」

「なんかいつ出しても返って来るみたいなかんじなんです!」

「んー……?」

「ゆ、由奈ちゃん……それじゃ伝わらないと思う……」

「ありり? なんか駄目だった?」

「うん……その、まずは手紙を書くってところから説明しなくちゃだと思う……あ、でもそれだと……」


 あー……なるほど。

 なんとなく如月さんがここにいるもう一つの役割が見えた気がし、僕はちらっと彼女を見た。


「だーかーらー。二人とも説明が壊滅的に下手なんだから、私に任せろって言ったろー」

「あはは、そだったです!」

「……」

「んっと、何か扇ちゃんがやってることに似た話なんだけどね――――」


 そう言って話し始めた如月さんの話は、まとめると次のようなものだった。

 この図書室中にある、沢山の本。

 その中からランダムに一冊を選び、悩み事を書いた手紙を挟んで置いておくと……。その丁度一週間後には、返事の手紙が入っているというのだ。


「へー、そんな不思議な事があるんだ。私、全然知らなかった」

「いやー、私も知らなかったんだけどさ、鈴奈ちゃんが図書室の本棚から手紙を取り出すのを由奈ちゃんがたまたま見つけて、それで発覚したってわけ。ね?」

「そーなんですー! 今一部の女子生徒の間で話題になってて、『図書室の妖精』って呼んでるんです!」


 『図書室の妖精』。

 確かに絶妙なネーミングだ。

縦にも横にも長い本棚がずらりと十列近く並んでいる。

 この中の本のどれを選んでも、必ず返事が来るとなれば……確かにそれは人ならざる者、妖精の仕業と言われても不思議ではない。


「なるほどー。鈴奈ちゃんは、一体どこでそれを知ったの?」

「えと……私、秘密って言われてて、それで……その……」

「ふふ、ゆっくりでいいよ。自分のペースで話して?」


 聞けば柊さんも、とある先輩から教えてもらったとのことだった。

 『図書室の妖精』の話は知る人ぞ知る、この学院の謎だったようだ。一言さんお断りのお店、みたいなものだろう。多分。


「じゃぁその先輩も、『図書室の妖精』に悩みを聞いてもらったことがあったってことだね」

「はい……」

「でも誰かは教えてくれないんだよなー」

「そ、それはダメです……! 絶対秘密にしてって言われたので……」

「まぁ、それもそっか。ごめんごめん」


 その先輩も、悩み事を相談していたことを知られるのが恥ずかしい、という気持ちがあるだろう。

 柊さんにしてみれば、先輩の秘密を晒してしまうなんてもっての外だ。

 この類の「ここだけの話」というのは、語り継がれれば語り継がれるほど、重みを増していくものだ。

 ただ事実として、『図書館の妖精』なる現象は存在している。

 それだけは間違いないようだ。


「でもね、本当に困ってる人の手紙じゃないと受け付けてくれないみたいでさ。試しに私も、『痩せたいです』、って書いた手紙挟んだんだけど、返事来なかった」

「そりゃ妖精も『まぁ頑張れ』としか返せないからじゃない?」

「奏汰君よ……そこは『もう痩せる必要なんてなくない?』が正解だ。テストに出るから、覚えておくように」

「あはは、僕その科目赤点でいいや」


 しかしその話が本当なら、返事を書く人は、相手が本当に困っているかどうか、まで見抜けている事になる。ますます人間離れしていると言っていい。


「なるほどねー……うん、『七不思議』の内容は大体分かったよ。それで、由奈ちゃんと鈴里さんは、この不思議を解明したいってことなのかな? 」

「はいっす! 素敵なお話しですし、この話聞いた子たちも誰が返事を書いてるのか知りたがってるんですよー! まぁ妖精の仕業なら、それはそれで面白いなって思いますけど!」

「ふふ、そうだね。鈴奈ちゃんも、それでいい? 秘密のお話しってことだったけど」

「私は……あまり広まらないのであれば……」

「手紙の返事を書いてくれた相手が分かったら、お礼したいって言ってたもんねー!」

「う、うん……」

「あ、私も! 私もしりたーい! で、どうやったら痩せられるか聞く!」


 それはもう諦めたらどうかな。というか、痩せる必要はないんでしょう? と思ったけれど、賢明な僕は口には出さず、そっと胃の中にその言葉を落とし込んだ。


「ふふ、分かった。じゃぁ数日待ってくれる? 進展があったら、また伝えるから」


 はーい! と二人は元気よく、一人は静かにお辞儀をして、図書室から出て行った。

 一気に静かになった図書室の中で、七々扇さんが僕の方を向いた。


「じゃ、今の話を踏まえて、ちょっと現場検証と推理をしよっか、日向君」

「いいけど……僕、推理とかしたことないよ?」


 ミステリー小説は好きだけど、読む時だって別に犯人を明らかにしてやろう! トリックを見つけてやろう! と思ってるわけではない。読書の姿勢は、基本的に受動態だ。

 滑らかに、時に激しく流れる物語の奔流の上を、笹の葉の様に流れるだけ。


「そうなの? こういう推理とかきっとあいつは得意だぞって言ってたんだけど……」

「誰が?」

「麗華さん」


 あの子は本当に……。

 あだ名の一件といい、この一件といい、一体どういうつもりなんだ。


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