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第十一話 (3) 『礼拝堂の暗号』

 夜の自習時間。僕は自分の席で、読みかけの推理小説を開くこともせず、佐久間さんから持ち掛けられた依頼について考えていた。

 他の皆は、思い思いの時間を過ごしている。小声でスクフェスの相談事をしている子もいるみたいだ。うちの班の分も、そろそろ進めないとかな。


 状況を整理すれば、こんなところだろうか。


 まず、暗号の存在に気づいたのは後輩らしい。

 礼拝堂チャペルにピアノを弾きに行った折、たまたま見つけたそうだ。その話を佐久間さんが食事の席で聞き、これは小説のネタになると思って色々調べ始めたというわけだ。

 調べるにつれ、分かったことは二つ。

 一つは、暗号は毎週火曜に置かれるという事。

 もう一つは、暗号の書かれた紙はいつも同じところに置かれているという事。書かれている内容はいつも同じで、謎の英字の羅列がある、と。


 はて、と僕は腕を組む。

 これだけの情報で、果たして僕は犯人を特定できるだろうか。

 僕向きの推理のコツは、『図書館の妖精』の時に何となく理解はした。

 この事件を『物語』として読み取り、事実の断片を文脈として、犯人や登場人物の気持ちをトレースする。そうすることで、真実の一端を切り取る。それが僕に合った推理法だ。夢莉さんとは対を成す思考法と言ってもいい。

 夢莉さんは現在、絶賛暗号解読中だ。


「そもそも、私暗号ってあんまり解いた事無いんだよね……。推理小説とかでたまに見かけはするけど。ルールとかテンプレとか、色々調べなきゃ!」


 そう言って夢莉さんは、図書館や教員室横にあるパソコンルームに向かっていった。

 とことん真面目というかなんというか……あんな風に、何事にも一生懸命なタイプだから、成績もいいんだろうなぁと、何となく思った。


 暗号解読の方は、夢莉さんに任せておいて問題なさそうだ。

 彼女に任せていればいつか解決していそう、という謎の安心感がある。


 一方の僕はというと、全く解決の糸口を掴めていなかった。簡単に言えば、トレースしきれない。何か鍵が足りないような気もする。

 心理描写が一切ない小説を読んでいる感じと言うか……感情移入しきれないというか、読み取りにくいというか……


「何を小難しい顔をして考えているんだ、カナタ」


 僕の事を名前で呼び捨てにする女子は一人しかいない。

 相変わらず彼女が近づくと、柑橘系の良い香りがする。


「うん、ちょっと文芸部の活動でね」

「あぁ、なるほど。七々扇さんとの共同作業にシコシコといそしんでいたという訳か」

「うん、まぁあながち間違ってはないんだけど、言い回しがおかしいよね?」


 なんでこの子は夢莉さんが絡むとこんなに刺々しくなるんだろう。前世からの因縁でもあるのか?


「しかし……君は随分と余裕そうだな」

「余裕? 何が?」

「いや、もうすぐ期末テストだというのに、部活動を優先させているからね」

「……」

「聞けば、ここの学校のテストは赤点を取るとペナルティがあるそうじゃないか」


 その通りだ。

 東応学院名物、「別棟缶詰」。

 期末テストで赤点を取った生徒は、一定期間、放課後、夜の自習時間を別棟で過ごさなければならない。別棟には常に先生が監視しており、勉強以外の一切の行為は許されない。


 言い換えればそれは、この学校における唯一の自由時間を全て拘束されてしまうということだ。

 期末テストがあるのは七月後半から八月の前半にかけて。

 そこから九月の半ばまでは、いわゆる「夏季休暇」に入る。

 が、この学校では夏季休暇に実家に戻る生徒はほとんどいない。

 なぜならこの期間は、スクフェスの準備を進めるのに絶好の機会だからだ。

 その為、夏季休暇中は土曜と同じく半日授業が執り行われる。と言っても、この期間の授業はカリキュラムに沿わない変則的なもので、教師側が自由に設定した授業を行う。


 それは例えば先生が大学時代に研究していた内容を踏まえた野外実験であったり、最近はやりの小説を取り入れた日本語の変遷に関する授業であったり、はたまた、未だ解明されていない数学の問題をみんなであれやこれやと論議する形式であったり、いつもの授業とは一風変わっていてとても楽しい、ともっぱらの評判だ。


 そして、別棟缶詰になった人は、これを受けられない。その間ずっと勉強をし、再試へと備えるのだ。先輩曰く「一科目だけでかかったら地獄」とのこと。確かに一科目しくじっただけで一か月近い期間の自由時間を拘束されるのはたまったものじゃないだろう。


 因みに、赤点は四十点以下。そんな地獄が用意してあるためか、ここの学院の生徒は比較的まじめに、真剣に、そして何より必死に勉強をするらしい。


「で、カナタ。君はどれくらい自信があるんだ?」

「正直まずそうな科目は……いくつか」

「ふむ、言ってみたまえ」

「英語と……理科総合と数ⅠAと世界史かな」 

「現国と古典以外全部じゃないか」


 仰る通りです……。

 まぁ正直赤点を取るかどうかは頑張り次第、と言ったところだが……英語は本気でやばい。なんでこの学校はリスニング問題までくっついてくるんだ。


「全く……まぁけしかけたのは私だから責め切れんが……」

「なんて?」


 最後の方の言葉はよく聞き取れなかった。

 ララちゃんはゆるふわな髪に細い指を入れてがしがしとかくと、言った。


「仕方ない。私が教えてやろう。数英理社、分からないところをそれぞれピックアップしておきたまえよ」

「え、いいの?」

「あぁ。君に赤点を取られると困るのでな」

「……? それはどういう――――」


 僕が疑問の言葉を投げかけ終える前に、僕の首根っこをがっしと誰かが掴んだ。一先ず、その太くて筋肉質な二の腕の感触から、女子でない事だけはすぐに分かった。


「話は」「聞かせてもろたで!」


 謎のコンビネーションで言葉を合わせてきたのは、下半身に響く声の持ち主ことこんちゃんと、アホ関西人の雅樹だった。


「ずるい、ずるいでかなたっち! かなたっちだけチートアイテム使って地獄行き回避なんて、一人だけそんなうまい話があってたまるかい!」

「チートアイテムって……」


 まぁ言わんとすることは分からなくもないけどさ……。

 確かに「寄り添う天才」たるララちゃんに教えてもらえば、赤点回避は確実だろう。彼女がそう言うことを積極的にしてくれるとは、思いもよらなかったけど。


「自分たちも、なんて贅沢は言わないさ。だけどせめて、奏汰に教えている横にいさせてもらえないかな? それだけでもすごく勉強になりそうだから」

「せやせや! 多分かなたっちが分からんところは、俺も分からんし!」

「それは自信満々に言う様な事なの?」


 勿論僕は教えてもらう側の人間だから、二人が傍にいても一向にかまわない。

 問題はララちゃんが良しとするかどうかだ。相変わらずたっぷりとしたゆるふわヘアーに右手を突っ込んでいたララちゃんは片目を瞑り、小さくため息をついた。


「別に私は構わんが……」


 軽く教室全体を見渡して、彼女のため息の意味を知る。

 いつの間にかクラスの大半がこちらを見ていた。

 そして、その視線が意味するところは火を見るよりも明らかだ。


「少しやり方を変える必要は、ありそうだな」


 そう呟いたララちゃんは、めんどくさそうに言いながらも、どこか少し、楽しそうに見えた。



◇◇◇



 何故だ。


「数学と世界史担当の麗華だ」


 何故だ。


「理科総合担当、脇谷。まぁ、よろしくね」


 何故なんだ。


「えっと……英語担当の七々扇です。うまく教えられるかは分からないけど……一緒に頑張りましょう!」


 何故、こうなった。


「現国と古典担当の日向です……誰でもいつでも変わってください……」


 寄り添う天才、麗華稀月。

 少女漫画出身、脇谷光輝。

 なんかエロい秀才、七々扇夢莉。

 で、僕。


 いやいや、やっぱりおかしいよね! 

 僕の見劣り感? 場違い感? やばくない? 

 近江牛、松坂牛、神戸ビーフ、OGビーフ、みたいな並びだよこれは。


 いや、別にOGビーフを悪く言うつもりはないんだ。あれはあれで美味しいし、安価だし手が届きやすいし、家庭的で素晴らしいとは思うんだけど――――って違う! 別に牛肉トークがしたいわけじゃないんだよ僕は! 

 何が言いたいかって言うと、とにかく僕がこの『教師側』に立っているのはおかしいってことなんだ。


 話を整理しよう。


 ララちゃんに勉強を教えてもらう事になった僕だったけれど、雅樹、こんちゃんの乱入により、クラスメイト全員にそれが知れ渡ってしまう事となった。

 そうすれば当然、私も僕もとみんなが押し寄せてきて……結果、夜の自習時間に生徒主体の補習授業を行う事をミョウミョウに許可してもらった。


 しかしそうなれば、ララちゃんの負担が大きくなってしまう。僕だけに教えるのならばいざ知らず、クラス全員に、となれば話は別だ。

 そこでララちゃんが思いついたのが、教科ごとに人を変えようという物だった。

 彼女曰く、このクラスには教科単体で見れば自分より優れた教え方をできる人間はいるらしい。

 なるほどそれは素晴らしいと、僕も含め全員がうんうんと頷いた。

 その後ララちゃんは、教科ごとに担当者の名前を挙げていった。


 理科総合はワッキーに、英語は七々扇さんが指名された。妥当な人選で、誰も文句は言わなかった。

 二人も、「教える方も勉強になるし」ということで、快く引き受けてくれた。聖人みたいな人たちだ。まぁ一人は性人でもある気はするけど。


「私は世界史と数学を引き受けよう。そして現国、古典は……もちろんカナタだ」

「はい?」

「はい? じゃない。はい、だろうそこは。君以外に誰がいると言うんだ」


 自己紹介の時にミョウミョウが言っていた国語の成績の話がきいているのか、意外なことに誰も異を唱えなかった。「まぁ国語の人だしねー奏汰君は」と言ったのは恐らく如月さんだろう。あなたはそろそろ僕の印象をもう少しアップデートしてくれてもいいと思う。


「と、いう訳で。この四人で補習をやってみようと思う。お互いに教え教わり切磋琢磨し、クラス全員で赤点を回避しようじゃないか」


 おー! という謎の一体感と共に、僕はなし崩し的に国語担当になった。

 クラス全員で赤点回避を目指すなら、僕がこんなの担当しない方がいいと思うんだけど……。まぁ、一回やってみて、ダメそうならララちゃんに代わってもらおう。申し訳ないけど。


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