プロローグ 『◆一件の会話ログがあります◆』
【IRRATIIONAL】
ところで、完全犯罪って何だと思う?
【ECHO】
また唐突だね……。犯行の手口が露見せずに、犯人が捕まらない犯罪のことでしょ。
【IRRATIIONAL】
ネットで調べたね? (笑)
【ECHO】
ばれたか。でもそうでしょ?
【IRRATIIONAL】
まぁ、定義はそうさ。でも僕が言いたいのはそういう事じゃないんだ。
どんな犯罪が完全犯罪なんだと思う?
【ECHO】
んー……?
例えば、よくドラマとかでやってる殺人事件なら、凶器が見つからないとかじゃない?
もしくはアリバイが完璧とか? 究極のトリック! みたいな。
【IRRATIIONAL】
あはは、ここ十年分の刑事ドラマを集めたら、半分以上はそういうので構成されてるだろうね。
【ECHO】
ありきたりで悪かったな……。なぁ、君の事だから、どうせ答えは出てるんだろう?
【IRRATIIONAL】
よくわかったね(笑)
【ECHO】
そういう聞き方する時は、いつもそうだからさ。
顔を合わしたことがなくたって、それくらいの事は分かるよ。
【IRRATIIONAL】
やるねぇ(笑)
そうだな……僕が思うに、君が今あげたのは『物語』としての完全犯罪なんだよ。
【ECHO】
……?
【IRRATIIONAL】
『物語』が始まるためには、犯罪は露呈しなくちゃいけない。
露呈したうえで、どんな風に殺人鬼と探偵が追いかけっこをするか。
犯罪者を刑事が追いつめるか。
そこが見どころなわけだよ。でも現実は違うよね?
【ECHO】
わざと分かりにくく言ってるだろ。
【IRRATIIONAL】
まさかまさか(笑)
要するにだよ。現実世界に視聴者はいないんだから、『物語』なんて始めなくていいのさ。
物語が始まったことに誰も気づかない事が、究極の犯罪なんだよ。分かるかい?
【ECHO】
あっはっは。分かってると思う?
【IRRATIIONAL】
思わない(笑)
【ECHO】
チャット切るよ?
【IRRATIIONAL】
あぁ、待って待って。
じゃぁ具体例を出そうか。
簡単に言えばさ、殺人事件なら死体が見つからなきゃいい。
もしくは、人が一人消えたことに誰も気づかなければいいんだ。
【ECHO】
……え? それだけ?
【IRRATIIONAL】
そう、それだけ。
でもさ、これって現実ではあり得ないんだよ。
人が殺される、死体が隠される。
そうすれば、人が一人消えることになる。
人っていうのはさ、大概どこかでだれかと繋がっているだろう?
人が一人消えた事には、いずれ誰かが気付いてしまうんだよ。
そうすれば、犯罪は露呈する。『物語』は始まってしまう。
【ECHO】
ふーん。
じゃぁ例えば、捜索願が出ている人をこっそり見つけて、コンクリート詰めにして海にでも沈めて殺せば良いわけ?
【IRRATIIONAL】
一理あるね。
でも、捜索願が出ている時点で『物語』は始まってると僕は思うかな。
それにさ、そんな汎用性がないものを僕は求めてないんだ。
【ECHO】
知らんがな。
【IRRATIIONAL】
ひどいなぁ(笑)
僕は思うんだよ。
『はじまらない物語』。
これこそが完全無欠な究極の犯罪なんだって。
犯罪が起こったことに、誰も気づかない。
違和感を覚えない。
騒がない。
恐怖を抱かない。
犯罪が起こっている非日常で、当たり前みたいな日常を送る。そんな犯罪が。
【ECHO】
ねぇ、その話まだ続きそう? 僕そろそろ引っ越しの準備をしなくちゃいけないんだよね。
【IRRATIIONAL】
いや、もう終わり(笑)
いつも僕の妄言戯言虚言暴言に付き合ってくれてありがとね。
これでも感謝してるんだよ(笑)
【ECHO】
虚言と暴言はなかったと思うけど……まぁいいや、おやすみ。また連絡するよ。
【IRRATIIONAL】
ん、おやすみ。引っ越し頑張って。連絡待ってるね。
【ECHOがログアウトしました】
【IRRATIIONALがログアウトしました】