馬車に乗って
なるべく文字数1500字を目指して書かせて頂きます。
最後まで書き上げられるよう頑張りますので、お付き合い頂けたら嬉しいです。
宜しくお願いします(*'▽'*)
小さい頃の私は特別な子供だった。
私の胸の真ん中には、クリスタルと呼ばれる透明な石がある。他の人から『大きなクリスタル』と言われる私の石は、私を他の人とは違う存在にした『特別な証』だった。
石は手で触るとひんやりと少し冷たくて、形は滑らかめな楕円形。
この石があるせいで、私は今、馬車に揺られている。
「アイリス、そろそろ着くわよ。大丈夫?」
「はい、お母様」
私の前に座るお母様が微笑みながら声をかけてくれる。馬車が私達の目的地、王立ノワール魔法学院へ着くようだった。
私達が住む天空都市ノルノワール王国には、昔から身体に宝石を持って生まれてくる者達がいた。
石は身体に宿る魔力を、魔法として使う際に媒介として役に立つ。石の大きさで、放出できる魔力量が大体決まるので、大きければそれだけ力も強いらしかった。
今まで私が見せてもらった、たくさんの色とりどりの綺麗な石。それよりも、私の石は大きかった。
だからこそお父様やお母様をはじめ、皆が私に期待してくれていた。私に魔法を使わせるまでは。
私は与えられた魔力を、際限なく奪ってしまう危険な存在。
幼い頃から魔法を失敗し続け、成長した今もうまくは使えない。
そんな私にお父様は厳しく、とても冷たい目を向けた。女王候補だと喜んでくれた人々も、私の力を恐れるようになった。
その時、私は知った。『特別な存在』は『異質な存在』に変わることを。
私の持つ無色透明な石は、本来ならば『特別な石』。
この国の『王になれる証』だ。
他者の魔力を増大させることができる唯一の力は、生活に必需品である魔石をも創り出せる。
――私は、尊い存在にならなくてはいけない……はずだったのに。
クリスタルを持って生まれたことは名誉あることなのだと、幼い頃から聞かされていた。けれど、魔法がうまく使えない私にとっては、重荷にしかならなかった。
馬車が目的地に近づいていくにつれ、不安が増していく。
身体に石を持つ者は、王立ノワール魔法学院で過ごすことが義務づけられる。十六歳を迎える年に学院へ行き、王の下で二年間を過ごし王のお役に立てるかどうかを判断される。
クリスタルを持つ者は、次代の王になれるかどうか。それを魔法学院で決められてしまうのだ。
――お母様の笑顔を見るのが辛い。
向けられる笑顔から目を逸らし、不安をやり過ごそうと外を見る。
屋敷で働く側仕えの人も今日は付いては来なかった。お母様を独り占めできる日なんて滅多にない。こんな日ではなかったら、外出できることだって、きっととても嬉しかった。
――だけど、今日は学院に行く初めての日。
期待に応えられるはずがない。そんな自分にため息が出る。幼少時代を思い出しても、魔法を使ってよかった記憶なんてない。
また、屋敷にいるときのように、恐れを含んだ視線を向けられるのだろう。
――逃げたい。怖い。
だけど、私の意志とは関係なしに、馬車は進んでいく。瑞々しい草木や、生い茂る野の花で彩られた自分の屋敷からはだいぶ離れてしまった。
学院までの大通りは、石畳で舗装され整備されてい。無機質に並んでいるような家屋が、なんだかとても怖かった。
この道が学院のある王都に真っ直ぐ通じているのだと思うと、もう戻れないのだと思い知らされるような気がして、余計に気持ちが沈んでしまう。
――クリスタルがあるだけの私なんかが、女王様になれるはずがないのに。
私の石は相手の魔力を奪うだけだった。今までの失敗ばかりの記憶が蘇る。
魔力を受け取るのも、誰かを傷つけてしまうかもしれない魔法を使うのも怖かった。
考えながら胸にある石に手をあてる。私を特別で異質な存在にした石。
それでも、この石を触っていると気持ちが落ち着いた。嫌な気持ちも不安なことも、ほんのり冷たい石が吸い取ってくれるみたいだった。
学院内では、お父様とお母様の期待をこれ以上裏切らないような生徒になる。それがノワール魔法学院においての私の最大の課題。
――不安が胸の半分以上をしめる。それでも、私なりに精一杯頑張ろう。
そう決意した時、揺れ続けていた馬車の速度が落ちていく。きっと、目的地に着いてしまった。
気持ちを奮い起こして馬車を降りると、目に入ったのは白を基調とした荘厳な建物だ。
「お城みたい……」
思ったことがつい口から漏れてしまう。それほどまでに学院は大きく美しかった。
アーチ状になっている白い門には蔦や葉が絡まっており、門の両側には煉瓦で出来た花壇が学院を囲んでいる。白い門には緑が映えて、花壇には赤や黄色や橙色の色とりどりの花々が咲いていてとても綺麗だ。
一番高い塔には、鈍く輝く鐘があり、そこから鳥が翼を広げるように建物が連なる。真ん中には大きな噴水があった。
初めて見る学院に小さく胸を高鳴らせながら「宜しくお願いします」と軽いお辞儀をして門をくぐる。
女王候補となった私は、これから女王様の元へ、挨拶に向かわなければならなかった。
緊張して震えそうになる足を叱咤して、少しでも自信があるように振る舞おうとする。けれども、不安が勝って俯きがちになってしまう。
隣を歩くお母様に連れられてその扉の前に立つと、私達が到着するのをわかっていたかのように、扉がひとりでに開いていく。
その様子に驚いて見ていると、部屋の中から見知った男性が出迎えてくれた。
「アイリス様、女王様がお待ちです。さあ、こちらへ」
水色の髪を脇でゆるく一つに結んでいるその男性は、切れ長の青い瞳が印象的だった。女王候補として生まれた私の元に何度か訪ねてくれた、シリウスという人だった。
ここから先はお母様と別れて一人で行かなければならない。開け放たれた扉は、私を飲み込もうとする巨大な怪物の口のようだった。たくさんある窓から光が差し込んでいるのに、どことなく薄暗く感じて不安になる。
――それでも……私は行かなくては。
シリウス様に小さくお辞儀をし、お母様にはお別れの挨拶をしなければならない。
「お母様、ここまでありがとうございました。行ってまいります」
「アイリス――。もしも辛いことがあって、本当にもう無理だと思ったなら帰ってきなさい。お父様のことは気にしなくて良いわ。お母様はいつでもあなたの味方よ」
その言葉に涙が出そうになる。慌てて必死になってこらえる私に、お母様は頭を撫でてくれた。お母様だけは、きっとこんな私でも好いてくれている。
泣いてはいけないと思い、無理矢理だけど笑顔を作った。お母様にお辞儀をして女王様の元へ向かう。
扉が閉まるまで、お母様がこちらを見ていてくれたような気がした。