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ルディアスの準備

 部屋にいた俺は、朝から学院内の噴水広場へ来ていた。

 明日はアイリスと出かける日だと思うだけで、何故か気がはやって落ち着かない。

 流れる水音で気が休まるかと思ったのだが、この場所でアイリスと訓練していたことを思い出してしまう。そうすると、また明日のことを考えてしまい……要は堂々巡りの状態だった。


「ルディアス、こんなところにいたのですね! 噂になってますよ?」

「そうそう。明日、アイリスと出かけるんだってな?」


 聞き慣れた声に呼ばれて、そちらへ顔を向ける。

にやにやと嫌な笑みを浮かべながら話しかけてきたのは、いつもの補佐役二人組だ。

 無視してやり過ごそうとする俺に、エストもアロイスもまだ話し続けている。


「なーなー! 学院内でルディアスが跪いてたって聞いたんだけど、本当か?」

「私も、『いつも無愛想なルディアス様が、あんなに嬉しそうに笑うなんて……』と言う話を聞きましたよ」

「アロイス……」


 うるさいという気持ちを込めて睨む俺に「何で私だけ睨むんですか」とアロイスが文句を言う。

 煩わしいと態度で示しても、アロイスは肩をすくめるだけだ。噴水の周りにいた生徒達は、俺と関わりたくないとばかりに、視線を合わせずに去っていったというのに。


「まったく……。先日、アイリス様のことで相談をしてきた男と同じとは思えませんね」

「本当だよなー。あの時は落ち込んでたのに、アイリスが元気になったと思ったらこの態度だよ。

 まあ、いつものルディアスに戻ってよかったけどな」

「それもそうですね。それよりも、ルディアス。出かけるときの準備はしてあるんですか?」

「学院の許可なら、アイリスの分も俺が取った」


 この学院は休日に出かける際は、前日までにシリウスに書類を提出しなければならなかった。その事かと思い、俺がアロイスに答えると大袈裟な溜め息を吐かれた。


「違いますよ。女性と出かけるなら相応の服装や店の用意があるでしょう?」

「俺は普通で良いと思うけどなー……」

「エストは黙っていて下さい」


 いつも以上に口うるさくなりそうなアロイスに怪訝そうな顔を向けると、エストも同じような顔をしていた。


「ルディアスは明日、どのような服装で行こうと思っているのですか?」

「制服だが」

「ルディアス……」

「あー……。あんまり言いたくないけど、俺も制服は止めておいたほうが良いと思うぞ」

「そうか。確かに学院外は目立つか」


 その言葉で黙る二人を見て、俺はいまさら明日の格好に悩み始める。

 ノワール学院の制服は上下とも白地で、首元には金の刺繍がある。交差した剣の上に、城のような物が縫われている。学院をモチーフにしているようだが、正直どうでもよかった。

ただ、着ているだけで生徒だとわかるから、確かに出かけるには不向きだろう。


「そういう意味じゃないのですけれどね……行く店は決まってるのですか?」

「……街を歩くだけでは駄目なのか?」


 休日を共に過ごしたいと思ったのはアイリスが初めてだった。もしかしたら、何か不備があるのかと思いアロイスの言を待つ。……が、どうやらそれは間違いだったようだ。


「ふふふ……ルディアスには本格的な指導が必要だということがよくわかりました。腕が鳴りますね」

「うわー。なんか、面倒くさいことになりそうだな」

「ああ……」


 エストに同意を求められて思わず頷いてしまう。

 アロイスが不気味な笑みを浮かべて目を輝かせてる様は、異様だった。


「では、早速ルディアスの部屋に行きましょう」

「断る」


 大体、何故俺の部屋なんだ。行く場所に問題があったのではないのか。

 これ以上面倒になっては困ると、アロイスの提案を拒否すると、笑みを深められた。やはり、こいつはシリウスに似ている気がする。


「ルディアスの服を確認して、必要なら私の洋服を貸さないといけませんからね」

「なー、本当にそこまでする必要があるのかよ?」

「エスト……。相応の服装というのは、自分の為だけではなく隣を歩く相手の為でもあるんですよ。

 幸い、私とルディアスでは背格好も似ているので問題はないでしょう」

「アイリスのためか……」


 アイリスのためだと言われると、無下にはできなかった。

 それに今までアロイスやエストの指摘は外れてなかったように思う。頷いた俺に満足そうにアロイスが頷いた。


「それに、明日はアイリス様も、とても可愛いらしい服を着ていくと聞きましたよ」


 ――どういうことだ。


 アロイスの口から聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がして睨みつける。


「――おい。何故アロイスがアイリスの服装を知っている」

「イザベラ様から小耳に挟みましてね」

「俺もソフィアから聞いたぞ? 明日のことでどうしたらいいんだろうって、アイリスが話を聞きに来たらしくてさ」

「そうか……」


 直接見たわけではないのかと少し安心する。


「時間がありませんからね。急ぎましょう」


 アロイスの言葉に促されて、俺達は寮まで戻る。

 目の前でエストとアロイスが小さな声で会話していたが、俺の服の相談でもしているんだろうか。

 それよりも……と俺は考える。明日のアイリスは可愛らしい服を着てくるとアロイスが言っていた。

 あの華奢な身体に、少し大きめな制服を着ているアイリスは、とても可愛らしかった。それよりも可愛いのか……と考えたところで、俺を見ている二人の視線に気づく。


「ルディアス……本当によく笑うようになりましたね」

「何だ、急に」

「笑ってたぞ、今。一瞬で戻ったけどな……!」

「どうせアイリス様のことでも考えていたんでしょう?」

「何故わかる」

「いや、俺もわかったけどよ」

「明日が楽しみで仕方がないんでしょう。ルディアスは一年前に学院で見かけた時とは大違いですね」

「確かにな! あの時は話しかけるなって空気でわかりやすかったけど、今は別の意味でわかりやすいよな」

「ふふ……そうですね」


 そうか。わかりやすいほど顔に出ているのか。自分の考えが顔にでるなど、あの頃からは考えられなかった。

 一年前と言わず、アイリスと会う前までの俺は何に対しても面倒だった。陛下から魔力を分けろと言われてもシリウスに押し付けて、最低限しか行わなかった。

 他人と関わるのも、学院に通うのも何もかもが面倒だった。


 ――あんな力。役立てようなどと思わなかった。


 だが、今の俺は違う。アイリスが笑ってくれたあの日から俺は変わった。

 自分の持つ魔力で、あんなに怯えていたアイリスが変わっていく。アイリスを喜ばせることができる。それが嬉しかった。


 明日はどんなアイリスが見られるだろう。

 アイリスのことを考えるだけで自然と笑みになってしまう。

 心の中で「明日は早く迎えに行こう」と考えたつもりが、どうやら口から出てしまっていたようだ。


「い、いけませんよ。ルディアス」

「そうだぞ? あんまり早いと寝てるだろ?」

「いえ、女性には準備というものが……」


 またアロイスの小言が始まりそうだと思いつつ、少し楽しんでいる自分もいた。

 同じ補佐役になってから何度も助けられてるエストとアロイスに、俺は心の中で感謝を告げたのだった。

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