私に合う属性
火の授業が終わったあと、私とルディアス様は、シリウス様に呼ばれて、女王様の部屋に来ていた。
学院一階の一番奥まった場所にあるその部屋は、実用的な物しか置かれていない。
目につくのは、書類が山のように置いてある大きな机と、座り心地のよさそうな赤い椅子だ。壁には一面棚があり、多種多様な本があふれている。
奥の壁には扉がある。扉には雲の上にある天空都市が描かれており、都市を囲むように色とりどりの宝石が埋め込まれていた。
奥の部屋は、女王様の私室なのかもしれない。
先程の授業で、初めて魔力がうまく使えたことに喜んではいたけど、女王様に提案して頂いた『何の魔力に適しているか』という問題は解決していなかった。
隣にいるルディアス様に視線を向けると、笑いかけてくれる。
最初はとても怖くて、ルディアス様を大きな番犬のようだなと思った。背が高くて引き締まった身体に、黒く短めの髪や射抜くような黒い瞳。補佐役を名乗り出てくれた時から、ほとんど無表情だった。
でも、今のルディアス様は、私に笑みを向けてくれる。その笑顔を見ると、思わず私も笑んでしまうのだ。
「アイリス、大丈夫だ。俺がいる」
「はい! ルディアス様」
「あらあら……仲の宜しいこと」
穏やかな笑みを浮かべ、奥の扉から女王様がいらした。
頭を下げようとする私達に、「楽にして良いのよ」と女王様が気遣って下さる。
だけど、女王様の前は緊張してしまう。とてもじゃないけど楽にはできなかった。
「アイリス、シリウスから報告を受けたわ」
「は、はい」
報告とはこの五日間のことだろうと思う。
だけど、シリウス様はどこに居たんだろう?
見られていたことに全く気づかなかった。シリウス様は女王様にどのような報告をしたのだろうか。
「アイリスは先程の授業で、火の魔法を光で包むように消したようね。初日は銀の花を咲かせ、水では泡を作り、風では自分を守らせた。魔法にならなかったのは火と闇だけかしら?」
「はい。陛下」
戸惑う私の代わりに、女王様の問いにルディアス様が答えてくれる。
使った魔力がどの属性がわからなかったので、代わりに答えてもらって安心した。
「では、アイリスには先に魔石を作れるようになってもらいましょう」
ほっとしたのも束の間、思っても見なかったことを言われて焦ってしまう。
今まで、屋敷に来てくれていた先生達にも、魔石の作り方は教わっていなかった。そもそも基礎の魔法すら私はできていないのに。
「あ、あの……魔石ですか?」
「大丈夫よ。作り方は私が指導するわ。
それに、最初に銀の花を咲かせたときから、貴方のことはあまり心配していないの。貴方を不安にさせてしまっていたら、ごめんなさいね」
「え……?」
てっきり私も他の女王候補と同じ、属性の訓練を行うとばかり思っていたので、女王様から魔石作りをと言われて混乱してしまう。
それに女王様は、お会いした初日に魔法を失敗した私を心配していないと言って下さった。
一体どういうことなんだろう……。
「陛下、アイリスに説明をして頂いてもよろしいでしょうか?」
不安で動揺していた私を見かねたようにルディアス様が聞いてくれた。
「そうね。
アイリスが最初に使った、花を咲かせる魔法……あれは高度な光魔法だったの」
その話を聞いて、驚いてしまった。光の魔力はお母様の持つ力と一緒だ。なんだか少し嬉しい。
でも、隣にいるルディアス様は、「あれが光……?」と怪訝な顔をしている。
女王様は笑みを深めた。
「生き物の命を守り、育む魔法は、光属性の者が長けているわ。だから、アイリスに適している属性は元々あった。
けれど、アイリスはまだクリスタルの力を使いこなせず、他者の魔力を奪い取ったわね?」
そう。私は、また魔力を奪い取るようにして、皆の力を強引に手に入れてしまった。
女王様の言葉に頷くことしかできずにいると、ため息が聞こえた。
「だからこそ、魔法に関してよりも魔力の調整ができるかを心配しているの。
その点、魔石作りは、魔力を自分のクリスタルへ留めて形作る、他者からもらう魔力を調整して増大させなければならない。
アイリスの訓練には最適じゃないかしら?」
女王様がちらりと、ルディアス様を見た。何故ルディアス様を見てるのかなと思い、隣を窺うとルディアス様は眉をひそめていた。
「うまくできたら、アイリスにもそれなりの報酬は出すわ。貴方は、家からの支給がなかったわね? だから悪い話ではないと思うんだけれど」
「報酬なんてそんな。それに、ルディアス様は……」
「あらあら、きちんと報酬はもらわないと駄目よ。ルディアスはアイリスに魔力を使ってもらうなら喜ぶと思うから。ねえ、ルディアス?」
「はい。陛下」
返事をしたルディアス様はやっぱり嫌そうにしている。
私の視線に気付くと眉間の皺はとれて、にこにこと笑ってくれたけど……。
「ルディアス様は……やっぱり嫌なのでしょうか?」
「嫌じゃない。アイリス、勘違いするな」
「でも……」
「アイリスのせいではない。俺が嫌なのは……」
そこでルディアス様は口を閉じてしまう。
何を言おうとしたんだろうとルディアス様に話しかけようとするけど、女王様の声が聞こえて私も口を閉じる。
「では、話もまとまったようだし、魔石作りに専念してちょうだいね」
「あ、あの。女王様……」
「いいのよ。ルディアスは放っておきましょう。それよりも、学院は五日間通った後は、必ず二日間の休みがあるの。
身体を休めるためや、生徒間の友好を深めるためにあるのだから、魔法を使うのは厳禁よ?」
「は、はい。わかりました」
「よろしい。では、下がりなさい」
有無を言わさない女王様の言葉に、私達は部屋を出て無言で歩く。
女王様が言って下さったお休みの日は明日からだった。
部屋で過ごそうかなと私が考えていると、私を心配してくれたのか、ルディアス様が話しかけてくれる。
「学院に入ってから一周目が過ぎた。疲れたか?」
「いいえ、私は大丈夫です。でもルディアス様は疲れてしまいましたよね……?」
この五日間、魔力の調整ができない私に付き合ってくれていたルディアス様は、絶対疲れていると思った。
家にいたときは、本当にたくさんの人が私に魔力を与えてくれたのに、今はルディアス様が一人でそれを負担してくれている。
早く魔力の調整がうまくなりたかった。ルディアス様の負担を少なくしたい。
考えていると、心配そうに見るルディアス様の顔が見えた。
私はいつから立ち止まっていたんだろうか。気付くと、目の前に膝を折るルディアス様がいた。一体どうしたんだろう。制服も汚れてしまう。
「あの、ルディアス様……?」
「こうしないとアイリスの顔が見えなかった」
ルディアス様と私の身長は頭一つ分以上離れているから、私が俯くと視線が合うことはない……けど、こうやってルディアス様に見あげられると、視線から逃げられなくて気持ちが落ち着かない。
私がうろたえていると、ルディアス様が優しく問いかけてくれる。
「明日からの予定は何かあるのか?」
「私は特に予定はないです。女王様から言われたとおり身体を休めようと思っていました」
「そうか。もしアイリスが疲れていないのなら、明後日は一緒に過ごしたいと思っていたんだが……」
「お休みの日なのに、ルディアス様はいいんですか?」
「ああ。アイリスと過ごしたい。駄目か?」
「ルディアス様がよろしいなら、私も一緒に過ごしたいです」
私の答えに、ルディアス様が微笑む。
ルディアス様は立ち上がると「夕食を済ませよう」と言って、手をひいてくれた。
でも、お休みの日に何をして過ごすんだろう? ルディアス様はどんな風に過ごすのが好きなんだろう?
お母様としか一緒に過ごしたことのない私には、ルディアス様と過ごす休日は想像もつかなかった。
今回も読んで頂きありがとうございます(*^_^*)