疑ってない、信じたい
本日もありがとうございます!!
「アイリス、行くぞ」
「おはようございます、ルディアス様……」
学院生活が始まってから、毎日迎えに来てくれるルディアス様。
繰り返されるやりとりに居心地がよく、今までルディアス様の優しさに甘えてしまっていた。
――でも、それも今日で終わり。
今日は女王様から提案された最後の授業、火の魔力の授業がある。
女王様に受け入れられるかはわからなかったけど、その授業を最後に、私は学院を辞めようと思っていた。
女王候補には、二年の間は学院に通わなければならない義務がある。その義務を放棄するからには罰があるとは思った。それでもどんな罰を下されようと、人を傷つけるよりはいいはずだ。
――お父様にも厳しく罰せられるかもしれない。お母様も悲しませてしまうかも。それでも……。
風の魔法を使って以来、私は魔法が恐かった。また誰かを傷つけてしまうんじゃないか。うまくできない私に嫌気がさして、ルディアス様もお父様みたいに離れていってしまうんじゃないか。
幼い頃に向けられた視線が、どうしても頭をよぎる。
今は優しいルディアス様にも、あの人達のように見られたら……嫌だ。
「ルディアス様、いつも迎えに来て下さってありがとうございます。でも、もう寮まで迎えに来て頂かなくてもいいです……」
今はまだルディアス様に学院を辞めようと思ってることは言えなかった。
はっきりとした拒絶、に聞こえただろうか。
怪我をさせそうになってからずっと考えていた。ルディアス様から離れないといけない。巻き込んではいけない。
ルディアス様は私から視線を逸らして黙ってしまう。
何度も断る私に呆れられてしまったかも……と、まだそうやって考えてしまう自分に嫌気がさした。
どのくらい時間が経っただろうか。ルディアス様の様子を窺っていると、ふいに視線が合う。意志の強い黒い瞳で見つめられて、私の身体は固まってしまったように動かない。
ルディアス様が私の手を取った。いつものように握られる手が、今日は少し熱い。
――ルディアス様の手が熱いんだ。それに、とても真剣な目。
ルディアス様は私の手を少し強く握ると、何かを確認するようにゆっくりと話し始めた。
「アイリス。もしお前が俺を嫌がっていても、俺はお前の傍にいたい。だから……傍にいることを許せ」
ルディアス様の言葉に息を呑む。
ここまで真剣に誰かに傍にいたいと言われたのは初めてだった。
「……ルディアス様?」
「お前は俺が守ってやる。だから、心配するな」
ルディアス様から向けられた視線に、私の胸が張り裂けそうに高鳴る。
……こんなにも優しく気にかけてくれるルディアス様を嫌になるはずがなかった。怪我をさせそうになったのに、私の傍にずっと一緒にいてくれたのだ。
「俺は……。俺の魔力を使って喜ぶお前を見るのが好きだ」
ルディアス様……本当に? 本当にそう思ってくれているんですか?
怪我をさせてしまいそうになった私を、異質な者だと遠ざけたりしない……?
ルディアス様は私を見捨てたりしないの? お父様のように……。
私が戸惑って黙っていると、ルディアス様は握っていた私の左手だけを離して、黒曜石のある左手の甲を触る。
「アイリスを守れ」
言葉に呼応するかのように、ルディアス様の黒曜石が光り出す。すると、魔力をもらっているときとは違う、優しく淡い光が私の身体を包んだ。
――この光は何だろう? ルディアス様は何をしたんだろう?
淡い光は私の身体に吸い込まれるように消えてしまった。わけもわからず、自分の身体を確認しているとルディアス様が教えてくれる。
「アイリスの身体に防壁をまとわせた。火の授業は危険だから他の者も行っている。だから安心しろ」
ルディアス様はそう言うと、また私の両手を握りしめた。
「アイリス、俺が傍にいることを許してくれるか?」
「……はい」
ルディアス様に懇願するような切ない目を向けられて、学院を辞めようと考えているのに頷いてしまった。
ルディアス様を疑ってるわけじゃない。信じられないんじゃない。
信じたいけど恐いんだ。こんなに優しい人に……背を向けられるのが……恐い。傷つけてしまうのが恐い。
うつむいてしまった私をルディアス様はそっと抱きしめてくれた。
それは触れるか触れないかほどの優しい抱擁だった。