ルディアスの決意
いつもより、ちょっぴり長めです。
ここ数日間のアイリスの様子が心配で、居ても立っても居られなくなった俺は、陛下の部屋へ来ていた。乱暴に扉を開けた俺に陛下は驚いたようだったが、気にせず言葉を放つ。
「陛下」
「あら、ルディアス……私は職務中よ?」
「いいから答えろ」
机に向かっている陛下の前にはたくさんの書類が乗っている。職務を邪魔したとわかっていても、俺には聞きたいことがあった。
高圧的に話す俺に「全くこの子は……本来なら不敬罪……後で罰……」と徐々に聞き取れなくなる小言を言いながら、陛下は積んである書類を傍らにどかす。
「それで一体、何の用かしら?」
「アイリスのことだ」
俺は出会ってからのアイリスの様子を陛下に説明した。
アイリスが、水の球ができたことをはしゃぎながら喜んでいたこと。それが何処かへ飛んでいってしまった、と落ち込む彼女を笑った俺を、彼女が嬉しいと言ったこと。
その日の午後の訓練で、女王候補特有の訓練をするといった時、笑顔が陰ったような気がしたこと。
風の授業で、魔力はほとんど与えてないにも関わらず、魔法の威力が高かったこと。俺にその魔法が向いたことは問題なかったのに、風の授業からは元気を無くしているのかもしれないということ。光や闇の授業では身に入らず、呆けていることが多かったこと。
俺にはわからなかったが、アイリスから距離を感じることに何か原因があるのかもしれない。陛下にはそれがわかるはずだ。
俺の話が終わると、陛下が目を伏せて「補佐役になった、今の貴方にならいいかしら」と溜息を吐いて話し始めた。
「アイリスはね……攻撃魔法に特化しているのよ」
「どういうことだ」
陛下は本当に俺の話を聞いていたのか? アイリスの元気がないことを心配して話をしたのに、陛下からは思ってもみなかった言葉が返ってくる。
「アイリスの父親は、あの子が幼い頃から魔力の訓練をさせていたそうよ。それも毎日、あの子が泣いても。もちろん、アイリスは相手の魔力を全て奪ってしまうから、随分人手が必要だったようだけれど……」
泣いても続けたのか、と俺は苛立ってくる。アイリスが受け取る魔力の調整をうまくできないことは、俺も初日に知ったがそこまでしているとは……。
それの何処が、今のアイリスの様子がおかしいことに繋がるんだと思ったが、彼女の憂いがとれるならと陛下に話を促す。
「シリウスがあの子の様子を初めて見に行った時に、『アイリスは女王候補として相応しくない』と父親が言っていたと報告を受けたの」
「何だ、その話は……」
陛下はそこで一旦言葉を切ると、俺に視線を合わせてから言葉を続ける。
「あの子は、それでも父親の期待に応えたいと必死だったそうよ。稀に魔法がうまくいくと、とても嬉しそうに笑っていたそう……」
「そうか」
それを聞いて、俺ははしゃぎながら笑うアイリスを思い浮かべる。陛下は苦笑を浮かべながら話を続ける。
「それでも、あの子の魔法が褒められることはなかった。うまくいっても、あの子は相手の魔力を奪いすぎるから。倒れて青ざめる人々を見て、父親は次第にあの子を拒むようになったようね。
それからだそうよ。あの子の魔法が攻撃魔法に変わるようになったのは」
「そんなことが……あったのか」
「ええ。シリウスや他の者にも何度も足を運んでもらったわ。あの子が心配だったし、これから女王候補を選ぶにあたって能力を把握したかったから。
けれど、シリウスを含む当時の人間達ではダメだった。彼も魔力の全てをあの子のクリスタルに注ぎこむだけだった」
ふう……と陛下が溜息を吐く。
話の内容に苛立ちを抑えきれない俺は、陛下を問い詰めた。
「それでは、父親が全ての元凶なんだな?」
「そうとも言えるわね。でも元々は、あの子のクリスタルが大きすぎるのが問題だったの。あそこまで大きいクリスタルは、初代王以来かもしれない」
「初代王とは、この王国を天空都市にしたと言われている王か?」
その言葉を聞いて、学年の始まりに陛下が話していたことを思い出す。この国は地に築かれていたノルノワール王国の一部を切り取って天に浮遊させたのだ。最初に王国を浮遊させることになったのが初代王だったはずだ。
「そうよ。だからこそ、うまく魔力の調整ができず、魔力の少ない者はあの子のクリスタルの力に耐えられない。
あの子が可哀相だったのは、その力を使いこなせない未熟さを、理解されるような環境にいなかったこと……」
それを聞いて、アイリスが使った最初の魔法を思い出す。確かに彼女のクリスタルの力はとても強かった。気を抜くと全て奪い取られそうな、それでもまだ彼女にとっては足りないと言われているような、そのような気分だった。
陛下は言葉を続ける。
「あの子は幼いころから期待されて、魔法の訓練を嫌だと思っても続けなければならなかった。精一杯努力しても父親には不出来だと言われ、他者からは異質な者だと見られてしまう。
あの子にとって、魔力は自分を異質な存在にしてしまった嫌な物で、魔法は自分を守る武器なのかもしれないわね」
「だが、陛下との顔合わせで、彼女が使ったのは攻撃魔法ではなかった。水の魔法も攻撃魔法のようだったが害はなかった。風の時だけだ、俺に向かってきたのは」
あの時、アイリスは今にも倒れそうなくらいに顔色が悪かった。その悲しそうな顔が、頭から離れない。
陛下は「そうね」と吐息混じりに思案顔をする。
「恐らく……としか言えないけれど、今までと違ったことと言えば、貴方がいたことじゃないかしら?」
「俺が?」
「そう。あの子に力を奪われて、初めて魔力が尽きなかった。初めて膝をつかなかったのは、ルディアス。貴方だけなのよ?」
「陛下が俺を補佐役にしたのは、そういう理由からか?」
もしかして陛下は全てをわかっていて、俺に六人目の補佐役を任命したのかもしれない。そう思ったときが過去にもあった。
俺の問いに陛下は「いいえ」と答えて言葉を続ける。
「賭けにはでたけれど、貴方があそこまで頑張るとは思わなかったわ。それに……あなたが補佐役を自分からするとは思わなかった」
「それは……」
アイリスにもう一度笑ってほしかっただけなんだ。と言ったら、陛下に茶化されそうだと思い、俺は黙り込む。
「風の魔力だけは仕方がないわ。あれはあの子の父親が持っていた魔力だと、シリウスが言っていたから。貴方があの子を助けてあげなさい」
「わかった」
「わかったなら……後で手伝いなさい? 貴方のせいで職務に遅れが出てしまったわ」
「……わかった」
「罰として、貴方の嫌いな魔石作りも手伝わせましょうね。私への礼儀も、口の利き方もなっていないようだから」
「……陛下の御心のままに」
「あら、珍しく素直ね? いつもそうだといいんだけれど」
くすくすと笑う陛下は、もう先ほどまでの深刻そうな顔をしておらず、楽しそうに魔石のことを話している。
この国を繁栄させるにあたって必要な魔石は、女王が魔力を結晶化させることで作れるのだ。
魔石は、作るのに時間も魔力量も、随分必要になる物だった。
今までの俺は必要とされても絶対に受けたりはしなかった。時間を拘束されるのは嫌だし、何よりも膨大な量の魔力を使うのは疲れる。
だが、アイリスが何故元気がなかったのか、何故俺に負担をかけるのを嫌がっていたのか。それを知れたことが何より俺にとっては重要だった。そのくらい、いくらでもやってやる、と思えるくらいには。
アイリスのことを考えると、今はまだどうしていいかわからなかった。だが、俺だけは傍にいてやりたい、何があっても傍にいよう。
それだけは決意したのだった。