嘘じゃない、けど、本音じゃない
午前の授業が終わり、『昼を食べに行こう』とルディアス様が手を引いてくれる。生徒達が流れるように向かう先には食堂があるらしかった。
その人の多さに少しだけ驚いてしまうけれど、生徒達を受け入れても余裕のある食堂はさらに大きかった。
料理は、朝、昼、夜と、時間で用意されて、好きなものを自分で取りに行くという形式らしい。人気な物は、あっという間に無くなってしまうようだった。
家では、側仕えの人が全てをしてくれていたから、自分で好きなものを選べるというのが新鮮だ。
どの料理も美味しそうで、きょろきょろとしてしまう。その間にルディアス様が私の分のご飯まで用意してくれたようだった。
それを少しだけ残念に思いながら、ルディアス様に促され、空いている窓際の席に向かう。途中、先程授業が一緒だったイザベラ様達が通りがかった。
今日のイザベラ様は艶やかな濃紺の髪を編み込みにしていて、初めてお会いした時よりも大人っぽく見えた。アロイス様は辛そうに顔を歪めていて、顔色も優れないような気がする。
「あら、アイリス……だったかしら? 今からお昼ご飯ならご一緒しても?」
「は、はじめまして! イザベラ様、もちろんです」
「私もよろしいでしょうか?」
「アロイス様もぜひ。……お顔の色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「ちょっとイザベラ様に……いえ、何でもありません」
慌てたように首を振るアロイス様に、何かあったのかなとイザベラ様を窺う。彼女は微笑むと「訓練をしてたのよ」と教えてくれた。
「魔法もあんなにお上手なのに、訓練までなさっていたなんて……。イザベラ様は本当にすごいです!」
「そんなことないわ。アイリスも水魔法ができていたじゃない」
「いえ、私の水魔法は泡になって飛んでいってしまいましたから……」
「あら? それがすごいことなんじゃないの?」
「ねぇ、ルディアス様?」とイザベラ様が笑みを浮かべてルディアス様に聞くと、彼は眉を寄せた。
「気安く名を呼ぶな」
「こら、ルディアス。イザベラ様も女王候補です。失礼な言い方は控えて下さい」
「俺には関係ない」
とても低いルディアス様の声音。こんな声は初めて聞いた。もしかして怒っているんだろうか? 隣にいるルディアス様が少し恐く感じる。
「アイリスが恐がってるわよ?」
イザベラ様の一声で勢いよくこちらを振り向いたルディアス様に、思わず身体をすくめる。ルディアス様は眉を下げてぼそりと言った。
「すまない」
「いえ、そんな。こちらこそごめんなさい」
「……アイリスは、水の中に空気を入れてそのまま飛ばした。一度に水と風の魔法を使って、あの量をこなすのは難易度も高い」
「そうですよ。私もちらりと拝見しましたが、とても面白い魔法だと思いました。アイリス様は、もっと自信を持ってもいいと思いますよ」
アロイス様にそう言ってもらえたけど、本当に自分への評価なのかと疑ってしまう。今まではうまくできないとお父様に叱られていた。だからこそ余計に信じられなかった。
「さあ、そろそろご飯を食べに行きましょう。アロイス、午後も魔法の特訓よ?」
「うっ……わかりました」
青ざめていくアロイス様と、魔法のことをとても嬉しそうに話すイザベラ様。彼女は本当に魔法が好きなんだろう。
ひたむきに頑張るイザベラ様が私には眩しく見えた。
◇◆◇
午後は通常の魔法訓練ではなく、女王候補特有の訓練をするらしい。場所は決まっていないようだったけど、ルディアス様の案内で学院内の噴水広場まできていた。
噴水の周りには色とりどりの石畳が敷かれていて可愛らしい。
それに、静かで気持ちのいい場所だった。他の生徒が誰もいないのは、午後の授業に行っているからだとルディアス様が教えてくれた。
これから行うのは補佐役の魔力を増大させる訓練だ。もらう魔力を調整することが苦手な私には、困難を極めるものだった。
「もう一度だ、アイリス」
「ルディアス様……でも」
「俺なら問題ない」
「……はい」
「我が魔力をアイリスへ」
ルディアス様の手の甲にある黒曜石が光りだす。
流れ込む熱い魔力を、自分のものにしようと体に力を入れた。ざわざわと体を駆け抜ける恐ろしい感覚はいつまで経っても慣れなかったけど、それでも必死だった。
子供の頃に習ったことを思い出す。力を体に留めること。意識をクリスタルに集中させること。魔力をもらったら、こちらから不要な分の魔力は遮断すること。
こればかりは慣れるしかないと言われたけれど、もう何度失敗したのだろう。一度にもらう魔力の量が多すぎるせいか、ルディアス様の顔色が悪いような気がする。
――怖い。人を傷つける魔力も、魔法も、そんな力しかない自分自身も……。
これ以上頑張ってもいいのだろうかと、決意がぐらぐら揺れる。
女王候補は、人から魔力をもらわないと、自分の中で魔力を増やせない。
だから、私が頑張るということは、相手の魔力を奪いすぎることで、その人に負担を強いるってことだった。
――また……失敗しちゃった……。
形にすらならなかった魔力を思い、途方に暮れてぼんやりとしてしまった。それでも、ルディアス様は優しい。労るように「アイリス」と名前を呼んでくれる。
「何が不安なんだ?」
「あっ、えっと。もらう魔力を調整できるようになってないので、ルディアス様に負担をかけるのが嫌なんです」
実際、先程の授業でも水の魔力を私はルディアス様からもらいすぎていた。気づかないうちに風魔法も使っていたってことは、風の魔力ももらっていたということ。
それだけたくさんの魔力を使わせているから、ルディアス様に負担をかけているのは嫌だと思っていた。
嘘は言ってない。全て本当のこと。
「俺なら大丈夫だ。何も問題はない」
そうやって気遣ってくれるルディアス様に、「ありがとうございます」と笑みを返す。
思い浮かぶのは、過去に向けられた畏怖の目。遠ざけるように避けられた日々。
そのうち、あの人達みたいにルディアス様も私に嫌気がさすんじゃないか。いなくなってしまうんじゃないか。
なんて、そんなことをルディアス様に言えるはずがなかった。
本日もありがとうございます(*'▽'*)