8.一撃
8.一撃
時の流れが戻って、ツクル達も僕達のと同じ時の世界を動く。ツクルもメーセも今すぐに動くという気配でもないが、一触即発の状況に変わりはない。
「あんたは見ているだけなの?」
ツクルがソウタと一対一でやるということに渋々納得したメーセは、興味の対象をノアへと移す。
「なに、いけない?」
ノアは時の流れを操作していたことを気取らせないよう、何食わぬ顔で答える。
「別にいけないってことはないんだけど、ツクル君があっちはやるみたいだし、私も暇だからさ。私のお相手してくれないかと思って」
「暇なら暇でいいじゃない? なにもやることがないっていうのは幸せなことでしょう?」
「いやだよー。退屈なのってつまらないじゃない。あんたはなんであのIDなしに肩入れするの?」
「さてね。実のところ私もなんで彼に協力しているのかはさっぱり分からないんだけど、あなた達がこっちに無理矢理に介入してくるのと同じ理由じゃない? 私は彼の行く末に興味があるの。こういうの、なんて言うんだろう? ワクワク感? 初めて感じる不思議な気持ちだから何が何だかさっぱりなんだけどね」
ノアは自分でも不思議だと言うのは滑稽だと思わないのだろうか。何に従っているのかもさからないのに、パートナーでいてくれるノアが頼もしくて仕方がない。ノアの能力がわかったことで、僕のノアに対する信頼度も段違いだ。
「あいつは世界に混乱をもたらす。この世界にあってはいけないんだよ。」
初対面だというのにひどい言い様だが、メーセ達にとって僕はどれほど危険な存在だというのだろうか。
「その認識は私とは違うんだね。私は彼こそがこの世界に必要なものだ思うよ」
自分の思いの源泉がどこから来ているのかすらわからないのに、ノアのその信念だけは変わらず、ノアははっきりと宣言する。
「はあ、あんたもそうとう狂っちゃっているね……。一体、どこで何を見てきたのやら。あんたも異物であるのならば戦うしかないね」
メーセはこの状況にうんざりしているのか、楽しんでいるのかわからない。口調は穏やかではなかったが目はらんらんと輝いていた。
「私は戦う必要はないと思うのだけど」
「こういうのを利害の一致っていうのよ。お互いの目的が相反する矛盾するものであるものであるのならば、戦うしかないんだよ」
「あなたが仕掛けてくるのなら仕方ないね」
メーセの言葉にノアは従順に応じる。好戦的なメーセを相手に上手く言いくるめる方法はなかったのかもしれないが、ノアは果たして大丈夫なのだろうか。
「そう、時を越える能力をもつノア……ねえ。確かにあんたにはちょっと興味があるかも……。その能力しっかりと見せてよね!」
そう言って、メーセはノアへと襲いかかる。
* * *
「お前の相棒は一筋縄じゃいかないみたいだな」
その様子を傍観していたツクルが一言つぶやく。ツクルの言う通り、ノアはメーセと互角の戦いを繰り広げる。メーセは補助型の能力かと思っていたが戦いもそこそこできるらしく、ツクルには及ばないまでも人外としか思えない俊敏な動きをしていた。
まるで格ゲーのように、あっちに跳ねこっちに飛び、あらゆる角度から蹴りと掌打が飛び出す。小さいのにグラマラスな体がはちきれんばかりに躍動する。赤い髪が激しく揺れ動く様はさながら烈火の炎のごとしだ。
ノアもメーセに負けていない。
メーセよりは頭一つ分高いモデルのような体型のノアは、そのメーセの攻撃を必要最小限の動きで優雅に避けて、いなし続ける。
暖簾に腕押し。可憐な動きでありながら、決して力に逆らわず受け流す。
戦いの最中だというのにノアのその姿は絵になる。ワンピースの短い丈のスカートから覗く純白の太ももがまぶしい。いらないところにまで目を引かれてしまうが、もちろん、ノアがメーセに負けていないというのは体的な意味ではなく、勝負的な意味である。
ノアのことを僕は、時を飛ぶ能力を失った時を飛ぶ能力者という無能かと思っていたが、それなりの戦闘力も有していたということだろうか。それとも、戦闘中に時間の流れを操って戦いを自分の流れに持ってきていることだろうか。恐らくは後者だと思うのだが、この世界が何で回っているのかは僕にもさっぱりわからないし、能力を使わずに純粋に戦っているだけかもしれない。
「僕の相棒だからな。そう簡単にやられるわけがないだろう」
ノアはこの場を切り抜けるために不可欠なパートナーでもあるし、恐らくは先の先までお世話になるヒロインだ。ならばやられてもらっては困るとノアへの信頼の言葉を口にする。
「なるほど、お前と同じってわけだ。でも、さっきの動きを見たからには加減しないから覚悟しろよ」
ツクルがまたしても目にも止まらぬ速さで動くが、三度、時間の流れが変わる感覚が襲う。
ツクルの動きがゆっくりになり……。
「ぐっ」
さっきと桁違いの速さで放たれた蹴りを僕はすんでのところでかわす。より至近距離でかわしたことで焦げ臭い熱気のようなものまで感じ、またしても衝撃波で吹き飛ばされる。
もう少しで死ぬところだった……。
なんだこれ?
時間はゆっくりになっているはずなのに、さっきのスピードとはまるで違う。ツクルの言う通り、さっきは手加減をしていたということだろうか?
「なんだ? さっきの動きはまぐれか? 全然反応が鈍いじゃないか?」
ツクルは驚いたような拍子抜けしたような表情を見せる。
ツクルはさっきよりは力を出したのみたいだが、その反応からすると僕の動きの方がさっきよりは遅く見えているらしい。
ノアが時間の流れを動かしたのは間違いないだろうが、今もノアはメーセと戦い続けている。こっちの時間を操作する力が若干鈍っているのかもしれない。
「お前も思ったよりは早く動けるみたいだな」
それでも精一杯の強がりを言う。ここで圧倒的な実力差があることをツクルに悟らせるわけにはいかない。
すぐに繰り返される一撃必殺の攻撃をかわし続けながらもなんとか攻撃するスキを探る。ゆっくりになったといっても、ツクルの動きは僕の可動速度とほぼ同じくらいの速さで、そんなものをかすりもせずに避け続けることなど普段の僕ならできないはずだった。それでも僕の意思よりも先に体が動くかのように攻撃をしのぎ続けた。それは、自分でやっておきながらまるでアクション映画の俳優がするようなトリッキーな動きだと思う。なぜこんな動きができるのか不思議でたまらなかったが、その流れに身を任せて動き続けるしか僕には選択肢がなかった。
そんな僕の動きに痺れを切らしたのかツクルは大きく振りかぶって、さらに強力な攻撃を仕掛けてくる。
ここしかない……。
がら空きになったツクルの胸元に僕は狙いを定める。
全身全霊を込めた腕が引きちぎれんばかりの、拳が砕けんばかりの一撃をにいさまの懐にぶち込む。