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5.異物発見

5.異物発見


 空中都市を少し見て回った後、僕とノアは空中レストランで一息ついていた。

 ノアの家を出てから一時間ほどしか経っていないが、僕は妙に疲れていた。

 普段行かない場所で、普段と違う非日常体験をすると、緊張して体も心もいつもは使わない神経を使う。

 有名なテーマパークに行くと、大して動いていなくても妙に疲労感がたまるのは、アトラクションの待ち時間に長時間立たされているのも一つの原因ではあるが、そういうわくわく感や変な緊張感があるからである。

 未来世界という、ある意味、想像を絶するようなとんでもないテーマパークに来て、僕は興奮しっぱなしで、あっちを見たりこっちを見たり、写真をとりまくったりと忙しなかった。

 そんな風にドーパミン出しっぱなしで活動していれば、すぐに疲労困憊になるのも無理ないことだ。

「そんなにお疲れなら、レストランで休憩でもしましょうか? こちらに来てからコーヒーしか飲んでいませんし、お腹も空いているでしょう?」

 そんな僕の様子を見かねたのかノアが提案する。

「レストラン!? 行く! 行きたい!」

 そこら中に目移りしてしまうほどにこの世界に熱中していた僕だが、ノアの言うように自分でも気づかない間に空腹となっていたらしく、レストランと言う言葉に強い反応を示してしまう。大きなテーマパークに来たら、例えそこがぼったくり価格の大した料理を出さない店ばかりだったとしても、料理に異様な興奮を示してしまうのも無理はないことで、その感覚と同じように、この世界の料理にもとても興味があった。


 そんなわけで、空中に浮かぶ一つの部屋へとはいったわけだが、ここがレストランらしい。

 ノアの家と同じように白で囲まれた部屋の中では何組かの人達が食事をとっていて、ノアの案内に従って、僕等もその一つの席に着く。

「さて、どうですか? この町を回ってみたご感想は?」

 席に座ると、ノアが興味津々といった体で聞いてくる。

 驚いたことに、このレストランはレジや店員すらおらず、席に着くなり、野菜類の多く盛られた前菜のようなものが、ノアの家のコーヒーと同じように勝手に飛んできた。

「すごかった……。本当にすごかった……」

 本当はもうちょっと気の利いた言葉の一つや二つ言いたかった。

 でも、本当に感動すると言葉が出ないというのはこういう状況のことを言うようで、他に何も言葉が出てこない。

 空中に浮かぶ建物と、それを繋ぐ雲の道、行き交う人々。

 ここには僕を驚かせるものしかない。

 まるで、物語の中のように……。

「そんなにすごかったですか……。でも、そう思うのも無理もないのかもしれませんね。この世界はあなたの時代から見れば理想の叶った世界らしいですから」

 理想……。

 そうかもしれない。

 ノアの食べている様子を見て、見よう見まねで食べる前菜は、ほっぺたが落ちそうなほどに美味しい。ノアの家で飲んだコーヒーと同じように、味付けは僕の好みと完璧に一致していた。この料理を食べると余計にここが理想の世界なのではないかと思う。

「これだけ美味しいもの食べられたら、すごいって言葉しか出てこないよ」

「そんなに美味しいですか? お口に合うようならよかったです」

 ノアにとっては、この絶品達も特に気になるものではないらしい。前菜が終わるとタイミングを計ったようにスープが飛んでくる。メインの肉料理、デザートと出てくるタイミングはどれも完璧で、どれも絶品だった。

 食後には、コーヒーが飛んでくる。そのコーヒーはノアの家で飲んだものと全く同じ味で、一体このコーヒーの味を決めた物が何なのかと不思議に思うが、やっぱり至高の一品であるのだから何も文句もない。

 でも、こうも一品揃いだとこれはこれで違和感がある。料理の味というのは、店や家によってそれぞれ違うのが普通だ。それがどこであっても均質であるとするなら、比較することすらできず、悪評も好評もたたず、人の噂も立たず、物語も生まれない。

 美味しいのだけど何かが物足りない。

 この気持ちは何なのだろう。

 物事に完璧を求めず、落ち度を求めることは罪なのだろうか……。

「ノアのその飲み物は何?」

 ノアの手元に飛んできたのは、メロンソーダのような色をした緑のドリンクで、見た目だけではなんの飲み物なのか分からない。

「これが、さっき話していたサプライザーですよ。よかったら飲んでみます?」

「いや、今は遠慮しとくよ」

「そうですか。美味しいんですけどね」

 サプライザーを拒否したのは、ノアの家でそうだったように未知の飲み物に対する怖さがあったからじゃない。実際にノアが飲んでいる様子を見てしまえば、むしろ飲んでみたいという興味も湧く。

 

 ここで、ノアの誘いを断ったのは、少し離れた席でさっきから不穏な会話が繰り広げられていて、それに意識を奪われていたからだ。

「にいさま、あいつですよ。IDがありません」

「あいつか。確かに、いかにも別世界から来ましたよって感じだな」

「その通りです。間違いなくあいつがこの夢の世界を破壊しにきた異物です。異物発見ですよ。にいさま」

「で、本当にやるの?」

「今更、何を尻込みしているのですか!! あいつをなんとかしないと、この夢の世界が終わってしまうかもしれないんですよ。見つけた異物は撤去しないといけません。バグは除去するものだとか、にいさまもよく言っているじゃないですか」

「いやでも、それはゲームの話でね。そりゃあバグが混じっていたらそのゲームはクソゲーだとは思うよ。でもこれは全く別の話で、この世界はそういう外乱因子があり得ない世界だって話だったじゃない? そんな不穏なことが起こらない理想の夢の世界だって」

「だから、これで最後です。あいつを倒してそれでおしまいです。にいさまはずっと夢の世界で夢のように私と暮らすことができます。これさえ終われば、私はにいさまになんでもご奉仕します」

「なんでも……」

 レストランで落ち着いた食事を楽しむ面々の中にあって、とびきり目立つこの二人の男女……。

 女の方は立ち上がって、肩までかかる金髪を揺らしながら、高い声を喚き散らして男をたきつけようとしている。そのあまりの興奮に、その小さな体にはアンバランスな巨乳が揺れて自己主張してしまっている。

 男はその女の話をいなしながら、のんびりとノアと同じサプライザーらしきものをすすっている。どうも女の話に乗り気ではないようだが、そんな女の様子を見ても全く動じていない様子が大物の雰囲気を漂わせる。何か格闘技でもやっていそうな立派な体をしていて、威圧感すらある。

 二人の会話の内容もなかなかにぶっ飛んでいる。

 どうも絶対にこっちを見ないように気を使っているらしいことも、こっちに不信感を抱かせる。声が筒抜けなのでそんなことをしても全く無意味なのだが……。

 これが物語だとしてこんなに分かりやすい敵役がいるものなのか……?

 普通の世界では、そういう日常を乱すような外乱因子は滅多には現れない。世界を変えたいと臨んだとしてもなかなか出てくれるものじゃない。

 だが、物語ではそういう事象は都合よくピンポイントで起こってしまうものだということを僕は理解していた。

 いつどこでだれがなにをするという事象が物語の流れにそって起こってくれないと、話が進んでくれない。そういう僕の認識のせいで、つまりは僕の物語を作る能力のせいで、この事象が起こっているのだとしたら非常にまずい。

 こっちにいるのは、時を飛ぶ能力を失った時を飛ぶ能力者と、自分でもその能力をさっぱり把握できていない物語を作る能力者。

 つまりは無能二人。

 相手が何の能力者かはわからないが、こっちの状況も何やら把握しているらしく、イメージとして相当に強そう。

 絶対にここで関わりたくない。

 というか、関わったらやばい。

「ノア、あの二人は何者?」

「さて、あんな風に口論しているのを見るのは珍しいですね。気になりますか?」

「そりゃあもう。IDがなんたらとか言っているし」

「そんなこと言っていたんですか。でも、こちらを見る様子もありませんし気にするほどでもないでしょう」

 ノアの言うように、二人はこちらを見ることなく相変わらず口論を続けていた。

 口論に熱中してこっちを気にする素振りすら見せないが、それでも僕は気が気でもなかった。

「もうお腹もいっぱいだし、休憩も十分だからそろそろ出ようか」

「そうですか。ソウタがそういうなら、そうしましょうか」

 まだわんさか声を立てていて、こっちを見もしない二人を尻目に、ノアと一緒にレストランを出る。

 物語の盛り上がるシーンを引き延ばして、次回に持ち越しというのはよくあるパターンだが、登場人物であるこっちとしてはそんなこと気にしている場合じゃない。

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