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11.覚えていた場所

11.覚えていた場所

 

「それでどこに行くの?」

 僕はノアに尋ねる。ノアは特に迷う様子もなく、ひょいひょいと僕の先を歩き、ここがどこであるのかすらわからない僕はノアにただついていくことしかできない。

 ノアはここがどこであるのか分かっていて、どこに行くのかもわかっているのだろうが、僕に分かることといったら、ここが緑に囲まれた山林地帯だということだけだ。着地した場所が偶然木のない開けた場所だったのは運がよかったとしかいえない。

 落ち方によってはいかにノアの力があっても厄介なことになっていただろう。もしも、ノアの言っていたように下が海だったら、そっちのほうが万事休すだったのかもしれない。着水による死はノアの能力によって免れたとしても、いくら時を操れても溺死を防ぐ術はなかっただろう。

「知り合いのところです。たぶん」

 目的地がよく分からずに、どこかに向かう人間なんて初めて見た。でも、たどり着く場所が分からないことは物語においてはままある。

「たぶんって……知り合いかどうかわからない人間なんているの? ノアだけが一方的に知っているだけとか?」

「そんなところです。最初に話しましたけど、私は過去に飛ぶときに記憶のほとんどを失いました。おぼろにしか覚えていないことが多すぎて、これについてもはっきりといえないのです」

「なるほどね。じゃあ逆にその知り合いについて何を知っているの?」

「名前がたぶんエジソンということと、たぶんこの先で暮らしているってことです」

「なんでもたぶんなんだね……」

 この頼りない発言を聞いていると、さっきの戦いでの頼り甲斐のある姿は一体なんだったのかと思ってしまう。能力がいかにすごくとも、この世界に対して無知であるのは状況によっては致命傷になりかねないだろう。

「自分の記憶のはずなのに、他人の記憶を追っているような不思議な感覚なんですよ」

「なるほど、それは大変だ……。エジソンさんに会って少しは何かわかるといいね」

 さぞや大変な感覚だろうというのは、話を聞いただけでも想像がつく。

 それにしても、エジソンね……。

 僕の読んだ話の中では、架空の登場人物としてエジソンという名前を聞いたことはない。「架空の」と限定したということは、実在の人間としては覚えがあるということだ。

 エジソンと聞いて思いつくのは、アメリカの発明王トーマス・エジソンだ。確か電灯や映画、電話その他諸々の発明に携わった人物で、子どものころに伝記を読んで感銘を受けた覚えがある。僕の読んだ物語がこの世界に影響するというのならそれがフィクションであろうとノンフィクションであろうと関係ないということか。

 ノアにエジソンについて詳しく聞いたとしても何も出てこなさそうだが、名前からして頼り甲斐がありそうだ。

 電灯がLEDに進化して、電話がスマホに進化して、映画が3Dで見られるようになった今の時代の礎を築いたエジソン。その名前を付けられた新たな登場人物はこの物語にどんな光をもたらしてくれるのだろうか。

「ええ、ここからそんなに遠くないはずですからがんばって歩きましょう」

 そうやって、自信満々に言うノアの後をついていく。

 

*  *  *


 ノアはそんなに遠くないと言いながらも二、三時間は決して楽でない道なき道を歩かされる。この時代の遠くないというのは果たして二、三時間の長時間の道のりのことを言うのだろうか? それとも、ノアの感覚が人並外れているだけなのか?

 雲の上に人が住む時代であっても、自然が自然として残されている場所もあるらしく、辺りは見慣れた日本の山林の風景が広がっていた。アップダウンも激しい道のりに加えて、何度聞いても、もうそろそろです。と似たような言葉しか返さないノアにうんざりしながらも、そこまで疲れていなかった。

 ツクル達との戦闘を経て、一万メートルとの落下を経て、長時間の歩行を経ても疲労がたまった気がしないのは、この世界の食べ物がよほど自分に合っていたのか、服がめちゃくちゃに軽いせいなのか、それとも異世界の驚きと緊張の連続で脳が麻痺しているからなのか。

 あるいは、何度も死にかけておいて、こんな風に感じているのもワクワクしているからかもしれない。なんだかんだでこの世界で経験してきたこれまでの全ては、とても僕のいた世界では感じられないものだった。

 雲の上を歩くのは一歩一歩踏みしめるごとにワクワクしたし、レストランで食べる料理には一口一口ワクワクしたし、スカイダイビングもワクワクした。

 どっちかと言うと、死ぬかと思ってドキドキしたって言った方がいいかもしれないけど、振り返ってみればワクワクしたと言っていいと思う。

 何より、全ての道中にはノアがいてくれた。

 何年も発売を待った楽しみの大作ゲームが発売されたら、連日ほとんど寝ないでも大丈夫なように、アドレナリン全開だったからこそのこの体の快調なのかもしれない。

 一際、大きな谷を下って、辺りを崖に囲まれたような大きな台地にたどり着く。

「ここら辺は遺跡なのかな?」

 周りには、何やらみたことがあるような遺構物が所々に散らばっていた。

 まず、目につくのがどう見てもあの自由の女神像そのものの頭部だけのもの、スフィンクスの一部と思われるもの、ロンドンのビッグベンの時計のようなもの、東京スカイツリーの一部と思われるものまである。どれも、ぎりぎりで原型を留めているだけで、風が吹けば砕けてしまいそうなもろさがある。

 うわあ、こういうの見たことあるわ……。

 思ったままの感想を心の中で漏らす。

 もちろん、それは映画やドラマの中での話だけど。

 世界が壊滅したその後の世界を描く話の中で、こういう実在するものを虚しく描くというのはよくある話だった。

 でも、実際にその光景を見てみるとやっぱりなんとも虚しい。世界の象徴といわれるものが壊れている様子を見るのは心に刺さるものがあった。

「この周辺に目的地があるはずです」

「人っ子一人いなさそうなんですけど」

 それどころか道中ですら一人とも違わなかったし、不安でしょうがない。

 ある意味、人が入ってこない環境はこの場所の異物をそのままに残しておくのに最適ではある。谷に囲まれたこの場に風もほとんど吹かないし、植物が生えていない場所もあったので、建物にとってもっとも恐ろしい風化から遺物を守るのには都合がいい。

「だからこそ、隠れ家には最適なのかもしれません」

 なるほど、ノアのその解釈は確かに納得がいく。

 ノアはあくまでポジティブだ。それも当然かもしれない。自分からココに来たのに、やっぱりココじゃないかもしれないなんてネガティブになられたら堪ったものではない。

「で、その隠れ家とやらはどれ?」

「う~ん、どれかであるのは間違いなんですけど、どれがどれだか」

 答えてきた曖昧な返事に僕は肩をすくめる。やっぱり、少しはネガティブになってもらったほうがいいのかもしれない。

「わかった、適当に一つ一つつぶして行こう」

 まあ、ここはノアに合わせてやっていくしかない。というかそれしか望みがないし、さすがにこれ以上歩き続けるのは無理だ。

「ええ、そうするしかないですね」

 そうして、僕達はとりあえず前半分だけになったヴェルサイユ宮殿みたいなものに入る。この宮殿は前から見た映像しか見たことないから、これはこれで自然に見えた。


*  *  *


「ねえ、本当にここで合っているの?」

 ヴェルサイユ宮殿にどこぞのテーマパークのお城に似たようなもの(名前を言ったら消されるかもしれない)、自然にできたとは思えない岩山の残骸を調べて、どこにも人のいる気配すらなかった。

 さすがに心配になってノアに尋ねたが、隣を歩くノアは辺りを観察しながら、思案顔で何も答えない。

「ありました。ここです」

 ノアは僕の質問の答えにと一つの遺構を指さす。それは、遺構というよりはむしろガラクタのようなものだった。

「ここって……マジ?」

 僕は思わず言葉を止める。

 ノアが止まったのは、何十年、あるいは何百年も前に廃車になったであろう電車の前だ。電車の外装はとっくに剥がれて、周りを植物が覆っている。ぼんやりと見ていたらそれが人工物の名残だと気づかないんじゃないかと思うほど、自然と一体化していた。

 ノアが何も言わなければ、間違いなく何も気にすることなく通り過ぎていただろう。

「マジです。そういう私も本当にココなのかと驚いているのですけどね……」

「おいおい」

 そんなところに人がいるはずないだろうとノアの正気を疑う。

 しかし、そういえばエジソンは子どもの頃、電車で新聞を売りながらそこに実験室を作って過ごしていたということを思いだす。

 なるほど、僕の物語の記憶と中途半端に設定が合っているのか? それに人が雲の上に暮らしている時代に電車が走っているはずはないのだから、電車が普通の電車として出て来たらそれこそ逆に不自然ってもんだ。

 もしこの世界に電車が走っているとしたら、それこそ銀河鉄道くらいのものだろう。

 ノアと星空の電車旅というのも悪くはないと妄想する。

 いや、これ以上世界を広げるともう僕の頭のキャパシティやらいろいろが追いつきそうにないしそれも勘弁してほしいか……。

 ギギギ……

 ノアが力を込めると、電車のトビラが激しい歯ぎしりを立てるような音とともに開く。ほんとにこんなところに人がいるのだろうか。トビラを開けても人の影は見えなかった。

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