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10.着地

10.着地


 一万メートルものスカイダイビングを経た着地の瞬間、僕は可能な限りの防御体勢をとる。

 足に精一杯の力を込めて、着地の瞬間にクッションのように膝を折り曲げてその衝撃を吸収しようとする。そんなのは無駄な努力だとわかってはいる。地面との衝突で僕の体は粉々に砕けてぺちゃんこになってしまうだろう。

 それでも、生き残れるチャンスがあるならばと、一縷の望みをかけてしまう。

 って、あれ?

 即死だと思っていたのに、意識が吹っ飛んでいない。それとも死後の世界というのはこんなにもあっさりしたものなのだろうか?

 ドシッ

 思いっきり膝を折り曲げた勢いそのままに僕は尻餅をついて後ろに倒れる。着地する寸前に僕がイメージしていた動きそのものであったが、そこには全くの痛みは伴わず、全くの無傷であった。

「なんですっ転んでいるの?」

 繋いだ手を離さず、尻餅をついた僕につられて身をかがめるノアが僕に尋ねる。

 その角度は……、見てはいけないものが見えそうになっているが、というかその外郭がはっきりとでているけど、今はそんなことを突っこむ余裕はない。そんなことより、なぜノアも僕も平穏無事であるのかが気になった。

「ノアこそ、なんで何事もなかったかのように立っているの?」

 僕はノアの質問に質問で返す。ノアはまるで何もない場所で転んでいる人間を見るような不思議そうに首を傾げるが、首を傾げたいのはこっちである。

 一万メートルの落下をして生きているだけでも奇跡なのに、その痕跡すら残さないとはびっくり人間以外の何者でもないのだから、首を傾げたくもなる。

「別に転ぶほどの衝撃はなかったでしょう?」

「えっ、まあ……」

 訳が分からないながらも、確かに落下の衝撃は全くなかった。

「なら、転ぶ必要なんでないでしょう? 全く紛らわしいですね」

 ノアはそう言って、僕の腕を引っ張り、体を持ち上げる。

「なんで、僕達生きているの?」

 僕はストレートにノアに尋ねる。

「落下の時に致死量のダメージを受けてしまうのは、地面への衝突速度が速すぎるのが原因です。時間の流れを操作して見かけ上の速度を限界まで遅くしてしまえば衝突のダメージも限りなくゼロに抑えられます」

「つまり、落下するその瞬間だけ時間の流れをいじったと?」

 ノアはニコリと笑う。

「そういうことです。さすがにソウタは物分かりがいいですね。運動エネルギーというのは速度の事情に比例しますから、それをゼロにしてしまえば、その物体がもつエネルギーは位置エネルギーだけになります。つまり、さっきソウタは自分の体重も支えられず勝手に転んだということになります」

 なるほど、ノアから見れば、僕は突然激しい屈伸運動をして勝手に転んだ不審者ってわけだ。それを知っていて自分でその能力を行使したノアなら、平然と地上に降り立つことも可能だろうが、それを知らず着地の強烈な衝撃に備えようとしていた僕はさぞ滑稽だったろう。

「ああ、よくわかったよ! でもな、そういうことは先に言っておけよ!」

「言ったら面白くないかと思いまして。それにあなたの時代にもパラシュートっていう落下時の速度を抑えるっていう考え方があるんじゃないの? それならば説明も不要かと思いまして」

 確かに物語として、第三者的視点で見ればそれを予め知らされていたら面白くないだろう。しかし、こっちは物語の当事者である。その恐怖感は尋常なものではなかった。

 ああ、もう……。さっきの尻餅のせいでお尻が痛くなってきた。

「よく、パラシュートなんて言葉を知っているね……。でも、パラシュートはそんなに瞬間的に速度を落としたりしないからね!」

「言葉を全く知らなければ、物語もなにもないですからね」

「確かにそうだけどね……」

 ノアがこの物語のヒロインでよかったと思い知らされる。この時の流れを操作する能力をどう活かすかはこの物語を作る上で重要なものになるのだろう。

 さっきの戦いにしても、この着地にしても、ノアがいなければとっくに僕は無き者となっていた。無能だと思っていたノアがこの世界で生きていくために重要な存在であることがわかったわけだ。ヒロインはかわいさが重要なのはもちろんだが、

「でも、できれば、そういう重要なことは前もって言ってくれない?」

「ソウタがそう望むのならね」

 そう言ってノアは僕に向かってウィンクする。その表情にどきりとした僕はそれ以上の追及ができなくなってしまう。どうやら僕の望む通り、肝心なことが前もって言われない展開は起こってしまうようである……。

 思い返してみれば、僕が知っている物語の中にも落下の瞬間だけ力をためるとか、裏技を使ってその事態を切り抜けるものもあった。だから、これも物語を作る上で自然な展開だったのかもしれない。

「では、今すぐここを離れましょう。こんなところでじっとしていたら、さっきの奴らが追ってきます」

「そうだね」

 特にメーセはこちらの位置を探知している可能性もあるし、すぐに追ってくる可能性がある。ノアと同じように安全に着陸する手段を持っているなら、今ここに突然落下してくる可能性すらある。さっきツクルが怒声を喚き散らしながらも一緒に飛び降りなかったことからその可能性は低いだろうけど、とにかくここを素早く離れるのが吉だろう。

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